第二話 異星の美少女
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「初めまして、私が姫さまの担任を仰せつかった井上と申します。色々失礼な事もしてしまうかもしれませんが、なにとぞご容赦のほどを。それで……姫さまのことは何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
そう言って緊張の中自己紹介と簡単な質問をしたのは、これからソラ姫も一員となる三年生のクラス、三年A組の担任を任されている井上 夏帆である。
井上は20代も後半に差し掛かった女性教師で、背は150cm後半と少し低め、そしてすごい美人というわけではないが、歳の割には若く見え、なかなかか面倒見のよさそうな優しげな教師に見える。
「こちらこそ初めまして。えっと、私はソラ=エカルラン=サー=スカーレットと言います。名前は長いので単にソラと名前を呼んでもらってもいいですし、名前じゃ呼びにくいのならスカーレットって呼んでもらってもいいですし。エカルランは領地名を現しててちょっと堅苦しいので……出来ればその呼び名はなしにしてもらえるとうれしいです」
ソラ姫は呼び方について自分なりの希望を言う。
「うーん、それじゃ、スカーレットさんと呼ばせてもらおうかな?」
井上はそう言いなが、確認するような表情をしてソラ姫を見る。
「はい、それでもいいです。なんならレティって呼んでもらってもいいですよ?」
そう言って、ちょっといたずらっぽく、やわらかな笑みを浮かべるソラ姫。
「は、はぁ……」
そう曖昧に答えつつ、いい年をしてソラ姫のその表情に思わず赤面してしまう井上。その天使の微笑みはなかなかに破壊的である。
が、さすがは教師すぐ気持ちを切り換え……いきなり愛称で呼ぶのは馴れ馴れしすぎだろうと心の中で考えながらもけっこう気さくなお姫さまよね? などと少しソラ姫に対する好感度を上げた井上である。
「それじゃあ井上先生、くれぐれも粗相のないよう生徒たちにも十分言い聞かせてこれからの授業に挑んでください。頼みましたよ?」
自己紹介をする二人を脇で見守っていた教頭が、横から入ってきて井上に先を促すようにそう言う。その言葉に井上は頷き、ソラ姫を伴って職員室を出るのだった。
校長室から出たソラ姫が職員室に現れ井上に付いて出て行くまでの間、息を殺して見守っていた他の教員たちは、二人の姿が見えなくなると共に一気にその緊張の糸を緩める。
「つ、疲れたぁ~」
誰ともなく出るその言葉。
そんな教員たちに少しあきれた表情を見せる教頭。しかしその彼も内心は激しく同意したい気持ちでいっぱいであった。
確かに非常にかわいらしい天使のような少女ではあるものの、何しろ彼女は異星人。そしてその姿に似合わず、すさまじいばかりの人間離れした能力を持っていると……あることないことそのうわさは日本どころか世界中に広まっていて、機嫌をそこねやしないか? 急に怒り出したりしないかと……冷や冷やした気持ちでことの成り行きを見守っていたのである。
とりあえず無難に済んでよかった。そう思って緊張の糸が切れるのも無理もないことである。が、しかし、この先には生徒たちとの顔会わせ、そして授業と……難関は山積みである。
何ごともなければいいが……。
職員室にいる教職員全員、そう願わずには居られない。そして井上先生ご愁傷様、がんばって……と同じ教員仲間の無事を祈る面々なのであった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
予鈴のチャイムが鳴り、静まりかえった廊下を教室に向って歩いているのは井上とソラ姫。成人女性としては背の低い井上と歩いているにもかかわらず、それに輪をかけて小さいソラ姫が一緒に歩いている様は小さい子を連れた親子にしか見えず、なんとも微笑ましい光景をかもし出している。
が、しかし、姫の背中には、小さくたたまれては居るものの白く美しい翼がしっかりと存在を主張していて、その少女の特異性を否応もなく示していた。
そしてとうとう二人は目的の教室の前に到着する。
中からはなかなか騒騒しい声が漏れ聞こえ、生徒たちの興奮の度合いが外からでも十分わかるというものだ。
「やれやれ、ほんと困ったものね。中学三年にもなって……こんなに騒いでいるようじゃ、まだまだ大人って言うには程遠いわね」
井上はソラ姫の方に顔を向け、あきれ気味の表情を見せながら言う。
ソラ姫はかわいらしい顔に微笑みを浮かべ、返事に変える。
「それじゃ……まず私が生徒たちにお話しをして、タイミングを見計らって入ってもらうようにしますので、呼んだら入って来てもらえますか?」
「はい、お任せします。……はぁ、ちょっと緊張します。待ってますからなるべく早く呼んでくださいね?」
小首をかしげ照れくさそうにオッドアイの目を細め、かわいらしい言葉をこぼすソラ姫。首をかしげた拍子にその額に埋め込まれている、深い青の中に細やかに散らされた輝きを見せる宝石――がきらりと輝く。
井上は少女の人間離れした容姿に見惚れ、思わず「ほぅ」っとため息をついてしまいそうになるのをぐっとこらえ、なんとか行動に移す。
教室のドアを静かに開け、チラリとソラ姫を一瞥してから中へと入って行く井上。
その途端、騒騒しかった教室の中がシーンと静まり返る――。
「はい、みなさん、おはようございます。先日ちらっとお話しましたが、今日からこのクラスにみなさんと一緒に学ぶ新しい生徒が増えます……」
井上がそこまで言ったところでわっとざわめく生徒だち。
「はい、みんな静かに。まだお話の最中です! それでその生徒は……まぁもうみんな察しがついてるかとは思いますが……ちょっと変わった……女の子の転入生です」
またも騒騒しくなる教室内。そして今度は男子生徒が一際どよめく。
「もう、落ち着いて聞きなさい! しょうがない子たちなんだから。……まぁ、もう細かい事は言わないけど……みんな、自分たちが日本の代表だと思って、ほんと恥ずかしくない行動してちょうだいね? もう報道でも散々見てわかってるでしょうけど、その、いくら小さくて容姿がかわいらしい女の子だとしても(普通じゃないんだから)……対応には十分注意して、失礼のないようにねっ!」
井上が落ち着かせようとしても、もうその盛り上がり出した雰囲気は沈められそうもない。
「じゃ、入ってもらうわよ、みんな静かに! ――スカーレットさん、入ってきてください」
その言葉と共に教室がまたもシーンと静まりかえる。
さすがにおちゃらけた男子生徒たちにも緊張が走り、ドアの方へと視線が集中する。
固唾を呑んで見守る生徒たち、そしてなぜか井上まで同じように緊張の表情を見せている。
そしておもむろにそのドアが開かれた。
みんな予期していて、どんな人物が現れるかもわかっていたにもかかわらず……、その姿を見てみな一瞬息をのむ。
身長は140cmをわずかに越えるほどでしかない。
その小さな色白の体は中学の女子用ブレザーで身を包み、紺色の制服とのコントラストによりその白さがひときわ目立っている。紫がかった白く長い髪はストレートで腰までたらし、その髪の両脇にはたたみ込まれた透きとおるような白い翼。
額に埋め込まれたひし形をした……どこまでも深い青色の宝石の少し下には、その宝石に勝るとも劣らない特徴的な赤と碧のオッドアイが輝き、その目を見開き教室内を望む表情は、多くの生徒を前にしてやはり恥ずかしいのか、雪のように白い肌をほのかに赤く、桜色に染めていて、なんとも可憐でかわいらしい。
その目の間をすっと通ったちょっと小ぶりでかわいらしい鼻、その下にふっくらとした薄紅色をした唇が薄く開き微妙な微笑をたたえていて、子供っぽさの中にも微妙に少女の色香が感じられアンバランスな雰囲気を漂わせている。
そして小さな体からすらりと伸びた四肢は指先に至るまで滑らかでシミ一つない肌はきめ細かく美しい。
まぁスタイルについては残念なことに中学三年生というには少し成長のほどが見受けられず、まだまだ子供体型に近いのは欠点といえるのだろうか?
恐る恐る入ってきたそんな……異星から来た少女、ソラ姫の姿を三年A組の生徒たちはしばし呆然とした表情を見せ、食い入るように見つめる。
そして井上の待つ教卓脇まで歩みを進め、生徒たちに向って立ったところでようやく、止まっていた時間が流れ出す。
それはもうそれまでの雰囲気から反発するかのように爆発的な勢いをもって……。
「か、かわい~!」
「TVで見るよりずっとかきれい~!」
「もうほんとに天使みたいだよ~、すりすりしてみたいぃ」
堰を切ったかのように一斉にしゃべり出す生徒たち。もう男子も女子もなくそれこそ一斉にである。
「ちょ、ちょっと、みんな静かに! もうっ、挨拶できないでしょうがっ」
井上が大きな声でみんなに注意するが、それはもう焼け石に水。
「ほんとに羽が生えてるよ~! あれ微妙に透けてるよぉ、どうなってるんだろぉ」
「彼女になってほしい~!」
「ばーか、身のほどをわきまえろっつうのっ」
「オッドアイなんて実際に見るの初めてっ」
「なんか異星人って言うより、天使や妖精っぽいイメージだよねぇ」
「「「言えてる~」」」
男子に負けず劣らす女子のほうにも受けが良いソラ姫だった。
そしてそんすごい盛り上がりではあるものの、当の本人はもう慣れたものなのか、特にあわてふためく事もなく、その場の雰囲気を楽しんでいるかのようにも見える。
それにしてもまったく収集がつかない様子になり……途方にくれてしまいそうになる井上なのであったが……。
「あの……みなさん、はじめまして!」
ソラ姫がカオスとなった教室の中、かわいらしい口を開き一言発したとたん、その言葉を一言も聞き漏らすまいという生徒たちの気持ちからその場は一気に静まりかえったのだった。
なんとも釈然としない井上だった。
話しがなかなか進まないのは作者の仕様です……ハイ。