第二十三話 クリスマスイブの出来事(前篇)
いつも遅くてすみません。
投稿します。
「おっはよー!」
「あ、おはよう、ひなちゃん」
若村の挨拶に優しい笑顔で答える杉村。
二人が挨拶と共に落ち合ったのは毎日通いなれた中学校。正門にほど近いグラウンドの外れの一角である。普段なら部活動を行っている多数の生徒がいるはずのそこには今は誰もいない。
それもそのはず、今日は日曜日、しかも世の中はクリスマスイブである。イブに日曜が重なるというタイミングの良い日を迎え、中学生とはいえ、思春期真っただ中の生徒たちがわざわざ学校に出て来るはずもないのであった。
「男子どもはまだ来てないの?」
「ええ、まだみたい。ソラちゃんやリーンさんの姿もまだ見てないし……、私たちちょっと早すぎたかしら?」
「むー、ソラちゃんやリーンが来てないのはまだしも、男子どもめ! 私を待たせるとは……ゆるせん!」
待ち合わせの時間は午前九時ジャスト。今はまだ八時四五分を過ぎたところである。まぁ早いと言えば早い時間であり、男子たちもこれで遅いと言われるとつらいものがありそうである。
「まぁまぁ、ひなちゃん。朝からそんなにテンション上げないで……、男子だってそのうち現れると思いますし――、って、ほら」
若村をなだめようとしていた杉山が、若村の背後、正門の方に目をやりながらにこりと微笑んで、若村に注意を促す。
そこには男子三人……、それとリーンが歩いてくる姿。
「おはようございます。みなさん、一緒に来るだなんて……どこかで待ち合わせしたんですか?」
若村らの場所までそそくさとやってきた男子とリーンに早速声をかける杉山。
「おはよう、杉山さん、若村さん。
別に待ち合わせたわけじゃなくてね、たまたま正門近くで遭遇したってとこだね。まぁ僕と悠斗は一緒だったけど、智也とリーンさんとはほんと偶然だよ」
杉山にそう答えるのは山下。青山と高橋は大きく頷いている。
「ふーん、そうなんだ。まぁ、時間合わせてるんだからそんなこともありですね」
「おはよう――。ったく、あんたたち、私より遅くくるなんて……」
若村も挨拶するがどうやら一言言わないとすまないようで、そんな若村の言葉にかぶせるように杉山が言う。
「り、リーンさんもおはよう、今日はよろしくね!」
「おはよう。今日は私まで誘ってくれてありがとう」
リーンが言葉少なめに挨拶を返す。
他のみんなもお互いがそれぞれと挨拶を交わしている。男子は冬物を着込んで華やかな女子の服装を褒めることも忘れない。これを忘れたらきっと女子の機嫌を損ねるのは目に見えているから男子も必死だ。リーンもあまり女性を感じさせない装いではあるものの異星人とは思えない高レベルな着こなしをみせていたから余計である。
「で、肝心のソラちゃんはまだなのか?」
青山がそんな疑問を先に来ていた二人に投げかける。
時間はもう九時に近い。そろそろみんな、なかなか現れないソラ姫にやきもきした気持ちになりつつあった。
「ったく、悠斗うるさい。あのソラちゃんが遅刻するわけないでしょ。たかだか数分の我慢もできないなんてやっぱ悠斗、こらえ性ゼロね」
微妙にイラつき加減の若村が、発言した悠斗にやつあたり気味の言葉を返す。
「な、なんだとー、若村、おまえなー」
そんな多少ピリピリしだした雰囲気の中、それは現れた。
「みなさん、ぐ、グラウンド……」
杉山がぼう然とした表情と言葉でグラウンドを指す。
目の前の何もないはずの場所。
今は誰もいないグラウンドの中央近くが、まるで蜃気楼でも発生したかのようにゆらゆらと揺れ出していた。それに伴いグラウンド外れに立つ六人の前にまでオゾン臭に似たにおいが流れて来て、なんとも緊張した空気感になってきた。
そして冷たい空気を暖めてくれていた優しい日の光が唐突に遮られる。
そこには――、
周囲を見事に映り込ませる滑らかな表面を見せる銀色の船体。
滑らかな曲線を描く、まるで髪留めをかたどったかのような優美な形。
そう、それはみなTVでだけは見たことのあるライエルの星船。
そしてエカルラートの姫であり、クラスメイトであるソラ姫個人の星船――。
ソラリス、がその姿を現していた。
息を飲む若村ら五人。その表情は驚き……、そしてそれ以上に期待で満ち溢れていた。そんな五人から少し引いたところに立ち、落ち着いた目で見つめるリーン。
「なんか前に見たビッグ○イトでの放送思い出すな」
緊張感に我慢できなかったのか青山が少しおどけた声でそう言う。
「だよな。するとそろそろ出て来るかな?」
追従するかのように答えた高橋。それに頷く面々。
「あ、あれじゃない?」
若村が声を上げながら指をさす。
指し示した先には銀色に輝く円盤。
それはソラリスと六人の間に現れ、その上には二人の人影が見えた。
「あ、ソラちゃんが手を振ってる」
テニスをたしなむ杉山が、空に浮かぶ銀色の円盤から真っ先にその姿を見つける。校舎の屋上よりも高い場所にあるその円盤に乗った人物の様子を見極めるなど、中々の視力である。
「す、すげ、でけー!」
「かっくいー!」
「ほんとだね。こんな間近で星船が見られるなんて最高だよ」
改めて感嘆の声を上げている男子たち。
「ったく、何言ってるのよ。私たちこれから宇宙に連れて行ってもらうのよ? こんなことで驚いてたらこの先どうするのよ?」
少し冷めた口調で突っ込む若村。しかしその表情はそんな言葉と裏腹に興奮で赤く染まっている。
そんな中、ソラ姫を乗せた円盤は音もなく若村らの前まで降りて来て、地面から十数センチといったところでぴたりと静止する。
「おはよう! みんなお待たせー。
待たせちゃってごめんなさい。少し出遅れちゃって……」
ソラ姫がかわいらしい声で挨拶とお詫びの言葉を口にする。そして軽い言い訳と一緒に可愛らしい舌をペロッと出す。
そんなソラ姫にみんなが揃って「おはよう!」と元気に返す。男子たちはソラ姫のかわいいしぐさにデレまくりである。まあ若干一名は早速カバンから取り出したビデオ片手に撮影を始めていてそれどころではなさそうではあるが……。
「ソラちゃん。その、なんかすごいねー。
でも、ほ、ほんとにいいのかな? 私たちお邪魔しちゃって……」
普段なら即男子に突っ込みそうな若村だが先ほどまでの興奮と打って変わって、ちょっととまどいの表情を見せながらソラ姫に確認の言葉をかける。というのもソラ姫の右後ろで静かにたたずむ侍女、アリエージュの姿がなんとも緊張感ただようものであり、少々近づきかがたいオーラを放っているからに他ならなかった。しかしアリエージュの視線は若村らというよりは、リーン一人に向けられたものであり、若村らはそのとばっちりをくらっていたのであった。
「うん、もう大歓迎。アリスだってみんなを歓迎するって言ってるもん、遠慮なんて全然しなくていいからね! ……ね、フェリさんもそうでしょ?」
若村の言葉に全身で歓迎の意を表するソラ姫。それと同時にソラ姫らしからぬ機転で、背後で異様な空気を醸し出しているフェリにさりげに言葉をかける。
「あ、は、はい。もちろんですとも。
ご学友の方々におかれましてはいつも我らが姫さまがお世話になり大変感謝しております。本日はささやかではございますが、日ごろの感謝をお返しする意味でも、ソラリス様、そして我ら侍女一同心を込めておもてなしさせていただきますゆえ、心置きなく楽しんでいただければと存じます」
ふぇ、フェリさん、固い。
ソラ姫は心の中でそう思い、小さくため息をつく。きっとリーンさんのことが気になってしかたないんだろう、ほんと心配症なんだから――。
そんなことを想いながらも……自分とリーンの立場を鑑みるとそれも仕方ないと、もう一度、今度は少し深いため息をつく。
「じゃ、みんな。ここに一緒に乗ってくれる? ほら、リーンさんもだよ」
気持ちを入れ替えそう集まったみんなに声をかけるソラ姫。少し下がったところで静かに佇んでいたリーンにももちろん元気に声をかけた。
アリスの中へは転移で入る方法もあるけど、ここはやっぱフローターで入ってもらったほうがいい演出になるだろう考えたソラ姫なのだった。
「うう、なんか厚みがない……。すっごく不安」
「ほんとです、ちょっと怖い気です。でもなんかワクワクする気もします」
「……確かに。否定はしない」
「ライエルの技術なんです。心配は無用でしょう」
女子たちはさすがに少し怖がっているようではあるが、そこはそれ怖いもの大好きな女の子。それでも興味の方が優っているようである。リーンについては言うべくもなし。
それに対し男子はといえば、
「おいこれ、まじ大丈夫なのかよ? ペラペラじゃないのか? 下透けて見えるぜ」
「つかさ、これ下から見れば……、むふっ、中まるみ……、いてっ」
青山はともかく高橋のセリフに即反応したのはやはり若村。思いっきり高橋のスネを蹴りつけていた。
「な、何すんだよ、この暴力女!」
「ふん、あんたが変なこと言うからでしょ! いやね男って。サイテー」
「うっせえな、素直に思ったこと言っただけだろ。だいたいお前はショーパンなんだから関係ねーじゃねか。女ならちゃんとスカート履いてこいってんだ。そしたらしっかり見てやんよ」
「なっ、こ、この、ヘンタイ!」
そんなおバカな会話を尻目に、ソラ姫は聞こえないふりをしてさっさとみんなをアリスに招き入れるべく、フローターを稼働させた。
なんだか先が思いやられる……と、思ったソラ姫だった。
空中でも軽くひと騒ぎあった後、一行は無事アリスの中へと吸い込まれるように消えていった。開口部もない壁の中にスーッと引き込まれていく、まるで壁抜けのような様子はなかなか不思議な光景だったが、それを見ていたものは少なくとも近くには居なかった。
一行を乗せたアリスはまるで重力などないかのようにグラウンドからその優美な船体を浮かび上がらせる。往きは転移による出現であったが今度はそのままゆっくりとその高度を上げていく。それはまるで飛行船のようで、のんびりと移動していく様子は、きっと中に入ったお客様を楽しませるためにそうしているのだろうということが感じられ微笑ましい。
そんなアリス、星船ソラリスを遥か遠くから監視していたものたちがいた。その様子をアリスにすら気付かせない手際は当然地球由来のものではなかった――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
監視者、二人の男たちはとある高層マンションの屋上に陣取っていた。距離も相当離れていたとはいえ、なぜかアリスにその存在を気取られなかった男たち。
当然理由はあった。
光学、熱、電波、音、赤外線は言うに及ばす、電磁放射線、粒子放射線すら透過しない究極の隠ぺい性を有した外套を纏った二人の男。一般的な見た目で言えば黒いローブを着たヘンタイである。
がしかし、その手には一人は記録用なのか特殊な撮影機器を持ち、もう一人は銃器のように見えなくもない変わった装備を手に持っていた。そして頭には二人して覗き見用であろう複数のレンズが組み合わさった、切り替えも出来るのであろうゴーグル風ヘッドセットを装着していて、その機器も外套同様真っ黒である――という、なんとも物々しい、そして痛々しい姿。平和な日本の中で浮きまくりのその姿。
そばに人が居ればドン引き間違いなしである。
そんな姿ではあるものの男たちはいたって真面目にその任務をこなす。
「ソラ姫の乗船を確認。この後のソラリスの追尾はそちらで頼む。こちらは引き続き作戦"H"に移行する。
それと、グラン公の方は大丈夫か。やつの星船、クラウディアはやっかいなやつだからな。それについてもくれぐれもよろしく頼む。こちらの作戦、邪魔されてはたまらんからな」
(あっちは優雅に宇宙でパーティ。それに引き換えこっちは優男と地べたはいずりまわってるってか……。ちっ、ろくなもんじゃねえ)
通信を終えた男はそんなことを考えながらも相棒であるもう一人に声をかける。
「おい、佐藤。乗船を確認し、記録画像も撮った。こんなところに長居は無用だ。次の場所に移動するぞ」
「あ、ああ。でもこれ本当に星船にばれてないんだろうね? そんなことになってたらこの先も絶対失敗で……、僕は身の破滅だ。ああ、やっぱ、こんなことやめておけば……、主任の言うことを真に受けて……、ああ、ほんと僕は……」
ブツブツ言い出す佐藤と呼ばれた男。
「っち、勘弁してくれ。心配いらない! 我がライアの諜報用機器は完璧だ。ライエルの星船に遅れなぞとってたまるか。ほらとっとと行くぞ」
ブツブツ言う佐藤を足蹴にしながら、一見同じ人類種に見える男がその場を離れるべく動き出す。
佐藤はもちろん地球の人類種なのだが、会話からもわかる通り、もう一人はライア人。
そうリーンと同じ、帰化地球人であるライア人なのだった――。
「ふふっ、もうすぐだ。
もうすぐ私の手元にあれが――」
誰もいない薄暗い部屋でLCDを見つめる男はあやしくその言葉をつぶやく。
画面上には毎日のように見つめてはため息をつく、ソラ姫のX線画像。
「くふ……、待ち遠しい……」
男は狂おしいばかりにその画像を見つめ、時折その言葉を吐きつつ……、
ただその場に佇んでいるのだった――。
読んでいただきありがとうございます。