第二十話 転入生
やっと二十話……。
ライア艦隊騒動から二週間ほどたち――、あれほど騒がしかったマスコミ、それに国崎中学や柚木家周辺でさえ、一応の静けさが戻ってきたかのように見える。それはもちろん国や県など、行政からの圧力がかかったことが大きかったはずだが、それ以外にも要因が存在していた。
それは何か?
異星人のかわいくも恐ろしい生体兵器? ソラ姫以外にマスコミらが食いつくネタ。
そう、ソラ姫以外にまた新しいネタが発生したのである。
ライエルとライアが停戦を成立させてすぐ。三日と経たず日本国政府にとある連絡が入った。
連絡してきたのはライアの文官。星間国家「ライア連邦」の全権大使である。
その内容とはもちろん日本国との国交樹立。全権大使曰く、今交渉にあたってはライエルとの話もすでについていて、ライアと日本国が国交を樹立したとしてもなんら問題はないとの前置き付であり、ライエル側に確認してみれば相違ないと、すげない回答。そうともなれば国力を鑑みれば日本としては断ることも出来ない、なんとも不平等感ありありな交渉事なのであった。
マスコミはライエルに続く異星の国家との交渉ごとにここぞとばかりに盛り上がる。しかもその相手はつい先だってソラ姫と対峙したライアなのである。盛り上がらないハズがない。
交渉は日本政府がほぼライアに言われるがまま、またライエルから横やりを受けながらの進行となってはいたものの、以外なほどに大きな問題もなく粛々と執り行われ、マスコミ各社はそれを弱腰外交と批判しながら、嬉々としてその状況の報道を行っていた。
おかげでソラ姫に対する風当たりはどんどん弱まっていき、そもそもソラ姫が自分たちに刃を向けるなど本気で考えていたわけでもなく……、元来飽きやすく新しいネタにすぐ食らいつく国民性もあってか、柚月家周辺の喧騒も一息つくこととなったのである。
肝心な交渉ごとであるが、マスコミが大騒ぎする中、日本国政府はプレアデス星団などを有するおうし座方面の雄、ライア連邦とも当然(選択肢などあろうはずもなく)国交を樹立することとなり、そこで早速全権大使からある願いごとをされることとなった。
またも世間を騒がすことに間違いない願いごと。
それもまたマスコミの食らいつく絶好のネタになるに違いなかった。それがまたソラ姫騒動のぶり返しにならないことを祈るりたいものであるが……。
そのお願いごととは――。
「えー、今日はまずこのクラスに新しいクラスメイトが増えるのでその紹介をします」
三年A組の生徒を前に、担任の井上がそう告げた。
その表情は曇りぎみで、心労からか心なし顔色が悪いように見えるのは気のせいではあるまい。
「転入生ー?」
「へぇ、今頃~?」
二学期も半ば、秋の気配が漂ってきた昨今、転入生が来るには中途半端な時期である。井上のその言葉に生徒たちがざわめき、疑問の表情を浮かべながらも期待に目を輝かせる。
窓際の最後尾に座るソラ姫の様子はといえば……、あの事件直後は周囲の生徒たちから少しばかり距離を置かれてしまうことにはなったものの、そこはそれ所詮中学生。まだまだ大人の事情もわからず、騒ぎまくる保護者を尻目に当人たちはあっという間に元の鞘に収まってしまった。若村や青山らが今までと変わらない対応を見せたこともそれに拍車をかけたのかもしれない。持つべきものは友だちである。
ということで更に好奇の目が増え、ソラ姫を一目見ようと集まる生徒たちが余計に増えてしまう始末であった。そもそも見た目だけで言えば触れば壊れてしまいそうな、なんとも可憐でかわいらしい外見でなのある。元々好奇心旺盛な中学生。あっという間に今まで以上の人気ぶりとなってしまったのは、大人の対応とは正反対でなんとも皮肉なものであるといえよう。
「ふーん、転入生……」
ソラ姫こと蒼空も井上の言葉に興味を惹かれていた。が、それと同時に疑問も感じていた。今の時期(先日のライアの件も含め)、しかもソラ姫のいるこのクラスへの転入など……、普通の親なら御免こうむるといったところじゃないだろうか? 春奈言うところの"頭がお花畑"の蒼空であっても、それくらいは考えるのである。
<アリスぅ~、転入生のこと……なんか聞いてる?>
疑問に思ったことを素直に星船アリスに問いかける蒼空。悩むのは苦手な蒼空、あっさりアリスに助けを求めた。
<はいっ、お姉さま。その言葉待ってました~! 転入生の情報もばーっちり入ってまーす!>
<あはっ、さ、さすがだね。じゃ教えてくれる?>
<はーい、それじゃ、まずぅ……>
なんとも軽い調子で話し出すアリス。それにたじろぎながらもその情報に聞き入る蒼空。そして頭の中でそんなやり取りをしている中、教室の方も事態は刻々と動いていた。
「それじゃ、入ってもらうからみんな騒がないで静かに迎えてあげてちょうだいね。お願いだから、絶対! 騒がないようにね?」
「はーい!」
「わかったから、早く紹介してよー!」
「かわいいこだといいなぁ」
しつこいくらいに念を押す井上。それにじらされて色々な反応をする生徒たち。
井上は苦笑しながらもドアの方を見ておもむろに告げた。
「それじゃ、ソークさん、入ってちょうだい?」
井上のその言葉にまたもざわめく生徒たち。
「ソーク? 何、外人?」
「まさか、また宇宙人とか~?」
井上は生徒たちの言葉に更に苦笑を深めるが、軽く無視して入ってくる転入生に集中する。
ドアが静かに横にずらされる。
集中する視線。
ソラ姫もそれを目で追いながらも頭の中ではアリスとの交感が続いていたが……、雪のような白い肌がわずか紅潮し、その顔が驚きの表情を見せる。
それは入って来た人物を見てなのか? それともアリスとの交感によるものなのか? はたまた両方か?
クラス全員の視線を受け入ってきたのは、見上げるような……と言うといいすぎだが、なんとも背の髙い少女だった。ただ背は高いものの一見するとその風貌はアジア系のように見え、ソークという名とは多少違和感を感じなくもない。
皆の視線を一身に浴びた少女は、しかしそれを気にする風もなく、また気後れすることもなく……井上の元へと静かに歩いてくる。
それを興味深々といった様子で見つめる生徒たち。さきほどまでのざわめきがウソのように静まりかえっている。
「はい、それじゃ紹介します。彼女の名前はソーク=ティラ=リーンさん。注意してほしいのはソークというのが名字で、リーンというのが名前だということです。間にあるティラというのはちょっとこの場での説明は差し控えておきます。またご本人から聞いてみてください。
見ての通り女の子です。男子は調子に乗らないこと! 高橋、青山? いいわね?」
「はぁ? なんでオレ? つーか、転入生来るたびにオレらの名前出すのやめてくんない?」
井上の言葉に即座に突っ込む青山。高橋も「そーだそーだ!」と鼻息を荒げる。
静まっていた教室がそれをきっかけに再びざわめき出す。
「はいはい。まぁそれは普段の行いでしょう? ……ともかくソークさん、自己紹介、お願いしたいんだけど……出来るかしら?」
井上の問いかけに頷く転入生の少女。そのまま生徒たちの方へ視線を向ける。その少女に釘付けとなる生徒たち。どうやら転入生は生徒たちの興味をひきまくっているようである。
やはり背が高い少女。180cm越えは間違いなく、へたをすれば190の大台に届くのではないか? と思えるほどだ。
容姿はといえば、毅然として端正な顔立ちの美少女というのが一番合いそうで、儚げなかわいさを前面に押し出した? ソラ姫とは正反対の見た目である。浅黒い肌に色素が抜けたような薄茶色の髪をボブカット風にまとめていて、それが更に両者の違いを浮き彫りにしている。
スタイルは……まぁスレンダーと言えばいいのか、少々細めの体つきで、よく言えばモデル体型とでも言えるかもしれない。
「初めまして。ソーク=ティラ=リーン と言います。
出身は"ライア連邦"……と、言えばわかりやすいでしょうか?
先ほど先生がおっしゃられたように名字がソークで名前がリーンです。リーンと呼んでいただければ結構です。慣れない地球でわからないことも多いと思いますので色々ご指導いただけたらと思います。特にソラ姫さまとはぜひお近づきになりたいものです。それではどうかよろしくお願いします」
爆弾発言をさらりと行った少女、リーン。
なにげにソラ姫のことにまで発言が及び、教室内が一瞬シーンと静まりまえる。
「「「「「え~!!!!!!!」」」」」
そして今度は驚きの声で教室が埋まる。
「マジ宇宙人~?」
「うそー? そうは見えない~」
「いや、でも背、めちゃ高いよなー!」
そして一斉にしゃべりだす生徒たち。もう収集がつかなくなってくる。
そんな騒ぎの中、ソラ姫はリーンをじっと見つめている。
そしてそのソラ姫を毅然とした表情で見つめ返すリーン。リーンの瞳は黒曜石のような漆黒。茶色みがかった日本人のそれよりよほど黒く、吸い込まれそうな色あいである。赤と碧のオッドアイであるソラ姫とはその点でも相容れない。
しばし見つめ合う二人。
二人のそんな様子に騒がしかった周囲も気付き、ざわついていた教室が再び静かになる。
井上は半ばこうなることを予期していたのか、口を挟むことなく行方を見守ることとしたようである。そんな井上とは違った意味で二人を見つめる生徒たち。みんなこの後の展開がどうなるか早く知りたくてうずうずした表情を見せ、好奇心全開である。
「ソーク……って、あのソーク?」
引っ込み思案で恥ずかしがり屋なソラ姫がめずらしく自分から話しかける。
「そう、そのソーク」
「そ、そう……なんだ。その……もしかして……お父さんだったり?」
ソラ姫のその問いかけに目を見開くリーン。そして口角をゆるく上げる。
「ふふっ、まさか。私は……」
掛け合いを続けている二人。
それについていけない生徒たち。
そんな中、山下がふと気付く。
「あ、ソークって……この間の偵察艦隊の……」
そこまで言って、言ってはまずかったか? と思い口をつぐむ山下。しかし時すでに遅し。
「なるほどっ、ソークさんってあのライアの艦隊の司令官の関係者かー?」
しっかり聞きとめていた高橋が大声でそれを言う。
「えー! そうなの~? でもその艦隊の司令官さんってライア人だよね?
ライア人って確か2m50は軽く越えるくらいでっかい人たちだったよね?
確かこの前TVでも見たし……」
「だよねぇ、リーンさんも、そりゃ背は高いけど……どう見たって地球人っぽい見た目だよねぇ」
「どーいうことなの~?」
どんどん収拾がつかなくなってくる教室内。
そんな周囲の喧騒のおかげで、ソラ姫はリーンとの会話も続けられなくなる。が、もうその必要もない。確認はとれた。アリスの話とも合致する。
「帰化地球人。なんだよね、リーンさんは。大昔に地球に来たライアの人たちが連れて帰った……」
ソラ姫がぽそりと、つぶやくように言った。
それをしっかり聞きつける周囲の女子たち。それはあっという間に教室中に伝播する。
「「「「「えー!!!!!」」」」」」
何度目かの歓声が再び三年A組の教室にこだまする。
井上はもう好きにしてくれとばかりに天を仰ぐほかなかった――。
ぜんぜんお話すすみませんね……。
読んでいただきありがとうございます。