第一話 異星からの転入生
本編開始です。
よろしくお願いいたします!
市立国崎中学校。
首都圏のとある衛星都市にある街に存在する、どこにでもあるありふれた中学校である。
ところがそんなありふれた中学校がある少女が転校してくることで一躍全国有数、いや、全世界に名前が知れ渡ることとなっていく――。
一学期も半ばを過ぎ、中間考査も終わってしばらく経った頃。季節は初夏、鬱陶しい梅雨は中盤から終盤に差し掛かろうとしていた。
その日は珍しく晴れ間が広がっていて青い空がどこまでも広がり、雨上がり独特の澄んだ空気に満ちていた。しかしそれと逆に校内は一種異様な空気に包まれていた。
昇降口前のエントランスには、黒塗りのいかにもVIPが乗ってます感を漂わせた車が二台寄せられて停まっていて、その異様な空気の原因をあからさまに連想させる。
「当校を留学先として選択いただきまことに恐縮でございます。なにぶん地方の一市立校でありまして、色々力不足な点もあろうかとは思いますが、なるべく不自由されませんよう、全校一丸となってフォローさせていただきたいと考えております。……そのぉ、報道などではお言葉等、特に問題はないと聞き及んでおりますが、その点は大丈夫でございますか?」
校長室で国の高級官僚、そして警護のSPに囲まれた、上背だけはある小太りの定年間近になろうかとと思われる校長が、その横に対照的に華奢な教頭を従えるように立っている。彼は緊張からか止まらない冷や汗をハンカチで拭いつつ回りくどく説明をしながら、もう何度も確認したはずのことを懲りずに問いかける。
「はい、ご配慮、ご心配いただきありがとうございます。言葉は全然困りませんから、ごく普通に、一生徒として扱ってもらってけっこうです。私のために色々ご面倒おかけし申し訳ありません。
ですが私も地球の……年の似通った方々と親交を深めてみたいのです。立場上、私の周りには大人が多く、なかなか同世代のお友だちなど出来ませんし……ですから本当に楽しみにしているのです。ワガママをいいますがなにとぞご協力のほう、よろしくお願いいたします」
文科省の官僚やSP、そして従者である侍女一人が見守る中、ひときわ小柄で華奢な少女が、鈴が鳴るように涼やかな、しかし少しまだ甘さの残るかわいらしい声で慎ましやかに、しかししっかりと答える。
その少女とはもちろん、くだんの異星から来た少女であり異星人の一民族の長であるソラ姫だった。
中学指定の女子用ブレザーを着込んだソラ姫のその背中には地球人にはない特徴的な透明感溢れる白い翼が器用に折りたたまれて存在を主張している。出身であるグラン星、そこで姫が納めているエカルラート領の習慣として公式訪問など公の行事では正装が基本だ。エカルラートにおいての正装ではその翼は必ず出しておかねばならない。ありのままの姿を見せ、隠し事はしていないことを示し、誠意を見せるというところなのかもしれない。もちろんその姿で威圧や圧倒させる理由もありだろう。(ソラ姫には無理な相談ではあろうけども)
ソラ姫は「そんなこと地球では関係ないんだから、邪魔になるし目立つからしまっておけばいいのに」などと侍女に軽く抗議もしてみたが、
「そのようなことは許されません。他星に来てこそ、しきたりはきっちり守らなくてはいけません。姫さまはエカルラートを代表して地球に居るのです。それをお忘れめされませんよう」
などとあっさり却下をくらってしまっていたのだった。
そんなことを回想しつつ答えたソラに、まだ緊張感冷めやらぬ校長が答える。
「もったいないお言葉です。こちらとしてもエカルラン卿の意向に添えるよう、努力させて頂きますので今後ともよろしくお願いしたく……」
「こ、校長っ、そろそろお時間のほうが……」
校長がまたぞろ社交辞令に興じようとしていたところで横で静かに控えていた教頭が腕時計を気にしながら声をかける。その声にはっとし、ふと目の前の壁に掛けてある時計を確認する。
「おおっ、これはいかん。教頭先生、担任の井上先生に声をかけてきてくれるかね。
ああ、エカルラン卿、話が長引きまして申し訳ございません。この先は早速あなた様がお学びになられるクラスの担任をしている教師に教室まで案内させます。
これから先、至らぬ点も多々出てくるかと思いますが、ぜひ日本の学校を楽しんでいただければと考えておりますので、何とぞ良しなに、よろしくお願いいたします」
やりすぎて慇懃無礼になってるとは気付かない校長は、やっとその役目から解放されるかと思ったのかあからさまにほっとした表情を見せながら言う。
「ありがとうございます。お気遣いほんとうに感謝いたします」
ソラ姫はそのちょっと変わった、でも綺麗でかわいらしい顔で優しく微笑み、そう答える。
校長はそれを見て、一瞬見とれ、そしてすぐ我に返りまた吹き出してくる汗を一生懸命ハンカチで拭うのだった。
「フェリさん、ここから先は私一人で大丈夫ですからアリスに戻ってもらって結構ですよ。絶対教室まで付いて来ないでくださいね?
それと政府の方もここまでで結構です。色々便宜を図っていただきありがとうございました。あと、その……SPの方はお仕事なんでしょうけど……校内にいらっしゃられると他の生徒の方が怖がると思いますし……ご配慮いただきたいと思うのですが?」
ソラ姫は可愛くにらみながらそう言って侍女のフェリに帰るよう促し、文部科学省の官僚には一転して無表情にお礼を言い、そして警護のSPの行動に釘を刺す。
フェリと呼ばれた、ソラ姫付きのまだ年若組みえる侍女、フェリエル=ミディ=アリエージュは心配げにソラ姫を伺い、物言いたげな表情を見せたものの、それが初めからの予定でもあり、うやうやしくお辞儀をし同意を示した。
官僚たちはソラ姫と侍女、それに校長や教頭に別れの挨拶を簡素に済ませそそくさとその場を後にした。そしてSPの男もソラ姫に言われるまでもなく心得ていたのか、一礼をしてその場から去っていった。とは言うものの人知れず監視は続けられるのは分り切ったことではあるのだが。(SPがただ一人いうこともありえず、中学校周辺にはそれなりの監視網がしかれているのは異星の賓客を迎えている国として当然のことである)
ソラ姫はそんな人々を見送りつつ人知れずため息をつく。
はぁ……ほんとにもう堅っ苦しいんだからぁ。それにこんなしゃべり方いつボロが出るかもしれないから早く解放されたいよぉ。
<お姉さま、念願の日本の学校に入れたんだからもう少し我慢です。ファイトです!>
そう言ってソラ姫の思考に入ってくるのはソラ姫の星船のAIであるソラリス、通称アリスである。アリスは”遠隔感応通信”という人の思考に直接干渉できる、俗に言うテレパシーのような手段を使って交信をしてくる。まぁ遠隔感応通信では長いので普段は交感と読んでいるわけだが。
<うんアリス、ありがと。ボクあと少しがんばるよ。教室まで行ってしまえばこっちのもんだもんね、めんどくさくって煩わしい大人の付き合いなんかもうこりごり>
さっきまでのかしこまったしゃべり方がウソのようなソラ姫。
どうやらこちらが本来の言葉遣いなのだろう。
<ふふっ、地球の子供たちに無事迎え入れてもらえるといいですね。……でもお姉さま? 出来れば”ボク”口調はやめた方がいいかも? 超絶かわいらしいお姫さまがボクじゃ……ちょっと残念な子になっちゃいます~>
ソラ姫一筋のアリスはそう言って、クラスの生徒に受け入れてもらえるか? 内心少し不安に思っているソラ姫を勇気付けつつもボク口調のソラ姫に微妙なアドバイスみたいなことを言う。
ちなみにソラ姫のことをお姉さまと言うのはアリス……ソラリスがソラ姫のためだけに造られた星船であり、生まれたとき(星船が初めて稼動したとき)よりずっと一緒にいたソラ姫を慕っての呼び方なのであり、またそもそもそのように人間くさくなるようにチューニングされたAIなのであった。
<そ、そうだね、気をつけるぅ。じゃ、アリス、フェリさんの転移だけよろしくね? で、ボクはクラスのみんなに馴染めるようがんばってみるね>
<はい、その意気です! フェリのことはお任せください>
ソラ姫とアリスは周りの人々に気付かれることなど当然なく交感を終えると、戻ってきた教頭に連れられ、自分の担任になるという教師との初顔合わせに挑む。
そんなソラ姫の顔はこれからの出来事への期待からか、幸せいっぱいのそれはもうまさに天使の微笑みを浮かべ、どこまでも優しくかわいらしい表情で満ち溢れているのだった。
次話はいよいよクラスメートとの邂逅です。