第十七話 月の裏の蹂躙戦
ようやく投稿です。
葉巻型の星船、九隻の巨大な巡星艦が横一線に並び、更にその前列には旗艦である司令ソークが乗艦している巡星艦から放出された小型艦――、司令ソーク言うところのデコイ艦が十隻、これも整然と並んでいる。
それはその艦列の前方、地上的な感覚でいえばはるか彼方といってもいいほどの距離に佇むソラ姫を威圧するかのようであり、ついには威圧に留まらず実力行使へと移行していく。
地球からは見えない月の裏側で、静かに始まった様子見のはずの戦闘は、その言葉とは裏腹に苛烈さを極めた攻撃となってソラ姫に襲いかかろうとしていた。
地球の極地を天面に見て、等間隔横一列に並んだデコイ艦から一斉に発せられたまばゆいばかりの十条の光の筋は、遠目からみれば美しく輝く光の川のように見える。しかしその実態は、それぞれが地球の小さな都市など一瞬で蒸発せしめてしまうであろう、暴力的なまでの熱量を持つ熱線の奔流。その十条の流れは確実にソラ姫に向って襲いかかるべくその流れを加速し突き進んでいく。
ソラ姫はライア人のデコイ艦から放たれた、収束された高熱源の流れをそのオッドアイの綺麗な目で捉えているにもかかわらず、慌てることもなく、いや、それどころか気が抜けるほど自然体のまま……、宇宙空間に佇んでいる。それはどのようなコトにでも対処出来るという自信からだろうか?
ソラ姫の背後には、彼女の星船アリス。そしてその更に後ろにはライエルの星船ディアとそのインスタンス船三隻が控えている。しかし、その強大な戦力であるはずの星船たちからは動く気配など微塵も感じられず、どうやらソラ姫に全てを任せ、傍観に徹する構えのようである。
ソラ姫がその小さな右手を自分の前にかざす。
そのもみじのように小ぶりでかわいらしい手のひらを目一杯に広げたかと思うと、その前にきらめく光源が現れる。その光はみるみる大きく膨張していき、数度瞬く間に、まるで宇宙一面を覆うかのように巨大で、しかし息を飲むほどに美しい光の膜を造り出していた。
その光が収まるとそこに現れたのは非常に薄い膜。輝きの治まった表面には色とりどりな模様が次々と浮かび上がり、一秒たりとも落ち着くこともなく変化を見せながら緩やかに渦を巻く。なんとも儚げで刹那的な美しさ。あえて例えるならシャボン玉を平らにし、円状に引き伸ばしたものを想像すればいいのかもしれない。もちろん規模はそれの数万倍にもなる代物ではあるが。
今その宇宙規模の特大のシャボン膜は、正面より突き進んでくる熱線の奔流を迎え入れようと、ソラ姫の前方に壁のように張られる。
その壁は大きさはともかく、傍目から見ればあまりに脆弱に見える。綺麗なだけで強さが微塵も感じられないそれは、凶悪そのものの光と熱の狂おしいばかりの奔流を防げるとは到底思えない。
地球でその様子を見ている世界中の人々も一様にそう感じ、このすぐ後に起こるであろう現実、小さな翼を持った少女が高温高圧灼熱のガスの奔流に飲み込まれてしまう様を想像し、ある人は心を痛め、ある人は顔をしかめ、ある人は手を強く握りしめる。
「お姉ちゃん……」
それは日本に居る家族、そして春奈にも言える。いや、血をわけた姉妹である彼女にとってみればありえない、許し難い状況だといえる。
刹那――。
ソラ姫が造り出したシャボンの膜と、十条のすさまじいばかりの熱の流れがついに交わる。
シャボンの薄い膜がほんの一瞬、円錐状に長く延びたかのように見えた。
音のない宇宙、そこに激しい炸裂音がしたかのように錯覚する、月の裏側がまっ白に見えるほどにまばゆい光が満ちた。
なんということか!
十条の暴力、ほとばしる熱波の流れが、まるで凸レンズを通り抜ける光のように屈折、歪曲されながら収束し、そのシャボンの膜の中へ、中へと――、
吸収……、
されていく。
すさまじい熱量。青白く見えるほどの高温高圧のガスの奔流。
十条の狂気の奔流はその目的を果たすこともなく、虹色に輝きながら渦を巻く、美しいあまりにも薄い、その膜に吸い込まれ、消滅していく。
シャボンの膜の裏側は、前面の激しい光と熱とは裏腹に穏やかな静けさを保ち、翼を大きく広げたソラ姫が相変わらず静かに佇んでいる。
ただ、ほのかな輝きを見せる、前に差し出しているその手を下ろすことはなく、未だライア人の艦隊に向けたまま維持している。
――そんなソラ姫の内心は、見た目とは裏腹に毒々しい思いで彩られていたりする。
<ディ、ディアのうそつき~!
な、何がサッカーボールもどき以下だよ~!
は、半端ない攻撃じゃんか~!
あんなの直接くらったら、さすがのボクでもただじゃすまないよ?
死にはしないまでも、痛い目にあっちゃうのは間違いないとこだったよ~!
ったくもう、ほんと、情報は正確に教えといてよね~?>
涼しげな表情とは違い、相当パニくっていたようである。
<うーん、おかしいですね。確かにやつらのデコイ艦の性能はスレーブ以下の脆弱な武装しかしていなかったはずなのですが……。
――ああ! すみません、蒼空。
どうやら私が照会した情報が古かったようです。
さきほどまで参照していたデータは数百年ほど前、エカルラートの移民時代の頃のものでした。
しかしまぁ、良いではありませんか? 結局のところ何ごともなく済み、しかも"アビス"の実践まで出来たのですから。
うん、中々良い仕上がりなのではないですか?
やはりスカーレットオーブとのシンクロも完全に近くなり、ほぼ無尽蔵といっていいエネルギーが供給出来るようになるとひと味違うようですね。なんとも悔しいことですが、すでに私ですらその力に抗うことはできないでしょう>
重大なことをあっけらかんと訂正し、開き直るディア。
<な、なにそれ~! ディ、ディア! おまえねぇ! っつうか移民って何――>
<ああほら、蒼空。そんなことを言っている暇はありませんよ? また来ましたよ?>
ディアが文句を続けようとするソラ姫に注意を促す。
<はわっ、も、もう! うっとおしいんだから~っ!>
眩い光と共にデコイ艦から再度放たれる灼熱の奔流。しかも今度は二射、三射と連続して放たれる。
「そんなの無駄っ!」
ソラ姫がかわいらしい声でそう言い捨て(もちろん誰にも聞こえないのではあるが)、またもシャボン膜、アビスを素早く展開させる。
十条のエネルギーの柱が連続で矢継ぎ早にソラ姫へと襲い掛かるも、それはやはりいとも簡単に、まるでただの水の流れかのようにあっさり吸収されてしまう。膨大なエネルギーをこともなげに片手間のように対処してしまうソラ姫。
『な、なんなんだアレは!』
デコイ艦群の自慢の攻撃をこともなげに処理され、思わず声を荒げる司令ソーク。
『何だとはこれはまた。ボケましたか? 司令ソーク。アレはグラン星エカルラート領主、通称ソラ姫だと……ご承知いただいていると認識しておりましたが?』
『そんなことはわかっている! 私が言っているのは、あのデタラメな防御をやっている存在は何なんだ?ってことだ! この状況で迂遠な物言いをするな! あんなモノが存在していいのか?』
補佐官キューの少々わざとらしいとぼけ方に苛立ちをあらわにして吼える司令ソーク。
『す、すみません――、つい現実逃避してしまいました。
確かに驚きです。私見ですが……、アレはワームホールを局所的に造り出し、それをもって我らの収束砲撃を吸収しているように見受けられます。いや、用途的に考えれば片道でしょうから……ブラックホールと言った方が正確なのかもしれません。
ですが……言うのは簡単ですが、それをあんな小さな人類種の身体一つで造り出すなど到底信じられません。通常、ワームホールを使った航行が出来るのは巡星艦レベルからです。ライエルで言えばジェネリック船となりましょうか。ですから、我らのデコイ艦ですらその能力はありません。そしてそれは奴らのインスタンス船にも言えることです。
――要するにです。あの現象を引き起こすには亜空間航行が出来る艦船に搭載されている縮退炉が必要で、あんな小さな人間ごときが引き起こせる現象では……間違ってもありません!』
端整と言えるのだろうと思われる容姿とは裏腹に、なんとも熱い言葉で解説をする補佐官キュー。
『うーむ、聞けば余計、化け物じみてくるな。
となると……、あのウワサが現実味を帯びてくる――』
『ウワサ……ですか?』
司令ソークのつぶやきのような言葉に、つい聞き返す補佐官キュー。
『ああ。貴官も聞いたことが――』
『っ! 反撃、来ます!』
ついソラ姫の分析に夢中になっていた二人。
大した間ではなかったにしろ、その間にソラ姫はその手に持った長い槍状の武器? をライア艦隊に向け……、そしてその先端から凄まじい放電現象と共にエネルギーの束を放っていた。
その様子は、余すことなく艦内のスクリーンに映し出されている。
透き通った白い翼を広げ金色に輝く粒子を宇宙に散らしながら、その手に持つ長い槍、"音叉の槍"から放たれたエネルギー流。嵐のごときプラズマの奔流。
それは先ほどの仕返しとばかりにライアのデコイ艦に向け放たれた禍々しい光と放電の激流。それが螺旋を描きながら襲いかかる。
しかもソラ姫は砲撃状態を維持しながら、それを右へ左へと横なぎに振り始めた。
デコイ艦群はそのプラズマの螺旋の奔流を防ぐべく、防御スクリーンを展開する。それはそう容易く突破出来るものではないはず……だった。
少なくとも、過去に経験した数多の争いの中、一撃で突破されたことは一度も無かった。(その中には非公式ながらライエル軍との小競り合いも含まれる)
が、それは脆くも崩れ去り過去のものとなる。
防御スクリーンが耐えたのはほんの数秒でしかなかった。
接触と同時に激しい放電と光で、その宙域がホワイトアウトする。旗艦の多種に渡るフィルター機能を有したスクリーンですらそれは処理しきれない。
そして……、次の瞬間、防御スクリーンは跡形もなく消え去っていた。
その後に来るのはひたすらの破壊――。
螺旋を描くプラズマの奔流に飲み込まれるデコイ艦。
そして横なぎに振られるその流れは、横一線に整然と並んだその艦列を余すことなく蹂躙する。艦列はエネルギーの奔流に乱され、強固であるはずの葉巻型の艦体は、その表面がむしり取られていくように崩壊していく。やがて、ついには耐えられずに……あえなく爆散する。
あっけなく。
あっけなくデコイ艦十隻が、この宇宙から永遠に消滅した。
ものの数分も持たなかった。
余りの呆気なさに呆然とするライア勢。
デコイ艦群を放出した旗艦の二人がその筆頭である。
『なっ――』
絶句するほかなかった。
そしてそれは――、その砲撃を放ったソラ姫にも言える。
「ほぇ~! な、なにあれ? な、なんであんな強烈な攻撃になってるの~?
ぼ、ボク、消滅させるつもりなんて全然無かったのに……。せ、せいぜい痛い目合わせて帰ってもらおうかなぁ……、ってくらいで納めとくつもりだったのに」
思わずそう口走るソラ姫。
<蒼空。あなたの体は今をもってまだ進化し続けているのです。先ほども言いましたが、オーブとのシンクロ率が以前よりも相当進んでいます。いつぞやの月の裏側での模擬戦闘や、ノルン公との戦闘時より確実にその力は増してます。
ですから蒼空。力の制御をしっかりと身に付けてください。なに、これがいい機会です。ライアの田舎者たちを使ってしっかり練習すればいいではないですか。ほら、また出てきましたよ? 引き続き頑張って、力の制御を身に付ける一助にしてください>
ソラ姫の疑問について解説しつつ、突き放すように言葉をかけるディア。
「ううぅ、もうやっ、なんでボクばっかし……。春奈ぁ、もうお家へ帰りたいよ~!」
ソラ姫のその泣き言がむなしく宇宙空間に放たれる。
が、やはりそれが誰かの耳に届くことはないのであった。
次回で月の裏のお話終了です。
読んでいただきありがとうございます。