第十二話 海にもいろいろありますね?
海偏ようやく終了です。
文字数増えまくりです。
監視員の人たちに連れて行かれる、妙に大人しくなってしまった大学生の男たちを、今だ怒り冷めやらぬ眼で見送る若村たち。男たちの連れの女性らが去り際に「ごめんね」と気まずそうに謝ってはいたものの、それで溜飲が下がるはずもなかった。
そんなぷんすかしている友だちを尻目に、ソラ姫は先ほどの天使モードがウソのようにいつもの様子に戻っている。広げられていた翼もすでに消え、普通の人の姿だ。
若村たちもせっかく海に遊びにきて、いつまでも怒っていても仕方ないとばかりに気持ちを切り換え、自分たちのグループに意識を戻すわけだが……ソラ姫を見て、どう対応したものかと微妙に戸惑いの表情を浮かべている。さすがに先ほどのあれを見ていつも通りに話しかけるのは、はばかれるような気がしたのかもしれない。
「あ、あのさぁ、ソラちゃん?」
若村がらしくもなく、ちょっとよそよそしげな様子でソラ姫に声をかける。
「ん? なぁに、ひなちゃん」
返された言葉は鈴の音のごとく涼やかでちょっとハイトーンの、いつものソラ姫の声。その声を聞いて変な緊張感が少し抜け、安心する若村。思い切ってさらに言葉を続ける。
「さっきはありがとね、ソラちゃん。おかげで助かった! でもさぁ、いい大人があれじゃ困ったもんよね? ほんと男ってバカが多いよ。呆れちゃう」
しゃべっているうちに多少いつもの調子が出てくる若村。ソラ姫の力のことには触れずに、でもしっかり文句だけはたれる。それに面白くないのは男子、特に青山だ。
「てめー若村、オレらとあんなダッセー大学生のおっさんを一緒にすんなよなっ! とに、こっちだって、まぁ役には立たなかった……けど、痛ぇ思いしておめえらのことかばってやったっていうのによぉ……」
最初は威勢よく言い返したものの、やはり助けられなかった負い目があるのか、だんだん声が小さくなっていく青山。やはり普段通りとはいかないようだ。
「まぁまぁ青山くん、男の子たちはよくガンバったよ。駆けつけて来て……かばうように前に立ってくれた君たち、とってもカッコ良かったよ! そうでしょ? ひなちゃん」
二人の不器用さに少し呆れながら、仕方ないとばかりに助け船を出す杉山。そんな杉山の言葉に喜びまくる男子たち三人。単純なものである。
「う、うん。ま、まあ、感謝してるよ。……そ、その、あ、ありがと……」
杉山に軽くにらまれながら、ぎこちなくも感謝の言葉を男子たちに告げる若村。
「まあ、わ、わかりゃいいんだよ、わかりゃ」
素直に謝ってきた若村にドギマギする青山。まさかこんなに素直に謝ってくるとは思っていなかったようだ。で、照れ隠しもかねてさっきから先延ばしにしていた問題についてついに提起した。
「でよ、どーすんのよ? この状況~!」
「ははっ、面白しれ~よなぁ、これ」
青山が半ば呆れたような声を上げたのに対して、高橋は対照的に周りを見回しながら、なんとも面白そうに声を上げる。山下や若村、杉山はもちろん青山の意見派で、そんなみんなの様子をなんとものん気な表情で見ているのが当事者であるソラ姫だった。
そう、ソラ姫たちの陣取るパラソルの周りは、取り囲むように集まったギャラリーたちでかなりの人だかりとなっていた。先ほどの騒ぎのおかげで、元から居た人々だけならまだしも、ウワサがうわさを呼び……今や元の数倍の人数にふくれ上がってしまっていたのだ。
「ほら、例の異星人のお姫さま。あの子がそうなんですって」
「きゃ、かわいい~! 小さくて、白くって、まるでお人形さんみたい」
「TVで見たのと同じでおっきな翼、広げてたよ~! 天使みたいだったんだから」
「そうそう、すごいよねぇアレ!」
「さっきのなんかすごかったよ。からんでた大学生が急にブルブル寒がったり、やたら偉ぶってたやつなんか、手を触れられてもいないのに地面に押し付けられちゃって……身動きとれなくなってた!」
「何それ、怖い。超能力?」
「おーおー! 体格いい男だったけど、ぜんぜん動けないみたいだったよな? まじすごかったよな~」
ギャラリーたちは好き勝手にそんなことを言いながら、ソラ姫の方を興味津々といった面持ちでながめている。携帯やデジカメで写真を撮るものも多数出てくる始末で、ある意味酔っぱらいの大学生より始末が悪い。
そんな周囲の騒ぎに、さすがにソラ姫もいたたまれない気持ちになってくる。更には、落ち着いてきた今、水着を着た自分の姿を多くの人に見られ……恥ずかしい、という気持ちがぶり返してきて、だんだん居心地が悪くなって来る。
「なんか私のせいでごめんなさい。そのぉ、ちょっとやりすぎちゃったかな……」
少し頬を赤く染めながら、しょぼくれた声でみんなにそう言いだすソラ姫。
「そんなことない! すっごく助かったよ。ソラちゃんが気にすることなんて何もないよ」
若村がすかさずフォローの言葉を入れる。その言葉に、「ありがとう、ひなちゃん」と微笑みながらお礼の言葉を返すソラ姫。
「だよね、僕もそう思う。たださ、さすがにちょっとこのままここで遊ぶのは……その、大変、じゃない?」
それとは別に、若村の言葉に同意しながらも現実的な話しを口にする山下。
山下の言葉に「何言うの!」と非難の顔を浮かべそうになる若村を制し、杉山が続ける。
「そうよね。ちょっとこのままここで遊ぶのって、ソラちゃんがかわいそうな気がする」
杉山と山下の意見に青山と高橋も同意を示し、若村も結局同意。
今だ野次馬根性まる出しのギャラリーに囲まれたまま、パラソルの元に集まった若村たちは今からどうするか相談しようってことになる。レジャーシートの上で脚を横に崩して座る女子。ソラ姫はぺたんと女の子座りをしていてその姿はなんとも愛らしい。男子たちはそのシートの淵に座り、脚をシートの外へ放り出すように伸ばして座ったり、胡坐をかいたりしている。
で、身を寄せ合って話しをするといやでも目に付くのは女子たちの水着姿。
これからどうするか? 女子たちが真剣な話しをしようとしている中、男子たちの内心はそれどころではなかった。目に入ってくる濡れた水着の胸元や、普段は隠されて見えない色々なところに目がいってしまい、正直話しどころでないのだった。
「ちょっと男子、話聞いてる? って、高橋! あんたどこ見てるのよ~!」
目ざとくそんな男子たちの視線に気付く若村。ヤリダマに上げられたのは露骨すぎた視線の持ち主、自分の欲望に正直すぎる男、高橋だ。
「おわっ、べ、別にどこも見てないって。お前の見ても仕方な……」
「うおぃ、智也! バカやろっ!」
失言しそうになる高橋の口を塞ぎにかかる青山。
「はは、まぁ気にすんな。ど、どうすっかなぁ、ちょ、ちょっと場所移せばいいんじゃね?」
高橋を小突き、誤魔化しながらそう言う青山。
胡散臭そうな目をする若村。
「ま、いいわ。どうせ高橋だし。それよりやっぱ、場所変えかなぁ?」
若村は青山の意見に従ってというわけでもなさそうだが同じようなことを言う。皆もそれにうなずく。高橋は不当な扱いに、少し不服そうな顔をしていたもののやはりうなずく。
「あのぉ、私、迷惑かけちゃったから代わりの場所、提供します。すっごくいいところなので、みんなぜぇったい満足すると思います!」
ソラ姫がおそるおそる、でも自信たっぷりな表情で皆に提案する。
その言葉に若村らは一瞬表情を固める。
なぜかトラブルの臭いがして仕方ない面々。
「あ、あの、ソラちゃん? それってどんな方法で、かな?」
若村がごくりと喉を鳴らしながら意を決して聞く。
「はぇ? あ、えっとですねぇ、みんなで南の海へ転移……だけど。ダメ、ですか?」
やっぱり――。
若村らはみんなしてそう思った。
ソラ姫のホームステイ先の女の子がお昼休みに転移された話を聞いたり、本人がよく消えるように居なくなるところを目にしていた若村ら。当然警戒心を抱き、思わずみんなして顔を合わせ、ソラ姫を除いた五人でぼそぼそと相談を始める。
そんなみんなの様子をきょとんとした表情で見つめるソラ姫。
若村らの結論はすぐに出た。
「あの、じゃあお願いしてもいい……かな?」
若村が皆の意見を代表してソラ姫に告げる。結局警戒心と好奇心では好奇心が勝ったようである。
「うん! まかせて。すっごくいいところだからっ。じゃ、行くね!」
返事を聞いたと同時にそんなことを言うソラ姫。
「えっ、ちょ、ちょっとソラちゃん! まだ色々準備がっ……」
「うぉ、いきなりか……」
そんな慌てる若村らの声を残し、ギャラリーが今だ囲んでいた中でかき消すようにその場から姿を消した六人なのだった。
呆然とするギャラリー。残っているのは彼らの荷物のみ。
「お、おい、消えちまったぜ?」
「うあわぁ、あれ、異星人が使う転移ってやつじゃない? TVの解説で聞いたことあるよ」
「でもドジだよな。荷物置き忘れてるぜ!」
ざわめくギャラリーたちの前で、そのウワサされていた荷物がまたもや消えてなくなる。どうやら気付いたのか転移させたのだろう。
今度こそ本当に何もなくなり、貸しパラソルだけが残るその場所を、ギャラリーたちはしばし見つめているのだった。
そして、きっとそれらはこの後、世間に色々なネタを提供するに違いないのだった。
そんなソラ姫たちを離れた所から見つめる目があった。
ビーチパラソルの下、ビーチチェアをリクライニング状態にし、フラッペを片手に優雅に横たわる美女。ボブカットの髪にスタイリッシュなサングラスが良く似合う女性は、黒いビキニを身に着けモデル顔負けのプロポーションでそばを通る男たちの視線を釘付けにしていた。
「あらあら、相変わらず派手ね。ほーんと、あのお姫さまは自重するってこと……知らないのかしら?
うーん、違う……かな?
私たちから見ると派手だけど……きっと彼女らにとって、あんなことはごく自然な行いってことなのかもしれないわよね。
歩くことのように自然なこと。――だから自重しろって、いくら周りにいわれてもだめなのかもね」
女性が一人、ぶつぶつとつぶやく。
そして自分なりの結論を導き出したのか、おもむろにチェアー横のテーブル上に置いてある、海辺にあまり似つかわしくない黒い皮製の小ぶりなポーチからスマートフォンらしきものを取り出し通話しだす。
「朝比奈です。
――はい、対象はその学友たちを伴って転移してしまいました。したがってこれ以上の監視は不可能となりますので我々のチームは撤収します。後はそちらにお任せしますのでよろしく。しかし今回は色々面白いネタ、たくさん仕入れましたから、さぞや彼らは喜ぶと思いますよ」
自らを朝比奈と語った女性はどこかへそう報告し、最後のセリフで少し綺麗な顔をかすかにしかめながら通話を終える。
軽くため息をつくと、ビーチチェアから優雅な動きで立ち上がり、テーブルからポーチのみ手に取るとその場からそそくさと、立ち去っていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「「すっげ、すっげー!」」
「ほんと、うそみた~い!」
「きれいすぎてなんか恐いくらいだね~」
転移された先はまさに南海の孤島。
とても小さなその島は、周囲に何もない人の手もまったく入っていない無人島だった。
まっ白な砂浜は微細なガラスの粒のような砂でいっぱいだ。そこに静かに寄せてくる波は穏やかでその先に広がる海の色は、どこまでもきれいなクリスタルブルーをしていて、砂浜とのコントラストは美しいの一言だ。
「えへへっ、ねっ、来て良かったでしょ?
アリスにお願いしてこの地球上でいっちばん綺麗でだーれもいないとこ探してってお願いしたんだもん。ボクのアリスに間違いなんてないもん、うふふっ、完璧でしょ?」
若村や杉山にそう自慢するソラ姫。うれしさからかまたもや地の言葉が出てしまっている。
若村らは始めての転移に最初こそビックリしたものの、そのあまりのあっけなさと、まだまだ大人になりきれない若い思考でもって、あっさり受け入れてしまっていた。
島に着いてその様子を目の当たりにした少年少女たち。
そんなみんなにソラ姫はもう自慢しまくりなのであった。(かくいうソラ姫自体も来たのは初めてなのだが、アリスとの交感でそのイメージを予習していたりするのだった)
山下はもう無言でその手にカメラを持ち、写真を撮りまくっていた。周囲の景色であったり、水中であったり。その表情はどこか恍惚としていてもはや女子どころではないって感じであり、ちょっと残念な男子と化していた。
それとは逆に青山と高橋は先ほどのビーチ以上に大はしゃぎで、波打ち際を縦横無尽に走りまわり、時折り若村や杉山にちょっかいをかけ、逆襲されている。
ソラ姫はそんな中にイマイチ溶け込めず、離れたところから、それでもニコニコしながらみんながはしゃぐ様子を見ていた。しかし、それをいつまでも放っておく彼らでもない。
「ほら、ソラちゃんもこっちきなよ。ビーチバレーしようよ? 山下はもう病気だから放っておくとして……女子対男子でね」
若村がいつの間に用意したのかビーチボールを手にソラ姫を呼ぶ。ビーチバレーと言ってもネットなどあるわけもなく、ただ対面してボールを打ち合うだけの簡単なものなのだが。
「ちょっと待てよ若村。女子対男子って、ソラちゃんがそっち入った時点でこっちがめちゃくちゃ不利じゃんか! なのに三対二って、どんだけだよ」
「なぁに本気になってるのよ。遊びじゃない。それとも何? ソラちゃん一人対、あんたたちとか、私たちって対戦でやりたいわけ? うわ、ひどい。鬼だわっ、ここに鬼がいるわ!」
青山のマジメ突っ込みに小憎たらしく返す若村。
そんな若村の返しになんとも返す言葉がない青山。
「まぁいいじゃんか悠斗。女の子対おれら二人でさ。きっと楽しいぞぉ、きっと色々ハプニングとかあるぞ~! さぁさ、やろうぜ~」
高橋がバカな意見を述べ、そんな彼に女子二人がいーっとしかめっ面を向ける。
ソラ姫を含めた、そんな女子対男子の熾烈な戦いが始まったとか始まってないとか……。
バレーをひとしきり楽しんだ後、(高橋期待のハプニングなど起きはしなかった)ソラ姫はその翼を思う存分広げ、その綺麗な島の上空をゆったりと飛び、その美しさを満喫したりしていた。
ワンピースの水着を着た美しくもかわいらしい少女が翼を広げ空を飛んでいるのは中々絵になり、山下はちゃっかりそんなソラ姫を撮影していたりする。
若村らは空を気持ちよく飛んでいるソラ姫の姿を見て少しうらやましそうに、でも楽しげな表情で見つめながら、杉山が用意してくれていたお弁当をちゃんと男子も呼んで、一緒に舌鼓を打つ。
ソラ姫はそれを素早く見つけると滑空をあっさり切り上げ、地上に舞い降りて来たのは言うまでも無いことである。(もちろんそれはソラ姫に対する杉山のいたずらだったりする)
そんなこんなで、まるで天国のごとく美しい小さな孤島での夏休みの一日は楽しく過ぎていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
とある研究室で熱心にある動画を見ることに集中している研究者たち。それはビーチで朝比奈らが撮影した一連の出来事を納めたものである。かなり遠距離から捉えたものでお世辞にも鮮明な映像とはいえないのだが、それを見つめるその顔は、新しい玩具を与えられた子供のように喜々とした表情を浮かべている。
「うん、ここ! これ、すごいよね」
男が少し恍惚とした表情を浮かべ指し示すのは、体格の大きな大学生くらいの男が砂浜に前のめりに倒れ、なんとか起き上がろうと手足に力を入れ起き上がろうともがいている姿。
がしかし、どのような力が働いたものか、その男が渾身の力をもって体を起そうとしているにも関わらず、それがかなう事は1mmたりともなく、ただただ男は無駄に体力を消費していくだけのように見える。
「これってありていに言えば、世のマスコミ連中が喜ぶ……、いわゆる超能力……ってやつに見えるよね。まぁ実際、マスコミ的にはそれでいいかもしれないけど。
僕ら的には、そう簡単にそんな結論に落ち着くわけにはいかないよね?」
男はそう言うと、同僚であるもう一人の男に同意を求めるように伺い見る。その男はニヤリとした表情を浮かべ相槌を打つ。
それを見て満足した男は話しを続ける。
「何よりこの現象を引き起こしてるのは、かの麗しの異星人、ソラ姫なわけだ。
僕は超能力なんて、あるかどうかも眉唾ものの超常現象なんてもの……認められないし信じてもいない。だから今回のこれもそんなものじゃないと考えるわけだ」
「なるほど、別の視点で見てみると、重力を操って、任意のポイントに強いGを引き起こすなんらかの技術をソラ姫が使っているのかもしれない。と、そう考えてるわけだね?」
あの星船といわれる宇宙船を造り上げた彼らである。そんなことなど当然出来てしかるべきだ。
「そう! さすがだね、君。
ああ、一度でいい、彼女の体を存分に調べる事が出来たなら……この推理の検証も出来るし、その仕組みを少しでも解明することが出来るかもしれないのに――」
研究者らはそんなことを思いつつ、なんとも少ない材料をもとに研究に没頭していくのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
孤島での遊びを終え、さあ帰ろうかとなったとき、みんなして着替えがないことにはたと気付く面々。
「「「「海水浴場のロッカーだ!(ロッカーよ!)」」」」
海水浴場の更衣室のロッカーに入れっぱなしになっていることに気付き、苦笑いを浮かべるしかない。
かくしてまたもソラ姫の転移のお世話になり、日本のビーチへと舞い戻ったのもまぁ楽しい思い出である。
読んでいただきありがとうございます。