第十一話 海へ行こう!(後編?) ☆
8/16 挿絵を追加しました。
真夏の太陽が容赦なく照りつける広大な海水浴場。
関東エリアでも上方に位置するこのビーチは案外というと失礼だがなかなかに水質もよく、清掃の行き届いた砂浜は目立ったゴミもほとんど無く美しい。
そんな場所を世の人々が放っておくはずなどもちろん無く、暑さから逃れるため、はたまた出会いを求めてか? 老若男女、数多くの人々が訪れることとなる。そうなると、いかに広さを誇るビーチといえども人の居ない場所を探すほうが難しい。
かくも多くの人々で賑わうビーチだが、ソラ姫のおかげもあってなんとか高橋の確保したパラソルにたどり着くことが出来た六人組は、荷物を置くや否や、ろくに整理もしないまま涼を求めて海へと駆け出していった。
中でも男子は暑い中、ずっとガマンしていたこともあり、奇声を発しながら海に猛ダッシュといってもいい勢いで突っ込んでいく。(まぁ山下は女子側だったりするのだが)
「ひゃっほー!」
「いえぇ~い!」
水飛沫を撒き散らしながらの突入に、青山と高橋は周囲の家族連れから盛大にヒンシュクを買っている。一方、女子たちはといえば……、
「あ~ん、まだ心の準備が~、まって、待ってったら~」
「聞こえなーい! そんなにかわいいのに恥ずかしがることないって。それにここまで来ておいて今さらだよ~!」
慣れない水着姿に今だ恥ずかしがっていたソラ姫にじれた若村。抵抗するソラ姫もなんのその、手をとってほとんど引きずるようにして波打ち際まで引っ張り込み、その上で、杉山と一緒になって、パシャパシャと盛大に水をかけまくり、照れたり慌てたりするソラ姫の様子を見て楽しんでいた。
すっかり水に濡れてしまった水着が肌に張り付く感覚に、また微妙な恥ずかしさを覚えつつも、そんな仕打ちに唇をとんがらせ、ほっぺを膨らませながら抗議するソラ姫。が、それはなんというか……、ただただかわいさを強調するだけであり、何の抗議にもなっていなかった。
こうなったら仕返しするしかない。
ソラ姫は表情をキッと引き締め、「仕返し~」とかわいく叫びながら、小さな手でもって一生懸命水をかき、若村と杉山に浴びせかける。
「きゃー、ソラちゃんが怒った~!」
逃げ惑う二人。それを追いかけまわすソラ姫。
そんな三人を眼福とばかりに見つめる、騒ぎまくっていたはずの男子たち。チャンスには目ざといやつらである。
そして山下はさらに要領よくデジカメで写真まで撮っていた。ちゃんと防水タイプのデジカメを用意してきてるあたりさすがというべきなのか? 多少なよっちく見える山下もやはり男の子といったところか。
とまぁ、取るものも取りあえず、まずは暑さを逃れるため海に入ったソラ姫たちであったが、一通り水を浴び、暑さで火照った体もとりあえずクールダウン出来たところで、ひとまず確保してあるパラソルまで戻ることとする。
まぁそうは言っても戻るのは女子のみ。
男子たちは、再び奇声を上げながらはしゃぎまわり、水飛沫をあげまくり、相も変わらず周囲のヒンシュクを買っている。山下もそれに若干引き気味とはいえ、所詮同類なのかその顔はいかにも楽しそうで、手に持ったデジカメで、はしゃぐ連れの写真を撮ったりしている。
「やれやれ~、ほんとバカだよねぇ男子って。あいつらのそばに居たら私たちまで同類に見られちゃうつーの」
パラソルの元まで戻ってきた女子三人組は、相変わらず元気にはしゃぎまわっている男子を呆れた目で見ていたが、若村が本音をぽろりと口にする。それに激しく同意する杉山とソラ姫。
「でもある意味男子ってうらやましいな。あそこまで周りを気にせずはしゃぐなんて……私にはとても真似出来ないよ」
杉山がうらやましいと口にするが、しかしその顔はイジワルな表情に彩られていて、どうやら言葉と本音が一致していないようである。
「優香ったら言い方周りくどいって。素直にバカって言ってやればいいのよ、バカって。ねぇ、ソラちゃん」
「ふぇ? あ、あはっ、そ、そうだね。ほんとだね……、あはは」
いきなり振られ、対応に困るソラ姫だった。(実ははしゃぎまくる男子たちを見て、内心うらやましいと思ってたりしたのだった)
「さっ、さっきはあまりの暑さにいきなり海に入っちゃったけど。遅まきながら準備、準備。
女の子は色々大変だよねぇ。っとにさぁ、ホントなら更衣室で済ましときたかったけど……。あの中で塗るのもねえ……」
若村がグチリながら荷物をガサゴソとし、杉山も同じように自分の荷物を確認し始める。
探し物は、そう、日焼け止めだ。
「よし、あったっと。うん、ちゃっちゃと塗って、も一度海に行かなきゃね。
でもいいよねぇソラちゃんは。日焼けとか心配いらないなんてさぁ……たく、どうなってんの? 異星人の体ってさ。その体質は全世界の女性を敵にまわすよ? うらやましすぎだよ!」
見つけた日焼け止めを遅まきながら自身の肌に塗りこみつつ、ソラ姫になんとも理不尽な文句をたれる若村。
男子たちが運んできた荷物の中から大きめのレジャーシートを取り出し、パラソルの下とはいえ相当に熱い砂の上にそんな熱さもなんのその、平気な風で広げていたソラ姫は苦笑いするしかない。
「ひなちゃんったら、そんなこと言ったらソラちゃんが困っちゃうでしょ。きれいなお肌を保つためなんだからね、文句言わずに塗った塗った!」
バカなことを言ってる若村をこれも苦笑いをしながら杉村がたしなめ、二人して日焼け止めを一生懸命塗りこんでいた……そんな時――。
「おおっ、見つけたぁ! おいみんな、ここにいるぜぇ~、ここにぃ!」
大きな声をあげて離れたところにいるのだろう仲間を呼ぶ、かなり背が高めの若い男。
声を張り上げた後もその男はソラ姫のことをじっと見てニヤニヤと笑っている。見た感じからすると大学生くらいだろう。日焼けもあるかもしれないが、かなりアルコールも入っているのだろうその肌は、全身赤く染まっていて、そのせいなのか、他人にするとは思えない不躾な態度を気にする素振りも見せない。
ソラ姫たちは突然現れて大声を出したその男に驚き、互いに顔を見合わせ、杉山は相当不安げな表情を見せる。若村も心中穏やかではないものの気丈な態度でそんな杉山の手を握る。ソラ姫はと言えば、ビックリはしたもののまだ状況がよく把握できていないのか、周囲をキョロキョロ見ながら落ち着きのない様子を見せているが恐れた風ではない。
「な、なんなの一体……?
あ、あのぉ、私たちに何かご用ですか?」
若村が思い切って、ずっとこちらの方を見てニヤついている大学生くらいの男に声をかける。
「はぁ、用ってか? 用はねぇ……あるんだよぉ、お兄さん。
君たちさぁ、変った子、連れてるよねぇ。くくっ、そこのちっちゃな子さぁ。お兄さん、なんかどおっかで、見たことある気がするんだよねぇ? どっかで。……あははぁ」
多少呂律が回らなくなっているのか、怪しげな口調でぺらぺらしゃべる男。
そんな男の言葉を聞いて、いっそう不安な気持ちになってくる若村と杉山。今はもうその手をお互いでぎゅっと握り締め合っている。ソラ姫もさすがに自分のことでその男がからんできたことに気付き、そのかわいい顔から笑顔が消え、不安そうな顔をしている二人に寄り添っていく。そしてそうこうしている内にその男の連れたちもソラ姫たちのパラソルの元に集まってくる。
「うほぉ、マジいたぜ! 異星人のガキ。へぇ~、すっげぇかわいいけど……TVで見るより普通のガキっぽいじゃん。羽生えてないしよぉ。ほんとにこいつで間違いねぇのかよぉ?」
「そりゃ間違いねーだろぉ、目ぇ見てみろよ。左右で色が違うなんて早々あるもんじゃねえし、それに髪の毛だってうっすい紫色してるし。間違いねぇべ?」
「そっかぁ? 目の色なんてカラコンで何とでも出来るし、髪の色だって染めたり抜いたりすりゃどーとでもなるじゃんよ?」
本人を前に口々に思ったことをしゃべりまくる、やたら体格のいい男たちの集団。囲まれた女子たちにとってそれは恐怖以外のなにものでもない。(まぁソラ姫は例外だが)
集まってきた男たちはどう見ても酔っ払いの集団であるが、その中には数人女性も混じっていた。男たちがそれはもう好き勝手に大きな声でしゃべりながら不躾な目をソラ姫に向ける中、女性たちは「もうやめなよ」、「小さな子いじめちゃかわいそうよ」などと必死に押さえ込もうとはしている。しかしそれで言うことを聞くなら、そもそもこんな大人気ないことはしないだろう。
周囲の海水浴客も、そんな体の大きい大学生の男が五人、しかも酔っ払いともなると恐れを抱いてしまい、ソラ姫たちを気の毒にとは思うものの手助けをしようとまでは思えないようだ。触らぬ神にたたりなしとは良く言ったものである。
「か、監視員の人呼びますよ? お願いだから私たちにちょっかいかけないでください、迷惑です。あっちいってください!」
気丈にもソラ姫を隠すように前に立ち、震える声でそんな言葉を集団に投げかける若村。ギャラリーと化し、遠巻きに見ている海水浴客がそれを固唾を飲んで見守る。
「や、やめなよ、ひなちゃん。危ないよぉ……」
そんな若村を引きとめようと杉山が若村の腕をつかみ引き戻そうとするが、その手はかすかに震えている。お互い既に顔面蒼白である。
「おい、オレたちの連れに何してるんだよ!!」
「あっ、青山!」「青山くんっ!」
そんな緊張感ただよう中、異変に気付いた男子たちが海辺から慌てて駆けつけてくるなり、若村たちと男たちの間に割って入る。よほど慌てて走ってきたのか三人の息はそろって荒い。
駆けつけてきた男子たちを見て少なからずホッとする若村たちではあったが、根本的な解決には程遠い。
「山下っ、お前は監視員の人呼んできてくれ!」
青山が普段と違うマジメな顔をして山下に指示を飛ばす。山下は青い顔をしつつもうなずいて駆け出そうとする。
「おっとぉ、ナイトさんの登場かぁ? わっかいねぇ、まだ中坊じゃん? にしても揃いも揃ってイケメンかよ。こりゃマジむかつくぜ。
おい、そこのガキぃ、それ以上動くなよぉ。オレたちゃ別に何もしてないんだぜ? なんで監視員呼ぶ必要あんだよ? ああっ?」
駆け出そうとした山下の手を男たちの一人が素早く掴み、その痛みで顔をしかめる山下。華奢な山下では到底かなわない体格差であり、山下は観念しその場に留まるしかない。
青山と高橋も抵抗しようとはしたものの、あっさり首根っこに腕をまわされ、そのまま乱暴に手繰り寄せられジ・エンド。二人はその際、ジタバタ抵抗したため顔やわき腹などを軽く叩かれてしまう。ギャラリーからは「ひどい」「やりすぎだ」「子供相手に大人げない」などと声が上がるもそれだけである。誰も自ら何かをしようとする者はいない。
しかし周囲のその声にイラついたのか、男たちが再び青山ら、そしてあろうことか色々口答えした若村にまで乱暴しようとした、その時。
大学生集団を中心として「パン」というかすかに乾いた音がした。
それと同時にうだるように暑かったはずの温度が一気下がったかのような雰囲気となり、騒がしかった周囲の喧騒も全く聞こえなくなる。
実際、周りの気温は一気に十数度は低下していた。
訝しむ酔っ払い大学生集団。
まだそんな雰囲気がわかる程度には理性のかけらが残っていたようである。
「な、何だこいつはっ?
おい、なんか急に涼しく……つうか、肌寒くなったんじゃねぇ? なんだっつーんだよ、一体。それに音! 音が全然聞こえんくなったぞ。あんなにうるさかった周りの音が何も聞こえないってどーよ? ええっ?」
さっきから偉そうにしゃべるリーダー格の男が、今度は偉そうにそうわめく。
が、誰も返事をしない。
リーダー格の男はどうしたんだ? と、更に文句を言おうとしたところで皆の視線に気付く。
視線を追う男。
その先は自分がからんだ中学生の女の子が居る。
もちろん……異星人だという子供も――。
そこまで目が行ったところで、男は酔ってにごった目を限界まで見開き、その口も限界まで大きく開かれ固まる。
そこには天使が居た。
向こうが透けそうな、穢れない純白の翼を大きく広げた……小さな天使。その翼からは、心の内を現すかのように光の鱗粉が止め処も無くあふれ出し、なんとも幻想的な光景を作り出している。しかしそんな光景とは裏腹に周囲の空気は更に冷ややかなものへとなっていく。
なんとも言えない、普段のソラ姫からは想像も出来ない無言の圧力を発する……怒りを内に秘めた天使。
ソラ姫のいつもはかわいい笑顔を浮かべているはずのその顔はどこまでも無表情だ。しかし、左右で色彩の異なるオッドアイの一方、飲み込まれしまいそうな深い色をした赤い目が一際妖しく輝いていた。
「……を出すな。……これ以上……」
その唇からささやくように漏れ聞こえてくる声。
周りの気温が更に下がる。
「な、何だってんだ、い、一体。こ、こりゃお前がやってんのか? つうか何言ってやがんだ。き、聞こえねえよ」
男はまだ強がってそんなことを言うものの、すでにその歯の根は合わず、とうとう寒さでガタガタ震えだす始末であり、周囲の大学生たちも同様である。が、不思議なことにその影響は大学生たち、それも男たちだけに限定されていて、若村や青山たちはもちろん、男の連れである女性たちにもその影響は出ていない。
「手を、手を出すなって……。手を出すなって言ってるのっ! ボクの友だちにちょっかいかけるなっ! 乱暴するな!」
無表情から一転、そう激しく言い切ったソラ姫。その口調はすでに地に戻っていて、その怒りの大きさが知れようというもの。そしてそれと共に男たちの周囲の気温は更に下がり、その温度はすでに真冬並みのものとなっていた。
「な、なぁ、おい。なんかやばいって。これ絶対そこの異星人の子がなんかしてるんだって。もう戻ろうぜ」
あまりの異常さに恐れをなしたのか男たちの一人が寒さに震えながらそう言う。それに迎合するように他の男達も互いに頷き合う。どうやら大学生の男たちもここに至り、急速に酔いがさめてきたようでその顔色も赤いどころか青ざめてきている。
「ば、ばかいえっ、こんなガキたちに舐められたまんま、おめおめ引き下がれるかっての! やい、そこの宇宙人のガキ! 何してるのかしんねぇけど、大人の男の強さ、思い知らせてやんよっ!」
周りの連れらに言われ余計むきになってしまったのか、リーダー格の男はそんな言葉と共にとうとうソラ姫に乱暴しようとその腕を伸ばしかけた刹那。
「ぐあっ」
手を出そうとした男は無様にも前のめりになって砂浜に倒れこんでいた。いや、押さえつけられていた……というべきか。
必死に立ち上がろうとするも、得体の知れない……恐ろしいほどの力で押さえつけられ、それもかなわない。
「な、なんだよこれ! なんなんだよっ!」
ついには身動き一つとれなくなっていることに気付き、男は寒さに震えながら……もうわめきちらすことしか出来ない。
「お仕置き!」
短くそう告げる翼を広げた天使、ソラ姫。
彼女は今やその全身が淡く輝き、その顔は砂浜に這い蹲る男を冷たい目で見つめている。
「そ、ソラちゃん……」
やさしい笑顔の、かわいらしいソラ姫しか見たことのなかった若村らは、そんなソラ姫を見てどう言葉をかけたらいいかわからない。
周囲のギャラリーたちも神々しいまでに美しい天使の姿を見せた異星人の女の子、ソラ姫に圧倒されたのか絶句して見つめている。まぁそれでも中にはのん気に写メを録ったりしてるものも居たりするが。
這い蹲る男の他の連れはもう完全に酔いがさめてしまったのか、ただ呆然と立ち尽くし、その男の様子を見ている。反対に連れの女性たちはまだあたふたしているものの、なんともホッとした表情を見せている。
いつの間にかあんなに冷たくなっていた空気は再び真夏の暑さに戻り、静かだった周囲にも喧騒が戻ってきていた。
「「どこですか~? 酔っ払いの大学生集団が居るっていうのは~」」
ちょっと間の抜けた、複数の男性の大きな声がなんともタイミング良くその場に聞こえてくる。
どうやらギャラリーの誰かがキッチリ呼んでいたのだろう。監視員の男たちが様子を見にきたようである。
それが契機となり、一気にその場の張り詰めていた空気が穏やかなものに変わっていったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
やはり終わりきれませんでした。
うーん、やっぱ、どうしてもお話が長くなってしまう。
ああ、文才が欲しい。
次回こそぜったい海偏完結!