第九話 海へ行こう!(前編)
ますは前編を投稿です。
夏休み初日。
ソラ姫は早速、若村、杉山の女の子二人に誘われ、海へいくための水着を選びに街に繰り出していた。
「ソラちゃん、これどう? すっごくかわいいと思うんだけど」
「えっ、そ、それ? それはちょっと」
訪れた水着売り場でソラ姫にあてがわれたのは、やたら布面積の少ない黒い色をしたビキニ。それを見やりながら恥ずかしげに戸惑いの言葉を返すソラ姫。
ただでさえ来慣れていない女性用の、しかも水着売り場。女の子の姿になって一年と少しは経ったものの、自らこういった売り場にくることがほとんどなかったソラ姫は、女性専用の場所に来るといまだどぎまぎしてしまう。その上でそんな水着を洋服の上かからとはいえ、あてがわられると恥ずかしくって仕方ない。(身の回りの世話はさんざん侍女さんにやってもらっているくせに、それとはまた違うようである)
「あははっ、やっぱり? でもソラちゃんの白い肌にすっごく映えるし大人っぽく見えるから、ちょっと幼い感じがするソラちゃんには逆にいいかなぁ? なんて」
「ひ、ひなちゃん、それはないから。それはちょっと恥ずかしすぎだからっ。それに、私、そんなに胸ないし……ビキニだなんて」
ソラ姫はあてがわれていた黒いビキニを若村に押し返しながら、まっ白な顔を赤く染め恥ずかしげに言う。
「え~、そんなことないよ。ソラちゃん、背は……まぁこれからだけど、でも小顔で、足も長くて、スタイルいいんだし。似合うと思うんだけどなぁ?」
押し返えされた黒いビキニとソラ姫を見比べ、名残惜しそうなことをいう若村。
「ふふっ、ひなちゃん。さすがにそれはちょっと早いと私も思うけど?」
手に濃いピンク色をした水着を持った杉山がそう言いながらも、その水着を素早くソラ姫にあてがう。
「やっぱり、こちらの水着のほうがお似合いだと思うな?」
あてがわれたのはこれもフリルが多くあしらわれたビキニ。どうやら同じピンク色をしたキャミソールがセットになっているようで、ビキニとキャミ、二つを交互にあてがう杉山。その表情はなんとも楽しそうな笑顔であふれている。
「えーそうかなぁ? でも、まぁいいか。ソラちゃん、とりあえず試着してみようか? 他にも候補見つけて持って来るし、とりあえずその二つから着てみてね!」
「そうだね、私もがんばってもっといいの探してみる!」
ちょっと不平をこぼしながらもあっさり流し、ここでも場を仕切る若村。杉山もそれには慣れているようで、異論もなく、それどころか便乗する構えだ。
「はわっ! べ、別にそこまでしなくっても。っていうか、そんなに無理して買わなくても……その、ガッコ指定の水着でも私かまわないんだけ……」
「だーめ! ソラちゃん、スク水で海行くだなんて恥ずかしい。痛すぎだって。そんなので得するの一部のマニアだけだから」
まだソラ姫がしゃべってる途中にもかかわらず突っ込みを入れる若村。
「そうだよソラちゃん。それにせっかくかわいいのにスクール水着だなんてもったいない。大丈夫、私たちがソラちゃんぴったりの水着見つけてあげるから!」
結局二人にいいくるめられ、そのあと小一時間ほど、着せ替え人形と化したソラ姫だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「おっはよ~!
おおっ、男子たち、ちゃんと時間通り来てるじゃん、優秀優秀」
待ち合わせ場所である、この街で一番大きいJRの駅前にある周辺地区の案内板前。
先に着いて座り込んでいた男子三人と、杉山が楽しげに会話を交わしていたときに、遅れて登場した若村。その若村の開口一番の挨拶に、早速青山がかみついた。
「うっせえよ、若村。遅刻したら一日中荷物持ちでパシリだって、散々おどしてきたのはおまえじゃんか。そう言ってたやつが一番遅く登場するのってどーよ?」
「ごめん、ごめん。いやー、だってこのお姫さまがさぁ、準備に手間取っちゃって。ほんと大変だったんだから。許して~」
素直に謝る若村だったが、自分の後ろをチラ見しつつちょっと言い訳を混ぜる。
そしてその言い訳に使われたもう一人。
「ご、ごめんなさい。私が準備に時間かかってしまって……。ひなちゃんはちゃんと時間通りに私を迎えに来てくれたの。ほんとごめんなさい」
若村の後ろから恐る恐る姿を現したソラ姫。かわいい顔を申し訳なさそうにゆがめ小さな可愛らしい頭をぺこりと下げる。
「あ、いや、そのさ、ソラちゃんを責めたわけじゃないから。それに遅れたっていっても10分くらいだし。そんなの誤差範囲、誤差範囲」
「そーそー、悠斗はともかくオレは元々何とも思ってねーし。気にしないでいいさ」
そんなソラ姫を見て青山が慌ててフォローし、高橋も仲間をダシに調子よく言う。そんな二人を苦笑いして見ながらも山下もうなずく。
「ちょっと何よ、その扱いの違い。失礼しちゃうわね~」
若村の機嫌が急速に悪化しようとしたところにすかさず入るもう一つのフォロー。
「まぁまぁ、朝からそうツンケンしないで。今から楽しい海水浴なんだし、楽しくいこっ」
杉村がそのアイドル顔負けのかわいい笑顔を二人に振りまいて場を収めようとする。
「ほんとごめんね。私の侍女さん……たちを振り切ってくるのに時間かかったから。だから、ひなちゃんは悪くないの」
ソラ姫も重ねて遅れた理由を伝えて、若村を擁護する。
そうなのである。
結局遅れたのはソラ姫の侍女さんが姫を一人で外出させることに反発し、自分たちも付いて行くと言い張ったのが原因だった。フェリについては案外すぐに了承してくれたのだが、手強かったのはアネットとリーズである。ソラ姫がその見た目を使って哀願してみても頑として譲らず、結局、納得させるのにアリスに頼まざるを得なかった。(まぁそれでも渋々だったのではあるが)
ソラ姫のフォローもあり、そもそも半分冗談で言い合っていたでけのことだったわけで、あっさりその場は収まり、改めてみんなして朝の挨拶をする。
「まっ、冗談はこれくらいにして……改めてみんな今日はよろしくね。天気は上々だし、絶好の海水浴日和だよね♪ ソラちゃん。あなたはこっちのこと不慣れなんだから、わからないことあったら遠慮なしに聞いてね?
それと男子! おかしなやからからソラちゃんや私たちを守るのよ! 頼りにしてるからね?」
若村がリーダー然とした態度でみんなを仕切る。もちろんそれに異議を唱える者などいない。もちろんソラ姫もそれくらいの空気は読める。若村には逆らってはいけない。それは絶対なのであった。
そんな若村は今日は学校で見る姿とは違い、黒縁眼鏡はしておらず髪もおさげにしていない。学校での少し地味目の姿に比べると少々華やいだ印象を受け、固そうなイメージが和らいでいる。またその服装も、多少グラフィックの入った黒っぽいTシャツにデニムのショートパンツ。そこにミリタリー風の半袖シャツを羽織って、かわいらしい中にも活発な少女といった印象を受ける装いだ。
それに対し杉山はといえば、ボーダーのタンクトップにかぼちゃパンツ、白のドット柄の紺色をした半袖プルオーバーを羽織っていて、いかにも杉村らしい可愛らしい服装をしている。
そしてソラ姫であるが、これはもう少女定番のワンピースである。セーラー服をモチーフにした白ベースのワンピで、その地には淡いグレーのドット柄が入っていてセーラー服の特長であるエリは丸めで、多少大きめに胸元が開いている。そのエリと裾にはアクセントで黒いレースでラインが入り引き締まった印象を見せる。とどめに胸元には大きめの黒っぽいリボンが結わえられ、ソラ姫の可憐でかわいらしい見た目に拍車をかけている。
更に言えば少女たちは揃ってその頭にかわいいむぎわら帽をかぶっていて日焼け対策にも余念がない。まぁ日焼けする心配のないソラ姫にとっては無用なのものであるが、眩しさ対策にもなるし侍女たちにかぶせられていた。(その眩しさすらソラ姫の特殊なオッドアイには不要のものではあったが、それについては侍女たちですら知るところではなかったりする)
ちなみに男子たちのファッションについては省略である。まぁ、良くある夏のカッコをしているとだけ記しておこう。
で、男子たちはクラスメートである可愛らしい彼女らを見て、内心一緒に海に行ける自分たちの幸運を喜びでガッツポーズを決めていた。が、とりあえず表面上はそんな素振りを見せてはいない。若干一名、色黒スポーツマンは鼻の下を伸ばしかけていたが。
「はいはいわかりました~。ったく、若村にはかなわねーよ。まっ、ぜいぜいガンバってお前らにいいとこ見せつけてやるさ。だろっ? 智也、晶っ」
威勢よく答える青山。話しを振られた高橋と山下もそれに異論があろうはずもなく力強くうなずく。
「うんうん。まぁ期待しとくよ。じゃ、電車の時間もあるしそろそろ行こっか!」
若村のその言葉で一行は元気よく駅のホームへと向う。
女子たちの肩には少し大きめのトートバッグが下げられているだけ(もちろん中身は水着や着替えが入っている)だが、男子たちは自分の荷物以外にも多少大きめの荷物を分担して持ってきている。青山は杉山が持ってきた全員分のお弁当。高橋は持参したクーラーボックス。(中身は割り勘で買ったスポーツ飲料やお茶、コーラなどなどだ)そして山下はこれも持参したデジカメやタブレット端末などの記録グッズ、それにビーチボールなどの遊具の入ったトートバッグを持たされている。
それとは別にそれぞれの手荷物があるのは当然である。
こんな時の男子とはなんと不遇な生き物であろうか?
なにはともあれ無事出発に至った女子と男子の六人組。
ソラ姫はそんな中、アリスや侍女たちとこっそり交感を行いながらも、これからの出来事への期待に胸を膨らませつつ、皆に遅れないよう小さい体でちょこちょこと付いていっている。
そんな姿は周りから見ると、可愛らしい小さな女の子がお兄さんやお姉さんに必死についていこうとしているように見え、なんとも微笑ましく、大人たちの笑いを誘っていたのは余談である。
次回こそ海です?
読んでいただきありがとうございます。