第4話 脇腹は痛いんだが……
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大したこともなく、学校に着いた俺はいつも通りクラスメート 無視されながら自分の席に着いた。
ちなみに、登下校時にからまれるのも勿論いつも通りだ。
「……はぁ〜」
いくらいつも通りだからといって精神的に堪えるものがある。
例えるならあれだ。朝食が毎日カレーみたいな感じだ。
カレーは嫌いじゃないし不味くはない、だけど三六五日ずっとカレーだったらため息の一つや二つでるだろう。
今はそんな気分だ。
俺が朝からそんなブルーな気分でいると、ガラッと扉が開いていつも通り担任が入って来た。
「チャイム鳴ってるぞぉ、さっさと席に座れ〜」
我がクラスの担任である山……、山なんとーかかんとーか先生がそういうと立っていた奴らは慌てて席に着く。
慌てるならチャイムが鳴った時点で席に着けばいいと思いながらも前を向く。
「突然で驚くかもしれないが、このクラスに新しい仲間が増えることになった」
予想通りの台詞と共に入り口から禊が入ってくる。
一瞬、こっちを見て嬉しそうに微笑んだのは見えなかった事にする。
「天原禊です。突然の時期の転入ですが、これからもクラスの一員として仲良くして頂けると幸いです」
二人っきりの時とは違い、聞き心地のいい丁寧な口調で禊は自己紹介を終わらした。
終始こちらを見て居たのはきっと気のせいだ。
気のせいだと言ったら気のせいだ。それ以外俺は認めない。
「そうだな、天原の席は……」
「先生、彼処の席が空いていますのであの席で良いですか?」
「ん? あぁ、鷲竪の隣か……」
あれ、何か違和感が……
いつもなら俺の事を無視するか、それとかあれとかもの扱いするはずなんだけど。
「まぁ、いいだろう。鷲竪、天原が不便しないようにしっかりサポートしてやってくれよ」
「……わかりました」
まぁ、今日はたまたま機嫌が良かったのだろう。
もし、山なんとーかかんとーか先生が三六五日常に機嫌が悪かったら多分ストレス性の胃潰瘍で入院してるだろう。
ちなみに余談だが、胃潰瘍は今の技術なら手術をしなくても治る病気らしい。知人に胃潰瘍の人が居るのなら教えてあげるといいだろう。
「改めて、よろしくね、楔」
「任せろ、独りで飯を食える場所や独りで休み時間を過ごせる場所から独りで帰れる人通りの少ない道までしっかり教えてやる」
「……言ってて寂しくない?」
「……俺は独りでも生きられると証明したいだけだ」
「本心は?」
「…………ぼっち寂しいです」
「今日から一緒に帰ろうか?」
ヤバい、女神がいる。
元女神というか元土地神か。
これから毎日神社にお賽銭入れに行こう。
いや、それより何か貢ぎ物でもした方がいいか。
「何か欲しいものあるか?」
「楔……もとい、身につけられるものが欲しい」
「今絶対楔って言ったよな?」
「気のせいデスヨ。私がそんなはしたない事を言うと思いマスカ?」
「本心は?」
「朝は楔と同じ布団で起きて、おはようのキスをして、私の作った朝御飯を隣に座った楔にあーんで食べさせたり食べさせてもらったりして、家を出るときは行ってきますのキスをして一緒に学校に行って、お昼休みは私の作ったお弁当を中庭で一緒に食べて、それで楔がお弁当ありがとうのキスをして、帰りは一緒に帰って晩御飯のお買い物に行って、家に着いたらただいまのキスをして、楔とお互いの好きなところをあげながら晩御飯の支度をして、晩御飯が出来たらいつも通り隣に座ってあーんして食べさせあって、その後はリビングで一緒にテレビでも観ながら私を楔が後ろから抱き締めて、お風呂が沸いたら一緒に入ってお互いの体を洗いながら――」
「ていっ」
「いたっ」
危ない妄想から抜け出せなくなった禊の頭に軽くチョップをくらわせて正気に戻させる。
というか、聴いている側が恥ずかしくなるような妄想を言い出すのはやめて頂きたい。
「まだ一割もいってないのになにするの!?」
「あと十倍以上もあるのか……」
「もちろん。その後に大学編と社会人編、老年編、来世編という五編構成になってるわ」
うわぁ、何コイツ……。
「うわぁ、何コイツっていう顔をやめてっ」
「うわぁ、何コイツ」
「口にすればいいっていう意味でもないからっ」
「ワガママだな」
「ごく普通で一般的な大衆的意見なんだけど」
「そんなことより先生の話を聞こうぜ」
「そんなこと!? 私の意見はそんなこと!?」
禊の事をからかうのをそこそこにしていつもと少し違う日常を楽しむことにした。
「パプリカが赤色や黄色のピーマンなのか、ピーマンが緑色のパプリカなのか、ずっと気になっているのだけど、禊はどう思う?」
学校も終わり、禊と夕食の買い物に来た。
どんな街でも一ヶ所位は当たり前にある大型スーパーに着き、俺は特売品と書かれたパプリカを見て前々からの疑問を物知りであろう元土地神に聞いてみた。
特売品って書いているわりにはピーマンの三倍近い値段なんだが……。
「なにその卵が先か鶏が先かみたいな話?」
「何気無く気になった日常の疑問を聞いてみただけで特に他意はない」
「逆に今の質問に他意があったら聞いてみたいと思うわね」
「そう言いながらピーマンを篭の中に入れるのは止めよう。俺パプリカの方が好きだし」
ピーマンなんて人の食い物ではない。
というか、緑色の苦い食べ物は全部毒だ。世界から根絶されるべきモノだ。
「そう? じゃあ、今日はピーマンの肉詰めにしようと思ってたのだけど、代わりにゴーヤの肉詰めにゴーヤのサラダ、ゴーヤのお浸しにでもする?」
「悪意あるよなそれ、絶対百パーセント悪意がありますよね!?」
「ついでにゴーヤ百パーセントのジュースも付けることにするわ」
「確信犯だ!! てか、ゴーヤ百パーセントジュースって液状になるのか!?」
「確信犯はわかっているのにわざとやることではなくて、自分の信じるモノに従って犯罪を犯すことをいうのであって今の楔の言っている事は文章上間違っているわ」
「そこはどうでもいいんですけど!!」
「ちなみにゴーヤ百パーセントジュースはミキサーにかけた後にこすと液状になるから安心して」
「何一つ安心する要素がないんだけど!?」
「大丈夫、楔が食べないって言っても楔の健康のために心を鬼にして無理矢理口に詰め込むから」
「ねぇ、それのどこが大丈夫なんだ? というか、それ新手の拷問だよな!?」
逆にゴーヤだけの食事は健康に害がありそうな感じがする。
たんぱく質とか絶対取れてないし。
リィンッ
「ん? なんだ?」
「どうしたの?」
「いや、なんか鈴の音が?」
「鈴? そんな音した?」
「禊には聞こえなかったのか?」
「あまり周囲に気を配ったりしてなかったから気付かなかっただけかも知れないけど」
「そうか、なら気のせいか……」
結構大きな音だったと思ったんだけどな。
まぁ、どこがのガキがオモチャで遊んでるだけかもしんねーし気にしても仕方ないか。
「あ、なんかそれフラグみたいな感じがする」
「恋愛のフラグなら大歓迎だが?」
「もし、そんなフラグがたったならへし折って禊さんのヤンデレルートに強制移行になるけどいいの?」
「なにそれこわい」
「大丈夫、死ぬときは一緒だから」
「バッドエンド直行だよなそのルート」
「ちなみに回避するには妊娠させなきゃ無理よ」
「なにその学校の日々的な終わり方……」
「か〜な〜しみ〜の」
「その歌は止めろ、絶対止めろ」
「フリですね、わかります」
「フリじゃねぇ、本心だ!!」
「誰も居ないじゃないですか……」
「会話が成立してないけど、意味がわかるから恐い!!」
「ちなみに楔はワードさんとワールドさんどっちが好き?」
「見た目だけならクラスメートのポニテ、性格ならワールドさんの親友」
あえて、禊の選択肢から外した答えをする。
というか、あの作品はキャラを好きになるようなゲームじゃないだろう。
禊は会話に集中してるのか、篭に意識がいってない。
今のうちに篭からピーマンを抜き取ろうとする。
「ピーマン抜き取ったら本当にゴーヤの肉詰めに変更するけど?」
「HAHAHA、そんなことしようとするわけないじゃないか」
「じゃあ、その手に持ったピーマンは?」
「いや、こっちのピーマンより向こうのピーマンの方がよくないかなって」
「ふ〜ん、本当に?」
「俺を信じられないっていうのか?」
「えっ、そういうわけじゃないけど……」
「そうか、やっぱ俺は誰にも信用されないような奴なんだな」
必殺、泣き落とし。
女々しいかもしれないが、戦いに勝つためには卑怯だろうとやらなければならない事もある。
俺はその後、泣き落としと持ち前の口八丁でゴーヤのフルコースを回避することに成功した。
結局、ピーマンの肉詰めにはなったがな……。
「……みつけた」
買い物をしている楔を影から覗いていたそれは平淡だが、嬉しそうにそう呟いた。
「春って言ってもやっぱりこの時間帯は冷えるね」
「もう夕方だからな、もう少しすればこの時間でも暖かくなるだろう」
「桜ももう殆どないものね」
緑色の画用紙に桜色の絵の具を少量垂らしたように木には少しだけ淡いピンク色が見えた。
禊は嬉しそうに、それでいて寂しそうに桜の木を見上げている。
俺にはその表情が何故か嫌だと感じ明るい話題をふる。
「そういえば、禊はゴールデンウィーク何か予定あるか?」
「ん? 唐突にどうしたの?」
「いや、何でもないけど、誰かと一緒に連休を過ごすっていうのは久しぶりだからどうしようかなってな」
まだ一人で何もできないような小さな時は母さんと一緒に遊びに行った記憶があるが、小学校に入って母さんが死んだ後は誰かと一緒に過ごした記憶がない。
初めの頃は家事で忙しくて、中学に上がる頃には喧嘩や幽霊関係のトラブルばっかりだった。
「そう思うと何か悲しくなってくんな」
今までの人生を考えると乾いた笑いも出てこない。
つくづく、この体質が嫌になる。
「なら、これからは私と一緒にいよう」
そう真剣な顔で禊は言う。
「これまでが悲しく寂しいモノでも、これからが楽しく嬉しいモノにすれば大丈夫」
そんなこと無理だと否定する。
「なんで?」
これからの事なんて分からない、楽しい夢はいつか覚めるから。
「大丈夫」
それにいつか人は死ぬ。
母さんもそうだった。
「そうだね、確かに人はいつか死ぬ」
そうだよ。
「なら大丈夫だね」
何が大丈夫なんだよ。
「だって、私は土地神。人ではなく死のうと思わなければ死なないの」
風に乗って桜の花びらが舞う。
その光景は幻想的で儚いものだったが、何故か力強く確かな確信があった。
「だから、一緒にいよ?」
俺は一人で居なくていいのか?
朝にはおはようって言って、帰ったらただいまって言って、夜にはおやすみって言えるのか。
なら……
「禊、頼むから一緒に――」
「やっと、みつけた!!」
「ごふぅっ!?」
脇腹が、脇腹に何かがドカッって。
「え、楔大丈夫?」
「痛い、めっちゃ痛い」
状況を把握できなく、俺は脇腹に当たったナニかに顔を向ける。
「「誰?」」
見事に禊と同時に同じ言葉が出てきた。
その理由は、俺の脇腹に引っ付いている蒼みがかった紺色のツインテールをした美少女だった。
「やっと会えた。嬉しい、楔にぃ」
次話は早く投稿したいです