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異郷より。  作者: TKミハル
『遺跡ミストランテ』
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彼と、彼女の願い

 視点が多々変わります。ご注意ください。

 数えきれないほどの情報が、一気に流れ込んできて、ニーナは痛む頭を押さえる。


『どうか、どうかニーナが死なず、苦しむこともないように!』


 誰かの悲痛な声が、ひときわ高く、中で反響し、続いて深い森に佇む小さな小屋の映像が飛び込んでくる。



“神の眠る塔を抱く森”

 町外れのその森は獣も多く、魔物が棲むという噂で町の人々はめったに近づきもしない。

 私たちにとっては、庭みたいなものだけど、とニーナはせっせと薬草を摘み、背負っている袋に入れていく。


『ただいま』

 森と草原との境目にある小さいけれど快適な私たちの家に戻れば、ロロが目を輝かせておかえり、と飛んできた。

『ニーナ、今日の獲物は野兎だよ!巣穴も発見したんだ』

『それはごちそうね。じゃあ、さっそくビーツと合わせてシチューにしよっか』

『じゃあ、僕は裏から焚き木を取ってくる』


 野菜を刻み、鍋に水と一緒に入れて火にかけ、そのあいだに薬草を上に吊るしておく。ここに住んでいるのは弟と二人だけ。まず父親が病に倒れ、三人でここまで辿り着いたものの、心労がたたってか母も呆気なくこの世を去った。


 最初はどうなることかと思ったけど……なんとかここまでやってこれたのは、この場所と、ロロの頑張りのおかげね。


 ロロが獲物を罠と弓矢とで捕え、ニーナはその動物の毛皮や、薬草、花などを町に売りに行く。二人の姉弟はずっとそうやって生活してきたのだった。

 きっとこれからもそうやって過ごしていくのだろう、とニーナは信じて疑っていなかった。……あの、病が流行るまでは。


 不穏な風が運んできた病気は、最初はごく一部の人間が罹るだけだったがあっというまに町中に広がり、ニーナが卸す薬草はまたたくまに売れて商人に次の品をせっつかれるほどになった。しかし、その状況が続くと、町に出歩く人々の数がひとり、ふたりと減り、人通りの少なくなった町に訪れるニーナは次第に異様な眼差しで見られるようになり始めた。

 中には露骨に、どうしておまえは平気なんだ、と問いただす者も現れ、ニーナはやがて町へ行くのをやめ、なんとか蓄えと森で獲れる獲物だけでしのぐことを決意した。


 しかし、火種が収まったわけではなく、町にはいつしかよくない噂がはびこるようになっていた。この病気は、町外れに住むあの姉弟が流行らせているに違いない。その証拠に、あいつらだけ平然としてるじゃないか、と。


そして、とうとう町民が一斉発起し、二人の住む小屋と、そのまわりを取り囲む、という事態に発展した――――――。


 だがその決行前、周辺の不穏な空気に気づいたニーナは見張りの目をくらませ、弟を逃がしていた。


 ロロは父の形見だ、という剣を抱え、小さなランプを片手に宵闇を必死に塔目指して走っていた。彼は逃げる途中で誰かがこう話しているのを聞いた。


 襲撃は明日の朝。


 塔には魔物がいた。しかし、大した数じゃない。小屋を取り囲む人間の数に比べれば。塔の階段を上り続けるのは勇気がいったが、ロロは不安に必死で耐えているだろうニーナのことを思い浮かべながら必死で足を動かし、果てのないかに見えた階段の、とうとう頂上に辿り着くことに成功した。そして――――――。


 また、映る場面が切り替わった。


 今度は はたった一人で暗闇の中にいた。自分の体はひどくスカスカで、力の千分の一も沸いては来ない。その極めて危険な状態に焦り、 は自分の存在を維持できるだけの力を得るべく、“力”を小さな生き物に変え、ゆるやかに辺りに撒き散らしていった。


 しばらくして、 は自分のまわりの環境が少し改善されたのに気づいた。周辺の生命体の感情が高ぶり、より効率よくエネルギーが得られるようになったのだ。そうして蓄えた力により、少しずつではあるが自分の守りも固めていく。


 また、短いような長いような時間が流れた。驚いたことに、塔に訪問者が現れたのだ。同時に、自分の存在意義も思い出し、 は歓迎の意を示すべく彼に微笑んだ――――――。



 再び、暗転。



 ニーナは、また自分の記憶の中に戻ってきた。小屋の扉を斧で打ち壊し、次々に中へ入って引きずり、殴る蹴るを繰り返していた町の人々は、みんなどこかへ行ってしまっていた。傷もすでに治り、あるのはニーナ、ニーナと何度も自分の名を呼びながら泣く弟の姿だけ。


 その弟も、一晩で塔を制覇する、という無茶がその命を削り、朝起きた時にはすでに冷たくなっていた。

 その、二度と目を覚まさないロロの姿を見た瞬間、胸が苦しく――――――はならなかった。


 ニーナの、その苦しみに繋がる記憶は消え、見知らぬ少年の死体と二人きり。自分がなぜこの粗末な小屋の中にいるのかもわからなかったが、わからないなりにひとまず死体を埋め、空虚な心を抱えながら旅に出る。


 いろいろな出会いが、年を取らないまま彷徨い続ける彼女の傍を通り過ぎていった。恋人になった人もいた。変わらぬ友情を誓い合った親友も。しかし、そのすべての記憶はやがて砂のように彼女の指をすり抜けていく。


 ニーナは穴だらけのような自分自身を無意識に感じとりながらも旅を続け、やがて彼女の旅の目的は、自分の中にぽっかりと空いたその穴を埋めること、それのみに変わっていった。


 ながい…………ながいあいだずっと。



 やがて、すべての欠けていた記憶が戻り、ニーナははっと我に返って辺りを見回した。心配そうに覗き込むシャロンと、その肩越しに手当を終えて座り込んでいるアルフレッドの姿。さらに奥を見れば、その壁はすでに淡く光を放ち、振動し始めている。


 ……魔法が、解ける。


「シャロンさん、聞いてください。女神が滅びたので、この遺跡にかけられていた魔法がすべて解けて、あるべき姿に戻ります。つまり、このままでは」

 あちこちに血がにじみ、もはや服もぼろぼろの彼女が真剣な表情で頷いた。

「わかってる。だが……いったいどこから脱出すれば」

「私が、これから二人、いいえ、この遺跡内の生きている人たちをすべて一か所に送ります。残りすべてを使えばなんとか」

 目を合わせてぐっと手を握ると、彼女は途端に不安そうな表情へと変わる。まったく、変なところで勘がいいんだから。


「ニーナはどうするんだ。その様子だと……記憶は戻ったのか?」

「ええ。女神を倒した時に、すべての記憶が戻りました」

 そう答えても、シャロンの顔は強張ったまま、それで、と問いかけてくる。……私の体も、少しずつ光り始めている。本当に時間がない。


「ここでお別れ、です。私は、随分昔に女神への願いによって、留まり、生き続けていただけ、だから」

「おい待て!いきなり何言いだすんだ。やっと記憶が戻って、これからじゃないか!」

「シャロンさんたちと、出逢えてよかったです。私は、最後に私自身でいられたから……ありがとう」

 気力を振り絞り微笑むと、泣き出しそうなシャロンの姿がぼやけて見え始めた。こちらも、泣き笑いの表情で手を振っていく。


 あまり、気にやまないといいのだけど。彼女は優しいから、それがしんぱ、い……。



 そうして、ニーナは光に包まれていき、彼女から変化した眩い光の粒子は、シャロンの手で、ちかちかっと名残りを惜しむように光ったかと思うと、やがて全身を包み込む。


 それから、辺りすべてが一度に輝いて真っ白になり…………気がつくと、シャロンとアルフレッドは、大勢の冒険者や一部の傭兵たちとともに、地下一階の大広間に、佇んでいた。

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