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異郷より。  作者: TKミハル
『遺跡ミストランテ』
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 四番目の守護者

 若干グロい戦闘シーンにつき注意。あと、虫が苦手な人もご注意ください。

 少女たちが消えてから子ども部屋を探ると、テーブルには入れたての香草茶ハーブティーやクッキーの缶が置かれていたが……さすがに手をつけず部屋を後にする。

 キラキラと緑の光を放つ宝石を台座へと埋め込むと、残るは一つ。


「やっと、ここまで来れた。先がどうなるかわからない以上、最後の相手に苦戦はしたくないな……」

 シャロンは台座に嵌まった宝石を一つ一つ確認しながらひとりごち、やがてわざと明るくニーナへ呼びかける。

「ニーナの願いは記憶を取り戻すことなんだろ?その後はどうするつもりだったんだ?」

「実は……あんまり考えてなくて。とりあえず、今度は物見遊山であちこち巡ってみようかと。これまで何を見てもあまり心が動くことがなかったけど、記憶が戻ったらきっと……」

「そっ、か。う~ん……私がもしなんでも願いを叶えられるとしたら、何を願おうかな」

「もし、の話なんて意味がない」

 アルフレッドがそっけなく言う。こいつは案外現実主義者なんだよな。

「まったく、夢のない奴。話す分にはいいだろ」

「願いは、自分で叶える。だからいい」

「身もフタもないな。まあ、そりゃそうなんだが」

 シャロンは言葉に詰まり、意味もなく髪を撫でつける。


「それより……」

「ん?」

「最後の相手、僕が一人で倒しに行きたい」

 いきなりのことで、反応が遅れた。

「え!?どうした突然」

「そっちは体力を温存しといた方がいいよ」

「待て待て!おまえな、それで私が素直に待ってると思うか?」

 ふうっとアルは横を向いてため息を吐き、なぜだかこちらのほつれていた髪に手を伸ばし、

「……シャロンは優しいから」

持ち上げて耳にかけた。え、と、どこから突っ込めばいいのか……。

「何やってんだ。じゃなくて、その、意味がわからない。普通は一人より数人がかりで戦うべきだろ」

 アルはじっとこちらを見つめていたが、やがて憂鬱そうに頷いた。なんなんだ、いったい。

 しばらく考えて、シャロンはふとあることに思い至った。


「アル、わかった。どうしてもっと早く教えてくれない。そんなに体が辛いなら」

 きっと、弱っている姿を見せたくないからわざと離れるなんて言って……!

「無理して一人で頑張ることはないんだ。すぐ休憩にしよう」

「……違う。でも、いい」

 さらに憂鬱になったアルフレッドは、肩を落としたが、シャロンと同じように床に座り、残りわずかな水を取り出した。……勘違いしたままならその方がいい。まだ、しばらくはと、そう思って。


「そろそろ行くか」

「そうですね」

 立ち上がって隣を窺うと、ニーナが小さくこう唱えるのが聞こえた。

“願わくば、最後にはみんなが笑っていられますように”


 残りの道を選び、まだ入ったことのない部屋の前に立つ。最後の扉は――――――ひたすら黒く、塗りつぶされていた。


 力を込めて開けると、そこには深い闇。久しぶりにランタンを取り出して火を点けてみたが、照らし出すはずのその光は闇へと吸い込まれていく。


「……行こう」

 アルと私のどちらともなく言って、足を踏み出した。辺りにはかすかに腐臭が漂い、まったく見えないが床は硬質で、カツ、コツ、と足音が響いている。


 前方にぽつりと明かりが灯っており、シャロンたちは細心の注意を払いながらそちらへ歩みを進めていく。

 ――――――明かりの前に、誰かが倒れている。あれは、

「グレン!」

 シャロンは慌てて駆け寄り、邪魔なカバンを下ろし倒れていた男を抱き起こす。茶の不揃いな短髪といい、右顎の傷といい、間違いない。

「シャロンさん、それは……!」

 珍しくニーナが声高に叫ぶ。


 急速に闇は薄まり、そこは……湿った石造りの、横長の回廊となっていた。抱き起こしたはずのグレンの姿はない。

「なんだ、今のは……」

 幻だったのだろうか。唇を噛み締めた瞬間、回廊はただっぴろく床に魔方陣のある大部屋へと変わる。部屋はよく見るとあちこちにガラクタや瓦礫があるようだった。


 その魔方陣の真ん中に、グレンが別れた時の姿のままで、戦斧を肩に乗せて突っ立っていた。


《幻惑ノ、館ヘ、ヨウコソ》

 くぐもった声で言い、ぎこちなく腕を動かしてから突然斧を投げつけてくる。その斧が途中で三つに増えた。

「なッ、ニーナ、避けろッ」

「わかってます!」

 かろうじて避けた斧は、後方へ飛び、ふっと姿が消える。

「無事か」

「ん」

 アルはあっさり斧をはじいたらしく、傷一つない。前方では、再びグレンが攻撃しようと斧を構えていた。


 あいつは、果たしてグレンなのだろうか。あの冷たい体……。


 シャロンはぐっと拳を握りしめ、頭から迷いを締め出した。

「……行く」

 アルフレッドと頷き合い、グレンの姿をした何かに横から同時に斬りかかる。するとその姿が掻き消えた。


「ぐぅッ」

 腹をしこたま蹴られ跳ね飛ばされる。一瞬で距離を詰め斧を振りかぶるグレンに、たまたま手元にあった拳大の石を投げつければ、額に当たりややひるんだその隙に体を起こしざま足払いをかける。

 残念ながら手応えはなく、大分遠くでアルと交戦している姿が見えた。


「大丈夫ですか」

 随分遠くの隅の方にいるニーナに、頷き返して剣を構え、風の刃を打った。振りかぶる斧の柄がスパッと斬れて先端が落ちる。


 額から血を流し、血走った眼でこちらを睨むグレンの姿に眩暈がしたが……やはり、あいつとは違う、と確信した。


 アルフレッドが隙をついて頭を狙うが、逸れて左腕に当たり、腕がちぎれ飛ぶ。周囲は明滅し、ちぎれた腕から……血ではなく、ボタボタと虫が、沸いて出てきていた。


 いつのまにかグレンの顔は崩れ、暗く語らぬ眼窩がこちらを見つめていた。


「あ、ああああああッ」

「シャロン!」

 突如剣を振り回し暴れはじめたシャロンにアルフレッドが駆け寄ろうとしたが、近寄れず二の足を踏む。

《ドウシタ、コレデオワリカ》

 大口を開けて二人を嗤うグレンの口から、ムカデらしき尻尾がシュルリと出て中へ戻る。

「……終わらせる」

 剣を水平に構えアルフレッドはグレンの胴を薙いだ。が、切り口から無数の甲虫が飛び出し、つぶての速さで彼を突き破っていく。


「う……」

 耐え切れず倒れたアルフレッドの体に空いた穴から血が吹き出し、みるみる服を染めていく。

「あ、アルッ」

 正気に返ったシャロンがグレンと対峙し、震える切っ先を向け、一気に斬り裂くよう風を練り上げ、繰り出した。

 しかし、風の刃はグレンを切り裂いたものの、致命傷を与えるには至らず、そのまま凪いでいく。

「あ、うあ……」

 シャロンは悪寒に全身を震わせながらも、なんとかアルフレッドの元へ辿りつき、抱き起こした。


「アル……あれ、はグレンだと、思う……」

 なぜかそうだと直感した。アルフレッドの出血もひどく、聞こえていないが、言わずにはおれない。

 涙でぼやけ始めたのを拭いて、背後にアルをかばい剣を向ける。


 辺りには血の匂いが濃厚に立ち込め、死闘の様相を呈してきていた。


 グレンが斧を振りかぶり、シャロンは受けたがアルフレッドをかばっている状態では身動きが取れない。ここで、終わるのか――――――受け損ねた斧が腕を切り裂き、再び頭上へと戻ってくる。


「駄目です、諦めないでください!私はこんな終わり方、絶対に認めない!」

 ニーナの叫び声がして、駆け寄ってくる足音がした。同時にぬるりとした感触がして、慌てて踏みしめた足をシャロンは滑らせ、間一髪で斧を避け、低い体勢のままグレンの足を斬りつける。


 グオオオオ、と一旦大きく身を引き、再びこちらへ向かって来ようとしたが、たまたま近くに積み上げられた木箱がグレンへと崩れ落ちてきた。

「い、今のうちに手当を!」

 ニーナが駆け寄り、アルフレッドに包帯を巻く。その手が、ぼんやりと光っている。

「シャロンさんも早く」

「……」

 荒い息を整え、彼女の手当を受けた。……暖かい光が体を包み、傷を癒していく。


「シャロン」

 アルが起き上がり、力強い意志の宿る目で見つめてきたのでそれにしっかりと頷いて、傷口からうじゃうじゃと虫が沸き、もはや人間とは思えない姿のグレンと向き合った。


「グレン……いや、もうグレンじゃないな。ただの魔物にすぎない」

 シャロンは鋭くグレンを見つめ、剣を振りかざす。


 シャアアアッ


 魔物が叫び、その体から無数の甲虫を放ったが、それらはすべてシャロンの風に散らされ、ぼとぼとと床に落ちていき、同時にアルフレッドが剣を首に突き立て、刎ねた。


 それでもグレンの体は止まらない。ムカデが首と胴とを繋ぎ、シュルシュルと戻し始めたので、アルフレッドとシャロンはタイミングを合わせ両側から胸に剣を突き立て、抉る。


 シャロンはその心臓部にコツリと硬いものがあるのに気づき、さらに力を込めて心臓、その部分に埋められた赤い宝石を力を込めてはじき出すと、それは吹っ飛んで床へコロンコロンと音を立てて転がった。


 それとともにぐずりとグレンの体がふやけ、凄まじい腐臭を放ち始める。

「あ……」

 ドサ、と倒れたその、見覚えのある服は斬り裂かれてぼろぼろ、斧も刃が欠け、柄が折れて使い物にならなくなった姿にまた涙が溢れ、零れ落ちていく。


「グレン……おやすみ」

 死してなお体を利用されたグレンにそう呟いて、シャロンはせめてもと、持っていた小刀で遺髪を切り、白い布で巻いて持ち帰ることにした。

 悪い予感というのは、誰しも目を背け、自分をごまかしたくなるものです。

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