墓の番人
中央の台座まで戻ってきて、窪みに黄色に光る宝石を埋めると少し肩の重荷が下りた気がした。
「残り三つか」
そう言って隣を見ても、アルフレッドはむっつりと黙り込んだままだ。……ってか普段もあまりしゃべらないか。
「次も、戦うことになるんでしょうか……」
そう首を傾げて考え込むニーナの表情は、どうも幼く見える。
「おそらく、そうだろうな」
しばらく台座を見つめていると、ちらっと何かのイメージが頭をかすめたが、掴めず消え失せていく。
「……?」
もやもやする気分を振り払い、三方向に分かれた道の一つを選び、そちらへ進むと、やがて同じように曲がり、上品な木彫りの扉が近づいてくる。
その美しく細工された取っ手を掴み、力強く引いた。が、残念ながらびくともしなかった。
「どうやら、決められた順番があるらしいな。戻ろう」
三人で来た道を引き返しながら、
「おそらくだんだん強い敵が出てくる仕組みなんだろうが……どうもこういう肩すかしは嫌だな。今ちょうど勢いがついてるっていうのに」
「でも、冷静になれる、っていう利点もありますよ」
「それはそうだけど」
たわいないおしゃべりをしながら、もう一度道を選択してそちらへ進む。
現れたのは、滑らかな石でできた扉。どうやら力を込めて押せば開きそうなので、三人で力いっぱい押すと、ジリジリと扉は開き、中から光が差し込んでくる。
眩しさに慣れると、はるか遠い天井から届く明るい光とぐるりと囲む木の透かし彫りの壁、中庭の中央にあるいくつかの墓石と、大鎌の刃を地面につけそれを支えに佇んでいる老人がくっきりと目に飛び込んできた。
ゆるく波打つ白髪の老人は、破れた枯れ草色のローブを纏い、じっと俯いている。警戒しながら近づけば、やがて老人は緩慢な動作で顔を上げた。しわだらけの顔に包まれたその瞳は……黒一色に塗りつぶされ、人のものではない。その首の付け根には、紫紺の宝石がゆるく明滅していた。
「ウル……シエグナ、ク」
老人がこちらへ言葉を投げかけた。残念ながら意味はまったくわからない。
「う……」
しかしそれを聞いたニーナは、なぜか頭を押さえ、真っ青な顔で座り込んでしまった。
「おい!大丈夫か」
「あ……だいじょう、ぶです。ちょっと立ちくらみがして……」
アルはそんなやりとりにも頓着せず、さっさと剣を構え、老人へと向けている。老人はしばらく沈黙していたかと思うと、また再び歯が何本も抜けたその口を開いた。
《よく、タドりツいた。こコまで来レた者ハ今期未ダ一人しか知らヌ》
どうも、アクセントが無茶苦茶で聞き取りづらいが、どうやら感心しているらしい。
《ダがそなたラもジキだ。そノ時はともに葬っテやろうな》
カカカカ、と笑い声を上げ、またガクンと顎を垂れる。しかし、白かった髪は次第に黒く染まり、その体からは徐々に瘴気が滲みだしてきた。
「ふッ」
アルと見交わして互いに間合いを詰め、左右から同時に剣を振りかぶる。捉えた、と思ったが老人は上に飛び、下りた墓石を蹴って壁際へと逃げた。
ザカザカザカザカとそのまま四つん這いで壁を這い、上の方へと登っていく。
「気色悪……」
老人はピョンピョン壁を飛び移りながら近づき、遠ざかりを繰り返している。あまりにも速く動くので狙いが定めにくい。
ギュオオオオオ
ビリビリと鼓膜を震わせる咆哮に怯んだ隙にこちらに飛びかかり、肩を食いちぎろうとしたので慌てて剣を引き寄せ牽制する。
ぐるぐると周辺を回っていたかと思えば、また壁伝いに上がり、こちらを見下ろしている。
「厄介な」
思わず舌打ちすると、アルが傍に来た。
「シャロン、攻撃した隙を突こう。なるべく近くに」
「わかった」
ギュオオオオオ
四つ足の老人が咆哮し、再び飛びかかる。目標はこちら――――――ではなく、アルフレッド!
いつのまにか老人の手足の爪が鉤のように曲がりアルを捉えかけたその瞬間に彼が剣で薙ぎ、ザク、と剣が突き立ったその背中から、バサリと黒く鋭い翼が生え、細く勢いよく伸びた。
「危ない!」
アルがいくつか斬り捨て遠ざかるが、翼は急速に棘を伸ばし、枝分かれしていく。咄嗟に風を繰りわざと吹き飛ばされたが、太ももと腕に傷を負った。
「シャロンさん」
ニーナが走り寄り、急いで布を縛り手当をしていく。いや、こんな近くに来ると危な……。
「あッ」
手当を終えて遠ざかろうとしたニーナが、投げ出されていた足に引っかかり見事にこけた。鉤爪で引き裂こうとしたらしい老人がその真上を通過して地面に下り立ち、こちらを向く。
いや、もう老人と言えるのだろうか。剥き出しになった体は剛毛に覆われ、背中に蝙蝠のような羽が生え、口には鋭い牙を剥き出しにした姿は、まるで本で描かれる悪魔のようだ。
「ニーナ、下がって!」
その声で彼女が慌てて隅の方へ走り出し、それと対照的にアルが老人の姿をした悪魔との距離を縮めて応戦する。
「ッこのやろう!」
その様子を見て慌てて剣を振り風の刃をいくつか繰り出す。
悪魔は一つ体を振るだけで特に効いた様子はなく、無駄撃ちかと思いがっかりしたが、アルが目で合図してきたので気を取り直して間合いを測る。
「たあああっ」
風の刃で注意を引きつけ、その隙にアルフレッドが横から悪魔の腹を薙ぐ。悲鳴を上げて転がるのに追い打ちをかけようとしたが、こちらに口を開けたので慌ててのけぞると、そこから高速の水が発射され、髪を数本巻き込んでいった。
ギュオオオオオ
続いて咆哮とともにのしかかられ、剣で突いたものの、肩と二の腕が深く抉られた。
「くぅあっ……」
シャロンはのたうちまわり痛みを堪え、それからようやく立ち上がったが、その向こうではアルフレッドが押され気味で苦戦していた。なんとか片方の羽を斬り裂いたが、もう片方に足を刺され、崩れ落ちる。
まずい!
「アルッ」
シャロンが叫びつつ剣を投げつければ、それは回転して悪魔の腕に突き刺さった。同時にアルフレッドがその胸を斬り上げる。
グオオオオッ
叫びながら悪魔は地面を飛び跳ね、壁を駆け上がると口を開けてこちらに数多くの水流を噴射した。
「くうッ」
高い位置から凄まじい威力の水流が降り注ぎ、避けるのが精一杯。おまけに剣はあいつの腕に突き刺さったままで手元にない。
土まみれになりながらなんとか避けるシャロンの視界に、墓の側に突き立ったままの両手剣が飛び込んでくる。
……これならっ。
雨のように降り注ぐ攻撃を躱し、アイリッツと名の彫られた剣を引き抜き頭上の悪魔目掛けてぶん投げた。その剣は狙い違わず喉元に突き刺さり、悶えながら悪魔が落ちてくる。
アルフレッドがそいつの落下に合わせて剣を振りかざし、首の付け根にある紫紺の宝石を抉り取った。