〈地下六階 a y s o g u y s〉
まだB6Fから出れたわけではありません。欠片もグロくない戦闘シーン有。
泉に落ちたシャロンはアルフレッドとともに、ざらついた濃灰色の床に倒れ込んでいた。
「アル、こういう時は一言断れとあれほど……!」
胸ぐらを掴んで揺するも、特に表情を変えないまま、
「シャロンに任せてたら日が暮れる」
とのたまった。
この、このッと微妙にチクチクする頬を掴んで引っ張るが、どうにも反省した様子はなく、むしろ嬉しそうなのはどういうわけだ。
「……あの」
傍らに佇んでいたらしいニーナが声をかけてきた。
うわっ、うっかり忘れてた。
慌てて手を放し立ち上がって服の埃を払う。
「ど、どうかしたのか」
「あそこからは脱出できたのでしょうか……?」
不思議そうに聞くのでまわりを見渡せば、異臭も血の跡もなく、ざらついた石積みの通路が四方向に伸びていて、部屋の真ん中には、四つの小さな窪みのある石の台座が鎮座していた。
そこには見知らぬ文字がずらずらと並んでいて、それを目で追っていたニーナがぎゅっと唇を引き結んだ。
「読めるのかこれ」
「……ええ。“その、力を、示し、四つを、収めよ”とあります。どうしてこの文字が読めるのか、私にもわからないんですが」
瞬きもせずそう告げられては尋ねようがない。
……ひょっとしてこの少女はもとは女神に仕える巫女か何かで、事故で記憶喪失になった、なんてことは、
「ないな、やっぱり」
首を振って妄想を打ち消すと、ニーナと、その後ろのアルも同じように訝しげに見つめてきたので手を振ってごまかし、
「それにしても、四つというのはなんだろうな。この通路の先にそれぞれ何かがあるということだろうか」
「“力を示し”の部分……嫌な予感がする。心して進もう」
アルの言葉に頷き、四つある通路のうち一つに足を踏み入れた。
罠と魔物の気配のしない一本道をひたすら進み続けていくと、やがて横長の壁の真ん中に鋼鉄の扉がある場所に出くわした。
慎重に扉を開ければ、そこは広く広く明るい大部屋になっており、光源は不明だが上からの光に照らされ、湿った土と、遠くには断面の怖ろしく綺麗な四角い石がごろごろと転がっていた。
「よく耕されていて、これは畑に最適ですね」
「誰が作るんだ誰が」
ニーナが土をいじりながらしみじみ呟いたので、突っ込んでおく。そんなやりとりを挟みつつ三人でもこもこした土の上を進むと、地面が次第に引っ張られるように揺れ動き始めた。
ズズ、ズズズズッ
ドスン、ドスンッと石が転がり始め、土が盛り上がって人の形を造り出していく。
「……でかい」
辺りの土はすっかり寄せ集まり、見上げるほどの大きさのゴーレムがそこに出現していた。
ドシン、ドシンと足音を立て、ゴーレムがゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
示し合わせたように三人で走り出し、大の大人五人分以上ありそうな泥と石の人形から距離を取る。どうやら頭の働きと動きは鈍いらしく、ゆっくりとしか近寄ってこない。
「“力を示せ”ね。要はあれと戦って勝てばいいんだろうが」
だんだん近づいてくる巨人を頭から足まで観察してみる。う~ん、無理っぽい。
「……ものすごく諦めたくなる」
「ここの他に道を探してみますか?」
「いや。先か後か、どちらにしろ、倒さないと」
アルの冷静な言葉に、もう一度来た道を思い返してみた。通路は四つ。台座に嵌め込む何か、も四つ。
「行こう。弱点を探すんだ」
果敢にもアルフレッドは剣を抜き、ゴーレム目掛けて走り出した。
「仕方ない、腹をくくろう」
「そうですね……頑張ってください。私はここで、無事を祈っています」
ニーナも力強く頷き、こちらを送り出す構えをした。おまえも手伝え!とか言いたい。しかし彼女は回復以外なんの役にも立たないことが予想されるので、ここで待機してもらうしかないのだった。
「……行ってくる」
胸中に複雑なものを抱えながら、ひょいひょいとゴーレムの背中に乗りつつ斬りかかるアルフレッドに近づいた。
「アル、来たぞ!何かわかったか?」
「ん。このままじゃ埒が明かない」
跳躍し掴みかかるゴーレムの指を切り落とすが、ズザザッと土がこぼれただけですぐに元通りになった。こうして傍へ来ると、ゴーレムの赤い眼がこちらをじぃと睨みつけてくる。
「……?」
その眼を覗き込んでいると、片方がチカチカッと黄色く光り、すぐに赤に変わっていった。
「シャロン!」
ぐいっと彼女のお腹に腕をまわし、アルフレッドが大股で後ずさる手前を、ゴーレムの拳が唸りを立てて通り過ぎていく。続いて大きく足を持ち上げ踏み込んできたので、即座に踵を返して距離を取った。
ズシン、と地響きがして、地面が揺れる。
「な、なんか光ってた」
不思議そうなアルにたった今見たものを説明すると、探るようにゴーレムを見つめながら、
「きっと、それが弱点かも。狙ってみる」
再び巨大な石と土の人形へ向かったので、こっちもできるだけ近づき援護できる位置に身構えた。
アルフレッドがゴーレムの頭から肩にかけて斬り崩し、同時にシャロンが風で吹き飛ばす。散らばった部位は、先ほどより戻りが遅く、体をひねり攻撃を繰り出すゴーレムに時にしがみつき、時に攻撃を避けながら次々に斬撃を繰り出す彼に合わせ、広範囲で風を操っていく。
所詮は時間稼ぎだが、これでなんとか……。
次第に土が崩れ、ボロッと石が取れてゴーレムが痩せたのを確認して、シャロンは剣を振るのを止めて大きく息を吐いた。
「け、けっこうキツい」
しかし風が止んだ途端、土はゆっくりと上へ巻き上がり、再びゴーレムの血肉となっていく。
その体の中でキラッと黄色に何かが光り、奥へと潜り込んでいった。
「あれだ。シャロン、もう一回やろう」
アルが地面につけていた切っ先を持ち上げ、構えを取った。アルは本当に、うらやましいぐらい体力がある。
「……わかった。いつでも構わない」
流れ出た汗を拭い、呼吸を整えつつ、こちらも風を放つ準備をする。
アルフレッドが走り、ゴーレムの石でできたふくらはぎを蹴りつけて駆け上がり、腕を斬り落として剣をひるがえし、首の付け根、石と石の隙間へ差し込んでぐいっとぶら下がると、首と一緒に落ち、お腹でもう一度剣を突き刺して止まる。
こっちもアルを吹き飛ばさないよう力を込め、風を練ってゴーレムに叩きつけた。
「くぅうううっ」
ビュウビュウと風が唸り、竜巻を作る。で、アルのまわりだけ風を弱めて……ッ。
アルフレッドは器用に剣でゴーレムの腹を探り、その中から黄色に輝く宝石を掴みあげてこちらへと高く放り投げた。
「うわッ」
握り締めた途端、ジュッと音を立て、宝石から何か煙が出たかと思うと、その力強い輝きはすぐに失われた。まあ、光ってなくても綺麗なことに変わりないけれども。
そして次の瞬間ゴーレムが崩れ落ち、ただの土くれと石の固まりへと姿を変える。
やりましたね、と遠くからニーナが手を振ってきたのでそれに振り返して、アルの傍へ行き、パシンと手と手を打ち合わせて、やったねと笑い交わした。