追憶の場所
多少の流血描写があります。ご注意ください。
茂みの先、林の間の道は今日も静かだった。
そのせいで雪の上を歩く二人分の鈴の音がシャリン、シャンシャンシャンとやけにうるさく聞こえ、心配していた魔物は、今のところ襲ってくる様子はない。
「例の所はここから北東の方角にある。まだ、だいぶ歩くかもしれない」
「……」
アルフレッドは、視線を落として俯きがちにしている。顔色を窺ったが、もともとがあまりよくないのでわからなかった。
林を抜け、北東へしばらく行くと、雪が深いときには気づかなかったが、そこはちょっとした渓谷になっていた。
そびえる崖のせいで日が差さない部分はまだ凍っていて油断を許さない状況である。
足元に注意しながら歩き続け、やっと遠くにあの洞穴の入り口らしきものが見えたので振り返り、呼びかけようと口を開くと、アルフレッドがシャロンを突き飛ばした。
「おい!何を、」
突然、高台から狼がシャロンのいた所へ飛び下りてきた。
とっさのことで判断できない彼女の横で、アルフレッドが狼の鼻っ面を蹴りつける。
ひるんだものの、体勢を整えた狼は近くの獲物――――アルフレッドに飛び掛かった。
「くそっ!」
シャロンが喉元目がけて剣を突き刺し、薙ぎ払うと、振られた狼は地面に叩きつけられ、息絶える。
「大丈夫か!?」
倒れていたアルフレッドはどこか虚ろな眼差しを宙にさまよわせていたが、その視線が傍らの狼の死骸に止まり、むくりと体を起こしてにじりよった。
「……にく……」
「ちょっと待て。あれはよせ」
彼はぎらぎらした眼差しで狼を見つめている。シャロンはひとまずどこにも怪我がないか確認した後、
「とにかくあそこの洞穴まで進もう。私のカバンに携帯食料が余分に入ってるから」
そう言って引き留めると、アルフレッドは名残惜しそうな表情で視線を狼から引き剥がし、立ち上がった。
狼自体を諦める気はないらしく、黙って傍に行くと自分のカバンから縄を取り出して狼の足を縛り、木へと吊るしておく。
どうも、前途多難だ。
ふらふらなアルフレッドを時には支えつつ洞穴へと辿り着いたシャロンは、ため息を吐きながらもさっさと火を起こし、食事にすることにした。
彼はそわそわしてお湯が沸くのを待っていたが、シャロンがお湯をコップに入れ、食料を分けたとたん食前の祈りもそこそこに食べ始め、あっというまに平らげてしまった。
さらに期待に満ちた眼差しで見つめてくるので、シャロンは自分の取り分からも分けて相手を落ち着かせた。
「ひょっとしてずっと……お腹が空いていたのか?」
アルフレッドは答えない。その代わりに立ち上がり外へ出ようとする。
「待て。どこへ行く」
「狼、取ってくる」
「……大丈夫か?無理はするなよ」
彼が頷き、出たのを見計らって、シャロンも上着を脱ぎ、布をお湯で湿らせ顔や体についた返り血を拭った。
奥の部屋は相変わらず埃っぽく、歪んだ家具や固いベッド、隅にはガラクタが置かれている。
薪になりそうなものはないだろうかと、このあいだは手をつけなかったガラクタの山を探ってみると、いくつかの資材が見つかり、それに紛れて何か平たいものが置いてあるのを発見した。
「鞘、か」
そういえば、と依頼の品はここの剣だったのを思い出す。
棚の横には、やはりこの前と同じように剣の柄が埋まっていた。
「くっ」
掴んで引き抜こうとすると、わずかに動いたものの、やはり抜くことはできない。
やがて夕方になり、アルフレッドがいくつかの薪と、野ウサギを抱えて返ってきた。
「あれ?狼はどうしたんだ」
「……とられた」
悔しそうな表情。いったん外に出て野ウサギを肉の塊にして戻ってくると、切り分けて鍋に水と塩とともに入れ、火にかけた。
そうやって腰を落ち着けた彼は、どことなくリラックスしているようにも思える。
「それで、ちょっと来てくれ」
煮えるまで時間があるので、奥の部屋へ案内すると、入った瞬間にアルフレッドが呟いた。
「………懐かしい」
耳をすませていなけば聞き取れないような小さな小さな声。
ここに住んでいたことがあるんだろうか。
疑問を感じながらも、シャロンは例の柄の場所へと彼を連れて行く
「これがその剣のはずだ。残念ながら、固くて抜けないが」
アルフレッドは少し考え、鍋からお湯を持ってきた。
「……」
流し入れると湯気が部屋中に立ち込める。彼は時間を置いてから柄を握り、一気に引き抜いた。
「長いな。……横幅は中指の第二関節ぐらいか?」
シャロンの呟きに目を細め、傍らの鞘へとその剣をしまい、ガラクタの山から取り出したベルトで装備する。残念ながら、剣が大きいためバランスが悪い。
「くくっ」
シャロンは口元を押さえたが、もう我慢できないと言いながら大きく破顔し笑い出した。