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異郷より。  作者: TKミハル
『遺跡ミストランテ』
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 長い夜更け

 狭くて暗い部屋の中。眠ったアルフレッドはなかなか目を覚まさなかった。

 汚れた顔などを布で拭ってから、起きるまでのあいだニーナと取りとめもなく話をする。


「ニーナはどこを旅したんだ。私とアルは、北のグレンタールから、大陸の東側、ビスタやターミルを通って来たんだけど」

「……いろいろです。人の吹き溜まりとして悪名高き中央王都や西のファイズィール。南へ下がって港町テスカナータも通ってきました」

「青い海と、白い家。出会いと別れの地、美しきテスカナータか。よくそう吟遊詩人に歌われているな」

「海も青いし、家の壁も白いんですが、正直治安はよくありません。私は何回かカバンの中身をすられました。その手口も巧妙で」

「どんな風だったか訊いても?」

「まず、二人一組になって片方が飲み物などを持ちながら標的に近づき、ぶつかります。そして相手が汚れと怒鳴り声に気を取られている隙に、後ろからナイフでカバンをバッサリ」

「なるほど、確かに巧妙だ。そういう奴らって妙に悪事には頭が回るんだよな」

 シャロンは呆れながら、隣に寄りかかるアルフレッドの顔色を見る。……大分よくなってきたようだ。ついでに今のうちに見苦しい髭を剃っておこう。


 膝を突き合わせるようにして座っているニーナが少しだけうらやましげに、本当に仲がいいですね、と呟いた。

「そうかな。まあ、こいつとも結構長く旅してる、から」


 って、よく考えたら半年も経っていない。……いろいろありすぎてずっと前から旅しているような気になってた。


 そうこうしているうちにアルフレッドがもそもそと動き、

「う……」

呻きながら瞼を開いた。

「……!?」

「いや、落ち着け」

 狭い部屋の中でいきなり動かれると大変なので、とりあえず押さえつけた。

「今どこに」

「アルが隠れていた場所からそう遠くない小部屋に入った」

 それを聞くと、無言でドアとまわりを調べてから再び座り直した。雰囲気がやけに暗い。

「さっきは、ごめん。人と、非常に稀にしか会うことなかったから。それも、ほぼ狂ってるのと。後はずっと、敵、敵、敵。シャロンはこれまで、どうしてた?」

「そう、だったのか。すまない……私は地下一階に飛ばされてた。グレンともはぐれて……」

「……」

 なんだか、アルの暗い雰囲気が、さらに急降下し、こちらを睨んでくる。

「なぜここに来たんだ」

 はらんだ怒気が耳に痛い。なぜって言われても……困る。

「助けに来るのに、理由なんていらないじゃないか」

「……来なければよかったのに」

 アルフレッドは心底無念そうにため息を吐き、ぽつ、ぽつと話し出す。

「魔物が多く出口もない。誰とも逢えず、見つけられない。多分そういう、仕組み。……で、そこの人誰」

 じろっとニーナを睨みつけた。


 あれ、まずくないか、この展開。


 シャロンは手に冷や汗がにじむのを感じて服で拭いつつ、

「ここに来るのに協力してもらって……できたら、最深部まで一緒に行くって約束した」

「……安請け合い」

 返す言葉もない。ニーナも空気を読んでいるのか黙ってこちらの出方を窺っている。

「シャロンは、不用心すぎる。それに罠じゃない保証もない」

 アルはニーナを睨みつけながら、

「どうして簡単に合流できた?これまではずっと……。何が目的だ」

「疑われても、同じ答えしか返せません。私の目的は、願いを叶えてくれるという女神に逢って、記憶を戻してもらうことです」

 そこだけは譲れないと、力強い光を宿しまばたきもせず彼を見つめるニーナ。確かに彼女は怪しすぎるが、まだ敵と決まったわけではない。


「アル……私は、できるかぎり、信じたい。駄目だろうか」

 祈るような気持ちでアルを見つめていると

「危害を加えたり、邪魔になるようなら殺す」

そうニーナに宣言して、それきり興味を失ったようにこちらに向き直った。

「それで、この階なんだけど」

「ッああ、なんだ?」

 切り替えの早さに驚きながらそう訊き返せば、アルは頷き、カバンから石筆を取り出した。

「ここは通路、十字路、小部屋に至るまで……出現に規則性がない」

「よく、わからないんだが……」

「つまり、一度通り過ぎたら最後、同じところには出会えないかもしれない、ということ。それに、通った道の壁や床に印をつけても無駄」

足元に大きく×を描いて、じっと床を見る。

「すでに試してみた。ここの壁は、描いたものすべてが消えるようになってる」

「そんな馬鹿な!」

「目印や手がかりが得られず、出られない。牢獄のような、仕組み」

「くそッ、どうしろっていうんだ」

 バシンと床に拳を叩きつける。いつのまにかアルのつけた印はそこから消え失せていた。

 ニーナは背嚢を抱き締め、聞き漏らさないように耳を傾けている。

「グレンを助けるのは、無理だ。まずこの階からの脱出が先」

「……そう、だな」

 本音を言えば、助けたい。だがこのままでは生きて帰ることすらあやうい。


 誰もが口をつぐみ、その場に沈黙が落ちた。


 しばらく経った後。静寂を破り、きゅうううっとお腹が鳴ったかと思うと、アルフレッドがコテッとシャロンに頭をもたせかけた。

「お腹、すいた」

「ちょっと待って、これ」

 水とドライフルーツをあげるとすぐにもぐもぐと咀嚼し始める。なぜかニーナもうらやましそうにそれを見ていたので、

「……ニーナ、自分のは」

「あの、ドライフルーツと干し魚、交換しませんか?甘いものが欲しくて」

「いいけど」

 ニーナと交換した魚をそのままアルに渡すと、美味しそうに頬張った。こいつは、食べているときが一番生き生きしている。

「はあ……人心地つきました」

 二人とも何やら和んでいるが……そこまで喜ぶとは思わなかった。


 三人で休息と食事を取ったところで、これから、少しでも違和感を感じる場所を徹底的に調べること、魔物の近づく気配、音に気を配ることをもう一度確認して、再びドアを開け迷宮へ乗り出した。

 この空間にシャロンたち三人以外生きた人がいないわけではありません。出会えないだけです。

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