迷宮の闇
今回暗めな上に多々戦闘シーンが入ります。それほどグロい描写はしてませんが苦手な方ご注意ください。
迷宮の先は暗く、時折通路はぼんやりと青白い光に照らされている。
動く骸骨や腐乱死体と遭遇し、そいつらを蹴散らしてしばらく行くと、道は分かれ、右を選び進むとまた分かれ道。歩いても歩いても同じ通路ばかりで、染みの模様や散らばるごみ屑ぐらいしか変化はない。
いやそれどころか、それらさえ変わってないのではないかと思うときすらある。
シャロンは、もう何度目かわからないが、道の端に積み重なった死体を見つけ、息を止めてひっくり返し、見覚えがないと確認すると、四肢を斬っておく、という作業をしていた。
もう駄目かも知れないと、何度思ったことだろう。……救いは、同行しているニーナがほとんど動揺を見せておらず、黙々とついてきていることだった。彼女を守らなければ、という思いがあるからこそ、泣き喚きたい気持ちを我慢できているに違いなかった。
「何か、来ます」
「……わかってる」
ニーナが任せたとばかりに近くの壁にぴたっと背中をつけ、できるだけ体を縮めて座り込む。
それで間違っちゃいないんだが……なんとも切ないものがある。
現れたのは――――――四体の骸骨だった。数が少ないことにほっとしつつ、剣を構え、飛びかかる。視界の片隅に、先ほどひっくり返した死体が立ちあがろうともがいているのが映ったが、あれは無視していいだろう。
一体の肋骨から首を打ち砕き、頭を蹴り飛ばす。それは廊下の向こうへ転がり、べちゃりと音を立てた。
粘着質な落下音に不吉な予感がしながらも、続けて三体を斬り上げ、剣の柄頭で砕き潰す。
「おい、行くぞ」
ニーナを呼びつけ、急ぎ離れようと思ったものの……暗い通路に断続的に続く溝に気づき、焦りを押さえて慎重にまたぎ越した。つるりとした床だが、ニーナも足を滑らせることもなく――――――滑らせたら落ちて即死だろうが――――――無事に渡り終えた。
相変わらず、目の前には滑らかな灰色の石積み通路が続いていて、三つ叉に分かれていた。さて、
「どれを、進もうか」
「どれでも。条件は同じだと思います」
ニーナが冷静に答える。ここに来た時とまったく変わらないその声にわずかになぐさめられつつ、左の道を選んだ、が、行き止まりだったので引き返して真ん中を選び進むことにした。
アルに会いたい。……生きて会えるだろうか。
単調な道。どうしても不安が膨れ上がるのを抑えきれず、シャロンはこみ上げる喉の熱い塊をぐっと飲み下した。前の通路からは、ふらつき、何かを引きずるような足音と、据えた臭いが漂ってきている。
「くそッ」
腐ってかろうじて人型をしている数体を一度に風で吹き飛ばす。ベチャリと壁に張り付いたのを、横切り、罠に注意しながら走り出す。ヒュン、と何かかすめ飛んできたものを斬って落としたが、二三度食らい、痛む頭を堪えて遠くへ足を動かした。
帰りたい……駄目だ。アルを探さないと。
ニーナは黙ってついてきている。遠くまで逃げて、はあはあと荒く息を吐きながら、シャロンはいつのまにか腕と頭からだらだらとにじむ血を服で拭った。
「しまった。染みが……」
思わず舌打ちが出る。
「少し、休みませんか」
ニーナが珍しくきっぱり言って、近くのドアを開けて引っ張り込んだ。
中は何もない。数人ぎりぎり座れるほどの小さな部屋。これまでごくたまに見かけるぐらいで、部屋自体それほど多くなさそうなので幸運だった。
「……甘かっ、た」
声が震える。どうして私は、ここに来てしまったのだろう。どこへ行けばいいかもわからず、帰れるという保証もない。
ニーナは何も言わず、私のカバンから純度の高い酒と、細い布を取り出し手当してくれている。
「どうして、そこまで落ち着いていられるんだ。うらやましいな……」
ぽつりと愚痴めいた言葉が飛び出した。
「そうですね……よく、わからないんです。怖いって気持ちが。こうなんだろうな、とはうっすら感じるんですが」
シャロンは布を巻くニーナの無表情な横顔をじっと眺めた。
「記憶……戻るといいな」
「ありがとうございます」
やはり表情は変わらなかったが、雰囲気がどことなく和んだ気がする。ああ、そうか。昔のアルフレッドに似ているな。
感情が動かなければ、痛みも苦しみも少なくてすむ。でも、喜びや楽しさも感じることはない。この状況下では、それが一番いいのかも知れないが……。
落ち着いてみると、足の疲れとか、喉の渇きが随分あることに気づき、シャロンはカバンから水と食料を取り出してニーナと分けた。この先どれだけここにいるかもわからないので、ごく控えめに。
「ああ、やっぱり大分疲れてたんだな。楽になった」
「それなら、よかった」
微細な変化だが、ほっとした様子を見せ、ニーナが言う。
休憩も充分取ったので、魔物がいないか確かめてドアを開け、再び通路へと慎重に繰り出していった。
しかし……長い、暗い廊下をずっと歩いていると、自分がどこを歩いているのかまったく分からなくなってくる。おまけに、簡単な地図を作ろうにも……磁針が一定方向を指さないのでどうにもならない。
「ニーナ、何かわかるか?今どの方角に向かっているとか、行くと戻りそうな道だとか」
「わかりません。でも、こちらの方がいい気がします」
彼女は道の途中にあった、やや薄暗い横道を指差した。
「………本当に、ここ?まあ、いいけど」
パキパキ、と乾いた白い何かを踏みしめながらしばらく歩くと、青白い通路は明るくなったり暗くなったりしながら、やがて右側がやけに広い場所に出た。通路はまだ続いているが、右側の隅には瓦礫や木片などガラクタの山が高く積まれている。
……使えるものがあったりしないだろうか。
いつもの癖で、ついついガラクタの山に手をかける。するとその陰になっていた場所から、何者かが飛び出してきた。
「って……アル!?」
なんだか薄汚れて髭とか髪とか若干ひどいことになっているが、間違いない。
「生き、て」
た、まで言い切る前に冷たい殺気とともにブンッと大きく剣が振りかぶられる。
「ちょ、待った。アル、私だって!!」
なんとか剣を受け止め訴えたものの、彼は答えず、一旦距離を取りじりじりとこちらに接近し、水平に剣を構え鋭く突き刺さそうとしてきた。
こいつ、人が心配してたのに何考えてるんだ!
シャロンはあまりのことにかっとなり、まっすぐ喉元を狙う剣をすくいあげ払うと、このやろうとベルト辺りを蹴って意外に手ごたえのなさに驚きながらもあいだを詰めて平手で思いっきりアルフレッドの顔を張り飛ばした。
あ、やりすぎたかも。
アルフレッドが、どう、と床に崩れ落ちたので、慌てて駆け寄り抱き起こすと、しばらくして焦点が定まり、縁がひどく赤い目でこちらを穴の開くほど見つめてきた。随分と、痩せている。
「……シャロン?」
「ん。よかった、生きてて」
ぎゅ、と彼を抱き締めたものの……
「アル……なんか、くさい」
「しょうがない、よ」
そして彼はそのまま目を閉じ、深く息を吸って……眠りについた。
いや、永遠の、とかはつかないから!
「あの~、恋人同士の、感動の再会のところ悪いのですが……何か、飛ぶ物体が来てます」
「わかった。すぐにやっつける」
剣を構えた。気力が沸いてきて、いくらでも戦えそうだ。
魔物は歯だけが5、6匹(?)ぽっかりと空中に浮かぶ素早い奴らだったが、なんなく倒すことができ、それからなんとか再び安全な小部屋を見つけて、アルをそこに運び入れることができたのだった。
今さらですが、シャロンはいろいろ鈍いです。
〈今回の魔物〉
フライング・ティース……空を飛び獲物に飛びかかる。特殊能力なし。