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異郷より。  作者: TKミハル
『遺跡ミストランテ』
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 迫る時間

 そろそろアルフレッドが死にそうな日数に……。

あれから三日近くが経った。


あの時協力を要請した冒険者一行はなぜか翌日から連絡が取れなくなり、町に不穏な噂が流れ出した。

曰く、女冒険者の誘いに乗って遺跡の奥へ行った奴は、帰って来れなくなる、という――――――。


 助けを求めようにも他のパーティには避けられ、おまけにギルドから出た捜索隊すらも行方不明……。

冒険者たちはお互いに疑心暗鬼に陥り、ギルド周辺一帯は時折起こる激しいいさかいとどこかよそよそしい雰囲気が蔓延していた。


「マスター、もう一杯」

「おいおい、本当にいいのか?変わってるねえ、あんた」

呆れながら店主は奥へと引っ込んでいく。


 真っ昼間の酒場は客も少なく、たむろするにはもってこいだ。

シャロンはぐだぐだと頭をテーブルに乗っけつつ追加注文をした。これだけ飲んでいるのに、ちっとも酔えない。


 ……酒じゃないので、当たり前だが。


ここの店主に「酒以外で頼む」と注文したところ、冗談で年数が経ち過ぎの元・極上ワイン(現時点で酢の素)が出され、そのまま飲んでいたのだった。


「はいよ、どうぞ」


苦しみのさなかにいるかもしれないアルフレッドを思えば、ここで美味い酒を飲むわけにもいかない。


 シャロンは再びマスターが運んできた、不味くて酸っぱいそれをちびちびと飲みながら、そろそろ行くかと気合いを入れる。


 朝は男連中に断られたから、今度は女性に当たってみよう。


立ち上がると、酒場の入り口にフードを被った小柄な人影が現れた。

「ここに、シャロンという冒険者がいると聞いたのですが」

その怪しい姿と、涼やかな声には聞き覚えがあった。


 フードを目深にかぶった少女はわざわざ、

「彼女と同じものを」

と注文して、店主のもの問いたげな視線に構わず向かいに座る。


「……もう出るつもりなんだが」

「お久しぶりです。私の名前はニーナ。ここの場所はギルドの人に聞きました。そちらも随分困っているようですが、まず話をしませんか?」

 なぜこのタイミングで、と叫びたくなるのを我慢しつつ、

「時間がない。悪いが今度に」

「地下五階の女神の扉を開ける方法を探しているのでは?」

 耳元に忍び込んでくるようなひそやかな声に、シャロンはため息を吐いた。

「手短かに言う。どこまで聞いたのか知らないが、こっちは仲間が二人行方不明で、救出のために人を募りにいくところなんだ」

「そう聞きました。……これを」

 少女はコインを取り出し、テーブルの上に置く。こちらのと同じ、女神のコインを。

「あなたのコインも、この上に置いてもらえますか」

 訝しみ、相手の様子を窺いながらもまったく同じ柄のコインを、横に並べてみる。別におかしなところは――――――。

「あ」

 チィン、とコインが触れ合った瞬間、後から並べた方が済んだ音をたて砕け散った。

「……どういうことだこれは」

「女神のコインが使えるのは一度きり、という噂があります。どうやら本当だったようですね」

「待った。そちらのコインはどうやって手に入れたんだ」

「とある冒険者の一団から買ったんです。地下六階に行けば二度と出られない、と行方不明者の名前を一つ一つ挙げて話をしたら、快く売ってくれました」

 もちろんかなり取られましたが、と呟く。ここでタイミングを計っていたらしい店主が黙ってカップをテーブルに置き、去っていった。


 自分のとまるで双子の片割れのようにそっくりなこのコインが本物だとしたら……。


 シャロンはまっすぐに相手を見つめ、

「それで、いつまでフードをかぶっている気だ?まず話をするなら、素性をさらしてからにして欲しい」

「ええ、そのとおりです。やっとこれで話ができます。その前に、奥の席へ移動したいのですが」

「わかった」


 席を移動し、人目につきにくい場所まで来ると、彼女はふぅと息を吐いてフードを後ろへ払う。現れたのは声のイメージどおり十代半ばかちょっと上ぐらいの、黒髪黒い瞳の可愛らしい少女だった。

「そこまで隠すような外見じゃないだろ」

「……この姿で冒険者をやっていると、ものすごく馬鹿にした目で見られるのが嫌なんです」

「ああ、それはそうか」

 黒髪はアルもそうだが、特に黒い瞳も合わさると珍しい西方の民族の特徴になる。元はこの大陸全体どこでもいたが、遙か昔に追われて西へ逃げ延びていったらしい。史学なんてもう随分やっていないのでうろ覚えだが。


「それで、前に話したとおりなら、女神のコインと引き換えに遺跡の最深部へ連れていく、でいいのか?」

 深く頷く少女に、思わず疑問が口を突いて出た。

「それでなぜ、そうまでしてあの遺跡にこだわるんだ」

 少女、ニーナはためらいつつも、

「実は……私には過去の記憶がないんです」

わりと重い事実を口にした。


「自分がどういうことをしてきて、どんな人間で、どんな生まれなのか、まったくわかりません。わかっているのはこのニーナ、という名前だけ。これまで地方を巡り、記憶の手がかりを探ってきましたが、まるで掴めないまま、無駄に月日が過ぎてしまいました。そんな折、この遺跡の話を風の噂で耳にしたんです。このミストランテには女神がいて、なんでも願いを一つ、叶えてくれるって」

 おそらくその噂にすがるしかなかっただろう彼女は、真摯にこちらを見つめている。

「虫のいい条件だとは思いますが、お願いします」


 真剣なところ非常に言いにくいが……。


「ニーナ。女神の噂はガセ、って可能性もないわけじゃない」

「わかってます。もし、最深部に女神が現れなければ、諦めますが……ただ、今は信じるしかないと」

 強く拳を握るニーナ。信じたいその気持ちは、痛いほどわかる。


「わかった。じゃあ、一緒に最深部を目指そう。私の目的は仲間を助けることだけど……それが終わっても力を貸すよ」

「ありがとう」

 彼女はそう力強く言って、景気よく手元のカップを飲み干した。


「わッ、すっす、す、酸っぱい。な、なんでこんなものが」

「あ~、その、悪い」

 ごまかすように笑って金を払うと、酒場を後にした。


 今度は、アルと、まあ百歩ぐらい譲ってグレンとも、美味しい酒が飲めることを願って。

 

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