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異郷より。  作者: TKミハル
『遺跡ミストランテ』
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 その先には

 今回本文が二倍ちょっと、長いです。あと、戦闘シーン有。

 シャロンは、遅れてきたグレンに怪我がないことにふっと肩の力を抜いた。

「お疲れ。しかし、随分と、水が少なくなったな……」

 藻がびっしりはびこる床が現れ始め、その中央に横たわる長く黒く、背ビレ胸ビレのある怪物……。

「ウナギだな、ありゃ」

 グレンの背の二倍太いぬめった体に、目なのかなんなのか、白く濁った球体が体に四つもつき、キョロキョロと動いている。

 その下を流れる水の勢いが弱まった、と思った瞬間、ガチャリとすべての扉に鍵のかかる音が響いた。


「倒すまで出られない、か」

 シャロンはウナギの怪物を凝視し、その視線を感じたのか、巨体の首がムクリともたげられる。


 キュィイイイイイ


 口から放たれる衝撃波に、鼓膜がビリビリと震え、一瞬意識が飛んだ。しかし、怪物は忌々しそうに体をくねらすだけで、上の場所にいる限りは襲っては来ない。

 このまま倒せないだろうかと、風の剣で刃を放ってみたが、パシッと音が響いて多少反応したものの、あまり効いたようには思えなかった。


 と、すぐ下の藻の塊が動き、一斉に緑の触手がこちらへと伸ばされた。

「危ねぇッ」

 グレンが触手を切り払い、前に出る。藻の塊はうぞうぞと動いているが、触手の形態からして、中にいるのはあのオチューという魔物だろう。

「下りよう」

 カバンを置いて近くのはしごを使い、アルフレッドがさっさと下へ移動する。

「相変わらず思い切りいいよな、あいつ」

 それに続こうとしたものの、なぜかはしごの途中で藻のあいだを目で追い、いきなりはしごを蹴って跳び、藻の中へ剣を突き立てた。


 触手を斬られたオチューが唸り声を上げ、同時に黒ウナギの巨体が体をくねらせて肉迫する。


「アル!」

 咄嗟に風であおぐと吹き飛ばされた彼はべちゃりと水溜まりを滑り、体勢を整えて黒ウナギに向き直る。

「グレン、急ごう」

「ああ。行きたくないがしかたねえなあ」

 足場も悪そうだし、とブツブツぼやいているグレンに構わず、鉄のはしごから床へ下り、なんとも気持ち悪いぬめった感触がしたのを蹴り上げれば藻と一緒に蛭が跳ね上がり、新しい獲物に気づいたオチューが緑の体を出し触手を伸ばしてきた。

「このッ」

 足に巻きつく触手をブツリと斬り、崩れかけた体を慌てて立て直す。床には蛭とオチューの触手、さらに前方には尾ビレをアルに向けて振っている黒ウナギの巨体という地獄。

「だああッ食らえッッ」

 風の剣を使い、ひとまずオチューの体を削いだものの、まだ倒れる気配は見せていない。

「うげッなんだこりゃ」

 下りてきたグレンがさっそく体をよじ登りかけた蛭と戦い、戦斧を振るっている。


 これは早急に勝負をつけないとまずい。


 シャロンは足元に注意しながらオチューへと近づき、その体に剣を突き立て、ようとしたが触手に阻まれた。

「くっ!」

 手に巻きつこうとするのを避けながらチャンスを狙っていると、

「シャロン!」

「おい、来るぞッ」

 黒ウナギがこちらに首をもたげ、咆哮したと思った次の瞬間、すぐ目の前に黒い口が大きく迫り、細かい歯がビッシリ並んでいて、

「くそッ!」

 蛭を追い払ったグレンがオチューに斬りつけ蹴飛ばすのと同時に、シャロンの腕を掴み、距離を取る。黒ウナギはそのままオチューにかぶりつき、頭を振り体をくねらせている。その後ろからひどく走りにくそうなアルが来て、ウナギの目玉の一つを斬り潰す。

「く……!」

 それを見たシャロンとグレンもタイミングを計って近づき、横から体を斬りつけたが、ウナギの勢いは弱まらず、壁際へ跳ね飛ばされる。アルが剣をなんとか抜いて離れ、床に立とうとして迫る尾びれをギリギリで避け、倒れ込んだ。オチューを噛み下したウナギがそちらへ向きを変える。

「アル、下がれ!」

 シャロンは咄嗟にナイフを抜き、白い目玉目掛けて投げつけ、命中したウナギは苦悶しながらバシャッバシャッと大音を立てて跳ねた。


「おい、このままじゃ埒があかねえぞ」

 アルの傍まで来て、大ウナギの動きを油断なく窺いながらの言葉に、

「そうだな。やっぱり誰か一人があの黒ウナギの注意を引きつけ、そのあいだに残る二人が攻撃する、という手が一番有効だろうな……」

「シャロン、食料は」

「あ、カバンの中に」

 カバンは浸水が嫌ではしごの途中にくくりつけてある。

「干し肉を使おう。あの魔物は目が見えないようだから、それで攪乱する」

「そうか。いいアイディアだな、それ」

「……こっちも異論はないぜ」

 グレンが焦げ茶の髪にへばりついた藻を投げ捨て、頷いた。


 これだけ水と藻にまみれていれば、匂いも薄くなるだろうし、いけるかもしれない。


「じゃあ、私がカバンから干し肉を取り出してあいつの気を引きつけ、」

「なくていい。ちょうど位置にくくりつければ」

 アルがやや強い口調で言い、シャロンは驚きながらも頷いた。

「わかった。あいつをぶった切るのは任せとけ。思いっきり斧を振るう機会なんてなかったからな」

 グレンが不敵に笑い、

「そうだね。活躍しないとただの大口叩く酔っ払いだ」

アルがさらりと返した。

「おまえなんて誰かさんにくっついてまわってる、魚のフンみたいじゃねえか」

「……」

 なんだか険悪な雰囲気になってきたので慌てて、

「おい、黒ウナギが回復したぞ。そんな言い合いしてる場合じゃないだろ」

「ああ、そうだな。俺の腕を見せてやるぜ」

「……そうできるよう祈ってるよ」

 な、なんかアルがおかしい……?

 内心首をひねりながらもシャロンははしごへ向かって駆け出し、同時に二人が分かれて左右からウナギを狙う。


 はしごを登り、ウナギと戦うアルとグレンの、意外と連携のとれた動きを視界に収めつつカバンを探り、干し肉となんとなく入れっぱなしだった鉤つきロープを引っ張り出した。


 ロープの先に餌を結びつけて下りると、蛭の生き残りが小さな口をうろうろ彷徨わせてにじり寄ってきたのでそれを斬り払い、ウナギの巨体に潰されないよう慎重に動いて近くの排水口の輪飾りにくくりつけ、さらに匂いが飛ぶよう切り裂いた。

 ピクリとウナギがそれに反応し、しばらく何かを探るように頭を動かした、と思った次の瞬間こちらに突進してきたので慌てて壁に張りつき道を空ける。


 大きな干し肉の塊が一口で呑み込まれ、嚥下される。シャロンはその胴を狙い、斬りつけたがぬるりと滑り刃が立たなかった。吹っ飛ばされないよう体の動きを読んで距離を取る。

 そこへアルが剣を頭に、グレンが斧をウナギの首へと突き立てると、刃が半分ほど埋まり、ウナギはうるさそうに体を上下に揺すり、柄を掴んだままのアル、グレンも一緒に揺すられる。

「ぐおっ」

「……くっ」


 魚の弱点は確か……胸ビレの下に心臓かッ


 シャロンは自分が捌いた魚を思い出し、駆け寄ると、胸ビレの下に正確に刃を突き入れた。同時にアルフレッドが頭から口へ深々と剣を突き、グレンも斧を再び振り上げて首へ打ち落とすと、ビッタンビッタンと体が跳ねてはいたが、やがて動かなくなった。


「やった、な」

「おう」

 ハイタッチでお互いを讃えあい、勝利の余韻を味わう。

「……?」

 と、何かの視線を感じたので、思わず振り返ったが、壁しかない。続いて上を見上げると、天井には蛭が這い、今にも落ちてきそうだ。

 ……まさか、こいつらの視線ではないだろう。


「何やってんだおまえら。コインを取りに行くんじゃねえのか?」

 グレンが呆れたように言ったのでそちらへ目を向けると、床には正体不明な骨やらボロボロになった皮やらが散らばり、腐った匂いがそこから漂ってきていて、その真ん中に窪みがあって水草がいっぱいに詰まっていた。

「……あの中にあるん、だろうなあ」

 シャロンたちが中央に詰まった水草を引き抜くと、窪みは深く均整のとれた四角の形をしており、深々とした底に置かれた丸い蓋には女神のコインがキラキラと光を放っていた。


 コインを拾い上げると、ガチャリと音を立てて扉の鍵が解かれ、細い給水口から水が入り始める。アルに引き上げてもらい、

「あーくそっ下着までびしょ濡れだぜ」

ぼやくグレンとはしごへ向かう途中、アルが床を見回して難しい顔をしていたので、

「どうした、探し物でも?」

「……靴を」

「靴?……ああ、流された靴か。そういえばいつか他のパーティが落としたあの彫像もないな」

 まあ、あっても重くて持ち運びにくいんだが。

「そんなもん誰かが持っていったんだろ」

「まあ、そうだろうとは思うんだが……」

 どうにも腑に落ちない気分のまま、シャロンたちは黒ウナギの横たわる大部屋を出た。


 それでも、空いたスペースで開くのを待っていたらしい他の冒険者を尻目に階段を上がり、庭園へ向かうと、自然と気分は高揚してくる。

「あ、おいおまえらっ。騙したなッ」

 途中ライミアのパーティに出会うと、黒髪のヒィロが食ってかかってきたが……ライミア自身はそれほど気にした様子でもなかった。

「はは、わりいわりい。代わりに教えといてやるよ。あのムカデもどきが守る場所に、大したもんは入ってねえよ」

「……知ってる」

 そっけないライミアに、せめてこれぐらいはと、庭園倉庫の鍵の場所を告げると、軽く手を上げて通り過ぎていった。


 庭園と、四つの石像の置かれた部屋を抜けて階段を下り、〈Ⅴ-31 対の迷宮〉と刻まれた壁を横目に女神の扉へ立つ。

「とうとう、中へ入れるな」

 ごくりとグレンが喉を鳴らし、緊張をほぐすように笑う。

「これでこの先にまだ謎が続いてたりしたら、がっかりだよな」

「う。笑えない……」

 かなり消耗しているので、シャロンは肩を落としながら慎重にコインを入れていった。これでこの部屋で戦闘、とかになったらきつい。


 ゆっくり扉を開けると、さほど広くはない部屋の正面には厳かで不可思議な模様の祭壇が奉られ、その前に人が乗る台が三つ、備え付けられていた。

 近くには祈るように手を組んだ人の等身大の石像が置かれている。


 足を踏み入れた途端、暖かで力強い空気がふわりと体全体を包み込み、体力気力を回復していくのが感じられた。


 アルフレッドとグレンは台やまわりに罠がないか丹念に調べ、安全だと太鼓判を押したので三人で一つずつ台に乗ると、祭壇奥の壁がゆっくりと上に持ち上がった。

 その中は白く広々としていて、向こうには階段が佇んでいる。


「これで、俺の依頼は終わりだな。こいつを渡しておくよ」

 グレンが懐から飾り紐を取り出し、渡してくる。なんだか、ここで別れるのも寂しい気がするんだが……。

 そんな表情を読み取ったのか、彼は苦笑して、

「そんな顔すんなよ。ま、地下六階がどうなってるかわかんねえからな。しばらくは様子を見るか」

「そうだな、その……そうしてもらえると、ありがたい」

「アル坊は嫌そうだけれどな」

 え、と隣を見ると、そのとおりしかめつらをしているアルがいた。よくわからないまま、階段を目指し、足を進める。


 そういえば、食事をしていない。おまけに干し肉は丸呑みにされてしまったので携帯食料も残り少ない気がする。

 戻った方がいいのか、とシャロンが振り返ると、扉のまわりに文字が無数に殴り書きされていた。文字を読み取ろうとした瞬間それらはすうっと消え、白い壁に変わっていく。


「アル、グレン、一度戻ろう!」

 嫌な予感に前を行く二人に声をかけたが時すでに遅く、いつのまにか魔方陣が床一面に浮かび、その黒い輝きが辺りを埋め尽くしていった。



 嫌な、夢を見た。

 覚えてはいないが、悪夢の後味はいつも同じで、それでわかる。


 シャロンは埃まみれの部屋で、ガバリと身を起こした。ここはどこだ。

 虱や蚤がいそうなボロボロの布を慎重に払い、寝台から床へ下りる。


 部屋の外へ出ると、うわ、あんたどこから沸いてきた!と驚いたような中年の商人らしき男が叫んだ。

「……ここはどこですか?」

「何言ってんだ。ミストランテの遺跡に決まってるじゃねえか。さあ、商売の邪魔だからどいたどいた!」

 男は部屋の入り口に山と積まれた荷物から、品物を取り出し、走り去った。


 どうやらここは地下一階らしく、薄汚れた感じの廊下を歩けば、その先ににぎやかに人々が行き交い、商人の呼び声がけたたましく響いている。

「あの、アルフレッドっていう、黒髪の剣を持った男の人と、グレンっていう焦げ茶の髪で顎に傷のある冒険者を見ませんでしたか?」

 中央の市に行って聞き込みをしたが、アルについての情報はほぼなく、グレンにしても、皆昨日までの足取りしか知らないという。


 震えそうになる体を叱咤しながら、それでも年季の入った冒険者の一団で、信用できそうな人たちを引き止めて事情を話し、地下五階まで一緒に行ってもらうことにする。

 幸い、この一団も地下五階の探索がかなり進んでいるらしく、コインはほとんど持っているので、スムーズに女神の扉まで来れた。

「……本当に開くのかよ」

 中年のいかついリーダーが訝しげに見守る中で、女神のコインを扉に入れ、左右に開こうとするが、開かない。

「なんで……ッ」

 思いっきり拳を扉に叩きつけるが、それでも扉はびくともしない。

「おいおい、そのコイン偽物とかじゃねえのか?」

「そんなはずは……すみません、頭を冷やしてきます」

 堪らずその場を後にし、階段を駆け上がる。


 階段の下のあの文字……数が少なくなってたな、なんてどこか冷静な自分が呟いた。


 シャロンの後姿を見送り、一団の仲間が皮肉げに言う。

「リーダー、あの女に騙されたんじゃないですかあ?」

「まあ待て、そう結論づけるのは早い。あいつの情報は役に立つ。それに……見ろ」

 仲間たちはリーダーが突然しゃがみこみ、扉の隙間にナイフをねじ込むのを見て首を傾げた。

「ここに詰まっているのは砂金の粒だ。数は少ないが……きっとこの先には相当なお宝があるのに違いない。あの女から情報を搾り取った暁には、きっと開けてやるさ」

 男はほじくりだした砂金を握り締め、にやりと笑ってみせた。

 予定調和終わり。


〈今回の魔物〉

 黒ウナギ……生命力はウナギなので強い。口から衝撃波を放つ。水中では無敵だが、陸ではほぼ水揚げされた魚状態。

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