交差する事情、思惑
ガラクタに埋もれていた脚立。今のところ使う場所も思いつかず、そのままにして鳥の扉へと戻っていく。
コインで扉を開けて出ると、距離を置かず誰かがいて、危うく踏み込みそうになった。
「な、なんだあ!?」
「す、すまない」
バタンと扉が閉まり、後ろにグレンとアルが立つ。座り込んでいるのは手入れしてるのかといいたくなるような薄汚れた灰色や灰茶の髪に、返り血まみれの皮鎧を身につけた剣使いの冒険者三人。
「い、痛てぇ、足が……」
突然一人が足を押さえのたうちまわったので、何かの発作だろうか、と思いながら凝視していると、残る二人が立ち上がり、よく似た風貌だが、無精ひげが濃い方がギロリと睨みつける。
「見ろ……おまえ……ぶつかったせいで、こいつ……れちまったろうが。……してくれる」
干し肉でも噛んでいるのかくっちゃくっちゃと不明瞭だが、どうやら難癖つけられてるらしい。
グレンが後ろから乗り出し、
「へええ~そうなのか。じゃあ俺が処置してやるよ」
嬉しそうに拳を鳴らし、アルも一歩前に出る。
やるなら一番近いし隙もある、転がっている奴からだろうか……。同じ結論に至ったのか、自然とこちら三人の視線が足を抱きかかえる痩せた男へ集まった。
と、それまで痛い痛いとのたうちまわっていた男がパッと立ち上がり、いきなり階段目掛けて駆け出した。
「お、おいッ!」
慌てて残る二人も逃げた男を追いかけ、逃げ去っていく。
「待て、俺の貴重な収入源!」
グレンが冗談か本気かわからない口調で叫んだが、彼らはそのまま地下三階へと姿を消した。
「まあよかったじゃないか」
「おまえなあ……もっと先を見ろよ。あいつら倒しとけば、ライバルは減るし金は奪えるしで、一挙両得じゃねえか」
「それも一理あるが、無駄に体力を使わず済んだ」
「へいへい、そうですね」
そんな話をしているあいだにも、アルフレッドが放り出された乾パンなどを拾い集めているのだが……これは突っ込むべきだろうか。
「アル」
ん、と振り返るその表情は、どことなく喜色がにじんでいる。
「え、と……なるべく火は通せ」
「うん」
結局強くは言えずに言葉をにごし、彼の気が済むのを待ってから、東へ進んで溝の部屋へ続く大きな扉を開く。
肌寒く湿った空気が漂う部屋を見渡すと、すぐ右側に先ほどより大分ましな冒険者のグループ四人が休憩を取っているのが目に入った。
男たちは器とダイスで賭けに興じているらしかったが、そのうち随分日に焼けた茶の髪と口ひげを持つ男が、よお、と挨拶してきたので、こちらも片手を上げて挨拶を返す。
「俺はライミア・ポーリン。あんたたち、ここにくるのは初めてか?」
シャロンが首を振ると、口ひげ男の後ろでドッと笑いが起こる。
「おらおら、大人しく金だせや」
「ヒィロ、どうする?そろそろお終いか?」
「何言ってる、これまでは手加減してやってたんだ!そろそろ本気でいく」
ヒィロとか呼ばれた黒髪短髪の男は、どうやら随分負けが込んでるらしく、悔しそうな表情でダイスを器の中に入れた。
「……まあ、後ろの馬鹿騒ぎはほっといてだ。何か情報くれ。ずっとここで待たされてるからな。いい加減飽きた」
「待たされてるってのはどういうこった」
グレンが思わずといったように口を挟んだ。
「はは、それを話すわけにはいかねえな。もし知りたいなら情報交換だ」
ライミアは三十路に差し掛かった頃だろうか。頬に寄る笑いジワが彼を快活そうに見せている。
「……わかった。一つにつき、一つ、それぞれ重要度に見合ったのを交換しよう。それでいいよな?」
グレンに確認すると、任せた、と彼にしては率直な返事が返ってきた。ちなみに、アルフレッドは普段から自分の興味がないことはほぼ私に全権を委ねているので、わざわざ聞いたりしない。気になれば口を挟むだろうし。
「じゃあ、どちらからいく?」
「おう。ダイスの目で決めようぜ。多い方からで」
ダイスは全部で12面。
ライミアがいきおいつけて振ると床をくるくると転がった後に10が出、続いてシャロンが振ると8が出た。
「俺からか。何か、知りたいことあるか?」
「そうだな……待たされてるっていうのは、どういうことなんだ?」
シャロンがまず尋ねると、口ひげの男は頷き、
「そりゃ見たまんまさ。……どうやら地下五階にある大部屋が封鎖されてるみたいなんだ。それでみんな足止め食らってる。朝からずっとだ」
「なんだって……先へ進めないじゃないか」
「だから今、少しでも情報が欲しいのさ。じゃあ、今度は俺からだ。この迷宮に必要なコインのうち、どれか一枚でいいから在り処を教えてくれ」
「……待った。それじゃあ釣り合わねえな」
グレンが横から止める。
「そうか。こっちも重要なネタを持ってる。水門の開閉装置に関してだ。知りたいだろ?」
ライミアがにやりと不敵に笑った。いつのまにか後ろで遊んでいた連中も騒ぐのをやめ、じっとこちらを窺っていた。
ヒィロは上着を取られたのか、上半身裸になってはいたが。
「それは、後にしよう。他に知りたいことは?」
「あ~、そうだな。俺たちは大きな蛭の化け物と、水の中から飛び出してきた緑っぽい触手を見かけたが、その他に魔物っているのか?対処法もあれば教えてくれ」
「緑っぽい触手は、オチューという魔物だと思う。これは、触手つきの丸い体に大きな口がいくつもついてた。他の魔物と言えば……逆さにした手袋みたいな軟体生物とか、地下五階大部屋の水の中には大きい
背びれを持ったのが泳いでいたな」
「うげっ、マジか……水を抜いてもそいつらをどうにかしないと無理ってことだな」
嫌そうに顔をしかめ、頭を振る。
「で、これで最後だ。水門開閉装置の情報と引き換えに、扉のコインの在り処を訊きたい」
「……ちょっと考えさせてくれ」
シャロンはグレンやアルフレッドと相談し、隠し部屋にある蔓薔薇のコインなら話してもいいだろう、という結論に達した。
「決まったか?それじゃあ、こいつを振るぞ。大きい目の方からだ」
再びライミアはダイスを振り、今度は9を出した。シャロンが振ると、そのダイス目は12。
「私からか。……蔓薔薇の扉を開けるコイン。それは地下五階階段下りてすぐ近くの隠し部屋の中にあるんだ」
「お。ありがとよ。おいおまえら、準備をしろ。下り階段へ向かうぞ!」
よし、行くか!と気合を入れて荷物を背負い、ぞろぞろと立ち上がる。
「待った。まだ、例の手がかりを教えてもらってない」
シャロンが慌てて引き留めると、ライミアは明るく、俺たちが座っていた床を丁寧に調べてみな、とアドバイスして溝へと歩き出す。
シャロンたちが言うとおりに石の床を調べていくと、妙に虚ろに音が響く場所があり、その部分の石を力を合わせて外すと、その下に開閉装置のハンドルが設置されていた。