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異郷より。  作者: TKミハル
『遺跡ミストランテ』
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 薔薇の棘、毒の部屋

 地下五階に下りると、グレンは迷わずスタスタと奥の部屋まで行き、中から油瓶や木材などを持ち出してきた。

「どうするんだ、それ」

「とにかく、すぐそこの部屋まで運んでくれ」

 グレンの指示で目の前の黒いドアに手をかけると、前とは違い簡単に開く。


 そのじめじめして生臭く、すぐに乾いた木材がしけってしまいそうな部屋の壁には、“雪解け待ちの薔薇”と文字が刻まれていた。入ってすぐ左側にもドアがあり、運んでいた木材をアルに渡して隣の部屋に入ると、そこはひどく寒く、茨を模した棘のある太い鉄線がビッシリと張り巡らされていた。


 その奥に薔薇の蕾をかたどった置物が置いてあるが、このままではとても近づけそうにない。


 薄暗い部屋をよくよく見回すと、暖炉のようなものが設置されている。

「なるほど、あそこで燃やすのか」

「そ。雪解け待ちの薔薇なんて、うまいこと言ったもんだ」

 グレンとアルフレッドが、それぞれ木材やら油瓶やらを持って部屋に入ってくる。鋭い茨の蔓のせいで、三人がギュウギュウ詰めにしかならず、シャロンは油瓶を持つグレンに任せて場所を交代した。


 油に浸した布、乾いた木切れを暖炉に入れ、上に木材を置いて彼は火打ち石を鳴らす。するとみるみるうちに火は燃え上がり、部屋は蒸し暑い空気で満たされていくが、暖炉の煙突がうまく役目を果たしているのか煙はさほど来なかった。


 徐々に暑くなる部屋の中で、幾重にも強く張り侵入者を寄せつけなかった茨がたわみ、薔薇の蕾は次第にほころびてその内からチャリン、と音を立ててコインが床に落ちる。

 シャロンは棘の届かないギリギリまで近寄り、長めの木材を伸ばしてそれを自分の方へ引き寄せ、拾い上げた。

 コインには蔓薔薇の装飾がなされている。


「やったな!」

「おう。それじゃあ、火を消すか」

「放っておいてもいいんじゃないか?手近に消せるものなんてないし」

 シャロンがそう言うと、グレンは首を振る。

「この煙突は上と繋がっているんだ。前の時、付けっぱなしでこの真上の部屋に行ったら煙がすごくて探索どころじゃなかった」

「そうか。それじゃあ……」

 シャロンが何かないかと見渡すうちに、後ろにいたアルフレッドがパッと部屋を出て、濡れたぼろ布を持ってきたので、それを火に被せて消すと、三人は再び広い空間へと戻ってきた。


 グレンが小さな窓をひょいと覗き込み、

「しっかしまあ、よくあんなとこから助かったぜ。牢に入れられた時点でもうお終いかと思ったもんなあ」

しみじみと呟いて滝のある深い水部屋へと向かう。扉を開けると今日の水はなみなみと注がれ、シャロンたちの立つ台の下すれすれのところまで来ていた。

「これはまた凄いな……」

 覗き込むと、藻の繁殖した水の中に大きな影が蠢いているのが映る。シャロンはそれから壁や天井を見やり――――――安堵のため息を吐いた。

「どうやら、例のヤツは少ないみたいだ」

「まあ、もし吸い付かれたりしたらおれたちがちゃんと取ってやるよ。なあ?」

グレンがニヤニヤと笑いながらアルフレッドに同意を求め、彼は力強く頷いた。


 まったく、わかってるんだかいないんだか判断に困る。


 シャロンはひとまず二人を睨みつけることで溜飲を下げ、

「与太話はいい。それより、誰が最初に行くか決めようじゃないか」

と細い通路を指差した。


 相談の結果、まずシャロンが向こう側へ行き、続いてグレン、最後にアルフレッドとなった。なんで今回も私が先頭なんだろう、いや、万が一グレンに襲われるのを防ぐためだから仕方ないんだが、などと心中いろいろと考えながら足を進めると、何事もなく犬の扉を通り過ぎ、


 バッシャアアアンッ!


 突然水の中から一対の触手が現れた。まずい!この体勢では、とシャロンが焦り、グレンが

「じっとしてろ!」

と叫ぶ。

 ビッタン、ビッタンと天井を打っていた触手は、そこを這う太った蛭を二三匹巻き取ると、勢いよく水の中へ引きずり込む。

 そのまま、深く深く潜っていき……やがて辺りはまた静まり、コポコポと時折細い給水口から落ちる水音のみになった。


 ずぶぬれになったが命があることにほっとしつつ、細い通路に渡された板に着き、アルフレッドが来るのを待って、扉にコインを通してぐっと押すと、重たい音を立てて動いていく。

 またドアを抜けるとそこの壁には金属製のはしごがあり、ずっと上へと続いていた。


「これはどこへ通じているんだ?」

 グレンに尋ねると、

「この上が、あの地図で見た二つのレバーの場所だ」

と答えが返ってきた。

「じゃあ、行ってみるか」

 シャロンが足をかけて登ろうとすると、じっとはしごの先を見上げていたアルフレッドが、

「上に誰かいる」

と警告してきた。


 その言葉で即座に場の空気が緊張する。上にいるのは果たして友好的なパーティなのだろうか。シャロンが迷っているあいだにも、グレンは動き、

「おーい!!誰かいるのか」

大声で上に向かって声を張り上げた。


 ややあって、上から、おれたちはサイラスのパーティだ、おまえは誰だ?と返事があった。


「おれは、グレン・カワード。サイラスのパーティなら、マルティアっていう赤毛でそばかすの男がいるはずだが」

 グレンが大声で返すと、戸惑うような沈黙の後、そんな奴は知らん、茶髪でそばかすならいるが、と返ってきた。

「ああ、悪い。俺の勘違いだ。……どうやら本物のサイラスのパーティのようだな。声も聞き覚えがある」

 グレンはこちらに言い、

「今、上がっていく」

と上に声を飛ばしてはしごを登り始めた。


 アルと顔を見合わせたが、ここでぐだぐだしてても始まらないと思い直し、グレンの後を追いはしごを登る。


「よう。まだ生きてたか」

 グレンとスキンヘッドの男が拳を突き合わせ、再会の喜びを伝え合う。胸を打つシーンだが、通路の幅が狭く、二人とも筋肉質なのでなんだか暑苦しい。その向こうで手を振り、

「あ、どうも。マシューっす」

「ポールといいます」

 同じ茶髪、よく似たそばかす顔の兄弟で、これまた皮鎧がきつそうな体格の二人が自己紹介してきた。二人とも武器は棒状、つまりフレイル系だが、柄の長さと先端の殴打に使う部分が微妙に違っている。


「いやしっかし、おめぇが組んで動いてるとはなあ。背に腹は換えられんってわけか」

バシンと肩を叩いて面白そうに笑う。

「ま、そういうことだ。ところで、そっちは?何か収穫はあったのか?」

 グレンの言葉に、スキンヘッドの男、サイラスは大げさにため息を吐き、

「それがな、せっかくここまで来たってえのに、向こうのドアは熱、手前の二つは毒と来てやがる。ほんと陰険な場所だよここは」

と言い捨てる。

「毒っていうのは?」

 シャロンがおそるおそる口を挟むと、サイラスは親指で頑丈そうな黒塗り金属製ドアを示し、

「いやいや、わざわざ説明するまでもねえ。そこのドア開けりゃわかるこった。おそらく何かの仕組みがあるんだろうが……また一から見て回らねえと。おい、そこの。しっかり見とけよ、後で確認するからな!」

「へい」

「ういっす」

 気のない返事をしてまわりを確認し、そばかすの兄弟ははしごに足をかけるサイラスの後へ続く。その背中に、また飲みに行こうぜ、とグレンは声をかけた。

 歩いて戻って、確認して、な感じで進みます。

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