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異郷より。  作者: TKミハル
『遺跡ミストランテ』
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 取捨選択はなされた

 リリアナの行動は、まったく理不尽としかいいようがない。


 シャロンは早々に考えるのを諦め、それよりも、とアルフレッドに、

「ここはやけに冷えるし、長話には向いてない。彼の体調も気になるから、一度町へ戻ろう」

と提案した。

「ああ、おれのことはグレンでいいよ。丁寧口調じゃ背筋がムズムズしてきやがる」

「じゃあ、グレン。体はどの程度動かせそうなんだ」

「ん~っ、とそうだなあ」

 ボキ、グキッと音を立てて腕を回し、

「さすがに本調子とまではいかねえが、この迷宮を抜けるぐらいはなんとかできそうかな」

にやっと無精ひげの伸びた顔で笑う。


 帰ると決めたものの、もう一度あの通路を通るのは気が引ける。牢獄の西、覗き窓とは反対側にもドアがあったので、シャロンは期待を込めつつそこを開けてみた。

「うっ」

 途端に刺激臭が鼻を突き、慌てて布で覆いつつ見まわせば――――――どうやらここは拷問部屋らしかった。

 入り口すぐ左には炭の入った炉のある装置に鉄パイプ(どうやら左奥の小部屋に繋がっているらしい)棘のついた大きい歯車のような器具や、大きい漏斗、鉄の箱などがあり、床には長い鎖がいくつも散らばっている。パッと見には死体らしきものはなかったが……なるべく見ないようにして奥まで歩き、小部屋を確認したがどろどろの浴槽が置かれていたのですぐに閉めた。


 隣で床にあるごみ捨て場っぽい鉄の蓋(?)を確かめたアルフレッドも首を振る。


 引き返すと、壁を背にじめじめした床に座り込んでいたグレンが顔を上げる。

「……どうだった」

「いや、駄目だ。引き返すしかない」


 牢から出て水のある大部屋に入ったが、幸いにもすぐ近くにドアがあってそれほど苦労せずグレンを連れて地下四階へと上がることができた。グレンも速くは無理にしろ自分で歩けているので、そのままゆっくりと出口へ向かう。

「しかし惜しかったな……俺はコインを二つ持っていたんだが、それを奴らに取られちまった」

「私は、命まで取られずに済んでよかったと思うぞ」

 そんな話をしながら地下三階へ上がり、コウモリやら虫やらを難なく倒して、遺跡の外へ出る。


 グレンが、森と青空と、傾きかけた太陽を眺めながら、

「あ~、また外を拝めるなんてな、思わなかったぜ」

気持ちよさそうに空気を吸い込み、伸びをする。


 シャロンとアルフレッドにとっても久しぶりの外の空気。森や、道を行き交う人たちなんかの、変わらない風景――――二日しか経ってないので当たり前だが――――に懐かしさを覚えながら、町への帰路へつく。


 グレン・カワードがもっと詳しい事情を聞くまでは、と飾り紐の交換を渋り、一足先にリリアナ・レンレンのことを報告しようとギルドに寄ったシャロンたちを迎えたのは意外な知らせだった。


「歌姫リリアナが町を去った?それはどういうことなんだ」

 シャロンの当然の疑問に、受付の男は曇った表情で言いにくそうに、

「それが……あまり話さないで欲しいと言われてるんだが……彼女、昼前に血塗れで帰ってきてな、涙ながらに語ったところによると、どうやら魔物の奇襲に遭い、仲間が全滅したようなんだ。『もうこんな悲しい思いはしたくない』と、すぐに荷物をまとめて、そう、本当につい少し前に町の外門を出たばかりだ。彼女のファンが大勢で見送って……そりゃもう盛大でな」

「はあ……」

 そう言ったっきり、後が続かない。いったい、誰が何だって?


「なんだ、リリアナちゃんはもういないのか!」

 まだ呆然としているシャロンをよそに、グレンが心底残念そうに叫んだ。

「非常に遺憾だが……こればっかりはな。彼女の心の傷が、早く癒えてくれることを祈るよ」

受付の男も、気落ちした様子を隠しもせずため息を吐いた。


 やっと我に返ったシャロンは、本当のことを伝えようかどうか迷い、結局話さないことにした。……どうせ、誰も信じはしない。


 アルフレッドが隣に来て、慰めるようにポンポンと軽く肩を叩き、

「落ち着けそうな店、見繕ってくる」

とさっさと往来へと走り去っていった。


 彼が選んだ場所は、前にも来た料理店だったが、どうやら酒もやっているらしい。

「とりあえずなんでもいいからくれ、じゃなかった、安くてとびっきりの辛口を一瓶頼む。それと、ライ麦パンとバラ肉と野菜の炒めものと焼き鳥三種の盛り合わせも」

 慌てて付け足してから、料理が運ばれてくる間に、もう一度トムソン・ハーブルからの伝言と、飾り紐の交換のことを告げる。


 グレンが運ばれてきた“黒麦”という銘の酒を木製コップに注ぎながら首を傾げ、

「でもよ、それってどうなんだ?それで、俺になんの得がある」

と直接ぶつけてきた。

「まず、おれはハーブルが来るのを待った。だが、あいつは来なかった。その分の迷惑料としてはどうなんだ。ここであんたたちにこれ渡しちまったら、おしまいだろ?」

 うまそうにごくごくと酒を飲む。

「何を言うんだ。それなら私たちが来なければ、こうしてここにいることもできなかったじゃないか」

「それはそれ、これはこれ、だ。とにかく、これを渡すつもりはない、がだ」

「ああそうか、それなら……」

おまえが飲んだ分は自分で払え、とシャロンが怒りかけたのをグレンは遮って、

「しかし、条件次第で交換してもいい。そっちがトムソン・ハーブルの代わりに、協力してくれれば」

そう持ちかけた。


「……どういうことだ」

 グレンの手から瓶を奪い返し、とりあえず残りすべてをコップの縁までなみなみ注いでおく。

「あんたたちもあの迷宮、まだ突破してないんだろ?あそこはな、噂では二人か、三人以上じゃないと下の階に行くのは無理って話だ。そもそもこの遺跡は中盤以降他の誰かの協力が必要になるってことを聞いたんで、ハーブルを誘ったんだが」

「……初耳だ」

 そう言って、シャロンは一気に酒を飲み干した。

「く~、五臓六腑に染み渡る……」

「あんた、言うことがその辺の親父くさいぞ」

 呆れながらグレンは運ばれてきていた料理に手をつけようとして、その減りの早さに目を剥いた。

「なんだこりゃ。ほとんど残ってねえ!」


 アルは会話に参加していない分、隣でひたすら手と口を動かし、もぎゅもぎゅとやっていた。


 シャロンは改めて二、三品注文し直し、

「それで、どうしろと」

「手を組まねえか?あんな迷宮だ、人手は多いにこしたことはないだろ?……ひとまず、期限はあの地下四、五階の対の迷宮を突破するまで、ってのはどうだ」

と彼は言って身を乗り出した。

「そっちがどこまで進んだか知らないが、おれはあの迷宮の仕組みはだいたい見当がついてる。どうだ、悪い話じゃないだろ?」

「……アルは、どう思う?」

 尋ねるとこちらを見つめ、

「酒の追加注文は?」

「もちろんする。じゃなくて!話聞いてただろ?」

「シャロンの好きにすればいいよ。特に反対する理由もない」

「ああ、そう……」

 こいつはこんなんばかりか、と思いつつ、しばし考えてみる。確かに、人数は多い方が探索は楽に違いない。まあ、あんまり深入りするつもりもないが、それにしても……これまでの苦労に対し、収入が少なすぎ、採算が合わない気がする。

「わかった。地下四階と五階を解決するまでって条件で、協力する。その後は、なりゆき次第で」

「おし、そうと決まれば前祝いだ。まずはパァーッと飲もうじゃないか」

嬉しそうに酒をさらに二、三本頼もうとするので、

「いや、代金は割り勘だろ」

と突っ込むと、うわ~けちくさい!となぜか文句を返されてしまった。

リリアナとエドウィンの軋轢をシャロンたちは知りません。多分エドウィンに事情を訊かない限り知らないままだろうと思います。

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