依頼と報酬と
なんというか、一気に酔いが覚めてしまった。
ディランは何も言わず、にやにやと成り行きを見守っている。
突っ込みどころはいろいろあったが、人見知りが激しい(かも知れない)相手にぶつけるのはまずそうだ。ここは一つ、無難な線でいこう。
「初めまして。私はシャーロット・リーヴァイス。その、いきなり呼び出してすまない」
と一応この黒髪の男、アルフレッドに謝罪しておく。
この町に多い薄茶色系の髪でなく、黒髪なのも気になるな、と思いつつ挨拶を述べた途端、長く伸びた前髪の下から青灰色の目がこちらを睨んだ。
しまった、どうやら怒っているらしい……といっても私は何もしてないんだが。
内心で冷や汗をかくシャロンを気づかい、酒場の主人(名前はカルヴァン?)が口を挟む。
「いや、こいつ普段から目つき悪いから」
「そ、そうなのか」
男は、こちらをじっと見ながら何もしゃべらない。
「えっと……あなたに少し尋ねたいことがあるんだ」
なぜ私が、と思いつつ誰も何もフォローをしないのでそう言っておく。
まわりの表情や雰囲気から、面白がって高みの見物をしているのがよくわかる。
「……」
また無言。なんでもいいから反応を返してほしい。気まずいから。
と、その祈りが通じたのか、彼はかすかに頷いた。よかった、これで話が進む。
「それで、実は……」
言いかけてシャロンは自分がほとんど何も知らないことに気づき、こちらを傍観している二人に助けを求めた。中年あごひげ男ディランが肩を震わせ笑いながら、
「アル、おまえが以前出した依頼、もう一度聞かせてくれないか?ひょっとしたら、こちらの嬢ちゃんの話に関係あるかもしれない」
真剣な表情でディランの言葉を聞いていた男は、最後の台詞でばっ、と音が出そうな速さでこちらに向きなおった。
遺憾ながらこの反応で、どうして誰も彼の依頼を引き受けなかったのかがわかった気がした。
普通なら彼の姿を見た瞬間にさようなら、だし、報酬が充分貰えるかどうかも怪しい。関わるのも面倒くさそうだ。
「……依頼」
あ、初めて声を聞いた。姿から受ける印象より若く感じる。低くてわりと好みかもしれない。
「引き受けて」
「いや、だからまだ話も聞いていない!」
シャロンはちょっと待て、と額を押さえ、横でずっと肩を震わせているディランと、苦笑したままの亭主をじっとりと睨む。
「こいつ、いったい年はいくつなんだ」
「十七だよ」
笑いすぎて腹筋の痛くなったディランの代わりに酒場の主人が答えた。
……同い年か。
いろいろな意味で戦慄を覚えた瞬間だった。
「アル坊。ひげぐらい剃ってこい」
酒場の主人が小さなナイフを渡すと、彼は小さく頷いて奥へと入っていく。
「……案内人には向いていないんじゃないか?」
「まあ、その通りといっちゃあそれまでなんだが。あれでも、格安で引き受けるんで、一部には意外と人気があったりするんだ。服装や顔まわりを整えれば、そこそこ見られるしな……おい、ディラン。もうやめとけ」
笑い上戸状態がなかなか収まらなかったディランは、知らぬまに五杯目を空にして、テーブルに突っ伏している。
一気にまわったのか首まで赤い。……そのうちいびきまで聞こえてきそうだ。
「で、彼が戻ってくる前にどういう依頼なのか教えてくれ。この状況で直接尋ねたら期待を持たせてしまいそうだ」
「ああ、わかった。アルフレッド坊やの依頼内容はな、『雪山にあるダン・フォスターの住居を共に探してほしい』だ。何でも、そこに養い親の形見の剣があるらしい」
「成功報酬は銀貨30枚と、悪くはないんだが……広い上に、魔物がうろつくような場所を探しまわろうって無謀なのはそうはいない。また、あいつの見た目や性格も災いして、結局未解決のままだ。そこのディランも狩りのついでに挑戦してみたはいいが、二三日であっさり放棄しやがった」
「その、ダン・フォスターの住居の特徴は?」
「それが、岩壁にある洞穴を利用して作られたものみたいなんだ。おまえさんが迷い込んだっていう場所にそっくりだろ?」
洞穴の住居に、形見の剣。
シャロンの脳裏に、突き刺さったままで取り出せなかった剣のことが閃いた。
……あれか。
あそこに案内するだけで、銀貨30枚なら悪くない。……しかし、あの時諦めなければもっと楽に大金を手にすることができたのに。
悔しさに拳に力を入れつつ、この依頼を引き受けることを決意する。
「話はわかった。それで、相談なんだが……雪山の地理や天候の変化、棲んでいる魔物の生態に詳しい奴はいるのか?」
「なんだ、受ける気になったのか?気が早いな」
酒場の主人が笑う。なんと言われようと、この幸運を逃す気はない。
「それならピッタリの奴がいる。そいつだ」
彼が指差した先には、髪はぼさぼさのままだが、ひげを剃って幾分さっぱりしたアルフレッドが歩いてきていた。
目つきと顔色は悪く、頬が若干こけているものの、ちゃんと普通の青年に見えた。
戻ってきたアルフレッドに依頼を受ける旨を伝えると、表情はあまり変わらなかったがそこはかとなく嬉しそうな雰囲気がにじんだ。
その青年と、明日の朝にまたこの酒場の前で待ち合わせることに決め、飲み直す気分にもなれなかったので酒場の主人にいとまを告げる。
この前の吹雪の日といい、最近大活躍の毛皮の外套を着込んで外へ出ると、凍てつくような澄んだ冷たい空気が辺りを支配し、小月と美月の二つが高く登っていた。
後ろからのっそりと出てきたアルフレッドが、同じように斜めに並んだ二つの月を振り仰ぎ見る。
しばらくして視線を戻したそのタイミングを掴み、シャロンは彼に話しかけた。
「依頼のことで連絡をするかもしれないから家の場所が知りたい」
黒髪の男は頷き、ボロボロの外套を引きずって歩き始める。背の高さが同じぐらいなので、おそらく貰い物か何かなのだろう。
気にはなったが、何分寒く、口を開くのにも気力がいる。こちらが震えているのに前を歩く男が平然としているのが信じられなかった。
裏通りに出て、人気のないそこの隅に石造りで、もはや何十年と経っていそうな小屋っぽい家があった。
まさか、ここじゃないだろう……と考えたシャロンを横目に、アルフレッドがじゃあ、と軽く手を上げ、さっさとその家へと帰っていく。
青年を見送った後、歩きながら、この寒さで人が普通に住める場所なのか?いや、見た目に反して中は快適かもしれない……とあれこれ想像をめぐらしているうちに、いつのまにか宿の部屋へと辿り着いていた。
銀貨1枚→約4,000~5,000円