いざ突入
前回のあらすじ。地下三階探索中に、冒険者狩りの襲撃に遭ったパーティーを助けたシャロンたち。
血と埃にまみれ、濁った灰色のまだら模様になった青年、ディールはマルガレータが頬をパシパシ叩きながら呼びかけても小さく唸っただけでなかなか目覚めない。
シャロンとアルフレッドは待つ間、比較的軽傷だった方に名乗り、お互いざっと自己紹介をすることにした。
「シャロンとアルフレッド……ね。あんたらもここの遺跡の探索に来たんだろ?だったらライバルじゃないか。そんな奴ら簡単には信用できんね」
「いい加減にしろ、アルストン。彼女たちは見殺しもせずわざわざ助けに来てくれたんだぞ。こんな馬鹿みたいなお人好……ゲホッゴホッ、いやいや、こんな優しい人たちはそうはいないのに、なんてことを言うんだ」
マルガレータは焦げ茶の瞳でいかつい顔したアルストンを睨みつける。
「はは……馬鹿みたいなお人好し、か」
その台詞を聞き咎め、落ち込んだシャロンの肩をアルフレッドが慰めるように叩く。
「……大丈夫。それが、シャロンの持ち味だから」
「おまえ、それ褒めてるのか嫌味かどっちだ」
そう睨みつけても、アルは相変わらず読みにくい表情でこちらを見つめている。息を静かに吐き、気を取り直してマルガレータの方を見ると、今度はあちらが笑いを堪えていた。
「っくく……。いや、すまない。このアルストンのことは放っておいてくれ。おそらく、まだ気が動転してるんだろう」
それからふと真面目な表情になり、じっとこちらの荷物を見つめ、
「ところで、そちらはかなり立派な備えをしてきているようだな。……そこで相談なんだが、食料や薬が余分にあれば売ってくれないか?なるべく高く買い取るから」
いや、それはおれも言おうとしていた……などと隣でアルストンがブツブツ言い始めたが、それを見事に無視して、どうだ?とにっこり笑いかける。
「それはかまわないけれど……大丈夫なのか?」
「奴らに奪われる前だったからな。支払いなら心配いらない」
そう胸を張り、いいよな?とアルストンに確認を取る。
「……いいんじゃねえの」
「よし、決まりだ。じゃあさっそく、見せて貰いたいんだが」
こうして、思いがけないところで荷物の中身の値段をめぐり、マルガレータとの交渉が始まった。
それぞれに双方納得の値段がつき、品々を受け渡す頃には、ディール青年の意識も戻り、顔色はあまりよくないながらも添え木のついた腕を動かし、ゆっくりと立ち上がってみせる。
「……助けてもらって、どうも」
「いろいろ言って悪かったな」
アルストンが小さく頭を下げるのに合わせてマルガレータもこちらに礼を言い、腰を上げた。
「じゃあ、そろそろ行くか。こんなところ長居は無用だ。……ある程度の実入りもあったし」
シャロンたちに大きく手を振って歩き出しつつ、
「あ、そうそう。この先西側はもう何もないぞ。大木の魔物がいたが、そいつは倒したし、宝箱も空だからなー」
最後に爆弾を落として去っていった。
「……」
「どうする?」
「……行くだけ、行ってみようか」
なんだか一気に足取りが重くなった気はするが、どうにか西へ進み続け(途中小部屋が北側に二つずつあったが何もなかった)、十字路を左に行くと二十人ほどギリギリで座れそうな広い場所に、まだ葉のついた枝が散乱し、太い木の幹が根っこから倒れているのに出くわした。
通路もそうだが、ここの壁にも例のごとくいくつもの落書きがあり、床には、おそらくここに根が植わっていたと思しき亀裂がいくつも走っている。こんなものをどうやって倒したんだろうと疑問に思いながら辺りを調べてみると、大木に隠れて空の宝箱と、柄のところで折れたまま放ったらかしのバトルアックスが見つかった。
「仕方ない、か」
そう呟き、アルストンに木こりと命名することで溜飲を下げたシャロンは、アルとともに西の通路をさらに奥へと向かう。
その通路の奥は行き止まりになっていて、黒や赤、緑や青など色とりどりに文字があり、パッと見るだけでも“行き止まりだ!”だの、“もうお終いだ!”だの、“跪いて祈れ!”や“諦めろ”といった無意味なものばかりだった。
強いて言うなら“北西の部屋にヒントがある”と黒く滲んだ言葉が助言なのかも知れないが……。
アルの話では、北西というのはこの通路付近らしいので、一度戻ってそれらしき部屋を探してみることにした。
まず床に亀裂の入った場所の近くにある大部屋二つには何もなく、東の通路も行き止まりになっていたので十字路に戻り、先ほどは選ばなかった西の道を進むとその先にドアがあった。
このドアが古くて歪んでしまっているのか、二人でめいっぱい力を込めてやっと開けると、その先にある“はずれ。残念でした”の大きな文字が目に飛び込んできた。
もはや罵る気も起きず、二人してぐるりと巡り、また再び入り口へと戻ってきた。
「……やっぱり、ここに行くしかないのか」
来る途中で拾ってきたつっかえ棒になりそうな木や石を手に、シャロンはあの赤い文字が書かれた壁の前に立つ。
「足りなかったら、これも」
アルフレッドが自分の腰に差した剣を抜いたが、それは断った。だいたいその剣は育ての親の形見なんだから大切にしなきゃいけないんじゃないのか。壁を殴ったり、挙句の果てにつっかえ棒代わりにするっていうのはどうなんだ。
しかし、そう意見するとアルフレッドは不思議そうな顔をした。あれで大事に使っているつもりらしい。
「とにかく、行こう」
取っ手を引き、強く引っ張ると扉はギィイイイイッと軋みながらゆっくりと開く。その扉と壁の間に石をいくつも置き、閉まらないように工夫する。
残る扉は一つ。
ちらりと頭に、この向こうにもさらに扉があるのではないかとの疑いがかすめたが、さすがにそれはないだろうと判断して、また、そうであることを祈りつつ、再び赤い文字の刻まれた扉を見つめ、取っ手を力強く握り締めて開いていった。
続きます。