襲撃と出会いと
今回暴力表現があります(暴言含む)。ご注意ください。
さすがにこれ以上探索を続けると精神的不安定に陥りそうだったので、あの一方通行の直通階段(地下一階行き)を使っていったん外へ出ることにした。
すでに夕闇に染まる中、沈む太陽の残滓を追うように町へ戻ると、いつもと変わらない喧騒がシャロンたちを包み込む。幾分ほっとしながらギルドへ寄り、いつものように確認したが、やはりカワードは来ていない。
ただ、受付のふわふわした茶髪の青年によれば、冒険者を狙った強盗の被害が増え、持ち金をすべて奪われ金を工面しようと町で働く者の他に、重傷を負った者や故郷へ帰った者もいて、一時期よりギルドを利用する冒険者の数が減っているとのこと。
彼がこのような事件に遭い、身動きとれない状況でいる可能性は高く、もう一つの依頼である青玉の首飾りの件も情報はない。おまけに、高値がつきそうな物品も、今のところ望み薄だ。
シャロンは重い心と軽い財布を抱えながらアルフレッドとともに宿へ戻り、再び質の悪い食事を終えて眠りについた。
早朝、久しぶりに二人で軽く剣の打ち合いをして、早々に遺跡へと向かう。遺跡の地下が再び閉じるまで後九日。なんとか今日中に地下三階を進むヒントを見つけたい。
決意も新たに、地下二階で遭遇した飛び交う甲虫を斬り捨て、隠し階段を下りる。
落書きだらけの中に浮かぶ言葉〈Ⅲ-9〉はこの階に現在探索者が9人いることを伝えていた。
左へ進み十字路へ立つと、嫌でも前の通路、赤く刻まれた“この扉の先へ進むものは、大いなる収穫が得られる”の先の場所が気になってくる。しかし、そう思わせることそのものが罠かもしれない……いや、考えすぎか?
隣では、行かないの?とばかりにアルフレッドがじっと見つめてくるが……結局シャロンはそこを後回しにして、南東への道を選んだ。
東の突き当たりへと進むと、西の壁と同じようにアルがガツッと剣の柄で叩き、向こう側に空間がないことを確かめた。かなり無茶な使い方をしても傷つかない剣に感心しつつ、ドアをいくつも開けてTの形の通路に出ると、例の謎かけのある部屋(下に伸びる通路両サイドにあるドアの南側)を避け、北のドアを開ける。その瞬間、
ゴスッ ドシャッ
通路の向こうで何かが殴打され倒れる音とともにその手を離せ、と女性の低い恫喝が響く。思わずアルを振り返ると厳しい表情をしている。
「襲われてるのは女一人、男二人のパーティー。相手は四人、かなり手慣れてる」
「まさか例の強盗か。アル、加勢しよう。今なら間に合う」
シャロンの提案に彼は短くため息をひとつ落とし、了解と頷いて走り出す。
ともに通路の奥へ駆けつけると、床に倒され大男に腕をねじられている青年とその正面で細剣を構えた短髪の女性が目に入った。皮鎧に剣、手斧を装備した大男は、突然現れたこちらを見て驚きもせずにやりと笑い、青年の腕をボキリと折る。鈍く布を引き裂くような悲鳴とともに青年は悶絶してバタバタと床を転げまわり、それに気を取られるまもなく脇にいた二人の男がシャロンに襲い掛かる。
「ッ……趣味の悪いッ」
向かい来る男の剣をはじき、慌てて通路へと後退する、そのさらに向こうで、カラフルなバンダナを頭に巻いた一人がアルフレッドに襲いかかった。
大男は転がっていた人質の首を掴み上げ、短髪の女性を牽制しながらタイミングを計っている。
「くそッこいつ、意外と強ええっ」
シャロンが二人を相手に交互に斬り結ぶうちに、アルフレッドに向かったバンダナ男が腕に傷を負い慌てて下がる。
目の前にいる薄汚れた獣臭漂う男がそれに気を取られた隙にシャロンは相手の剣を弾き飛ばし、ついでに鳩尾を蹴りつけた。
シャロンに向かっていたもう一人には、向きを変えたアルフレッドが斬りつけ、間合いを詰めてその胴を薙いだ。
「……ぐはっ」
鎧越しにろっ骨を折られ、ふらつきながらバンダナの男は後退し、シャロンのすぐ前の男は、腹部を押さえて蹲ったまま彼女を睨みつけていた。
二人やられて焦りながらも大男は苦しむ青年を高く掲げ、
「大人しくしねえとこいつの命はねえぞ!!」
と凄んだ。
お互いちらっと視線を交わし、シャロンが剣を下ろすとやがてアルフレッドも悔しそうな表情でゆっくりと剣を収め、
「……わかった。好きにしろ」
と両手を上げる。
目の前の男が回復するまで後わずか。ぎらぎらと欲望に満ちた男二人の目がアルフレッドに向かったその時を狙い、シャロンは疾風で大男の腕を斬りつけ、相手が人質を振り落すのを確認すると、同時にアルフレッドが、途中のバンダナ男を蹴り飛ばして青年を確保する。
大男は失敗を悟ったのか斬られた腕を目にも止まらぬ速さで縛り、
「くそが!次は必ずおまえらの――を斬り飛ばし、まとめてケツから口まで突き刺してやる!」
大声で卑猥な雑言を並べ立て、大男は滲み出てくる血をものともせず手下の一人を蹴り起こし、二人を掴んでその場に背を向け去っていく。
発動後の、めまいにも似た気怠さに襲われたシャロンは深追いせず、腕を折られた青年を抱き起こして壁際に座らせた。
「助けてくれて、感謝する」
短い金髪で、皮鎧に細剣の女性がお礼を言い、急ぎ足で奥の目立たない位置に倒れていた仲間の方へ行き、担ぎ上げてこちらへ運んできた。
「そういえば、まだ自己紹介していなかった。私はマルガレータ。普段は傭兵をして生計を立てている」
「シャーロットだ。冒険者をしている。こっちは、仲間のアルフレッド」
「シャーロットにアルフレッドか。二人ともいい腕をしている。こんな状況じゃなかったら、手合せ願いたいぐらいだ」
からからと笑うマルガレータに、シャロンは彼女の鎧越しにもはっきりわかるまったく無駄のない筋肉質な体を見つめ、引きつった笑みを返した。
「冒険者の持ち金目当ての強盗の話は聞いていたが……まさか待ち伏せしているとは思いもよらなかった」
手当してもなお意識の戻らない仲間二人の顔色や状態を見ながら、マルガレータが呟き、続いて片方の、奥に倒れていた薄茶の髪のえらの張った男性の鼻をつまみ、口を塞ぐ。
「…………………ぶへはっ!てめえ、何しやがる!おれを殺す気か!?」
「傷が軽いのに長く寝ている方が悪い」
きっぱりと言う彼女に、おまえはいつもそうだ。気づかいの足りない……などとぶちぶち文句を言う男に、シャロンは思わず吹き出す。
「おい、そういえばあいつらはどうした!で、こいつらはなんだ!」
「うるさい、充分聞こえてる。この人たちは、あいつらに襲われてるとき加勢してくれたんだ。あいつらはすでに逃げたがな」
「なんだとう。せっかくおれが仕返しするチャンスが!」
「真っ先にやられといて言う台詞じゃないな」
なるべく我慢しようとしてしきれず笑い出したシャロンに、その薄茶のいかつい顔の男はムムッと口を閉じ、気まずげに顔をそらすと、わざわざ斜めに座り直した。
「ってえ、おい!ディールは大丈夫なのか!?」
座り直した途端、もう一人に気づいたのか、大声で叫ぶ。
「うるさい。おまえの声で悪くなるだろうが」
「……」
マルガレータの言葉に、今度は反論もせず、彼は黙りこくった。
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