待ち人は来たらず
シャロンたちは町へ戻り、昨日と同じようにギルドに寄ったが、やはりグレン・カワードは来ていないようだった。
「もう二日か。さすがに望み薄かも知れないな。例の首飾りも見つからないし……。また別の、条件のいい依頼を探してみようか。ちなみに、アルはどのぐらい持ってるんだ?」
財布事情を問いかけると、二週間は大丈夫、と返され、地味にショックを受けた。
あ、そういえば宿泊代は別々だけど仲介料は全部こっちが払ってるんだった。
「アル、私そろそろやばいんだが。仲介料とか宿泊料とかを考えると、一週間もたない」
「じゃ、宿泊代は僕が」
「あ、助かる」
なんだかあっさり解決してしまい、拍子抜けしたが、それでもお金が足りなくなる前にと、条件のいい依頼がないか受付の男に尋ねると、
「う~ん……明日がちょうど依頼の更新日なんだよ……朝一番で来たらどうだい?」
何というか、奥歯に物の挟まったような表情をしている。悩んだ末、さらにチップを上乗せすると、なんと町にいる貴族の奉公人から直接、遺跡の名品珍品を探してほしいと要望があるとのことだった。
約束を取り付けるのに、またしても高い仲介料を取られたが……無駄にはならないと、思いたい。
次の日ギルドで会った依頼主は、整った服装の小太りな中年男で、急いで来たらしくハンカチで額の汗を拭いていた。
「おまえたちが依頼を引き受けてくれる冒険者だな?」
「はい。私がシャーロットで、こちらがアルフレッド」
二人で席を立ち一礼すると、男は満足げに頷き、
「私はダリル・モラン。今回の依頼は、知ってのとおり、あの遺跡のお宝を探してきてほしいのだ。私の主であるカラード男爵はこういった珍品に目がなくてな。しかし、残念ながら巷ではかなり多くの偽物が出回っておる。そこで、これまで美術品を管理してきた私にと、直々にお命じになられた」
「なるほど」
「もし掘り出し物を見つけたら高く買い取ろう。もちろん手間賃もはずむ。一日につき、5銀貨は出そう」
「わかりました。必ず、良い物をご用意致します」
破格の値段に思わず気合が入った。横でひそかにアルが笑いを堪えている。
「うむ。頼んだぞ。私はもう次の用事があるので行くが、連絡はこのギルドを通してするといい」
そう言うと依頼主は鈍い足音を立てて去り、シャロンはなおも肩を小さく揺らしている彼を肘で小突いた。まったく、とアルフレッドを睨んでから気を取り直して、
「……三件も引き受けてしまったけど、きつかったら言ってほしい。ちゃんと考えるから。というか、この依頼といい、ほとんど私の都合ばっかりだけど、何か、これがしたい、とかないのか?」
この言葉に、アルフレッドは大きく頷いた。
「食事はできるかぎり宿以外で取りたい」
「あああ……まあ、そうだな」
シャロンは昨晩食堂で出た皮のように固い豚肉とその辺に生えていそうな香草の炒め物を思い出した。
確かにあれば相当不味かった。
「でも依頼料が入るまで当分は節約しないと。そうだ、今日はこの近辺で調達することにして……確か、遺跡にいいちょうどいい場所があったはず」
その提案に、アルフレッドの表情が明るくなり、
「じゃあ、シャ」
「ストップ。それ以上言わなくていいから。作ればいいんだろ、作れば」
アルフレッドの言葉を寸前で止めたシャロンは、危なかった、と息を吐いた。もう少しでとんでもなく恥ずかしい台詞を聞かされるところだった。
しかし考えてみれば、グレン・カワードに会うためには遺跡の前で見張っているのが一番かも知れない。
ミストランテの泉というか池の、なんとか遺跡の通り道がチェックできる場所に陣取り、出入りする人を確認しながら、火をつけるなど遅めの昼食の支度を始めていく。
煙や匂いが気になるのか、時折人が興味をもって近づいてくるが……気にしていては何もできない。
アルはその辺に捨ててあった鉄片を石で潰し、尖らせてから棒に括りつけて銛を作ると、それを片手に藻のあいだから魚を狙い撃ちし、こちらへと運んでくる。
「淡水魚は臭みが気になるんだよな……やっぱり香草焼きにするか……」
内臓を取って香草を中に詰め、遠火で焦がしてゆく。隣ではアルフレッドが期待に満ちた眼差しで魚を見つめている。
くすぐったい気持ちになりながらも、焼けたのを取って彼に渡すと、自分もかじりついた。
うん、香草で臭みも消え、柔らかく焼けていて美味しい。
余った魚は燻製にすることにして、交代で火の番と遺跡の入り口付近の見張りを続けていたが、グレン・カワードらしき人物はまったく通らず、とうとう日が傾いてきた。
そろそろ引き上げるか、という頃になって、向こうから見知った人影が近づいてきた。
「……奇遇っすね」
カルロスと、ステイツ。ええとそれから……
「な、な、こんなところで人目もはばからず、二人っきりでデートとは……」
ライオネルがなぜか愕然とした様子で立ちすくんでいる。
「リーダー、ややこしくなるから黙ってろって」
カルロスが真顔で突っ込み、ステイツも頷いた。
「そのとおり。……それで、二人はどこまでいったんだ?」
バキィッ。
あ、思わず小枝を折ってしまった……。
「な、何を!?」
「うわー、面白いぐらいの動揺ぶり」
カルロスが笑う。
「シャロン、からかわれてるよ」
アルがため息を吐いた。
「いや、悪い悪い。つい言いたくなって」
ステイツが頭をかいて笑う。シャロンはそれを見ながら、こいつらはやはりライオネルと行動を共にするだけはある、と遠い目をした。
「それで、どうして二人はここに?」
やっと落ち着いたらしいライオネルが尋ねてきたので、
「それが……人を探しているんだ。グレン・カワードという男を知らないか?」
煙が沁みる目をこすりながら言う。
「涙目の女性って……なんだかイイ」
ライオネルは残念ながら一人の世界に入ってしまったらしく、その足を蹴って代わりにカルロスが答えた。
「あ~あの有名な。オレらより数段腕の立つ男ですよね?地下三階で昨日見かけましたよ」
「本当か!?」
「ええ、けど……なんだか一人であちこち探索してて……」
「そうか……ありがとう」
少なくとも生きてはいるらしい。それなら依頼料が貰えるにせよ貰えないにせよ、きっといつかは会えるはずだとその事実に安堵して、シャロンはお礼代わりにと、作った燻製を三人に振る舞うことにした。
しかし、アルフレッドが一番嬉しそうに持っていったのは言うまでもない。