邂逅
大方の町民の予想より早く吹雪は去り、静かだった町は突如として活気に満ち溢れていた。
一日ゆっくり体を休めて回復したシャロンは、夕方せっかくなので地元の酒を味わおうと酒場へ繰り出すことにした。
しかし、娯楽の少ない小さな町では、起きた出来事はあっというまに広まる。
酒場ではなるべく目立たない、細長いテーブルの隅に座ったはずだったが、どこで聞きつけたのかほとんど行き倒れ状態だった彼女の話を聞こうと、いつのまにか人が集まっていた。
「おまえさんが一昨日出発したとき、山には人がいなかったんじゃないのか?よくそれで変に思わなかったな」
「いや、人がいなくてゆっくり楽しめる、と思っ、て……」
ぶわはっは、と耐え切れず酒場の主人が笑う。
「いやいや、この辺のもんは子どもでもあの天気で山へは登らないさ。裾の方に雲が広がってたじゃないか」
「……」
よく見るとまわりの男たちも皆一様に肩を震わせたり、我慢せずテーブルに突っ伏してひぃひぃ言ってる者までいた。
シャロンは憮然としながらも、運ばれてきたライ麦酒に口をつけ、一口ごくっと流し入れる。
死にかけたせいか、苦みが体中に沁み渡るようなうまさだった。
それから徐々に混み始め、注文がうるさく飛び交う中でも一人静かに飲み続け、たかったのだが……実際にはひげ面の酔っ払いにからまれたり、噂を聞きつけた相手に話をせがまれたりしてにぎやかに過ごして、しばらくのち。
酒場に来る客も一段落、やっとのんびり飲める余裕が生まれ、ここぞとばかりに新しい酒を注文するシャロン。
程よく酔っ払い、饒舌になった彼女は、何度目かわからない話を新しく来た客にしていた。
常連らしい中年の男ディランは、雪山にも詳しいのか、よく手入れされたあごひげを撫でながらところどころ口を挟んでくる。
「あんたの出くわした猿だが……あいつらは本当に厄介でね。たまに討伐依頼が出るから、引き受けちゃどうだい?そこそこの金にはなるよ」
「いや、残念だが見晴らしのいい丘に寄ったらもうこの町を出ようかと思うんだ。路銀も少ないし、その依頼を待つだけの余裕がなくてね」
「そうか、残念だ。正直、面白い話になりそうだと思ったんだが……」
「どういう意味だそれは」
シャロンの抗議に笑いながらも、男は三杯目のライ麦酒を一気に飲み干す。
「しかし本当に、あれは自分でも運が良かったと思ってる。あの洞穴を見つけなければ、今頃は生きていなかった」
「洞穴の住居ねえ……どっかで聞いた気がするんだよなー。おいオヤジ!心当たりねえか」
「うーむ……雪山の外れにある洞穴、ねえ。ちょっと待ってな」
突然話を振られた酒場の主人――いや、カルヴァンだったかカルヴィンだったかそんな名前だった――はごそごそと奥の棚を探り、黄ばんだ紙の束を取り出してめくり始めた。
「おい亭主、埃が舞ってる」
手でそれを払いながらシャロンが顔をしかめると、
「悪い悪い。確かこの辺に……あ、あった。三年前、アルフレッドの依頼。そういや未解決だったな」
「だろ?あのアル坊やの依頼ですっげー驚いたんだけど、結局誰も引き受けずじまい」
盛り上がる二人についていけず、思わず口を挟む。
「何のことだ?依頼って……」
「そうだな。まずは、本人に聞いてみるといい。おーい、誰かアル坊呼んでくれないか」
「いや、待て。まだ私は引き受けるとは……」
「いいっていいって。どうせあいつ、いつも暇してるから」
おう、じゃあ呼んでくるぜと笑いながら、店内で飲んでいた筋肉質の男たちのうち、一人が出ていく。
「……この近くにいるのか?」
「ああ、この店からちょいと裏へ入ってすぐのところに住んでるんだ。もともと観光案内人なんだが人見知りが激しくてね」
「……人見知りが激しいんじゃ案内人は無理だろう」
「ああ。だから今はもっぱら山で獲れた獣なんかを売って細々と生活しているらしい。よくあれで死なないもんだと皆感心してるよ」
「……」
しばらく待って連れてこられたアルフレッドは、予想に反して逆三角形のマッチョではなかったものの、髪の毛はぼさぼさで、無精ひげがひどい、どこの野生人かと思われるような容貌をしていた。