二つの仕掛け
地下二階探索中です。
部屋を出ると、どこからか犬の吠え声が聞こえ、シャロンは身をすくませたが、それらは遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
脇の十字路は、そのすべての曲がり角にまったく同じような樫の扉があり、一つはテーブルや椅子の並べられた大部屋、一つは人ひとりがやっと立てるぐらいの小部屋となっていた。
後回しにした最後の一つを開けると、その先にも扉があり、それを開けると少し距離を置いてまた扉がある。
「なんなんだ、いったい」
そのドアを開けると、やっと通路に出たものの、そのすぐ右にもまた扉。
「もうどこにいるのかさっぱりわからないんだが……」
「そう?ここは下りてきた階段に結構近いと思うけど」
シャロンはそう答えたアルフレッドを睨みつけ、その肩、を掴みたかったが届きにくいので腕を掴み、
「おまえ、ずっと黙ったままでいるが……なんでもっとしゃべらない!他に、わかってることはっ」
と揺するとアルフレッドは気まずいような表情で、静かにしてとシャロンに言っておもむろに床に耳を付ける。
「……どこかでカリカリと引っかく音がたくさん聞こえる。あと、さっき出会った男たちとは全然違う足音が三人分。でも、これはかなり遠い」
「そうか。で、今いる場所はいったいどこなんだ?」
この問いに彼は首を傾げ、
「行って、戻ってきた。わかりやすいと思うけど」
「……うるさいな。方向とか、苦手なんだよ」
シャロンはやや顔を赤くしてぼそりと返す。
「ここは、下りてきた階段からおそらく北へ六歩、西へ四歩動いたところで……あの、飛び交う虫を見た辺りかな」
「そんなとこにいたのか。じゃあ、この扉の向こう側へ行った方がいいな」
今はいないようだが、ここにいるとまたあの群れが現れそうで気持ち悪い。
西側の扉を開けると、右と目の前二三歩ほどのところにそれぞれドアがあり、右を開けてみたがそこの先にもまた扉があったのでうんざりして閉じ、前へ進んで扉を開けると右にまた扉、これは通路へと繋がっていた。そこからちょっといったすぐ左にも通路があり、十字路と、その向こうには壁が見えた。
「なんでこんなに入り組んでいるんだ……」
ガシガシと精神が削られるような道に、思わずぼやくと、アルがなぐさめるようにぽんぽんと頭を叩き、壁伝いの道を探索する方法もあるよと提案してきたので、迷わずそれに乗っかり、突き当たりへと進んでいく。
四隅にドアのある、休憩場所近くの十字路とまったく同じ造りの場所に差し掛かったところで、これまでの疲れからか若干眩暈がしたが、頭を振って顔を上げると、なぜか壁までの距離はさっきより遠くなり、そこにはあるはずのないドアが出現していた。
「……あれ?」
目をこすってもその光景は変わらず、シャロンは足元から冷たくなるような感覚に襲われた。
「なんで、いきなり……」
隣にいたアルフレッドは冷静にまわりを見渡すと、突然しゃがみ込み、床を撫で、それから呆然と突っ立ったままのシャロンの足をパシパシ叩いた。
「これを見て。床が回転する仕組みになってる」
「…………え?あ、そういうことか。今見てる方向が、違うんだな?」
シャロンは我に返り、慌てて方角を確認しようとしたが、同じようなドアや通路のせいで、まるでわからない。
と、そういえば、方位を確かめる道具を持っていたんじゃないか。
やっとそのことに思い至り、アルフレッドに声をかける。
「一度、どこかの部屋に入って簡単な見取り図を作ろう。このままじゃ埒があかない」
冷や汗で手の平はべとつき、とにかくどこかで落ち着いて考えたい気分になっていた。
普段はこれしきのことで根をあげたりしないんだが……。
アルが立ち上がるのを待ってから、ちょうどそこにあった扉を一気に押し開く。
その瞬間、中にいたネズミが一斉に部屋の入り口へ殺到し、シャロンに襲いかかってきた。
「なっ……!」
喉を狙ってきた一匹を叩き落として剣を抜こうとするが、その手に別のネズミが食らいついてくる。
「シャロン!」
アルフレッドが部屋からどんどん出てくるネズミを斬り伏せつつカバンから小瓶を取り出し、すでに十数匹ものネズミに取りつかれ、身動きの取れない彼女に向かって投げた。
体中に薄荷油がかかり、ネズミたちの抵抗が弱まった隙をついて、シャロンは剣を抜き、自分中心に旋風を巻き起こしてその群れを薙ぎ払い、距離を取って力を溜める。
「この……散れッ」
凝縮された風の刃は鋭く、その場のネズミの半数以上を斬り捨て、逃げ回るネズミもアルフレッドの剣のえじきとなっていく。
部屋の中には何かの装置があり、それが不気味な音を立てるたびにそこからネズミが生まれるのに気づいたシャロンは、中へ駆け込むと剣を振り、高圧な風の力で機械を押し潰した。
残るネズミをすべて始末した二人は、回転床の近くにある他のドアを慎重に調べ、空き部屋を見つけてやっとひと息つくことができた。
「薄荷油は確かグレンタールの名産だったな……おかげで助かった」
包帯を巻きながらシャロンが言うと、アルは首を振る。
「まだあるから。でも、薄荷は匂いがきつくて、他の匂いがわからなくなるんだ」
「虫除けになるメリットの方が大きいから、かまわないよ。その点は気をつける。……それで」
シャロンはカバンの中から水と磁石と石筆を取り出し、床に小さな四角を描いた。
「ここが私たちがいる部屋だとする。こっちの方角が北だから……」
「この部屋を出て南、つまり右に進めば地下一階へ繋がる階段への壁伝いの通路、左だと回転床の十字路がある。もし西側に行くなら、一度壁伝いの通路に出るのが近道、かも?」
「そうだな。あの休憩場所は北東か。やはり方位磁針があると助かるな。それに、地理に強いアルがいてくれてよかった」
「……」
照れているのか無表情でそっぽを向いた彼の髪を思いっきりくしゃくしゃとやってから、部屋から出て、壁伝いの通路を西へ歩いていく。
例のトイレ直通の階段手前を右(北)に曲がり、仕掛けのない十字路をまっすぐ進んで角を曲がると、やがて西側の壁沿いの通路へと到達した。
「何か、来る」
アルフレッドが何かを感じ取ったのか、足を止めて耳をすませる。シャロンも同じように耳をすませていると、どこからか複数の人間の靴音と、犬の吠え声が次第に大きくなり、こちらへと近づいてきていた。
魔物はこの階には三種類います。
〈地下二階・既出の魔物〉
甲虫の群れ…すでに説明済。
ネズミ…魔導装置によって転送もしくはコピーされる。迷宮内の虫などを餌にして生活。また、共食いもする。