〈地下二階 シークレット・プレイス〉
虫が苦手な方、描写はほんの少しですがご注意ください。
次の日、リリアナの予想は見事に当たっていた。
昨夜出向いた酒場でも、行商人が遺跡に出店を置くらしい、との情報があったが、今シャロンたちのいる遺跡ミストランテの地下入り口では、まさに荷物を運び入れる商人や、何を考えているのか寝具を持ち込む冒険者までいる。
その緊張感のなさに呆れながらも混雑している入り口を抜け、地下一階へと再び降り立ち、改めてその場所を調べることにした。
「落し物探しに人探し、か。あの掲示を見た時は、もっと簡単に終わると思っていたんだけどな」
「うまい話には、」
「裏がある、だろ?ま、楽して儲けられることなんて、そうそうないか」
シャロンとアルフレッドは、地下一階を行き来する人の数の多さに辟易しながらも調査を進めていたが、新しい事実としては、大広間の祭壇奥にごみ捨て場にジャストな穴(しかもご丁寧に蓋付き!)があったり、まわりには拠点にはもってこいの大部屋、さらに南西には外のトイレに繋がる階段まであってまさに至れり尽くせりだとしか言いようのないことがわかった。
すでに、うかつに人が入らないようロープと警告文が張られ、荷物に占拠されている部屋もあり、シャロンたちは早々に地下一階の探索を打ち切り、聞き込みをしようとしたのだが、これまた大広間に敷かれた出店商人の客引きの声や、人だかりでままならない。
シャロンはカバンの中身、水と食料や薬の種類をもう一度確かめ、そのあいだ質や硬さがきになるのか隣で床や石の壁を触ったり叩いたりしていたアルフレッドに声をかけた。
「降りる前に少しでもどんなところか知っておきたかったんだが……アル、地下二階に下りて様子を見てみないか」
「いいよ。断るにしろ、このままじゃ判断材料が少なすぎる」
「そうなんだよな。この依頼、せめて二つのうちどっちかは解決したい。もう、貯金もあまりないし」
シャロンはそっと胸元にある、金貨の入った小さな袋を上から抑えた。
……こいつはできるだけ使いたくないしな。
ずっと使わず取っておいたのは単なる貧乏性だが……肌身離さず身に着けているというだけで勘違いされそうなので、アルには絶対にばれたくない。
「……どうかした?」
「いや、別に。行こう」
なおも不思議そうな彼を促して南側の通路を歩き、物置部屋の奥の階段を下ると、薄暗がりの中、左側に扉があった。
それを開けるとその向こうには、地下一階とはまた違う、茶褐色の砂岩の壁が広がっていた。
足を踏み入れた瞬間むわっと鼻を覆いたくなるような異臭が漂ったが、それはすぐに払拭されて砂の匂いが混じった清浄な空気へと変わる。
すぐ脇の壁には、几帳面な字で“Ⅱ-9 秘匿された場所”と書かれていた。
後ろには上がり階段のドア、前には通路、左側にも同じように通路が続いている。さて、
「……どっちへ進もうか」
そうアルに尋ねると、
「前方やや斜め寄りから、小さな虫の羽音がたくさん聞こえるけど、どっちへ進みたい?」
と逆に返された。
「……」
「……左側を、ダッシュで」
しばらく進むと壁に当たり、右側の先に黒い翅とまだらの体を持つ気味の悪い昆虫がブンブンと飛び交うのがはっきりと見えた。
すぐに反対側の、壁に沿った通路を選び、なるべくその群れから走って遠ざかる。
シャロンがはあ、はあ、と息を切らしながら、音は、とアルフレッドに尋ねると、
「すごく小さくなった」
と返答したので、思わずほっと安堵のため息を吐いた。
「ひょっとして、虫が苦手?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……ちょっと、心の準備が」
そう言いながら分岐路を無視して壁伝いに歩くと、その先に上がり階段が見えてきた。
「あれ?この階段はどこへ続いているんだろう……?」
シャロンが疑問に思い階段を上る。アルフレッドも何やら物言いたげな顔をしつつも黙って後に続く。
階段を上がるとそこには扉があり、地下一階へ出た瞬間それは後ろで壁と同じに変わる。いや、よく見るとうっすらと境目が見えるが、こちら側からはびくともしなかった。
地下一階は喧騒に包まれ、隣にはまた階段があって、それは地上のプライベート・ルーム、つまりトイレへと続いている。
「……直通ってわけか」
脱力したが、なんとか気力を奮い起こし、再び地下二階へとシャロンたちは潜っていった。
再びの地下二階。そういえば、扉を開けるまでは薄暗かったのに、ここはどういうわけかくっきりと通路が見えるようになっている。ちなみに光源らしきものは、ない。
いったいどういう仕組みなのか、と考えつつ歩き出そうとして、
「アル!音は!?」
シャロンは慌てて確認を取った。
「いや、近くにはいない」
「よし、行こう」
別に切羽詰まった事情もないのであの上がり階段は避け、今度はまっすぐの通路を進む。床はざらついているので滑る心配もなく、歩きやすい。
左側に通路があったが嫌な予感がしたので壁伝いに歩き続け、角に来たところで突然隣からドアが開く音が聞こえた。
中から出てきたのは、一目で外れ者とわかる無表情の男たちで、とても話しかけれるような雰囲気ではない。そして彼らはシャロンたちの隠れているところへ向かってきた。
「……!」
無言でアルフレッドが腕を引き、道を曲がって手近なドアを開け、そこへシャロンを引っぱりこんだ。
二人で木製のドアへ耳をそばだてると、足音は次第に遠ざかっていく。
ちょうど部屋にあった細長い台に腰掛けると、シャロンはカバンから水を取り出し一口飲んだ。
「ちょっと、ここで休憩にしよう」
必要最小限の物しかカバンに入れてないアルフレッドに携帯食料をちぎって渡し、自分も小さくかじる。
「あの男たちは、やっぱりこの遺跡の宝目当てなんだろうな」
「……」
干し肉をめいっぱい噛んでいるため、アルは小さく頷くことしかできない。その様子を見ていると、やがてシャロンの緊張もほぐれてきた。
そしてだいぶ気力を回復した二人は誰もいないのを確認すると扉を開け、また地下二階の探索へと乗り出していった。
〈地下二階・既出の魔物〉
甲虫の群れ(色はカマドウマ似)…人にたかって噛みついてくる。強くはないがひたすらうっとうしい。