謎の覚え書き
最初はアルフレッド寄りの視点が入ります。
ここの酒場は町一番の人気場所なのか、小さなステージがあり、夕食時より早い時間でありながらもうだいたいの席が埋まっていた。
町全体の散策を終えたアルフレッドは、中を覗いて真っ先にシャロンがいないことを見てとると、奥のステージ脇に2人、壁際に3人、と冷静に自分より強そうな人間の数をカウントする。
特に奥の傭兵2人は眼光の鋭さや隙のなさから判断して、シャロンと2人がかりでも、勝てるかどうか。
酒場の客は一様に興奮しながらしゃべり、ちらちらと奥に設けられたステージに目をやっている。
「美しい歌姫」「特別に」「魅力的な踊り」など、喧騒の中から拾い出した言葉から察すると今夜特別な催しがあり、それで混雑しているらしい。その特別なゲストは、深夜、月が傾くまでいるということもわかった。
次第に増える観客を避け、酒場を出ると、ちょうどそこにシャロンが息を切らしながら来て、
「あ、アル!よかった、先に注文とかしていたらどうしようかと思った」
とほっとしたように笑う。
あれだけの喧騒と、厄介そうな男たちを見た後では、彼女はとても小さな存在に思え、アルフレッドも小さく息を吐いた。
シャロンが、一人であそこで待っていなくてよかった。
ギルドでの受け渡しがまさかこれほどかかると思ってなかったシャロンの方は、手紙を受け取った後ついついその場で内容を読んでしまい、暗い外を見て慌てて出たところで、アルが酒場の入り口にいるのを発見してそばへ寄ったら突然手をぎゅっと握られたので仰天した。
「……なんだよ、変な奴だなあ」
なんとか驚きを出さずに言ってみるものの、どうにも落ち着かない。
「……」
「……?」
何やらじっと見つめられているが……どうせこいつは考えていることを口に出したりはしないんだろう。
そう思って特に突っ込むようなことはせず、シャロンはただ、
「放してくれ。これじゃあ何もできない」
と手を振った。
続いて懐から三枚の紙を取り出し、
「待っているあいだに、よさそうな依頼を確認してきた。一応、おまえと相談して決めるつもりで来たんだが……依頼主と連絡を取るのに時間がかかりそうなんだ。よければ今見てもらって、その足でもう一度ギルドに行きたい」
アルフレッドに手渡した。
遺跡での落としものや、探索の依頼。どれも詳しい情報なしには引き受けることができないものばかりである。
「……ひとまず全部話を聞いて、そこから判断しよう」
「そうか。よし、じゃあギルドへ行ってくる。アルは席を頼む」
そう言ってぱっと引き返そうとしたのを捉まえ、
「待って。僕も行く」
「……え?まあ、いいけど」
まあ、もし駄目だったら別のところにすればいいか。
シャロンはそう思い直して、一緒に行くことにした。
このミストランテには、珍しいことに、決められた時間ごとで鳴る鐘があるのでそれを利用して、明日すべての依頼人と会えるよう約束を取り付けた。
旅をしていると自分の時間の感覚が大雑把になってくるのがよく分かるが、それで事足りてしまうから、それでいいのだろうなとも思う。
ギルドから通りへ出ると、あの酒場は入り口まで人が溢れるほど増え、ますますにぎわいを見せていた。
中からは喧騒にまぎれてバルバットの優美な旋律が流れてくる。
「しかし、本当に混んでるな。いったい何があるんだろう」
道も混んでいるので、はぐれないように気をつけながら呟く。
「歌姫が来るらしい」
「……有名な歌い手なのかな?」
そわそわしつつ尋ねるが、アルは、さあ、とそっけない返事をする。
「アル、人がすいたらまたここに様子を見に来ないか?すごく気になる」
「………………月が傾くまではやるらしいから、後でなら」
「よし、じゃあとにかく食事にしよう」
気の進まなそうなアルフレッドに懇願して勝利をもぎ取ったシャロンは、彼の手を引いて手近にあった料理店へ入ると空いている席に座り、二人分の料理を注文した。
運ばれてくるのを待つあいだ、これまでのことを整理しようと、シャロンはエドウィンに貰った例の紙を取り出す。
「そういえば、ギルドで受け取ったものって?」
いきなりそう尋ねられ、あやうくメモを破きそうになった。
「い、いや、なんでもないんだ。大したものじゃない」
動揺して思いっきり不審な目で見られてしまったシャロンは急いで言い繕う。せっかく内容を忘れていたのに、こいつは何を言い出すんだ……。
「……私の、妹からの手紙だった。一年に二三回程度、やりとりしている」
「妹?」
「うん。こんな姉でも心配してくれる、優しい妹なんだ」
こう言ってるのを知れば、エリーは絶対に嫌がるだろうが、と不器用な手紙を思い出し、知らずに頬がゆるむ。と、手紙の後半部分も思い出し、その笑みが凍りついた。
いやいや、ない。それはない。
くるくると表情が変わるシャロンをアルフレッドは面白そうに眺めていたが、
「それで、遺跡のことは」
と話を本題に戻した。
「あ、ああ、そうだった。この町の東側にある遺跡は、ミストランテといって、そもそもこの町の名はそこから来ているらしい。ここから200年に一度、塔への入り口が開かれ、その頂上まで辿り着いた者は神だか女神だかにその願いを叶えてもらえるという言い伝えがあったそうだ。実際に100年以上前までちゃんとした塔が立っていたんだが、崩壊してその名残りだけになっている、と」
「願いを叶える神……よくある、話だね」
「それはそうなんだが……この言い伝えには信憑性があった。200年前誰かが塔に登り、その願いを叶えてもらった、という文献が実際に発見されているんだ。ただし、損傷が激しく、断片だけ。それで、これだ」
エドウィンのくれた紙切れのシワを伸ばしてテーブルに置く。
『めぐる、めぐる、二百年に一度。遺跡の言葉は初めに蜜を、続いて毒を注ぐ。何を望むか心せよ。その足元を見るがいい。代償を払い叶えて貰うもいいだろう、だがもっとも賢いやり方は、関わらぬこと!』
またも厄介ごとの予感が、と、シャロンは荒れ地でのあの苦労をまざまざと脳裏に蘇らせた。
「どう思う?……なんだか、うさんくささが溢れていて嫌なんだが。特に、エドウィンがこれをくれたっていうのが」
「……警告文に見えるけど」
「私もそうだ。でもこの紙が、エドウィンの嫌がらせ、という可能性も捨てきれない」
知っているかどうかわからないが、とシャロンは言い、
「あの男、商人とか考古学者とか名乗ってるが、盗賊だろう?……それも、遺跡専門の。遺跡を盗掘すればタダで品物が手に入り、金持ちに売りつける。いい商売だな、まったく」
「でも、このメモは本物で、自分が行けない遺跡の探索を、僕たちに託したのかも」
「みやげをよろしくって?……どちらにしろ、ふざけた話だ」
そう言い捨てたところで、注文の料理が運ばれてきた。シャロンはひとまずメモをしまい、
「そんな思惑には乗りたくない。ここの紙に書いてあるとおり、あまり関わらなければいいんだ。簡単な依頼を受けて、ちょっと探索して、それで終わり」
「……そうだね」
お互いに遺跡には深く関わずにいようと結論付けた後の話は、酸味の強い料理のことや、酒場であるイベントのことへと切り替わっていった。
第二章冒頭で預けられた手紙がやっとシャロンの元に!(だいたい二ヶ月近く経ってます)