硝子の城 3
ここのところ酒が過ぎるせいで鈍く痛む頭を抑えながら、再び村を出て、ミストランテへ向かう。しかし、やけに道行く人々が増えたような気がする。
がたいのいい傭兵や、商人が乗っているらしき幌馬車は、田舎にはあまり縁がなさそうでしかないが……。
「ミストランテには、次の村を越えれば着くって言ってた」
アルフレッドがさっきの村で聞いたらしい情報を教えてくれるが、ああわかったと生返事を返し、早足でひたすら道を歩き続ける。時折、背中に視線を感じるが、振り返るつもりもない。
あいつがどう思っているかは知らないが……この先は分かれて旅を続けるべきだ。
そう思いながら、話をどこで切り出すか迷っているうちに、いつのまにか日が暮れ、次の村へと辿り着いた。こちらが拒絶の雰囲気をまとっていても、アルフレッドはいつものように私と同じ宿に、部屋をとる。
……駄目だこれは。
絶対についてくるなと言い置いて、私は外へと繰り出した。流れの商人らしき男が、店じまいしていたり、男たちが辺りを物色していたりとなかなかにぎやかだ。
まだ夕方だが、やけに盛り上がっている酒場へふらりと入ると、珍しく吟遊詩人がいて、四弦からなるバルバットを爪弾き、やがて雄大な河の流れにも似たメロディが店に溢れだした。
「お~、次はおれのを頼む」
彼のまわりに集まる客を避け、髭もじゃの熊のような店主が愛嬌よく注文を取っているカウンターの隅に行くと、
「よっ、見ねえツラだねぃ嬢ちゃん。注文は?」
と声を張り上げてきた。
「……きついので頼む」
「あいよっ。かわいい顔してやるねぃ」
いや、顔は関係ないだろ顔は。
「しかし、にぎやかだな。近々祭りでもあるのか?」
ふと店主に気になったことを尋ねると、彼は驚きに目を瞠り、
「いやいや、あんた知らないわけじゃないだろ?ほら、例の遺跡の話だぜぃ。噂を聞きつけてあちこちから人が集まっているんだが、ここだけの話、貴族さまもお忍びで来るかも知れねぇってことだ」
「はあ……」
ミストランテの遺跡がそんなに噂になっているとは知らなかった。まあ、顔見知りとかち合うことはないな、さすがに。
自分が貴族間で開かれるパーティでも地味な存在だったことを思い出し、自嘲する。どうしても最後まで、慣れることはないものだったな、あれは……。
誰もが心を隠し、うわべだけを取り繕う世界。ある人を褒めちぎっていたかと思えば、その人のいないところで手の平を返すような態度を取る。そういうのは苦手だ……。
気がつくと、随分時間が経っていた。目の前にはいくつもボトルが並び、酔いもかなりまわってきている。
そろそろ潮時か。夜も更け、落ち着いてきている店内。入り口にいた吟遊詩人はもう姿を消している。と、その扉が開き、アルフレッドが中に入ってきた。
げっ、と言いそうになったが声には出さず、静かにお金をカウンターに置くと、店内を確認しているアルフレッドに気づかれないよう裏口へとまわる。音を立てないよう開けたドアの隙間をすり抜け、ひそやかに裏道へと足を踏み出した。
月の照らす小道は明るく、宿へ帰るのになんの障害もない。しかし、なぜだか帰る気にはなれず、目立たないよう宿の近くの柵にもたれかけ、頭上に二つ浮かんだ月を仰ぎ見る。
このまま、宿から荷物を持ち出して、逃げてしまおうか。
「さすがに、それはまずいな……」
「……何が?」
ひそかに呟いた言葉に、思いがけず返答があった。ぅわっ、と跳ねるぐらい驚いて振り返れば、そこには撒いたはずのアルフレッドがこっちを睨みつけていた。
「い、いつのまに!?」
まったく気配を感じなかった。……そういえば、こいつはもともと狩人をしていたんだったか?
「帰りが遅いから心配した。で、なんで逃げた?」
そりゃもう烈火のごとく怒っている。ただでさえ悪い目つきがますます鋭く、突き刺さるようだ。こちらも後ろめたいので、微妙に視線が合わせられない。
「どうして……目を合わせない」
低く這うような声。言うなら、今しかないだろう。
「なんで、いちいち付きまとわれなくちゃいけないんだ?別にどうしようと私の勝手だろう?……うっとうしい」
「それは……でも、」
「だいたい、一緒にいてもほとんど自分の意見を言わないし……それじゃともに旅をする意味もない」
不安げだったアルフレッドの目に、強い光が宿る。
「じゃあ……旅を一緒に続けたいって言えば、そうしてくれる?」
「そういうことじゃない!一緒にいるだけでいらいらする。だったら、別れるしかないだろう」
ああ、こんなことを言いたいわけじゃない。何か、何か他にいうことは……。
「もし、それでもおまえが一緒に旅をしたいっていうんなら、私と勝負しろ」
「……え?」
……あれ?なんか違う気が……
シャロンは、まずった、と思いながらも、今さら前言撤回することもできず、言葉を続けていく。
「おまえが、私と勝負して勝てたら、考えてやってもいい」
なんていう上から目線だ、と心の中で自分に突っ込みを入れつつ、アルフレッドを見やると、
「それしかないなら……そうする」
彼はこちらを睨みつけたままで、固く拳を握り締めた。