吹雪のち晴れ、所により……
前回、案内人なしで雪山に挑んでしまったシャーロットの運命やいかに。
H30年9月に少しばかり付け足し改稿しました。
翌日は嫌味なほどよく晴れた。
乾いた服を着て、洞穴の住居から外へ出てみれば、辺りは一面の銀世界。目に映るのは、空の青と雪の白と木々の濃い緑しかなかった。
カバンから地図と水を取り出し、カップに入れた水の上に磁力のある鉄片を浮かべて北の方角を確かめる。
ふもとは南西。今から行けば、日の入りには町へ着くことができる。
無事帰る目処が立ち、もうここに来ることはないだろうと、シャロンは役立ちそうなものを持って帰ることにした。
どこか不恰好な木製の棚、木彫りのカップ。昨日世話になったぼろぼろの毛皮。
残念ながらこれといってめぼしいものは……。
そう思いながらいろいろ探っていると横の、空き瓶などのガラクタが雑に退けられた場所に妙な物体があるのに気づいた。
丁寧に埃や凍りついたクモの巣を払い、布で拭うと、それは剣の握りの部分だとわかる。
部屋全体に敷かれた板の隙間から飛び出しているこの大きさからして、刀身も大きめの部類に違いない。
「ふっ、くぅ」
シャロンはその剣を隙間から抜こうと試みた。しかし、板に挟まれそのまま凍りつきでもしたのか、柄をいくら引っ張ってもびくともしない。
汗がにじみ、はぁ、はぁと肩で息をするぐらいまでねばったものの、しぶとくそこに留まり続ける柄。
このままでは日が暮れる。
なんとなく心残りではあるものの、これだけのために時間を無駄にはできない、と彼女は埋まった剣を諦めることにして荷物をまとめ、その洞穴を出た。
確か町の人たちの話では『雪山では狼と白ジシに気をつけろ』とのことだったが……白ジシというのはどういうものだろう、などと首をひねりつつ、ふもとを目指して晴れ空の下をザボザボと歩いていく。
積雪は深く、場所によっては肩ぐらいまで埋まってしまうため、歩いているのかかきわけているのかわからなくなってくる。
それでもなんとか下へ向かうと、やがて雪に埋まるのが膝下ぐらいになり、やっと道らしくなってきた。
隙間の空いた針葉樹林の中へと続く道は、ひたすら歩く音と、枝から落ちる雪の音だけが響いている。
ここもきっと夏ごろには材木を運ぶ人でごったがえすのだろうな、と思いながら無心に歩いていると、
ギシ、ギシギシ。
枝が大きく軋る音が聞こえた。
上に何かいるのか、と見上げても、雪がかぶった枝や葉があるばかりで変わった様子はない。
視線を道に戻すと、前方からガサ、ガサガサガサと音とともに何かが近づいて、逃げるまもなくシャロンの目の前に狼が飛び出してきた。
狼が喉笛目がけて食らいつこうとするのをかわして剣を抜き、脇腹に切りつける。
ギャウッと悲鳴を上げた相手はすぐに立ち上がり、血を流しながらも二三歩跳び退ると遠吠えで仲間を呼んだ。
辺りを見回せば、遠くからもう一頭がこちらへ向かってくる。
……まずい。あいつが来る前に片をつけなくては。
キキィキキィッ
油断なく手負いの狼の動きを窺うシャロンの頭上より、鳴き声とギシギシ軋る音が幾重にも届いた。すぐ近くの枝には、いつのまにそこにいたのか白猿が彼女を見下ろしている。
大きさは五歳の子どもほどの、動かなければ雪と紛れてしまうだろう獣。目の前だけでなく横にも、後ろにもいる。シャロンは猿が枝を揺らしながらじっと見ているのは、自分だと気づいた。
狼に食い殺されるのを、待っているんだ。
そう意識して背筋が凍る。次の瞬間、対峙していた狼が動いた。同時に木の上で待ちきれなかった猿の何匹かが彼女へ飛び掛かってくる。
白猿にしがみつかれた体は重く、そこへ牙を唸らせた狼が―――
「ぁああぁああっ」
シャロンは叫んだ。
ものすごい力で猿を引き剥がし、食らいつこうとした狼の口から頭へ剣を突き刺し振り払う。
雪に舞う血飛沫の中、追いすがってきたもう一頭の狼の下から心臓を一気に裂き、投げ捨てた。
「生き、てる」
息が荒い。気がつくと、白猿の群れは姿を消していた。雪で血を拭い、疲労した体で再び道を歩き続ける。
歩いて、歩いて、日が傾きかけたとき、道の先の先から希望に満ちた音、何人かが歩く足音と人の声が聞こえてきた。
「そっちは……ですよー」
「見晴らし……」
棒のようになった足を必死で声のする方へ進ませ、木々の間の茂みを何回もくぐる。
やがて視界が開け、広い道と、幾人もの人が歩いているのに出くわした。
どよめきと悲鳴が上がる。
「おい、大丈夫か!?」
現地の人と思しき男が近寄ってくる。それを聞いたシャロンの体から急速に力が抜け、その場にがっくりと倒れ込んだ。
磁力のある鉄片→方位磁針 シシ→獣