残映
今回で一区切りです。
ひとしきり盛り上がりが収まったところで、アーサーがこちらに向き直った。
「それであの、おれたち、今回のことで相談が……」
「そう。竜を仕留めた時の話をぜひ聞きたい。呪いの詳しい話も」
輝かんばかりの期待の眼差しで見てくるアーサー、深く頷くディエゴに、シャロンは若干照れつつも、これまでのことをすべて彼らに話していった。
「なるほどー。やはりあの言い伝えは本当だったのか」
「ああ。これで村おこしにピッタリの題材が見つかった」
「……は?」
その言葉にぽかんとなるシャロンを見たアーサーが慌ててディエゴに耳打ちする。
「おい、黙っとけって!おれたちが竜退治をもとに物語を作って人を集めようとしてるのがバレちまうだろ」
「……いや、もう聞こえているんだが」
困惑気味のシャロンに、エドウィンが笑い、アルフレッドは頓着した様子もない。
「いいじゃないですか。この村もこれで過疎化が進まずに済みます」
「いや、でも、それほど有名にはしてほしくない」
渋い顔でそう二人に言うと、大丈夫っす!と太鼓判を押された。
「物語にはちゃんと、美貌の女剣士と、鋭く隙のない謎の剣士が竜を苦労の末打ち倒したってことにしときますから!」
「……」
それはそれで微妙だな、と思ってヨアキムに助けを求めると、彼は苦笑して首を振る。
「諦めてください。なんか、竜の呪いの話を聞いた時から、妙にテンションが上がってしまって……これで村は救われる!とかなんとか言って聞かないんです」
「だってそうだろおい。こんな美味しい状況、ほっとけるかッ」
もはや思考が駄々漏れている。……水を差すのも気が引けるので、結局そのままいいことにしてしまった。
昼食なのか夕食なのかいまいちわからない軽食をご馳走になり、そろそろ暇を、という段になって、ヨアキムが慌てて部屋の奥へと引っ込んでいく。再び戻ってきたときには手に膨らんだ布袋を持ち、あの、これ少ないですがと渡してきた。
ちらっと見えたのは銀貨。感触だと30枚はあるだろうか。
「ちょっと待て。これは多くないか……」
「何言ってるんですか。この村を救ってくれた恩人に、これだけしか渡せないのは心苦しいぐらいです。でも、これが僕ら三人の精一杯でして」
「そうそう。やっぱ酒を控えときゃよかったよ。ってか、遠慮しなくていいって」
アーサーとディエゴが笑う。
「何せ、竜退治の英雄のモデル代も入ってるんだから」
「……そうか」
受け取り、ちらりとエドウィンを振り返ったが、それはあなたが貰った報酬ですよと笑いかけてきた。
「本当に、ありがとうございました」
三人が頭を下げ、いつまでも見送りのために家の前に立っている。その姿も見えなくなり、村の入り口近くまでくると、エドウィンはぐっと伸びをして、少し休みませんかと脇道の奥を指差した。
そこは家と家に挟まれた、ちょっとした茶屋になっていた。こんなところに、と驚くような引っ込んだ場所だ。
その茶屋の二階、奥の部屋を用意してもらうと、エドウィンは部屋に置かれていた瓶から酒をそれぞれのコップに注いだ。
「さて。じゃあ、報酬の算段をするとしますか」
と声をひそめつつさっそく本題を切り出した彼にに、思わずシャロンも小さな声で
「なんでこんなところで渡すんだ」
と突っ込んだ。
「いえね、この後ターミルで人と会う約束がありまして。結構それが長くかかりそうなので、先にあなたたちと話をしておこうと。もう、竜のことも解決しましたし、憂いはありません」
そうほがらかに笑うエドウィンだが、シャロンは逆に緊張して身構える。
「……こっちは竜退治まで付き合ったんだから、それなりの報酬は貰えるんだろうな?」
「何を言うんですか。雇い主を危険な目に合わせた挙句、無断でこちらのアイテムを借りたその代償は大きいですよ」
くっ、とシャロンは悔しそうな顔をする。でもそれは、と言いかけた彼女を遮って、
「でも、確かに竜との戦いは想定外でした。その分は上乗せしなければいけませんね。後は商品の値を引いてと……これでどうでしょう?」
こちらに渡してきたのは銀貨が50枚……よりはちょっと多い程度。これがめいっぱい命を張った値段かと思うと悲しくなってくる。
「それで、こっちがアルフレッドさんの分」
エドウィンはこちらより多めに銀貨を袋に詰め、アルフレッドに渡した。
「え。アルフレッドのも、か?」
「当たり前じゃないですか。シャロンさんと契約した後、ほぼ同じ内容で彼とも契約したんですよ」
あれ、まさか彼の分もあなたが貰うつもりだったんじゃないでしょうね……とからかい気味にエドウィンは笑う。
「それと……これも差し上げます」
荷物の中からあの、風の剣を取り出すと、テーブルに乗せた。
「いらん」
「ええっ!?シャロンさん、日射病にでもなったんですか?……貰えるものはなんでも貰いそうなあなたがこれを断るなんて」
「私だって、馬鹿じゃない。どうせこれをこちらに渡しておいて、後で法外な金額を請求するつもりだろう」
「はあ……随分な言われようですね」
エドウィンは苦笑して、
「まったく。仕方ないからぶっちゃけますが、この剣、はっきりいって扱いづらいんですよ」
「?」
シャロンが先を促すと、鞘に収まっている剣を持ち上げ、渡してくる。
「ちょっと振ってみてください。……ああ、やっぱりね」
彼女が振っても何もないのを確認して、
「この剣、相性が合わないと素手で持ち歩くだけで気力を奪われていくんです。おまけに、風の発動も気まぐれで。まあ、火蟻退治のときはすぐ発動してくれて助かりましたけど、発動まで何十回と振った時もあったんですよ?もちろん気力がその度に奪われていくんです」
たまりませんよ、と吐き捨てる。
「幸い、あなたはこの剣と相性がいいようです。慣れれば使えなくもないので、持っていってください」
まあ、そこまで言うのならとシャロンはその剣を腰に納めた。あの竜に剣を砕かれてしまったから、やはり腰に重みがある方がしっくりくる。
「これで、報酬はすべてです。あと、これもどうぞ」
小さい方のカバンから手帳を取り出し、その一部を破って差し出してきた。
「あなた方、ミストランテへ行くんでしょう?あそこは、もうすぐ二百年に一度しか出現しない遺跡の入り口が今年開くとひそかに噂になっています。私も行きたいのですが、事情が無理なので、これをあなたがたに託します。……今度会ったときのみやげ話を楽しみにしてますよ」
そう言って酒を飲み干すと立ち上がり、支払いは済ませておきますからとさっさと部屋を出ていった。
後に残された二人は、しばらく沈黙を持て余した。
「……なんでエドウィンはああも急いでいるんだろうな」
「これから、ターミルに魔物退治の報酬を貰いにいくと思う」
「あ、そうか。そういえば、あの報酬は、結局いくらだったんだろう」
聞く前に去ってしまったので、それは最後まで分からずじまいとなった。
〈気になる人へのオマケ・今回の財布事情(諸経費除く)〉
エドウィン→魔物退治の報酬(金貨4枚)+こっそり商売(80銀貨)-シャロンたちへの報酬115銀貨=3金貨と65銀貨(地方の価値で日本円にしておよそ200万円)の儲け。
シャロン→エドウィンからの報酬55銀貨+ヨアキムたちより30銀貨-馬代=85銀貨(42万5千円)の儲け。旅費・食費を引くと……半額以下に(涙)。