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異郷より。  作者: TKミハル
それは、名も無き物語
364/369

追尾航 3

 戦闘シーンがあります。苦手な方はご注意ください。

※2019年4月14日、付け足し改稿しました。


 大蛇は骨を鳴らし滑らかにシュルシュルと動き、じりじりとヒューイックを追い詰める。


 間合いを計りながら、壁際の穴の位置を確かめ、シャーッと襲うそのタイミングに合わせて横へ飛ぶ。蛇の巨体がバシャバシャとうねり、罠が反応して無数の杭が石像から発射された。身を低くしている蛇には当たらず、杭はまっすぐ壁の穴に吸い込まれていく。……もっとも、当たっても跳ね返しそうだが。


 ヒューイックは地面を蹴り、すくい上げるように蛇の頭を撥ね飛ばした。バラバラバラ、と骨が散る。


 ヒュィッ


 その瞬間を狙っていたのか、頭蓋骨が脇から顔めがけて襲い来た。咄嗟に避けたヒューイックのすぐそばで、ガチリと歯が合わさり、もう一体来たので蹴りで吹っ飛ばす。


 バキ、バラバラと壁に当たって砕ける音がした。カタ、カタカタと、その他の個体が歯を鳴らす。

「永遠に寝てろ」

 剣で頭蓋骨を水の中に叩き込む。

 

 バシャァッ


「!?」

 ニュッ、と大蛇おおへびの頭が生えた。気を取られた瞬間、尻尾でヒューイックは薙ぎ倒され、壁に叩きつけられる。

「ッ痛ぇ」

 起き上がる間もなくにじりよる巨体に、ヒューイックは咄嗟にざらついた地面を蹴り、転がって勢いよく立ち上がろうとしたがヒュヒュヒュヒュ、と罠の風切り音に再び突っ伏し、腹ばいのまま移動しようとした。が、その隙を逃さず蛇は尻尾で足を掴み、ヒューイックを引きずり上げた。

「しつこいぞ、この蛇が!!」

 吊り上げられても、剣は放さず、そのまま腹筋を使いザックリと斬り捨て、ニ、三歩遠ざかり低く剣を構えた。


「おい無事か!」

「無事じゃねえ」

 シャーッと威嚇する大蛇と対峙していたヒューイックは、大きな毛皮と小さな樽を二つ抱えた姿のハーフェンを見るなり目を見開き、

「てめえ、こんなとこで火薬樽使ってどうする気だ!何もかも吹っ飛ぶぞ!」

怒鳴った。


「勘違いするな!この樽にそこまでの威力は無い」

「じゃあ何で持ってきた!」

 ヒューイックは叫び返す。水から頭蓋骨が這い上がってきたのを蹴っ飛ばし、噛みつこうとする大蛇に斬り返して、の状況に、

「……意外に器用だなおまえは」

ハーフェンの冷静な呟きが洩れた。


 ひとまず樽は通路の入り口奥に置き、ハーフェンは水際に捨てられていたフック付き縄を回収し、近づく骨たちを薙ぎ払う。

「聞いてくれ。大きな威力は無いが、そこの石像やあの大蛇の頭を吹っ飛ばすぐらいはできる」

「なるほどな」

 ガチリ、と剣を捉えた大蛇の上顎をヒューイックは撥ね飛ばす。ブーメランよろしく戻ってきたその上顎を、ハーフェンがビシリと叩き落としながら、

「あそこの発光している石像。まずあれに樽をぶつけ、破壊し、足場を確保。それからあの大蛇にあれを叩き込む」

「遺跡を破壊していいのか」

「……心配ない。第一発見者は私たちだ。上には元々破壊されていた、と伝えればいい」

「よし、それでいく」

「これを。タイミングよく被れ」

毛皮の敷布を渡し、ハーフェンは攻撃してきた頭蓋骨を驚くほどの素早さで後ろに跳び避け、通路の入り口へ戻るとフックを利用し縄の先に大きな輪を作り、小樽にしっかりと結びつけた。さほどの間を置かず、勢いをつけ力いっぱい樽を中央目がけ投げつける!


 タイミングを計ろうともせず動いたハーフェンに毒づきながらも助走をつけたその瞬間に合わせ跳びかかってきた蛇の上顎を思いっきり串刺しにし力押しで地にそのまま繋ぎ止めた。火薬樽が投げられ、剣から手を離し伏せて毛皮を被り防御する。


 小規模な爆発とともに爆風が起こり、辺りを薙ぎ倒す。しかし、中央の石棺と石像に変化は見られない。糞、とハーフェンが悪態を吐く。



 シャァアアアアッ


 蛇が吠えた。留め置かれた頭を跳ね上げ、ヒューイックを弾き飛ばす。周辺の骨片を薙ぎ倒す凄まじい勢いでハーフェンの元へ向かい、その体に巻きつこうとする。


「おいッこれをッ!」

 締め上げられる直前、ハーフェンは火薬樽を、ヒューイックへ投げた。炸裂式、火薬樽を。

「てめえッ!」

 ずささささ、とスライディングしわずかな差でキャッチしたヒューイックは、締め上げられたハーフェンと、中央で先ほどより弱まった光で光輝く石棺と石像を交互に見据え、迷いなく石棺へと高めに投げ上げた。そして、走る。


 獲物を締め上げているおかげで、狙いはつけやすい。剣を取り巻きつく大蛇の背骨を縦一直線に剣を振り下ろし破砕し、ハーフェンにタックルする形でそのまま剣を地面に突き立て毛皮を盾にする。


 爆風とともに煽られ、ザシュザシュと骨が飛散し毛皮に突き刺さり、腕の一部を切り裂き飛んでいく。


 風が収まると、辺りは静寂と暗闇に包まれた。ズシャァ、と何かが粉砕された音が聞こえ、また、静まり返る。


 ヒューイックは耳を澄ませた。垂れてくる水が鍾乳石を叩く硬い音と、サラサラと砂が零れ落ちてくるような音だけになり、バサリと毛皮を跳ね除け身を起こす。



「……おい、無事か」

 呼びかけるヒューイックの近くで、カチカチッ、シュボッ、と音がして、やがて、仄かな明かりが点いた。



「煙草……」

「まあ、無いよりマシだろう」

 ハーフェンはまず一本、続いて持っていた煙草を五本、一気に火をつけ松明代わりに照らし出す。

「脅威は去ったな。そのうち、部下が来る」

「そのうち、か」

 ドサリ、とヒューイックは腰を下ろし、やってられるか、とばかりにあぐらを掻いた。


 煙草を吹かすハーフェンの傍ら、ビリビリと腕の布を引き裂き、破片も刺さっていない傷をそこらの水で手さぐりに洗い流し、適当に手当てをしたところで、

「お頭!無事っすかお頭!」

「てめえ、かしらっつうなと何度言ったらわかる!改めろ!」

「……すみませんでした、マクラウド様。ちッてめえもいたのか」


 居て悪いか。


 ランタンを片手に駆け寄ってくる男にじろりと一瞥をくれて、照らされた辺りを確認する。水の上に残るのは、散らばる骨塊と白い砂の固まり。骨を跳び次げば、なんとか中央へ渡れそうだ。


 ヒューイックはパシャ、と水際から飛び石の要領で点在する骨を移り、おそらく、石像だったのだろうか、四つの白い砂山に半ば埋もれかけている滑らかな表面へ手を伸ばした。


 石棺の蓋が、僅かばかりずれている……。


 逡巡を振り払うように手をかけ、えいやっとばかりに蓋を開ける。


「中に何かあったか?」

「……いや。空っぽだ」


 元からか、それとも。

 

 大きく息を吐き振り払うように踵を返した足が、硬い感触を訴えた。足の下に、黄土色の柄が。


 ドクン、と心臓が跳ねた。


 手をかければ、それは難なく引きずり出され……。


黄金ゴールデン破壊者ボンバー……」

「は……?何か言ったか……?」

「いや、何でも……」


 寒さではなく、震える指で確認した。刃の元に残る刻印は、アイリッツ。



 こんなところにいたのか。






「おい」


「おい……大丈夫か」


 何度か呼びかけられていたらしい。低い男の声と、不快な濡れた靴の感触。

「ああ……大丈夫だ。行こう。ここにはもう何もない」

「そうだな。ガラクタも多いが……遺品、らしきものも見つかった」



 来た道を戻り、架け直されたらしい梯子を上がり。


 真っ暗な夜の中、ヒューイックは、組合ギルド受付の、喧騒の中に戻ってきた。揉める声、酒場で盛り上がる声。騒がしいはずなのに、まるで、透明な壁越しの、別世界の何かに感じられる。 


「本当にアイリッツの知り合いだというのなら……組合ギルドに預かり物がある」

 

 ハーフェンが受付の女性に二、三言声をかけ、続いて奥にいた屈強な男と話をし……何か包みを持ってきた。

「これは別で保管していた。組合ギルドで親しみを持たぬものはおらず、誰もが死んだとも思っていないが、おまえに渡しておく」


 包みを開くと、遺跡の品ではなく、ただ土産として買ったのであろう、古風な煙草入れと、幾ばくかの金。

「……あいつは吸わなかったらしいからな」

 箱を開けると、中身は空っぽだった。


 あいつとの、思い出が、心を灼いた。生ぬるい何かが、頬を伝っていく。



『おまえ、ヒューイック・ボナバントラっけ……?変な名前だな。オレはアイリッツ。ただのアイリッツだ』






「渡してくれて……感謝する」

 手を固く握り絞め、土産を仕舞い込んだヒューイックに、ハーフェンが封筒を差し出した。


 意味が分からない、といった顔をしていたのか、

「出身と、所属は?」

と聞かれ、

「テスカナータの、ボナバントラ商会……ヒューイックだ」

ほとんど反射的に、そう返す。

「ボナバントラ商会……ちらっと聞いたことはあるな。ヒューイックか。気が変わって、我が組合ギルドに所属する気になったら、話を受付に通せ。まあ、もしそうでなくても何かあれば連絡してもかまわない。少しばかりの融通は利かせてやる」

「そいつは、どうも」


 ミストランテと、繋ぎができてしまった。これも縁、という奴だろうか。



 あいつの残した言葉が、心に蘇る。今度は、鮮烈な、光を伴って。


『オレらのコンビは最高、最強、世界一だ。それはずっと変わらない』


 そうだな。おまえの言うとおりだ。だからこそ俺は……ここで留まるわけにはいかない。



 テスカナータに戻ってきて、仲間に剣を見つけたことを知らせた。何にも例えようがなく、どうしようもない思いを胸に秘め、酒場に行ってぶっ倒れるまで飲み明かした。


 そんなことがあっても、仕事は減るわけもなく。しばらくして、港から、新しい船の、目途が立った、と知らせが入った。


「で、船の名前はどうする?船体が出来てきたんなら付け時だ」

新しく船長として雇い入れた顔見知りの水夫が、わざわざ商会とは名ばかりの溜まり場に来て、こっちの憔悴ぶりを見て笑いながら言う。


 半分寝落ちかけていたブロスリーが呻いて顔を上げ……また机に突っ伏した。


「まだ決めてなかったな、そういえば」

「‘アイリッツ号’なんてどうだ?あいつも喜ぶ」

「目標忘れてどっかいっちまいそうだぞ、そりゃ」

そう反射的に言い返したヒューイックは、ふと、

「‘夜明け待ちの鳥’は……?」

心に浮かんだ言葉を告げた。


「なんだ、そいつは随分とロマンチストだなァ。だが……悪くない」


 それでいいんじゃねえか、とにやりと笑う。



 ……奴は、夜明けを見るのが好きで、よく空を仰いでじっと立っていた。それは、親しい者なら誰でも知っていることだったから。

〈補足〉

・ハーフェン・マクラウド……下からの叩き上げで出世してきた。牛飼いの出、というあまり公けにはできない出自。蛇足だが馬と牛の扱いはプロ。逃走馬を捕まえたり暴走牛を縄で沈めることも得意。

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