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異郷より。  作者: TKミハル
それは、名も無き物語
362/369

追尾航 1

やや長めです。

 あの出来事から、ヒューイックの内心は大荒れに荒れた。……何より、殴りつけたくても、その相手がいない。


 悩んだ末に、

「おい、ハリー。ブロスリー。俺はミストランテへ行ってくる。留守を頼んだ」

「は!?」

「ちょっと待ってください!今ですか!?行ける状況じゃ……!!」

 驚き慌てる二人を尻目に、暗く据わった眼差しでヒューイックは低く告げる。

「もう我慢ならん!!こんな中途半端はまっぴらだ!とにかく、あそこまで行って、すべてをはっきりさせてくる。悪いが留守は頼む。今更返事を一ヶ月先送りにしたところで、そう変わりゃしねえよ。この小屋は立て直すことになるだろうが、帰ってきたら話はつける」

最高に機嫌が悪いと知れる声に、反論の余地もなく小刻みに頷き、ハリーは急ぎ、かつ重要な案件がないかを調べ出し……ブロスリーは動揺したのか、書類を整理しているのか掻きまわしているのかわからない状態になった。


 さすがにいろいろと片付けることが多すぎ、出立は一週間後に変更された。

 そして一週間後、旅の荷物――――といってもあまりないが――――をまとめた朝、さて、そろそろ出ようか、という矢先になって、書き置きとともに飛び出していったジークが、心身共に疲れ果てた様子で漁業組合受付ここへやってきた。


 タイミング悪すぎだろ。


 しかし、様子がおかしいのと、暗い中にも、何か決意のようなものが見え隠れしているジークを無下にもできず、ひとまず旅立ちはお預けにし、

「しけた面すんな、飯食いに行くぞ!」

とほぼ強引に朝っぱらから近所の定食屋へとしけ込んだ。


 落ち込んでいるにも関わらず、奴は、注文し料理が並ぶとたらふく食べ、かつ、飲んだ。こちらも、別段話を催促したりはしない。


 食事が一段落ついたところで、ジークは大きく溜め息を吐き、頭を抱えて動かなくなった。しばらくたち、大量の皿を店員が下げていく中、奴は、つっかえつっかえしながら、

「ヒュー。オレ……オレは、中央都で」

そこで言葉が止まる。

 やがて、追加で頼んだ麦酒エールが来た。それを黙って飲みながら、ただ続きを待つ。

「オレ……本当、よわい、よな。オレ、これまで、自分では結構いいとこ行ってるんじゃ、なんて思ってたんだ。だけど」

「……」


「あいつらを追っていって……中央都まで行った。シャロンと、アルフレッドの力になりたかったんだ。誰かに力を貸したかった。誰かのために。結局は、なんの役にも立たずじまい。ただ、そこに突っ立ってただけで」

はは、と乾いた笑いを漏らす。

「偽善もいいとこだよな。自分が誰かのために役に立つと、信じたかったんだ。が、それもできないまま……」

自分の手元に置かれた麦酒エールをぐいっと飲み、乱暴に目元をこする。

「何もできなかったんだ、オレは。手の届かないまま、助けるすべさえ思いつかないまま、全て終わっちまった……それが、つら、くて」

きつく拳を握り締め、額に当てたまま動かないジークに、小さく首を振り、

「フ、ン。何があったかはわからん。が……誰かのため、なんてぇのは、大概、嘘っぱちだ。てめえがやりたかったから……褒められたいから、よく思われたいからやった。自分自身の傷つけられた何か、プライド、記憶トラウマ、そういったものを修復したいがために力を貸した。よくある話だ」

不味く、ぬるくなった酒を傾けながら、ヒューイックは言う。

「それの何が悪い。自己満足かも知れねえが、構わねえ。その行動で、助かったと思う奴だっているだろう。まあ、そうじゃない奴だっているが……関係ない。おまえ自身が、それを望んで実行したんだ。あいつらを……助けてやりたかったんだろ?」

 ジークの目から、涙が静かに零れ落ちた。いく筋もいく筋も、滴は伝い落ちていく。

「どうしてだろうなあ……どうしてオレ、こんなに弱いのかなあ……助けたかった、のになぁ……」

だんだんと声を詰まらせていくのに、バサリと布を投げつけ、

「おめえいくつだよまだ十五、六のひよっ子が。伸び代もまだまだって奴が、なにほざいてやがる」

そう、頭を軽くはたく。

「……今、どん底だと感じたなら、這い上がればいいだろ。これからな」

「………」

 くしゃり、と布で顔を押さえつけたまま、ジークは嗚咽を洩らす。机に突っ伏し、肩を震わせたままでいる彼を横目で見やる。


 向こうで何があったのか知らねえが……。あいつらは元気なのだろうか。


 待っている間にも、無情に時間は過ぎていく。


 しかしなぜこんなことに……もうテスカナータを出ているはずだったんだが。まったく、こいつを放っておくわけにも………ああくそ、もう昼か。


 そんなことをつらつら考えているうちに、やがてジークの震えは収まり……まだ目は赤いがどことなくすっきりした表情を見せた。布でまた顔をこすり、

「……はは、悪い。ぐしょぐしょになっちまった」

「返すな、てめえにやる。ていうか手拭いぐらい持っとけ」

「いや~あるけど。鞄の奥底に」

「それはあるっていわねえ。どうせしわくちゃだろうが」

店主、勘定だ、とテーブルに勢いよく代金を伏せ、二人で店を出る。


「……おまえ、それでこれからどうする気だ」

 今うちに来るなよ、絶対来るんじゃねえ。


 昼過ぎではあるが、まだ遅くはないと、諦めきれないヒューイックがおざなりに問うと、そうだなあ……とジークは空を眩しそうに仰いだ。続いて、

「とりあえず……ヒューに、稽古をつけてもらう」

そう、こちらを睨むようにしっかりと見つめ、決意を持って宣言した。



 そんなことがあって、また一週間ほど出発は遅れた。


 そんな誰かに修練をさせられるほど器用な方でもないから、期間を定め、容赦なく叩き据え、癖を指摘し技を教え、その合間に仕方なく、本当はハリーとブロスリーに任せるはずだった出資者リスト、雇用者リストを共同で選抜し、整理していく。


 鍛錬をしているあいだ、ジークはぽつぽつと、中央都であったことを話し、まるで現実味を欠いた出来事とその顛末に、呆れたり、やるせないものを感じたりもしたが、聞く限り自分にできることは多くはない。


 できるだけの稽古はつけ、こちらも活動が再開次第得られる情報は掻き集めておく、とそう約束してジークと別れた。

 ……が、手をつけ始めたことをそう簡単に投げ出し出られる訳もなく、日休む暇なしに忙しく働いていたが、とうとう仕事の目途めどが立ち、ヒューイックは寝不足で充血した目をぎらつかせ、

「くっそ、俺は出る!!今度こそミストランテへと旅立つからな。誰も邪魔するんじゃねえ!」

そう宣言した。


 わかってます、いってらっしゃいと、その叫びを予想していたような返事をブロスリー、それからハリーも返した。

 その前に、バサッ、バサバサと書類を置きながら、

「こっちは断っとけ。こっちは待たせろ、吟味中だとか言ってな。これが最低条件だが、あとこっちのは……丁重にお断りしろ。大手過ぎる。歯車の一つになる気はねえ。ただし、仕事のいち依頼者としてなら受ける旨は伝えといてくれ。急ぎでな。あんまり待たせるわけにはいかない」

溜め息を一つ吐き、

「どのみち、事務所も無え、船も無えじゃ話にならない。活動再開は色々整ってからだな。まず残りの資金の残高がこれだけある。いっとくがすでにギルド預かりになってるから、勝手には持ち出せねえぞ」

そんなことしませんよ!とハリーが抗議の声を上げる。

「前も言ったが、もう一度確認しておく。ここに俺の金を一部残しとくから、何かあったらこの金額内で対処しとけ。方法は、任せる。食事・酒代とかは、ここから出してもいいが、一人は必ずここにいろ。留守にすれば“荒らし”が出るからな」

「わかったよ」「必ずそのように」

 二人が同時に返事をし、ヒューイックはそれににやりと笑い、

「おまえたちを信頼している。ここの留守を頼む」

そう告げると、背負い鞄をひっつかんで、今度こそ旅立つため、外へ飛び出した。



 ……もうすぐ、本格的に冬がやってくる。


 寒空の下、ミストランテへ向かう道中は、比較的穏やかだった。まあ、野犬や狼、果ては熊に出会ったりもしたが、それは大したことじゃない。 ただ、子連れでもない限り、本来はむやみに人を襲わず、むしろ避けていくはずの獣が……遭遇頻度が高い気がするのは、冬間近だからか、それとも……なんてことを考えつつ、おおよそ二週間後にミストランテに着いた。

町は、この季節にも関わらず、意外に人の行き来があった。


 真っ先にミストランテの中心となる組合ギルド直下の酒場へ行き、まず麦酒エールを注文する。

 恰幅のいい女主人は、ヒューイックのぼろぼろのコートにちらりと目をやりながら、ジョッキに樽からエールを注ぎ、

「はいよ」

ドン、と置いたので、

「兎の腿焼きもつけてくれ」

と言って銀貨を3枚テーブルに置いた。それから、

「……ミストランテの遺跡は無くなったと聞いたが、活気があるな」

と尋ねれば、ああ、と頷き、

「あ~、あれね。おまえさんはなんの用事で来たんだい?今、この町に来てるのは、遺品のおこぼれに預かろうなんて連中ばかりだよ。そろそろ遺族も頭打ちだろうってんで、組合ギルドとしてもそろそろ処分時さね。ま、純粋に観光の客もいるが」

「そうか。知り合いが、ミストランテの遺跡に、ということだったんだが」

女主人は、なんだあんたもかい、と呆れたように呟き、ヒューイックの眼差しに何を感じたのか慌てて、

「なら、だいぶ遅かったねえ。何せ、今来てるのは遺族だの知り合いだのという連中も多いからねえ。遺跡が空になっちまったんで、他で回収しようなんて連中ばかりさ。確認するなら急いだ方が良いよ」

と言いながらも、先ほどまでジュウジュウ焼いていた腿肉と大きめのパンを目の前にドカッと置く。

「そうか。邪魔したな。ついでにそこのナイフを貸してくれ」

「はあ。いいけれども」

ヒューイックはぐいっ、と麦酒エールを一気に呷り、肉を削いでパンに挟み布で包むと、支払いを済ませ、すぐに隣の組合ギルド受付へと向かう。


ごったがえしていたそこは、酒場で聞いたとおり……引き取り連中が数多く来ていて、間違いない、これは俺の友人の品だ、と誰かが権利を主張しているのが聞こえてきた。……そこでだいぶ待たされた挙句、確認には半日ほどかかるという。


 日が暮れてからまた来る、やっといてくれ、と告げて、今度は遺跡の崩壊跡地へ向かう。

町外れの湖近く。ミストランテの地下遺跡は、倒壊した白い石柱に囲まれるようにして入口があり、おざなりに縄が張られてはいるものの、来る者拒まずの状態になっていた。見張りも兼ねてだろうが、炭鉱労働者風や、いかにも猟師といった組合職人と思われる男たちが天幕を張り、お金を取って来る者を遺跡へと案内したり、湖で採れた魚のスープや焼ききのこなどを売っていた。


 ひょっとしたらもう、リッツに関係した何かなど、残ってないのかも知れない。


 虚しさを抱えながら、パンに囓りつく。肉汁のついた布は、その辺に捨てた。


 ここまで来たのだから、と、幾ばくかを支払い、見張りであろう組合員や何人かの物見遊山客とともに、ロープの張られた遺跡、狭い階段から下りたその地下は、本当にがらんとしていて、石英にも似た石が敷き詰められている床は、瑕跡がいくつも残り、お世辞にも綺麗とはいえなかった。

 白い石造りの荒れ果てた広間のような空間と、いくつかの小部屋があり、至るところの床、壁に、必死に掘り返そうとしたような打ち痕やへこみ。

 一通り見た客は顔をしかめつつ、この程度で金を取られたことに文句をいいながら、戻っていく。


「遺跡の保護などは」

「あんたねえ、ここでどれぐらい死んだと思ってんですか。少しでも遺品を見つけて、なんとか持ち帰りたいってぇ輩を、止められますか?止められませんよ、ねえ。こっちはただ、頭を下げて、好きなだけ探してください、てなもんです」

「そうか。なら、もし俺がここの壁などを破壊したとしても文句はないな」

「……お好きにどうぞ。ただし、武器、道具などが壊れても責任は取りませんぜ」

馬鹿にしたように鼻を鳴らし、一旦外へ出て組合の他の職員に声をかけますから、と出て、また戻る。


 ヒューイックは、遺跡を一巡し、剣の柄で何度か殴りつけて音を確かめ、壁と床の向こうに空洞があるかどうかを調べてまわった。

 石柱の立つ広間を歩きまわり、力任せに道具を使った痕の残る床のへこみ具合を丁寧になぞり、剣を抜きその辺りに散らばる石の欠片の固さを確かめる。


 いくつかの小部屋……広間に規則正しくならぶ長椅子ベンチの痕……ここは昔の修道院、もしくは教会、か。

 物見遊山客の好奇の眼差しや、見張りのうろんげな視線に耐え、地下を観察することしばらく。何回か調べ、時に剣で軽く叩き、を繰り返していたヒューイックは、大きめの声で、

「くそ、剣の歯が立たねえし、やっぱりここには何もねえ」

と叫んで、

「なんだよ、ただのこけおどしか」

誰かの嘲るような声にも構わず、さっさと外に出た。


 湖の周りを探索しつつ時間を潰し、物見遊山客ぶがいしゃが一人、二人と人数が減り、組合関係の者だけになったところを見計らい、

「おい、ここの責任者は誰だ。すぐ呼んでこい」

その一人を捕まえ、凄んだ。


「待て!い、いきなりなんだ!おまえは、」

「てめえらじゃ話にならねえ。いいから呼んでこい」

剣を抜き、見張りの鼻先に突きつける。

「わ、わかった!しばし待て!」

見張りは天幕に行き、何事か相談し、

「あぁ!?調子のってんじゃねえぞコラ。てめえみてえな生ちょろが、上に会えるわけねえだろぉが」

炭鉱労働者上がりか筋肉隆々たる男を連れてきた。


 ……正直、めんどくさい。


「話を聞いてくれ。あのな、」

「あぁ!?なめとっと、承知しねえぞ!」

ヒューイックは半目になりながら頭二つ分は高いその男を見上げ、掴みかかろうと身を屈めてきたのに合わせて、頭に回し蹴りをお見舞いした。なんとか、顎も割らず、うまくいき、巨体は白目を剥いて、ドゥッ、と崩れ落ちる。


「……もう一度言う。話にならねえ。責任者を呼べ」

と低く告げれば、

「ひぃッ!!す、すぐにでも呼んできやす!待っていてくだせぇ!」

倒れた仲間には目もくれず、転がるように男は走り去っていく。


 そのまま逃げたりしねえだろうな。


 ヒューイックはそんなことを考えながら、瓦礫に腰を下ろし、ああ、煙草が吸いてえ、と呟いた。


 夕暮れに差し掛かる頃やっと、五、六人引き連れた責任者らしき中年の痩せた男がやってきて、

「……組合に喧嘩を売った、その覚悟はできているか」

と普通にしゃべっているようでありながら、凄みを感じさせる声音でそう告げた。

「話したいことがあるから、呼んだだけだ。そっちのはちょいと頭を揺らした。明日には回復する」

 天幕の傍で頭を押さえ気分悪そうにしている筋肉男を差し、ヒューイックは淡々と返す。

「おい」

 そちらを顎でしゃくり、取り巻きの一人がそちらに行き、状態を確認して頷いた。痩せた男は倒された男とこっちを見比べ、少しばかり考え込んだ。おそらくミストランテ組合の上層部だとは思うが……服装といい、薄い頭頂部といい、くたびれた感じが半端ない。

 ややあってそいつは頷き、

「わかった。いくらだ。こちらで雇おう」

ちげぇ」

雇用アピールのつもりはない。ヒューイックはきっぱり否定した。


「俺の知り合いが、ここで行方不明になった。手がかりを探したいが、遺跡はこの状態だ。そっちの野郎が、好きにしていいといったが、一応の許可を取るのが、筋だと考えたんでな。……率直に言って、ここの地下、あの祭壇の間には隠し部屋がある。そっちでも気づいているだろ」

「…………」

 男に浮かぶのは、驚きでも、教えられたことに対する感謝でもなく、余計なことを、といった苛立ちの表情。

「……名を言え」

「俺の名は、ヒューイック・ボナバントラ。相棒の名は、アイリッツ」

 彼の名を口にした途端、彼らの中にどよめきが走る。

「……あいつは、ここでも有名人らしいな」

そう言ってヒューイックはわずかに苦笑した。

「行方不明者捜索に尽力した者の名だ。同行者もいたはずだ。そいつはどうした」

「ああ、ジークはジークで、忙しいから来れねえ。で、だ。さっさと本題に入るが、ここの遺跡の隠し扉。俺の剣ならそいつを破壊することができる。許可を貰いたい」

どよめきが上がったが、譲る気はない。


 それを悟ったのか、向こうも、

「そうか。まず、話を聞こう。私の名はハーフェン・マクラウド。一応ここの、代表取締をしているよ」

と言い、天幕からスパイス入り葡萄酒とコップを持ってこさせると、注いでこちらへ手渡した。

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