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異郷より。  作者: TKミハル
それは、名も無き物語
361/369

彼の遺書

 本当に少しですがR15内容がありますので、閲覧時ご注意ください。


 長くお付き合い頂いており、本当にありがとうございます。2019年もこの作品はもう少し続きますのでよろしくお願いします。

 テスカナータの町の片隅、海に近い所にある、“漁業組合受付”と薄れ文字で扉に書かれた、さほど大きくはない……どころか手狭な小屋の中で、今日もヒューイック・ボナバントラは、積まれた書類を前に天井を仰ぐ形で椅子にもたれていた。


「どうしてだろうな……空は青く風もちょうどよく……あれから、海も何も問題はないっていうのに。どうして俺たちはまたこんなものを前にしなきゃいけねえんだ。暇してた日々が懐かしい」

「阿呆なこと言ってないで、早く決断してくださいよ。ヒューイックさんが渋ったせいで、競争が激化しちゃったじゃないですか。仮につけた“ボナバントラ商会”という名前もいまじゃ一人歩きを始めていて……どこかの商会の専属護衛は無しにしても、もう俺たちだけでは処理しきれませんよ」

 ハリーが杖片手に傷がいまだ治らない足を引きずりながら、ヒューイックの前にある、出資者パトロン希望の商会のリストを見つめ直す。

「それな。とりあえず適当につけときゃいいつって言い出したのおめえだろ。ぜってぇ訂正するぞその名前。絶対にだ」

「やだなぁブロスリーもヒューイックさんも賛成してたじゃないですか」

「毎回毎回、あちこちで名を呼ばれる身になってみろ。いい加減勘弁してくれとも言いたくなる」


 二人が意味のない言葉の応酬をしているあいだにも、扉がドンドンドン、と叩かれ、

「すみません、誰かいますか!僕はエミル・ザトペックと言う者です!下働き、掃除なんでもしますので是非ここで働きたいと、」

「うるせぇ!組合ギルドを通せ組合ギルドを!だいたい掘立小屋ここにそんなに人が必要に見えんのか!」

日ごとに増えていく雇われ希望者に、出資者パトロン提示の条件リスト、組合ギルドに提出する雇用者条件書の草案と、やることが山積みでうんうん唸っていたブロスリーは怒鳴り、やたら威勢のいい、おそらく地元民であろう青年を追い返しに出ていく。


「新しい船を造り直すと決めてからそこの乗船員になりたいと心待ちにしている者も多く、ここも町の人が、立て直してくれるという話が出てます……これから先の活動、規模、運営をどうしていくのか決断しないと、まずいですよこれ」

 ハリーが渋い顔で、ここ最近口癖になっている台詞を言う。


「わかっている。……少し時間をくれ」

 現実逃避だとわかってはいるが……ヒューイックはそう言って奥の部屋へと引っ込んだ。



 簡易ベッドと机と雑多なものが詰め込まれた棚しかない、狭い部屋。さらに、ベッドの下に作られた、地下室への入り口を隠した敷布を眺めながら、秘密基地だのなんだのとふざけたことを抜かした奴もいないのに、そのうちここも取り壊さなきゃいけなくなるのか、とぼんやりヒューイックは考えた。


 そのまま棚へと目を向け……ふと違和感を覚え、棚の下に押し込んだガラクタへと手を伸ばした。箱に入れてある、処分してもいいのではないかと思われるぼろの布人形、それから埴輪型人形を二つ取り出し……真後ろを向いておかしなことになっている首を、正面へ戻そうとすると、いきなり首が取れた。


「………!!」


中は空洞で、筒の形に手紙が押し込められていたので、引き出すと、“ヒューイック・ボナバントラへ”との文字がまず目に入る。


 ………俺宛てか。このギリギリ読めるか読めないかの汚い字は、アイリッツだな。


 裏を返せば案の定、アイリッツ、と記されている。

「馬鹿かあいつは」

 なぜこんなとこに入れた、と半眼になりつつシュッ、とナイフで封を切り、収められていた紙を広げてみる。その内容は……“万が一の時のため、これを記す”との文面でスタートが切ってあった。


 おまえの万が一は数え切れねえぞコラ、と内心突っ込みながら、文字を追う。

“俺の残した金は、おまえにやる。まあ、そう大した金額でもないけどな”

「……大した額だろうが」

“半分はおまえに、もう半分は……俺の恋人に。それはもう、数え切れないほどいるからな。半分だぞ、ちゃんと渡してくれよな”

もうかなり使っちまったよ……と天井を仰ぎ、はて、と首を傾げる。恋人とは。


 しばらく考え、ああそういえば、とアイリッツが、孤児院に遊びに行った際、両腕に小さな女の子たちを乗せながら、『見ろヒュー、オレが大好きだってさ!いやーモテモテだろ。未来の恋人たちだ!』と阿呆なことを言っていたことや、人買いに売られた挙句、やまいなどで体を持ち崩した娼婦たちへこっそり援助し、どんなに容姿が衰えようと、ずっと恋人扱いをして、『オレにはあちこちに恋人がいるんだぜ』などとよく自慢していたのを思い出した。


「どっちだ……?まあ、両方でいいか」

 使った分、利子も含めて倍にして返さねえとな、と、ずきずきするこめかみを揉む。ああ、頭痛え。


“それで、だ。ここから先が、大切なんだが……地下室にオレの、一番の宝物が置いてある。それをおまえに譲る”


 奴の宝にあんまりいい思い出はない。


「いらねえ……」

 思わず呟いたが、まるでその返事を予想していたかのように手紙は、


“勘違いするな。これまでの品とは違う。素晴らしい、古代の芸術作品であり、希少本なんだ。青い表紙で、地下の書棚に置いてある。本当に珍しいものだから、大切にして欲しい”


と続いている。


 そんな芸術作品もの渡されてもな、なんて眉間にしわを寄せつつ、あとは、基地は残したいだの、奴の宝物(つまりガラクタだ――――)の管理はおまえに任せるだの、ジークによろしくだのとあれこれ書かれた手紙を最後まで読み進めれば、いつもの決まり文句が書いてあった。


“ヒュー、オレらのコンビは最高、最強、世界一だ。それはずっと変わらない。オレたちが生きている限りずっとだ。もし、オレに何かあった時のため、万が一のためにこれを残す アイリッツ”


「別にどっちかが欠けたとしても、その事実は変わんねーよ。おまえは間違っている」

 ピシッ、と指で手紙を弾いてから、やれやれ、とヒューイックは立ち上がった。それからベッドの下の、地下への入り口。重い扉を開け、架けられた梯子をゆっくり下りていく。


 集めた金はだいぶ無くなった。広々として見える地下室の一角に、アイリッツにとっての‘夢の宝物庫’、ヒューイックにとってはガラクタばかり集めた物置部屋としか言いようのない場所がある。


 ひょっとして、一つ一つ調べれば、価値のあるものもあるかも知れないが……。


 へしゃげた真鍮の取っ手、女神らしき浮彫レリーフの欠片、蓋はあるが底のない壺。


 ガラクタじゃないのか……?


 いっそすべてを捨ててしまいたい欲求に駆られながら、壁際の棚のうち、比較的ましな……ちゃんと書棚と呼べる側から、本の背表紙を上からなぞり……。


「あった」

 意外に厚みの少ない、美しく青い装丁が成された本を見つけ出した。抜き出して手に取ると、なんというか……奴と一緒に冒険に出た時にしばし感じる、ある種の予感が胸をよぎった。外側に表題は無く、重みも手に馴染む。

 

「……」

 あいつが残すものとして、あまりにも普通過ぎるからだろうか。


 ……なんとも言いようのない気分に襲われながら、そこですぐ開く気にもならず、その本を片手に地下室を出る。


 入り口を閉め、ギシリと音を立てベッドに腰かけた。そのままじっと、どこかの貴族によって所蔵されていたような、その本を見る。まさか、ここにまた変な手紙とかはないだろうな。逆さに振ってみたものの、別に特に何もない。


 ヒューイックはとうとう意を決して、適当なページを開いてみた。すると――――――。


 ……確かに希少本には間違いなかった。おそらく古代の絵の達人のものであろう、細密画――――――本の中では艶やかな笑みを浮かべた一糸まとわぬ美女が、足を開いた挑発的な格好で微笑んでいた。


 ヒューイックは咄嗟にその辺りのもので頭を殴りつけ……堪えた挙句にぬるりとしたものが鼻の下を伝ったので布で押さえつけた。バサ、と手から本が落ちる。


 鼻血は止まらない。ドンドンドン、と扉が叩かれ、

「おい、どうしたってんだ。ずっとこん中で、いったい何があっ――――」

ブロスリーの視線が、開かれた本に止まる。

「あー、あ、俺、ちょっとトイレ」

 そそくさと踵を返した後ろからさらにハリーが、どうしたんですかブロスリー、そんな駆け足でどこへ、としゃべってから、同じように部屋に入り、やはり本に目が留まり―――――トイレは使っているわ、足は上手く動かないわで、叫んだ。

「こんな、僕に、僕にどうしろっていうんだ!!」



 そんな阿鼻叫喚を背景に、未だ鼻血が止まらないヒューイックの瞼の裏には、この惨状を指差し腹を抱えて笑うアイリッツの姿がそれはもう鮮明に浮かんでいた。

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