表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異郷より。  作者: TKミハル
それは、名も無き物語
358/369

エレナ・クラレンス・リーヴァイス 1

遅くなりすみません。最終章です。

 目も眩むような煌びやかな宝石とドレス。美味しい食べ物と、マナーと、毒を絹に包んで見た目だけは上品にさせたやりとりと。


 ……本当にくだらないわ。くだらない、自己陶酔と欺瞞ぎまんと欲望にまみれ、美しく作られ、整えられた、箱庭の世界。



「ああ、エレナ!あなた一人で置いていくのは辛いわ。お母様は大切な友だちとのお茶会があるのよ!得体の知れない商人がここへ来るのでしょう?ねえ、日にちをずらせないかしら?」


 美しく髪を高く結い上げ、豪奢なドレスに身を包んだお母様が私を抱き締める。……香水のつけすぎね。頭が痛くなるわ。


「大丈夫よ、お母様。みんなもいるし、世にも珍しいとっておきの一品、と謳っていたわ。それに、そんなに長くはいないのよ?」

「エレナ。そんな怪しげなもの、見るのはやめなさい!と、いいたいところだけれど、あなたが楽しみにしているものね。いいわ、許してあげる。ベークラント!もしこの子と家に何かあったら、その首はないものと思いなさい」

「はい、奥様。わかっております」


 この家を取りまとめているが背筋よく頭を下げる。大変ね、貴方も。



 母マルグリーテが乗り込み、馬車が走り出す。それを見届けたエレナの表情は、それまでのしおらしさから一転、冷ややかなものへと変わる。家令であるベークラントを呼びつけ、


「さあ、もちろん支度はできているのでしょうね?このリーヴァイス家のお屋敷に部外者を招くのよ。一点の曇りも許されないわ。……たとえ、それが庶民であってもね。私は、部屋に戻るから、埃一つ、家具のかすみ一つ、ないようにして」

「奥様より言いつかっております、お嬢様。万事、滞りなく」

「……そう。あとで確認をするから。少し、疲れたから部屋で休むわ。邪魔しないで」

額に手をやり、少し眉根を寄せて言い放つと、粗相のないよう、しかし隠し切れない苛立ちがみえるよう早足で歩き、バタン、と扉を閉めた。


「お嬢様、今日は早くからお疲れでしょう?お茶はいかがですか?」

「いらないわ。新鮮な梨のタルトが食べたい。すぐ持ってきて」

 ソファでクッションに身を沈めて命じれば、

「……今確認してまいります。どうぞお待ちください」

部屋付きの侍女が一礼して、退出する。


 あるわけないじゃない、そんなの。



 今日のお嬢様はご機嫌斜め。そう彼らに、伝わればいい。


 足音が遠ざかるのを確認して、すぐにソファから身を起こし、自分専用の飾り机へ向かい、上の段の引き出しを少し、中段の引き出しをめいっぱい引いてから両方一緒に戻すと、カチリ、と音がして、横から長細い引き出しがちょこんと頭を出した。そこから入れておいた紙を取り出し、エレナは今一度内容に目を通した。



 私の姉、シャロンは数年前から体調を崩していて、静養に出た先で、風邪をこじらせ、あっさり亡くなった。……そういうことになっている。


 一週間前、エドウィンと名乗る商人からひそかに届けられた手紙には、その不肖の姉、シャロンのことが書かれていた。行方不明だと。


「……これが、嘘だったらどうしてくれようかしら」

 その可能性は、低くはない。彼女を誘拐した輩が、秘密裏にお金を要求してくることだって、あり得る。侍女が帰ってくる前に急いで寝室に行き、ベッドの下の衣装箱を取り出し、二重蓋の中に隠された宝石を確認して、元いたソファに慌てて戻ったエレナは、侍女がまだ来ない扉を眺め、ほっと、溜め息を落とした。



                           ※  ※  ※




 中央都シーヴァースとその住民が無事取り戻されたというのに、まるで勝利に浸れない、虚脱感を抱えたまま丘の上に立ち尽くす三人を、太陽がゆっくりと照らし、街は朝霧のかかる微睡みから解き放たれて色づいていく。


 鳥たちの鳴き交わす声、朝の、仕込みを始める音、ざわめき声。どこからともなく漂う花の香り。……そのすべてが、瑞々しく、不思議と色鮮やかにみえるのは、気のせいだろうか。


 どこか夢から覚めたような表情で、それでも人々が、一日をまた送るために動き出していく。

 


「テスカナータへ戻るよ。……またな」

 ジークウェルがまだ赤い眦をして、涙の跡が残ったまま、一言告げて歩き出す。また新しくスタートを切るために。



「私たちには一息つける場所が必要です。……ひとまず、行きましょう」

「………」

 怖ろしく反応が薄いアルフレッドだが、促せば、足を動かし、とりあえずついてくることにはしたらしい。そのことに安堵しつつ、エドウィンは、さほど急くこともなく、落ちつける場所を求めて、移動することにした。



「お腹、空きませんか?」


 街に下り、市の喧騒に包まれても、アルフレッドは恐ろしく無反応だった。予想できたことだが、エドウィンは少しばかり動揺しながらも、これからどうすべきか、ゆっくり歩きながら思考を巡らせていく。


 シャロンがいなくなったことは、確かに衝撃だが……あれだけの場所で、文字どおり命を擲つような戦いをしたので、無理もない。むしろ、今ここに自分たちが普通に歩いていることこそ奇跡なのではないだろうか。


 エドウィンは、そんなことをつらつらと考える。

 

 苦楽を共に過ごし、危機を乗り越えてきた仲間の消失。アルフレッドが抱える闇が、いったいどれほど深いのかは、想像するには、途方もなさすぎだった。



 自分だけがしゃべり、時折パンや干し肉、チーズといった必要なものを買い足していたが、疲れていてなおかつ空腹のはずのアルフレッドが、まったく何もしようとしない。まるで幽鬼のようにどこか虚ろな眼差しで足取りも重く、ついてくるだけの同行人、というのはなかなか精神的にクるものがある。


「………ここが、私の古くからの友人の下宿で、す」

 通りを歩いて、ようやく知人の家に至るまでに、すでにエドウィンはかなりの疲れを感じていたが、それを表面に出さないだけの余力はあった。


 古ぼけた下宿のドアノッカーを、大きめに、ゴンゴン、と鳴らす。


 しばらくして、ギィイーと軋みながら扉が少し開き、気の強そうな老女がぎょろりと顔を覗かせる。


「留守だよ。出直しな。……おや、あんたかい」

 ここの女主人メイリヤは痩せてしわだらけの顔をくしゃりと歪めた。彼女は老齢だが、まだ背筋はシャンと伸びている。

「久しぶりです、メイリヤさん。ガーディスが留守なのは珍しいですね」

 エドウィンは二階へと続く階段を見上げた。往年で染みついてしまったのか、玄関には薬品と煙草の臭いがうっすらと漂っている。


「いんや、この時間だとまだ寝転がって夢の中だろうよ。ここ数日借金取りどもがうるさくてねえ。このあいだ、できたとかなんとか騒いでたからようやっとかと思えば、このていたらくさ」


 そう顎で二階をしゃくる。もうそろそろ正午になろうかという時間か。ちょうどいい。


 さすがにもう起きているだろうと判断し、階段を上がって部屋のドアを叩く。……一回、二回。


 返事がなかったので、一応入りますよ、と大きめに声をかけ、ドアを開けた。



 ぶわ、と灰色の煙が、とたんに巻き上がる。


「臭いがつく!早く閉めとくれ!」

 メイリヤの鋭い罵声が飛び、慌ててアルフレッドともども部屋に入り、扉を閉めた。


「・・・・・・臭い。煙草と汗と薬と油の」

 ここで初めて、アルフレッドが反応を見せた。渋面を作り、この場にいたくない、という意思を体中で表現している。エドウィンも同感だった。


「・・・・・・あ、小夜鳴き鳥、か」

 床の軋む音が響き、散らかり放題の部屋の真ん中、足のない長椅子に毛布と一緒に転がっていた薄汚い長髪髭面の男が、寝惚けまなこでぶつぶつと呟いた。



 まだ、寝ていたのか。


 ぼんやりと瞳を宙に彷徨わせたままの男を手っ取り早く起こすため、エドウィンは閉め切られた部屋のカーテンとそれから窓を開けて、空気を入れ換えた。


 光に照らされ、埃が舞い、ガーディスが目元を覆い呻き声を立てる。



「うっ……。死ぬ……俺はもう駄目だ……」

「ガーディス、もう昼ですよ……また完徹ですか」

 てめえ、何しにきた……と唸りながら身を起こし、ギロリ、と睨むガーディスと、同じように、なぜこんなところに連れてきたんだ、と避難するようなきついアルフレッドの眼差し。


 その二つに耐え、エドウィンは冷や汗を掻きつつ肩をすくめて笑んで見せた。



 友人であるガーディスに、アルフレッドを簡単に紹介したのち、まずは協力とその知恵を仰ごう、と、これまでの経緯を話していく。ガーディスはパイプに器用に刻み煙草を詰め、オイルランプから火を移しながら、ふうん、と気のない返事をした。



「よくできた、作り話だな……といいたいとこだが」

息を吸い、ふーっと煙を長く吐く。

「いや、本当のことですよガーディス」

「白昼夢でも、見たんじゃねえのか」

そう言って、充血した目を天井に向ける。



「そうだな……昨晩はほぼ起きていた。だが、それにしちゃ、ずっと眠っていたかのような感覚が、朝からつきまとっているな。二度寝したが」

 部屋に煙が漂うにつれて、アルフレッドの表情が剣呑なものになっていくが、彼は気にした様子はない。


「我慢しろよ、坊主。……それで、どうしたいって?」

「ですから、そこに閉じ込められたかも知れない、女性を救いたくて、ですね」

「ああそりゃ無理だな。仮に、おまえたちの言うことが全部真実だとして、だ」

ガーディスは気怠げな表情で、続ける。


「もし、その核とやらが消失してそこに埋め込まれちまったのなら、それを取り出すのは難しい。……これを見てみろ」

 低めのテーブルの上に転がっていた奇妙な物体を取り上げる。


「絡繰り、という奴だ。ほら、がっちりと歯車が組み合わさり、ここを回すと、全体が動く仕組みになっている。ひとつひとつ分解すりゃ、こいつは取り出せるが……」

丁寧に歯車と部品を取り除き、奥の小さな歯車を取り出してみせる。


「聞く限りその場所に干渉する術はない。無理だな」

 手を頭の後ろで組み、ぼんやりとソファに背をもたせかける。

「……そこを、なんとか。私たちの、大切な友人なんです」

 エドウィンが真剣に頼み込むと、また、ふぅん、と気のない返事を漏らした。


「そりゃそこの、坊主の顔見りゃ、どれだけ切羽詰まってるかはわかる。だがな無理なもんは無理で……まあ取るべき方法は、無くもない。労力がかかり、うまくいく可能性はゼロに等しいが、な」

「いえ、聞きましょう」

 身を乗り出したエドウィンの横で、アルフレッドは表情を変えないながらも、全神経を集中させているのが感じ取れ、ガーディスは、煙草をまた深く吸い、煙を長く吐き出しながら、

「おまえらのいう、魔素?が高く、溜まる場所。そこを当たれば、ひょっとしたら、何らかの手がかりが、無きにしもあらず」

「遺跡を手当たり次第に探索すれば、ということですね」

「そう。そして、それには、相当な強さと、資金がいるだろうな」

「強さなら、ここのアルフレッド君は、魔獣と戦って苦戦しないだけの力はありますよ」

「じゃあ、あとは資金繰りだな」

ガ―ディスはトントン、と灰を石皿に落とし、パイプを横に置いて立ち上がると、物が乱雑に並んで雪崩が起きそうな机、その片隅にある大きめの覆いを取った。


 そこには鳥籠があり、真ん中の、鎖で掛けられた棒にちょこんと、羽の一つ一つまで精巧に作られた、金属性の小鳥が止まっていた。


「俺の傑作、“小夜鳴鳥ナイチンゲール”だ。ここをこうして……」

 籠の横にある小さな穴に蝶ねじを差し、キリキリキリと巻くと、突然、中の鳥が頭を上げ、嘴を開いてさえずりだす。



 チュリチュリ、チチチチ


 小首をちいさく傾げたり、羽を小さく動かしていた鳥は、ひとしきり鳴くと、やがて元の体勢に戻り、動かなくなる。



「こ、これは……凄い!ここまで精密な絡繰りは、初めて見ました!これは、そうそうないですよ!」

 エドウィンが声を上げ、興奮で瞳を輝かせる。アルフレッドはそれとは対照的に、その様子を冷めた眼差しで眺めていた。

「……で?」


「ああ。これは俺のここしばらくなかったほどの逸物と自負してるが……しかし、だ。持っていった途端、依頼主は鳥が気に入らん、と抜かしやがった。本物そっくりにしろ、と。剥製にしてそこから作り直すには金が足りん」

 こいつにだいぶ注ぎ込んじまったからな、とぼさぼさの髪を掻きながら、

「エドウィンが来たならちょうどいいさ。こいつを貴族に繋ぎを取って、売りつけてこい。ついでに、資金繰りの話をすればいいだろ。値は本当なら金貨50枚はカタいが・・・・・・30まで下げていい。よほどの馬鹿でない限り、買う」

「・・・・・・いいのですか」

「作成期間を考えると、売りつける相手を探す時間も惜しい。おまえさんたちにとっては出資者パトロンとの繋ぎができる機会だ。利害の一致、だな」

 

 ほどけかけた寝間着ガウンの紐を、括り直して言うガ―ディスに、エドウィンがきらきらとした眼差しで、、

「わかりました。準備が必要ですね。手はずが整い次第、ここに取りに来ますよ」

「ああ」

そうやりとりをしていると、ノックの音が響き、失礼するよ、とメイリヤが香草茶と、ピクルスと豚肉を挟んだライ麦パンを三人分机に運び入れ、邪魔したね、と告げて去っていく。



「ありがたく頂きます。しかし、料理自慢のメイリヤさんが、これだけとは……歳ですかね」

「いや、ここ最近からするとかなり豪勢だぞ。三ヶ月ほど家賃も払ってない」

「これが売れたら、彼女も喜ぶでしょうね……」

エドウィンは、もう一度、“小夜鳴鳥ナイチンゲール”に目をやり、さっそくながら、香草茶を飲んで、まだ温かいパンを手に取った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ