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異郷より。  作者: TKミハル
番外
357/369

白き峰の奥深く 3

残酷描写、グロい表現ありです。ご注意ください。

翌朝はひどい気分だった。ぶくぶくに腫れて痛む腕の傷をナイフの先で一旦開き、溜まった膿を絞り出す。


 お湯を沸かして台から鍋を下ろし、布を浸して絞った後、火酒をかけた傷口に当てれば、思わず呻き声が洩れた。気付けに酒の残りをぐびりとやってから、汚れの少ない布で新たに巻き直す。


 昨日力に任せて叩き壊した椅子などをざっと隅に寄せ、散らばった椅子の足などを消えかえた火にくべ、粗雑な板の床から耐えきれない匂いを放っている毛皮の下敷きを引っ剥がして、まだ暗い外に出し、放り捨てた。


 さすがにまずいかと、その辺に積もる雪を適当にかぶせれば、それで終わり。


 棚には蕎麦の穂と干し肉、懐には塩とチーズの欠片。いっしょくたに鍋にかけ、ちびちびと食べて一息つく。


 少しずつ、闇が薄くなったので、そろそろ夜明けか、と出れば、暗かった森と雪とが徐々に、薄ぼんやりと照らされていく。


 ああ、一日生き延びた、と実感するにふさわしい景色。


 グリードは一つ白い息を吐くと、昨日雪の中に突っ込んでおいた狼の死骸を、ひしゃげた木の雪べらで掘り出した。


 腐敗度を調べ、囮とできるかどうかを確認する。


 なるべくきつい酒を数本、木材をいくつか根ぐらから持ち出し、雪ベラを引っ掴み、掘り出した狼の死体を肩から引き下げて場所を移動する。



 先ほどまで晴れていた空は曇り、ちらほらと雪が舞っている。


 好都合。


 ……大音を立てないよう慎重に歩き、山裾の、少しばかり開けたところに出た。いったん立ち止まり耳をすますが、近くに獣の気配はない。


 また狼の死体をなるべく雪の多い場所に突っ込み、白い広場の中央と思しき場所に雪ベラを突き立て、穴を堀っていく。


 雪をかき、ザク、ザク、と掘ったところで、すぐ堅い地面にぶち当たり、手を止めた。持ってきた木材をいくつか置き、酒を撒いて火をつけ、地面を温めて再び掘る。


 バササ、と物音がした。瞬時に動きを止め、姿勢を低くして様子を窺う。……異常はない。どうやら枝に積もった雪が落ちただけらしい。


 しかし、いつ奴が来てもおかしくはないと、より慎重に、辺りを窺いながら穴を掘り、太枝を集めて先を尖らせ、根雪が溶けかけた地面に、突き刺し、たっぷりと純度の高い酒とランタン用油をかけ、罠を作っていく。


 ちらつく雪は止み、薄い雲から、美月のような太陽が時折姿を見せる。


 じき、気温が上がる。


 グリードは焦る気持ちを抑え、集めてきた木々の生い茂る枝を逆木の罠の上へ被せ、雪に埋もれていた狼の死骸を取り出すと、枝の上にのせ、剣でその腹をかっさばいた。


 凍り付いているためか、血はほとんど出ない……が、この天気だ。温めるまでもない。



 そこから離れ、杉の葉と枝を臭い消しに巻きつけながら、残りの酒の蓋を取り、たっぷり中身を染みこませた布を栓がわりに作成した火炎瓶をいくつか準備しておく。


 剣の血と脂を雪で漱ぐ。いくつかまわった遺跡で見つけた自慢の剣は、何十年と付き合ってきたのに刃こぼれ一つ見せず、グリードの青の瞳としわと傷のある顔を映し出す。


 ひどい容貌かおだ。


 口元を歪めたその時、ザザ、ザザザ、と茂みを掻き分ける音をグリードの耳が拾った。


 すぐさま、音を立てないよう静かにその場に伏せ、雪にまみれながらじっと待つ。耳に全神経を傾けながら。


 そして、さほどかからず、茂みが割れ、雪と枝の固まりから足が六つ生えたような奇妙な巨体が目の前に姿を現した。


 跳び出してからいったん止まり、ブン、ブンと尾でバランスを取りつつ、ヒョコ、ヒョコとおどけたような仕草をし、警戒するように辺りを窺っていたが、焦れたのかすぐさま堂々と横切り、途中まできてピタリとまた立ち止まった、かと思いきや、獲物である狼へひとっ飛びに跳びつくと、その胴体に噛みつき、おそらくその息の根を止めるために、思いきり横に振った。


 今だ。


 グリードはカチ、カチッと火打ち石を鳴らす。


 バキバキバキ、と枝の折れる音がして、罠に嵌まった魔獣がそう深くはない穴に落ち、もがく。


 グギィイイイイ



 嫌な咆哮とともに、辺りの枝からバサバサと雪が落ちる。やっと、火がついた。消えないよう慌てず酒瓶の布から布へ、火を移しながらグリードは、穴で身を捩らせる魔物向けて低い体勢で走り寄り、火炎瓶を投げた。


 ゴウッと引火し、火の手が上がる。気味の悪い液体を巻き散らしながら再び魔物が吠え、こちらを認め、火にも構わず飛び掛かってくる。


 怯まず剣を抜き、直前で動きを止め口から吐き出された粘性毒液を、巻きつけていた枝と雪でカバーし、続いて鋭い舌を避けざま口に剣を突き入れ舌の根を斬りつけその勢いのまま喉奥へと突き刺した。ブシュウ、と粘液が、咄嗟に避けたグリードの左肩にかかり、化け物とくっついて固まった。


 知らず、グリードの口の端がにやりと上がる。


 元より、そのつもりだ。こいつが死ぬまで、離さねぇ。


 痛みに身を捩る魔物が上下に激しく頭を振る。だが、グリードの体は離れない。化物はその勢いのまま雪を転がり、体をこすりつけ消火した。ともすれば朦朧としそうになる意識をなんとか保ちながら、速く、捉えにくいそのあがきを頭のどこかで冷静に見極め、時を待つ。


 化物が再び大口を開き頭を引く。その動きに合わせ、グリードは剣を抜いた。


 ブチブチィッ、ゴリュ、と嫌な音を立て左肩が化物に噛み砕かれ、同時に、グリードは剣を間近にあるその大きな目玉から、脳天へ目掛け、突き入れた。体には、不思議と痛みはない。


 は、と息を吐き、捩じり込み、奥へ奥へと刺す。断末魔の凄まじい悲鳴が上がる。ぶちり、と確かな手応えとともに、化物の体から、力が抜けた。


 すでに視界は白一色に染まり、鼓膜は破れ耳も聞こえない。それでも、彼の体は、ドドドドド、と遠くから伝わる、低くおどろおどろしい振動を受け取った。


 雪崩。


 怖ろしい自然の脅威が、一帯を埋め尽くす。


 アルフレッド。彼に俺は、何かしてやれたのだろうか。


 あいつは、きっと、自分自身でか、他の誰かを見つけて、相応しい家族名を手に入れるんだろう。こんな、俺じゃなく。


 凍てつく寒さが、グリードを支配していく。


‘僕は……グリード・フロスデヴェイク。あんたの名を貰いたい’


 薄れゆく意識の中で彼は、確かに、その言葉を聞いた。





 後日。地獄穴までの道中から、無残に食い散らかされた調査隊の面々が、発見された。しかし、グリードの遺体だけは見つからないままだった。



 いったいそこで何があったのかもまた……誰も知らない。

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