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異郷より。  作者: TKミハル
番外
356/369

白き峰の奥深く 2

 戦闘シーンに伴う、残酷描写等あります。今回、思ったよりグロくなりましたので、苦手な方は心の準備をしてください。

 調査隊は、入れ替わりはあるが、常に四人、場合によっては五人のパーティで出動することとなった。


 グレンタールの地元民であり、腕利きの狩人から二人、念のために雇われた冒険者、ここにいる私、合計四人で、二日おきに山へ入り、異常がないか一回りして戻る、という流れだ。



 調査を始めて一週間と半分が過ぎた。これまで、取り立てて大きな異常は見られない。……いつ入っても森は不自然なほど静まり返り、鳥さえ空から姿を消したこと、以外は。



 ……よくない兆候だ。町の相談役であるグレンタールは、山を立ち入り禁止にした方がいいとの意見を出し、それが重視されてすでにギルドを介して町の住民すべてに触れがいき、山道入り口には看板と縄も張られている。



 ただ、調査隊だけがその縄を越え、雪に注意を払いつつ、怪異の原因を見つけるため山間と深い森を、探索し続ける。



 最初は雪もちらついたが、概ね天気は良好。薄曇りの空。日差しもあまり強くはなく、あの、やたら視界を奪われる雪用の眼帯をつけずにいられることに安堵しつつ、雪と暗い森と岩肌の崖の合間を、周囲を窺いながら、四人で歩いていく。


「まったく、取り越し苦労じゃあねえのか?今日で一週間過ぎただろ!?たまたま、みんなどっかへ渡っちまって、いねえだけで、きっとまた戻ってくるさ。何も見つかんねえなら、こんなことする必要ねえだろ!」

 名前と顔がやたら立派なアレクサンドル青年が、我慢できない、というように叫び、前で枝払いをしていた、エセルバードとボルテールの二人がやれやれまたか、というように肩をすくめた。


「だとしても、獣が取れなければ、死活問題だ。せめて何か手がかりだけでも見つけなければ……」

低い声で淡々と答えるエセルに対し、アレクサンドルは、ありありと俺には関係ない、という表情を浮かべた。

「まあ、何もなくてもいい運動にはなる。夜の酒がうまいぞ」

彼が何かいう前に先手を打ってグリードが笑いながら言えば、苦虫を噛んだような顔で黙り込んだ。


 空はうっすらと雲がかかっている。強い日差しもやわらぎ、照り返しもなく、をあの、やたら視界を奪われる眼帯をつけることもなく済んでいる。


 枝払いの音と、雪を踏み締める音だけを聞きながら、後ろから、あまり顔色のよくない青年を見ているうちに、ああそうか、とグリードは思い至った。


 地元の人間は慣れているが……この、耳の痛くなるような静寂は、街中で育った人間には、耐えられないのかも知れない。

 寒さの中、体力を保つために寡黙になれというのも、慣れない人間には酷な話だ。



「おまえは知っているか?この山には昔から龍が宿っている、という言い伝えがあってだな。その鳴き声が……」

「ただの山間を通る風なんだろ。くだらねえ」

あっさり結論づけられ、グリードは苦笑する。


 ……まあ、実際、そのとおりなんだが。


 雪の積もる林間をもう少しばかり進めば、あの、アルフレッドのいた地獄の大穴に出る。あそこは、昔からよく、



 ギシギシッ



 少し離れた場所で、枝がしなる音が聞こえた。


 前の二人が動きを止め、前方の不自然に揺れた枝を注視する。パサパサ、と遅れて雪が落ちるのが肉眼で確認できた。


「……獣か?」

「いや、姿は見えなかった」

前の二人のやり取りに、

「雪の重みかなんかじゃあねえのか?」

呑気なアレクサンドルの声。


 グリードは、無意識のうちに左側の剣の柄を握り締めていた。


 何か、いる。想像もつかない何か。


「気をつけろ!」

 叫ぶと同時に、雪に覆われた木の茂みがガサガサガサと揺れる。近づく速度は、思いがけず、速い。


 舌打ちしざま、剣を抜く。


 ガキィンッ


 細いなにかを弾いた。バキバキと枝を折り、斜めから巨大な、そう、牛よりでかい雪と木の枝の塊としか思えないものが飛び出してきた。いや、ぎょろつく目玉のついた頭、そして幅広の尻尾もある。


「下がれ!」

 アレクを突き飛ばし、伸ばした手がヴォルテールの腕を掴み、得体の知れない獣から引き離し後ろへブン投げる。

「なんだこいつは!?」


 バクリ、と巨大な口が、間に合わなかったエセルの上半身を咥え、ブンブンと振り回した。


「逃げろ魔獣だ!この人数では……」

 グリードは咥えた獲物に気を取られている魔獣の、胴体に左剣を、続いて横っ面に右剣を突き入れ、捩じり込む。


 やっと魔獣はエセルを離したが……もう息はない。魔獣が体を捻り、短く三又に分かれた野太い尾でグリードを叩き飛ばす。急ぎ態勢を整えるその後ろでは、震える足で踏ん張り、剣を構えるアレクと、腰でも打ったのか、這いつくばりながら逃げるボルテールの姿がある。


 とにかく、こいつらが逃げる時間を……。


 グッグッグッ


 斬りつける隙を窺うグリードを嘲笑うかのように、魔獣は奇妙な音を立て、突然勢いよく粘着性の液体を噴射した。


「ぐッ」

 咄嗟にコートで庇うが、コートは途端に重く、硬くなっていく。はっ、と後ろを見ると、ボルテールの足にあの液体が張りつき、彼は苦痛に顔を歪め、必死に引き剥がそうとしている。


 手伝ってやりたいが、その時間はない。


 枷となったコートを捨て、毒なのかひりつく肌に構わずグリードは硬い足元の雪を蹴って、地を這うかのように化物の首元目掛け跳躍した。


「化けものぉおおお、死ねぇええ!!」

 同時にアレクが剣を振り立て、魔獣の顔面目掛け、走り出す。



 なぜそうしたかと、問う自体が愚問。彼は。意図せず囮と。


 脳裏をよぎる感情、そのやるせなさを剣に籠め、グリードは粘着性軟体生物のようなその腹部に剣を突き立て、ブニョリ、と気色の悪い感触に顔をしかめながら横に切り開く。



 グギュァアアア!!


 奇妙な咆哮とともに、悪臭凄まじい液体を魔獣が撒き散らす。ザシュザシュ、と奴が舌で、毒液にまみれたアレクを貫く鈍い音が響く。


 すぐさま化物は腹を斬り裂いた元凶こちらに向き、口を開いたので、そのまま右剣で鼻から口内を数度に渡り叩き斬りつける。


 吐かれた液体を咄嗟に、手近《,,》にあるものを盾にし、跳び退るが、執念深い化物の舌が左腕を貫いた。


「……くそが」

 左腕の激痛に堪え、使ってしまったエセルをせめてもと、ゆっくり横たえた。姿勢を低くし身構える魔獣の白い目は血走り、引く気配もない。


 ……痛むが、まだやれる。


「は……」

 

 剣を握る、左腕が、鉛の詰まった袋のように重い。飛び掛かる魔獣を前に、グリードは、反射的に地面を蹴った。


 森へ。バキバキバキ、と枝を折り、剣で払いながら、無我夢中で突き進む。奴が追ってくる気配がする。


「地獄へ堕ちろ!」

 悪態を吐きながら迎え討つため、勢いをつけ振り返ろうとしたグリードの足元が、突然陥没した。



 ズシャァアアア


 身体が、凍えるように冷たい。滑り落ちた先は、凍土と、雪と氷でできた、遁道とんねるのようになっていた。


 凍り付いた地下水脈か……。


 左腕にはすでに感覚がない。指先も、このままいけば怪しいものだ。


 グリードは、朦朧とする頭を振り払い、呼吸を整えながら、まず、左腕を見、かろうじて掴んでいた剣を仕舞い、ボコボコと膨れ腫れ上がる腕目掛けナイフを突き立てた。あまり痛みもないことに少しばかり寒気を覚えながら、血と毒液を流し、ボロ布で固く巻く。


 落ちた場所と水路の位置関係を考え、それから、歩き始めた。幸いにして完全な暗闇ではなく、どこからか洩れる光に助けられながらひたすらに歩き、歩いて歩いて……本当にこれが正しいルートなのかもわからなくなってきた時……凍結水路の先が明るくなり、土の匂いとともに、急に開けた。


「……ああ、ここだ」

 もう少し行けば、短い夏をすごした、あそこに辿りつく。


 ほとんど勘だけを頼りに来たにも関わらず、ほぼ予想通りの場所に出たことに安堵しつつ、思いついて一度引き返し、水路で死んでいた狼の死骸を、引きずり、そう遠くはない道のりをまた一心に歩く。


 ……やっと、辿りついた。


 別荘代わりの洞窟の入り口を見つけて入り、散らばっている枝を集めて火を起こせば、まるで凍りついていたような感覚だった体が、戻り出す。


「ぐ、ぁあああああツ」

 グリードは咄嗟になるべく遠くにと火から離れ、左腕を押さえてのたうちまわった。激痛を堪えそこらに並べてあった、火酒の栓を歯でぶち切り、ペッと吐き出して布を引き千切り、ドボドボとかける。


「あ、ァぐッ、この糞が!」

 雷に何度も何度も打たれるような激痛が身を灼き、グリードは渾身の力を籠めて剣を床に突き立てた。


「ああくそッ、さけは、」

 また一本毟り取るようにして開け、一気に飲み下す。体が、燃えるように熱い。が、おかげで少しばかり激痛がマシになった。


 はぁ、はぁとやたら荒い自分の呼吸だけが中に反響していく。



また、しばらくして、グリードは左腕を振ってみたが……重いズタ袋がくっついてるような感覚しか、伝わってこない。


「こいつ、も簡単にはとれねえな……」

 いったいどれだけ力が入ったのか、鍔まで埋まった剣はちょっとやそっとじゃ抜けそうにない。さすがにお湯などをかければ行けるかも知れないが、そこまでする気も起きず、グリードは毛皮を敷いた固い床にドサリと体を投げ出した。


 パチパチと、炎の爆ぜる音が聞こえている。


 明かり取りの穴は暗く、おそらく日没を過ぎたに違いない。かすかに感じる空気の流れも、夜の気配を感じさせる。


 いきなり、多くを失った。……こんなしみったれた気分になるのは、戦地で捕虜になった時以来か。


 くだらねぇ、とグリードは吐き捨てた。嘗めるな。これで俺が終わりだと、思うなよ。



 町に帰り、皆に知らせる、という選択肢を、グリードはまず斬り捨てた。手負いの魔獣だ。匂いを嗅ぎつけ尾けてくるかも知れねぇ。

 左腕と、剣が一本ないのは惜しいが……まあ、ここに残しておこう。


「グリード様の片腕、ここに眠る、か」

 目を閉じて息を吸い込めば、体を焼くような怒りが込み上げてきた。この落とし前、絶対につけさせてやる。あの化物が。


 はっ、と短く笑い、火に薪を足して、片腕を枕にグリードは眠りについた。

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