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異郷より。  作者: TKミハル
幕間
354/369

岐路の夢

流血描写、およびR15相当の表現があります。ご注意ください。

 今は、ただ、眠ろう。その時のために。


                      ※ ※ ※


 ――――――微睡みの中で、こんな、夢を見た。



                      ※ ※ ※


 寒さが厳しく、けれど人々は暖かな北の町グレンタール。彼は、置いていった私のことを、恨むだろうか。


 東門で、出入りの簡単な荷物検査を受けながら、シャロンはぼんやりと思考にふける。


 ……考えても仕方ない。私は、誰かの命を背負うことなど、できはしない。


 もしかして追いつかれるかもしれないと、チェックが終わってから慎重に周囲を見渡すが、あの黒髪で目つきの険しい、自分より少し背の低い姿はなかった。



 東門を出て、もう一度、グレンタールを振り返る。どこか寂しいような気持ちになりながらも、ぶんぶんと後悔を断ち切るように首を振り、足を速めていく。



 あいつはきっと強くなる。だから、またどこかで会えたら……笑って、成長したな、って讃えればいい。



 それから、二ヶ月と少し経ったある日、シャロンは山間の道を、急ぎ足で歩いていた。少しずつ、日は傾きかけている。もう少しすれば、向こうの麓にあるという、村が見えてくるに違いない。


 寂れた道をひたすら歩いていると、道の端で、しゃがみ込み、唸り声を上げている男が目に入った。


 近づくと振り向いて、こちらにほっとしたような笑顔を向け、

「あ、ありがたい!足くじいちまったんだ!ちょっと、肩を貸してくれ!」

傍らには手荷物、男は立ち上がるのもままならない、といった様子をしている。


「災難だったな。今手を貸すから……」


 ザシュッ


「な……」

「チッ、しくじったか」

 屈み込んだ瞬間、突然ダガーが首元を薙ぎ、頬をかすめた。ぶわ、と嫌な汗が沸いてくる。



「おいおい、外してんじゃねえよ、この糞が」

「は、今のは手元が狂っただけだ」

 木々のあいだから、五、六人の野盗と思しき男たちが現れ、逃げる間もなくこちらを取り囲む。


 駄目だ、この人数では――――――。


「さっさとやっちまおうぜ」

 軽口を叩き合い、獰猛な笑みを浮かべながら、抜かれた剣に、内心の焦りを隠しながら、こちらも剣を抜く。そして、



「……手間かけさせやがって。畜生、こっちも血塗ちまみれじゃねえか。先に足斬ってヤッときゃよかった」

「どうする?今から剥ぐか」

「知るかよ畜生。こいつ、あーあ、ロクなもん持ってやしねえ……。興覚めだ。そこらに埋めとけ。とどめ……?もう死んでるだろ」


 おびただしい血が自分の身体から地面に沁み込み、流れ、急速に体が冷えていく。



 こんなことなら、アルフレッドと、、、旅をするべきだったのか?い、や……彼を、巻き込まなくて、よかったかも、、、。


 やがて、野盗の声も、かすかに感じていた落日の光も消え、重く冷たい闇が、すべてを覆い尽くし――――――



「――――――ッぁ」


 シャロンは、声にならない悲鳴とともに跳び起きた。


「シャロン?どうした?」

 ドクドクと激しい心臓の音を鎮めようと胸元を抑えれば、落ち着いた低いアルフレッドの声と、続いて炎の爆ぜる音が、傍らから聞こえてきた。


「ひどい汗だ。嫌な夢でも見たのか?」

 上掛けを強く握り締めたままでいると、わざわざ布で額の汗を拭ってくれるその手が、心地よい。

「そ、そうだな。おまえは、ここにいるからな………ちょっと、おかしな夢を、見た」

「……まだ、交代の時間には早い。寝直せばいい」

「そうだな。悪い……任せ、る」


 水を一口二口含んで、喉を潤すと、自然に瞼が下がってくる。ざわざわ、と木々が風に揺れて音を立てた。


                      ※※※





 乾いた音を立てて、風が荒れた大地を通り過ぎていった。日差しが斬りつけるように、肌を苛んでいく。


 強火のベイクパンの中にいる気分になりながらも、フードをしっかり被り直したヒューイックは油断なく周囲を見回し……指名依頼を受け、連れ立ってきたアイリッツに声をかけた。


「ミストランテの遺跡は、そろそろ開かれた頃かも知れないな。…………おい、本当にこの方角にいるのか。災厄の龍、とかいうヤツ、は」

「ああ、間違いない。オレの勘が呼んでいる」

「勘!?大切なことを、勘で決めたのか!?……これを見ろ。俺たちの未来の姿ってわけだ」

 ヒューイックが低く唸りながら足元に半ば埋もれた馬の頭蓋骨を蹴ってみせる。


「そう、心配すんなって。ほら、あの、呪われた村からもまだそう遠くないわけだし。おい、あれを見ろ」

 アイリッツが、荒れ果てた石柱モノリスを指し示す。



 かつて地面に何かの文様が組まれていたのであろうか。その場所はあちこちに破壊された石の残骸が転がっており、こんなことが起こるまでは観光名所とされていたらしい遺跡は、見る影もない。


 近づく二人の足元には、まるで生きているような石像の無残な姿……いや、災厄の龍と戦ったと思しき冒険者の、変わり果てたその欠片が、散らばっていた。


「くそ、粉々か……いやまて、まだ面影ぐらいは……これは、女剣士だな。多分、髪をひとくくりにまとめた感じの……」

「もう一体……いや、二体か。こっちはおそらく男だな。一人は剣士、一人は学者。ほらあの、領主の依頼を引き受けて以降消息不明だとかいうパーティじゃないか?」

「おい、おしゃべりの暇はねえぞ!あそこだ。くそ、でかい」

 岩の上に、休んでいたのか、バサ、バサという羽音とともに、急速に風が周囲に巻き起こり、龍の巨体が姿を現した。


 ギュリィイイイイイイイイイイ


 

 黒き体を持つ、毒の龍はその顎を開き、鼓膜をつんざく、どころか体中恐怖で震撼させるような声で咆哮する。



「石化の飛竜……!!奴の眼を直接見ないよう気をつけろ!!恐怖で体を麻痺させ、魔力抵抗レジストを奪い、人を石に変える魔獣と聞いている!」

 ヒューイックの言葉に、身を低くしたアイリッツも、龍の羽ばたきの風圧に負けじと叫んだ。

「いいぞ……!あれを倒せば、“龍殺ドラゴンキラーし”として名が売れること間違いなし!」

「おまえのそのポジティブさというのは、群を抜いてるな……誰一人追いつけないほどだ」

「お、ヒューがオレを褒めるなんて、砂漠に雨が降るんじゃないか?」

 そう朗らかに笑えば、

「明らかに貶してただろうが……気づけ」

暗い表情と声でヒューイックがぼそりと呟き、そして………その龍の眼を直視しないよう慎重に剣を構えた。





                   ※※※


 シャロンは微睡みの中で、夢を見る。見続ける。


                   ※※※




 そこは、ミストランテ。まだ、遺跡に入って間もない頃。他愛のない、居酒屋の出来事。


「初めまして。あたしはリリアナ・レンレン。流れの歌姫兼、冒険者をやっています」

 そうやって歌姫が胸に手を当ててにっこりと微笑む姿は優美で、決まっている。


「あ、ああ……私は、シャーロット・リーヴァイス」

 名乗ると、なぜだかアルフレッドが眉をしかめ、首を振る。


「シャーロット・リーヴァイス、ですか……?あの貴族の、リーヴァイス家と何かご関係が……?」

 一瞬、歌姫の目が、妖しく光ったような気がした。

「い、いや、知らないな。無関係だ」

 慌てて、否定する。


「そうですか……シャロンさんとお呼びしても?」

 彼女がそう言って首を傾げると、リング型のピアスがキラッと光を反射した。


「あの、私に何か?」

「いきなり呼び止めてしまってすみません。あなた方が……とても強い御方たちと話を伺ったものですから。お願いです。どうか、私と一緒にミストランテの遺跡を探索しませんか?こうみえて、私もそれなりに腕が立つんですよ?」

 リリアナは、えい、と力こぶを作る真似をしてみせる。腕はスリットの入った衣装に隠れているが……そこまで強そうには見えない。


 それから瞳を潤ませ、その手を伸ばしてシャロンの手を柔らかく握り締める。碧の瞳を伏せた。憂いを帯びた碧の瞳。表情の一つ一つが、やけに艶めかしく、内心で慌てていると、ベリッとアルフレッドが引き剥がした。


「あんたみたいな女とは、あんまり関わりたくない」

とバッサリ断った。



 彼女は失意の表情を容作かたちづくったが、やがて、もし気が変わったら、いつでも声をかけてくださいねと言って、踵を返す。


 なんとなしに目でその姿を追う。リリアナは、口の端を吊り上げて笑っていた。まるで、面白いものを見つけた、というような、無邪気な猫のような、表情で。



 遺跡の階段を三、四回下りただろうか。


 どうしてこんなことに、とシャロンは思う。遺跡で手ひどい怪我をした男がいた。魔物が向こうに、と指差し、一人にしないでくれ、と叫び訴えるその男を落ち着かせるため、ほんの少しアルフレッドと離れた。その隙に。


 シャロンは、血溜まりの中にいた。先ほどの男は、喉を斬り裂かれ、すでにこと切れている。


 血の滴る鉤爪を袖に隠しながら、リリアナはころころと楽しそうに笑う。


「な、ぜ……仲間、だったの、では」

「理解できない、って顔しているわね。だって、いきなりだったんですもの。いきなり駆け寄ってきたのよ?そんな、いきなりネタばらししちゃうようなお馬鹿さんは、邪魔でしょう?」

ふふふ、とリリアナは笑みを浮かべた。


「あら、まだわからないかしら。貴女も、お馬鹿さんなのね。……さようなら」

 一瞬の出来事だった。殺意が膨れ上がり、シャロンが構える間もなく、喉から熱い血潮が迸る。


「心配いらないわ。アルフレッドとかいう男も、貴女が死んで悲しんでいるところを、送ってあげましょう。寂しくないように」


 なぜ。こんなことをする理由がわからない。


「私が、こんなにも汚泥を這いずり回っているのに、同じ境遇の貴女だけ、明るいところを歩こうなんて……許・せ・な・い」


 急速に意識を失うシャロンの耳に、そんな、暗い暗い……底を這うような呟きが、届いた。



                   ※※※


 見る夢が、悪夢なら、起きていたいのに、瞼は重く、開かない。せめて今度は、ましな夢を。


                   ※※※



 中央都、シーヴァースの宿屋にて、シャロンはかつてない危機に陥っていた。なぜかアルとともに案内されたのは同じ部屋。そして、纏うはずの外衣ガウンはない。



 アルは平然と奥のベッドに行き、さっさと上着を脱ぎ始める。ちょ、ちょっと待て。


「シャロン、どうかした?」


 アルフレッドは上半身裸のズボン姿で、不思議そうにこちらを見ている。……わざとやってるわけじゃないだろうな。


 シャロンはとりあえず背を向けベッドに腰を下ろし、ぐるぐると何かが巡る頭を、懸命に働かせ、隣でアルがランプの明かりをしぼる。


 このシーツはできれば汚したくない。かといって脱ぐわけにもいかない。



 思考の渦に陥るシャロンの脳裏に、さっと閃くものがあった。


 安宿だから、ないはずと思っていたが、もしや……!


 祈る気持ちでベッドの下を探ると、果たしてそこには衣装箱チェストがあり、中に外衣が入っていた。



「アル、ちょっとこっちを絶対振り向くな!!」


 あいつが後ろ向いてるうちに、急ぎ服を脱ぎ捨て下着の上に外衣ガウンを着てしっかりと帯を締める。


「……慎みはどこへ」


 隣で何か呟く声が聞こえたが、もう気にせずベッドにもぐり、背を向けたまま、上布を頭から被る。


 そうしていると、やがてアルも隣のランプを消し、ごそごそとベッドに入ったらしい。


 目を閉じたシャロンは、やがてアルの静かな寝息が聞こえてきて、何やら負けた気分になってきた。


 ね、眠れない……。


 そう思いながらも、次第にうとうとと、睡魔が襲い、夢の中へ引き込まれていく。


 やがて、すうすうと寝息が立ち始める頃……寝たふりをしていたアルフレッドは、むくりと身体を起こした。


「よくこんな状況で……」

 恨みがましい気持ちになりながら、見た目より柔らかな、シャロンの前髪を撫で……これ以上まずい状況にならないうちに、と立ち上がる。ふと、彼女の首筋から、何かきらきらするものが零れ落ちているのが目に入った。


「これ、は……」

 間違えもしない。このかすれた傷、擦れ具合、自分が、血の滲む思いで貯め、シャロンに報酬として渡した金貨。

「ずっと、使わずに持って、」

 アルフレッドの身の内から、思いが堰を切ったように溢れ出す。



「ん…………にゃ、ちょ、待った!アル、どうした、何やって……!!」

 圧し掛かられ、手首を掴まれたまま、びくともしないアルフレッドの身体をなんとか、押しのけようとするも叶わず、そのままシーツに縫い留められる。


「………シャロンが、悪い」

「は!?何言って、」

 そのままゆっくり、彼の顔が近づいて、唇が――――――



                     ※※※


「シャロン、大丈夫か。魘され――――――」

「~~~ッこのッ」


 バチィイイン!


 渾身の力を籠めた、シャロンの手の平が、アルフレッドの頬に、炸裂した。



「ああもう、ごめん!悪かったって!ちょっと、おかしな夢を見て……」

「理不尽としか、言いようがない」

 頬を赤く腫らしたまま、膨れっ面でいるアルフレッドに、慌てて水で濡らした布を当てながら、シャロンは地面に頭がつかんばかりに謝り倒す。



「うかつに近づくんじゃなかった……」

 溜め息を吐くアルフレッドを宥めながら、シャロンはふと、少しずつ白みかけてきた、藍の空を眺め、これまで見てきた、まるで現実をそのまま写し取ったような、リアルな夢を思い返した。


 そして、思わず、隣のアルフレッドの腕を、ぎゅっと掴み、握り締める。


「痛いんだけど………シャロン?どうした」

「アル………アルは、ここにいるよな」

「いるけど……」

 それが何か、と言いたげなアルフレッドに安堵して、シャロンはもう一度空を仰ぐ。



 ――――――まるで、本当に現実に起こったことのような、そんな夢だった。



 だからかも知れない。ふと、このアルフレッドとの旅そのものですらも、ひょっとしたら夢の中の出来事かも知れない、と思ってしまうのは――――――――――。

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