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H30年4月19日付け足改稿しました。
※戦闘シーンに伴う残酷描写があります。ご注意ください。
――――――そうだ。人とは、皆、同じように、自分の限界を知り、超えられぬ壁にぶつかり、足掻き、希望を見出し、そして、また歩く。
人生は、寄せては返す波のようだ、と言ったのは、あいつだったか。
アイリッツはじっと静かに佇んだままのゼルネウスを睨みつけ、気力を奮い起こす。
飛び抜けて強靭な壁なら、さらに高く高く飛ぼう。乗り越えてみせる。シャロンたちは―――――。
振り向けば、意志を籠めた瞳のまま、彼らは頷いた。それで充分だった。
「さて……どう出るか」
そう、呟けば、
「とにかく、戦おう。これまでと同じように……そして、これまでより強く在れるように」
シャロンの答えが返ってきた。アルフレッドも隣で頷く。
「まったく、本当似てるぜおまえら」
よっ、とばかりに愛剣を鞘から抜き、ああそうだ、とシャロンに対し、
「シャロン。アルフレッドに張った結界を解け。オレが肩代わりする」
「……大丈夫なのか?その……」
言い淀む彼女にふ、と明るく笑って見せ、
「本当はもっと早くに言わなきゃいけなかった。シャロンの結界もそうだ。……悪かった」
「いや……」
シャロンはふっ、と身の回りを覆っていた風の結界を解いた。
「……信じる、ぞ、リッツ」
「これでしくじったら一生ヘタレと呼ぶぞ」
「……どこで覚えたんだその言い方をよ」
アルの台詞に一応突っ込んでから、アイリッツは強い眼差しで頷き、深呼吸してゼルネウスへと向き直り、愛剣を抜いた。
彼は、これまでとは違い、静かな空気と、それと同じぐらい静かな眼差しで佇んでいた。春空を映してそのまま凪いだ湖のような目の色をしている。
ああ、これが本当の、“彼”だ。
シャロンは瞬時に悟った。
永久の孤独、絶えることはなく。果ての見えない戦いは、一人の人間の心を壊すのに、充分な重さだ、と――――――。
思考し、その想像を絶する道程と、その足元、背後にいったいどれだけの犠牲を伴ってきたのか……。
無数に連なってきたであろう、これまでの敗者を悼む彼女の横で、
「おまえら、ついて来いよ……」
プレッシャーをものともせず、不敵な笑みを浮かべ、アイリッツが跳躍する。
同時に、小さな礫のような欠片が、そこかしこに浮かび上がる。
シャロンは、アイリッツのやろうとしていることを正確に理解した。
自身も、風を凝縮し、緩やかに、浮かべていく。
一見泡のような、凶悪な固まりがあちらこちらに浮かび上がり、揺れた。
「……始めるか」
ぽつりとゼルネウスが呟く。声音に色がつくならば、間違いなく少しくすんだ蒼の色。
アイリッツが跳ぶ。ガキリ、といつ抜いたかわからないほどの速度でゼルネウスはその剣を受け、跳ね返す。
「行こう!」
アルフレッドに告げた宣言より速くシャロンは凝縮された風の粒を集めつつゼルネウスに近寄った。その姿から半歩後ろにアルフレッドが続く。
「ッのくそったれッ」
跳ね飛ばされたアイリッツが大地に手をつき、結界を張り巡らせた。と見る間に光る細い槍のような凝縮された“気”が幾筋も尾を引いてゼルネウスに向かう。
その速度と合わせるように、追い風に乗ったシャロンが駆け、程よい距離で止まる。
ゼルネウスが剣を振るい、周辺を漂うアイリッツとシャロンの浮遊弾を叩き落とし、迫るシャロンに自ら向かい、その額へ剣を突いた。
咄嗟に上へ弾き、同時に剣をゼルネウスへ突き立て、ようとして回し蹴りを食らい、防ぎつつも横へ吹っ飛んだ。
“溜め”に時間のかかるアルフレッドが蹴られたシャロンの背後からゼルネウスの間合いを取るも、
「遅い。いつまで女に守られているつもりだ」
静かな恫喝の声と同時に腹部に蹴りを、続いて頭部を殴られ、ぶっとばされた。
次の瞬間、光の槍がゼルネウスを貫く!
かに見えたが、ぐるり、とゼルネウスを取り巻く紫紺の円上結界に阻まれた。正十字を斜めにもうひとつ重ねた円状結界はそのまま広がり、鋭い刃と化して周辺を薙ぎ払う。
少しばかり遠い位置にいたシャロンは、アイリッツとアルフレッドの避ける動きを確認し、剣を構え、アイリッツの槍と同じように、数十にも及ぶ風の刃を作り、ゼルネウスへと解き放つ!
風の刃はぶつかる瞬間その性質を変え、ゼルネウスへと絡みつき、足止めをし、そこへアイリッツとアルフレッドが剣を振りかぶった。
「……悪くない連携だ」
前にも聞いた台詞を口にしたゼルネウスが、迫る二人に手をかざす。彼の“気”が重く質を変え、彼らをそれぞれ圧し潰した。
瞬時に現れた風の刃がゼルネウスを襲う!
「!」
わずかに目を見開き驚きを示しつつ剣を抜き風を弾く。二度、三度、風はゼルネウスの結界の内側に現れ、彼を狙い打った。
「……凄まじい集中力と技巧だ。芸術だな、これは」
だが、集中はいつか切れる、と呟いて剣を突きの姿勢に構え、一気に間合いを詰めた。シャロンは同時に風でゼルネウスと自らを吹き飛ばし、アルフレッドとアイリッツの近くへ飛ばす。
ズササササ、と土埃が舞う。
待ち構えていたように剣を構えていたアルフレッドが、ゼルネウスの体をザックリと薙ぐ。次いでアイリッツが、剣を突き立てた。
ガキィ、と硬質な手応えとともに多重の円状結界が外へ向けて飛ばされ、二人の体を襲う。
「そうそう同じ手を食らうかよ、ぶぁッか!」
アイリッツが地に剣を突き立て、結界を張った。低く、地を這うようにアルフレッドが走る。
「アルフレッド!!そのままじゃ無理だ!重ねて、」
シャロンが叫んだ。叫んで同時に風を練りゼルネウスを引き留めるためぶつけ続ける。
やはり、効きはしないのか……。
アイリッツがこちらを見、頷き合い、ゼルネウスに向かう。
まず、アイリッツが、括りつけたままでいた戦輪を外し、ゼルネウスに投げつけた。
それらは違うことなくゼルネウスを襲い、虫でも叩き落とすように、彼に弾かれたものの、その勢いを殺さずまた舞い戻ってくる。
「しつこさが売りなんで」
そう軽口を叩きながら、奴のすぐ傍まで肉迫するアルフレッドの後ろからサポートに入る。
「“跪け。地べたを這いつくばり、赦しを乞え。この命の続く限り――――――”」
芝居がかったような仕草とともに、一帯が変化し、重圧を伴い圧縮された“気”が上から落ちてきた。
ドシャ、と鈍い音を立てて、仕掛けてあった風塊、礫が破砕され、シャロンたち三人に上の空間が圧しかかってくる、隙間を滑らせるように、アイリッツが愛剣を投げた。回転するそれはゼルネウスの目の前に突き立ち、道を作り、アルフレッドがそこを進む。
「突進するしか能がないなら……貫くのにちょうどいい的だな」
ゼルネウスが姿勢を低くし、合わせて剣を構えた。
「アイリッツ、なんとかしろ!」
シャロンが怒鳴る。彼女らしくない行動だ。そう思った瞬間、アイリッツは動いた。突き立った愛剣が、光を放ち、澄んだ音を立てて振動する。
「………」
ゼルネウスが呆れた表情になり、わかりやすい嘘だ、と呟く。その瞬間、振動していた剣が割れ、一斉に破片がゼルネウスを狙い撃つ!
さすがに驚いたかのように軽く身を引くゼルネウスに、アルフレッドが追い打ちをかける。振るった剣は弾かれるも、空いていた左手が宙を掻き、剣の破片を掴んでゼルネウスの腕に突き立てた。
「……」
顔をしかめ、返す剣でアルフレッドを狙うも、その剣は防御壁によって弾かれる。その隙に散らばっていた剣の破片は集まり、また一つになった。
ふぅ、と息を吐き、立ち上がりざまアルフレッドの顎を捉えて蹴飛ばし、手応えがないのに眉を寄せて剣を抜き、追って斜め掛けにその体を斬りつけた。
アルフレッドが無防備な状態でそれを受ける前にシャロンが間に入り、ゼルネウスの重い剣を受ける。
止めるため痺れそうな手に力を入れ直したところで、剣を握ったままゼルネウスがわずかに受け場所を変えつつ手を捻ってシャロンの手首を掴んだ。
え、と思う間もなく引かれ、頭からゼルネウスの剣に落ちる。
「えげつねえな、おい」
アイリッツがシャロンに繋げた腕輪を介し、薄く結界を張ったままその攻撃をずらし、ついでに横から迫ってその剣をゼルネウスに突き立てた。
ガキッ、と硬質な何かが裂かれるような、嫌な音が響く。
「人間やめてんだろ、このクソが!」
「…………人でないものになった覚えはないな」
ゼルネウスが苦笑し、“気”によってアイリッツを跳ね飛ばす。その間にと、シャロンが離脱し、距離を取った。
遠い位置にいるアルフレッドが、剣を握り締め、自分の中の何かを探るかのように目を閉じた。大胆過ぎるだろうが、おまえはよ、と突っ込みたいのを我慢して、態勢を立て直したアイリッツが、ゼルネウスへ向き直る。
………やはり、これまでの、断片のようだった彼とは違う。
肩で息をする自分と、アルフレッドの回復の時間を稼ぐためもあり、シャロンはゼルネウスに、先ほどから感じていた疑問を、投げかけることにした。
「貴方は……少し前までと、まるで人が変わったようだ。言葉、雰囲気……。そして行動も。それが本当の貴方なのか」
「………それは違うな」
シャロンの考えなどお見通しだろうに、ゼルネウスはふっと笑みを浮かべてその問いに応じた。
「先ほどまでと、今。どちらも私だ。善と悪、好意と憎悪、狂気と正気、それらはすべて表裏一体。些細なきっかけとともに、くるりと裏返る。カードゲームのようにな」
にやりと好戦的な笑みを浮かべた。が、それはすぐに沈んでいった。静かな、それでいて厳格な表情の中に。
「そう、残念だが、ここでおまえたちは終わりだ。私は私の責を果たすため、譲るわけにはいかない」
「私たちだって、負けない。絶対に負けるわけにはいかない」
シャロンの宣言にも、ゼルネウスは静かに首を振る。
「これまで、数知れずその台詞を聞いてきた。だが、私はまだここにいる。それが、すべて」
対抗手段がなければ、次はない、と低く伝えて、剣を一度、鞘に納め、深く目を閉じた。
「“落花流水”。うまいことを言う。散った命は数知れず――――――」
独白に近いそれは、彼自身の懺悔だったかも知れない。呟きと同時に、その姿が掻き消えた。
穏やかに静かに、音もなく。それは、ただぽとりと花が落ちる様にも似る。
お断りだ!
ぞっ、と怖気の走るような攻撃に対し、シャロンは咄嗟に風の多重結界を張った。突き破られ、肩から斜めにバッサリと剣筋が走る。瞬時に腕輪を通し、アイリッツがその傷を回復する。がくりと膝をついた。
ガキリ、とアルフレッドがその攻撃を受け止める。それで勢いが削げるほど、弱くはない。柔軟にたわむその剣は、受けたその力を驚くほどの粘りでもって流し、アルフレッドの右腕をズッパリと落とした。悔しさと痛みに歪むアルフレッドの左手が、ゼルネウスの腕を打つ。
「気概は、あると見える」
ポイッと斬った腕を投げ捨て、冷めた眼差しのまま、斜め下から再びアルフレッドの体を、斬りつけた。
舌打ちと同時にアイリッツが剣でゼルネウスの脇を捉え、斬り裂くも、その姿はまた再び掻き消え、攻撃前と同じ場所にゼルネウスは舞い戻った。
「あ、ぁ」
叫びかけた悲鳴を呑み込み、怒りのままにゼルネウスへと踏み込もうとしたシャロンは、アルフレッドの無事な姿を確認し、ついでにアイリッツに右腕諸とも回復されているのを知り、たたらを踏んで、わずかに逡巡したものの、立ち止まったままでいるゼルネウスに動きがないのですぐに二人の元へと跳躍した。
「アル……大丈夫か」
「死んで、ないな」
シャロンのかけた言葉に、アルフレッドが肩を動かし不思議そうに首を傾げる。
「まあ、オレはヘタレじゃないし、タフだからな。受けた攻撃を肩代わりした。感謝しろよ」
そう言って自慢げに胸を張るアイリッツの髪や額から、幾筋も汗が光り、頬から顎へと流れ伝い、零れ落ちていった。