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異郷より。  作者: TKミハル
最後の戦い
350/369

6

H30年4月19日改稿しました。


※戦闘シーンに伴う残酷描写等あります。ご注意ください。


 シャロンとアルフレッドに身体を突き刺され、ゼルネウスは目を見開き動きを止めた。肩がわずかに震え、やがて顔を上げ……首を小さく横へ傾けた。


「不思議だ。なぜ、これで倒せるなどと思うのか」


 ぱくり、とその体が裂けた。覗くのは、真の漆黒と、かすれて消えそうな、いくつかの小さな瞬き。


 溢れた奴の“力”が波動の刃となって、そこから解き放たれた。……避けられない!


 シャロンの意識はあっさり闇に圧し潰された。


 




『………さようなら』


 ――――――家を、出ていく時、確かに彼女と目が合った。


 闇の中。手に入れた安価で庶民的な服で、本当にわずかな荷物を握り締めて…………もう二度と帰らない。最後に、一度だけ。長く暮らした屋敷を振り返った。


 窓のカーテンがわずかに開き、光が漏れている……そこに佇む少女の姿。いつもより、小さく見えて、苛立ち、悲しみ、そう言った感情を堪えているような……そんな表情で、じっとこちらを見ている。


 エレナ………。


 嫌われていると思っていた。疎まれている、と――――――。あの時、彼女が何を考え、いったいどんな思いで送り出したのか…………。それは、あの、組合ギルドで初めて彼女からの手紙を受けた時の衝撃とともに、ずっと心に残っている――――――。



 駄目だ、まだ死ねない!


 そう強く念じて、気がつくと、アルフレッドとともに地面に身体が投げ出され、上半身を立ち竦むアイリッツにもたせかけていた。


「ちぃっと、ばかり、危なかった」

 震え声が上から届く。


「上半身、泣き別れ……にならずにすんだな」

 ぼそりと呟いてアルフレッドが体を起こす。脂汗を額に滲ませ、何事もなかったかのように。


 全身が、怠く、まだ起き上がれない。


「終わらせてしまうところだったな。……だがもう終わらせようか」

 何も映さない硝子玉のような瞳で、つまらなそうな表情で、ゼルネウスがにこりともせず、告げる。一足跳びに、咄嗟にシャロンたちを背後に庇ったアイリッツに、

「ここで死ね」

剣を振り下ろした。


 パシッ


「冗談ッ!言ってんじゃねぇ」

 ギリギリと両の手ひらでゼルネウスのその剣を白刃取りし、アイリッツが声を絞り出す。


 蒼褪めながらもシャロンたちが徐々に回復し、剣を構える、それを庇いながらの行動に、ゼルネウスはふと違和感に気づく。


「………剣は」

 その瞬間、アイリッツがふ、と口の端を上げて見せ、同時に、白炎がゼルネウスを包み込んだ。


 炎による灼けるような痛みにも悲鳴を上げることなく、驚いたように動きを止めて説明を促す相手に、

「おまえは、人を這いつくばらせたつもりだろうが……それで折れるほどやわじゃねえんだよ」

アイリッツが目を細めた。


「そう簡単に取り込まれるほど、弱くもないぜ、オレの意志って奴は。何せ積み重なって年季が入ってるからな。これまで散っていった無念の数だけ」

で、だ。剣を返してもらうぜ、とアイリッツがその左手を、ゼルネウスの体へ突き出し、彼が内側から光輝く。白の焔がまさしく断罪の業火のように、その長身の体を灼き尽くす。



 そう、例え踏まれても、引っこ抜かれても生えてくる、雑草のように。



 アイリッツは、そんな、やわじゃない。



 光を編んだ結界から。シャロンたちの武器に纏わせた銀の輝きから。ゼルネウスの体にアイリッツは愛剣を再構成し留めた。愛剣ゴールデンボンバーの名にふさわしく、黄金の炎を纏った剣を掴み、渾身の“力”を注ぎ入れ、その体を細分割していく。再生など間に合わぬよう力を捻じ込み、潰していく。


 アイリッツの“力”も相殺され、抉り抉られ、同じようにダメージを受け、ともに無へ落ちていく。


 これで、大部分を滅ぼすことができれば…………。


「……油断か」

 燃えるゼルネウスから、小さく、独白が零れた。

「これで終わらせる。不可能を、可能にだって変えてやる!オレは……オレは、未来の英雄アイリッツだ!」

今度は、力強く。自信を持って、アイリッツはその決め台詞を口にした。



 ………そうだ。恐怖は、心の奥に。誰にでもある。シャロンやアルフレッド、中でずっと耐えているジーク、そして、このオレにも。


 それをどう制御していくかが、乗り越えられるかどうかの境目となる。すでに知っていたことだった。少しばかり動揺して、気づくのが遅れてしまった。



「……悪かったな。これからのオレの大大活躍に期待ってことで」

 シャロンたちに向けてそう言えば、

回復サブ担当だけにならず、よかったな」

痛烈な皮肉をアルフレッドが返してきた。


「うるせー」


 そう返しながらも、思う。アルフレッドにはしっかりしろ、と何度も背を叩かれた。感謝の一言に尽きる。


 そのなんとも言い表せない感情も籠め、アイリッツはゼルネウスの体に手を伸ばし、内側から引き抜いた。もう一度。それが振りかぶられてもなお、白き炎はゼルネウスを縛り、そこへ縫い留め続ける。



 剣が迫る、長く感じられる時間の中、ゼルネウスはそれを冷静に見つめていた。存外、呆気なかったな、と心の声が言う。


 ――――――こういう時は、いつもなら、


『ちょっと待ったぁあ!仲間のピンチに、ナスターシャ見参!!』

『いや、ゼルネウス様の背後こそ、この私にお任せを!……女、どけ!』


 光のしるべ閃光シャイニング慈雨スコール


 どこからともなく、幻のような姿が形を取り、光の慈雨で炎を打ち消した。


『下がって!行くよ、“逢花炎舞連”!』

『“苛烈剣”参る!』


 こちらに武器を向けた、片方は弓に矢をつがえ、片方は幅広の剣を構えている二つの人の影。 彼らはアイリッツの剣をその幅広の剣で弾き、炎の豪雨のような矢をシャロンたちに降らした。彼らの攻撃が、アイリッツと、追撃しようとしていたシャロンたちを牽制する。



「あ……おまえ、た、ち」


『ほら下がって下がって!態勢を立て直すよ!』

『ふふふ、いつもお傍にいる私を忘れてもらっては困ります』



 予測不能の出来事に固まり、おぼろな姿の二人の攻撃を受けるシャロンたちの前で、一、二歩後退ったゼルネウスは、片手で目元を覆い、空を仰いだ。


「は、は、ははは…………私も、甘い、な」

 ずっと、ともに苦難を乗り越えてきた。窮地に陥る度、背中を預けてきた存在。


「すまない……ありがとう」

 一度引き、しっかりと足を踏み据え、剣を握り直した。ゼルネウスの言葉に二人とも笑みを浮かべ、こんなことなんでもない、というように手を振り、消えていく。



「くそ、せっかくのチャンスが!てか、今の、は」

 一歩下がってぎらぎらと闘志の溢れる目で睨みつけ、アイリッツは呟く。仲間かのじょらの会話は、三人には届かない。それは、彼の心の内に。


 シャロンは目を見開いていた。薄っすらと影のような姿のうち、髪を一つ結びにした小柄な少女には見覚えがあった。


「アーシャ……?」


 少女の姿はもうすでになく、シャロンのその問いに答えが返ることはない。



 空は青く晴れている。同じような心持で、ゼルネウスは垂れていたこうべを上げた。余分な澱が削がれ。バラバラで散り散りになっていた感情の欠片ピースが一つになり、くっきりと鮮明になっていく。



 彼女と最後に交わした言葉を思い出した。……そうやすやすとやられはしない、と話したことを。そして――――――。


 ゼルネウスは、今初めて目覚めたかのように、辺りを見回し、二、三度瞬きをし……こちらを油断なく見据え対峙しているシャロンたちに改めて目をやった。




「ふ……惜しかったな。だが、ここまでだ。私は、そう簡単に失うことのできる、命ではない」

 ゼルネウスがそう、目を細めて宣言した。

「クソが。言ってろよ。オレたちは必ず勝つ」

 シャロンとアルに、ちゃんと世界を取り戻してやらなければいかないからな、と内心独りごつ。そして、彼らの無念を晴らすためにも。


「ええと……ついていけてないんだが。今の攻撃は……相手にどのぐらい効いたんだ」

 ふらつく頭を振り、シャロンが尋ね、

「悪運が強い野郎だ。どのぐらいになるかはわからないが、大部分は削った。少なくとも無限に近くはない」

強敵を見据えながらのアイリッツの返事に、

「まったく参考にならないな」

「それは…………心強い言葉をどうも」

吐き捨てたアルフレッドの台詞と、シャロンの苦笑混じりの言葉が、綺麗に重なった。

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