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※戦闘シーンに伴う残酷描写があります。ご注意ください。
H30年4月19日付け足し改稿しました。大筋に変更はありません。
ゼルネウスとの攻防は、なおも続く。幾つか傷を受け、回復し、そして再び剣を抜く。戦いながらシャロンの頭には疑問符が浮かんでいた。
なぜだろう、先ほどから、ゼルネウスの考えが……読めない。こちらの実力が上がった、にしても……奴が攻撃を食らう、この頻度……なぜこちらを試すような真似を……いったい何を考えている?
シャロンは、荒い呼吸を整え、油断なくゼルネウスの動向を窺いながら、楽しそうに戦い続けている彼を見た。
「何ぼさっと立ってるんだ!」
「シャロン!奴の攻撃が来る!」
わかっている、と二人に合図して、散開し、刃のような‘気’をぶつけ同時に剣を突いてきたゼルネウスを避け、を取りつつまた隙を狙う。
おかしい……前は、もっと鋭く、研ぎ澄まされた攻撃だった。
……ああ、違和感がやっとわかった。表情が笑っている。目にも楽しそうな色が浮かぶ……。だが、彼は芯から楽しんでるわけじゃない。彼の大部分は凍りついたまま。ひたすら冷酷に、冷徹に審判を下す。
遥か高みからーーーー。
アルフレッドが先攻を取って飛びかかり、同時にこちらも三重に連ねた風の刃を放つ。難なく跳ね退けたゼルネウスが剣でアルの胸元を突くのを、風で退けさせ、襟元を掴む。
「ぐ」
「悪い」
厳しい表情でアイリッツが、すぐ回復する、と駆け寄り、アルフレッドの腕を取る。よくよく見れば、アルの汗が多く、呼吸も浅い。
毒か。いつのまに。
「……つれないな」
そう言ったゼルネウスは、しかし待ち構えていたかのように剣を頭上でぐるりと一閃した。そう、それは波動のように広がり、上からシャロンたちを圧し潰す。
呻き声とともに横倒しにされ、身体にギリギリと魔力の壁が迫る。
「シルウェリスのいうように……こうして自分の魔力を操るのは、確かに変化に富んで面白いかもしれないが。………私の好みではないな」
ゼルネウスがのんびり話すあいだにも、緩やかに壁は上から重みを持って、シャロンたちを圧し潰そうと落ちてくる。
「さて。避けられるかな」
ゼルネウスが‘構え’を取った。
「アイ、リッツ!」
「わかってる!」
アイリッツがゴールデンボンバーを魔力の壁に突き刺し、わずかに持ち上げた。シャロンが隙間からゼルネウスに向かって分厚い風の刃を放つ。もちろん、効きなどはしない。
風を受けたわずかのあいだに抜け出し、ゼルネウスに剣を向けた。
アルフレッドは、壁の下で器用に剣を取り、地面へ向かい自らの溜めた“気”を叩きつけた。間隔を狭く、3つの爪痕のように。
「尊い自己犠牲か」
「違う」
剣が振りかぶられる一瞬、ゼルネウスと自分とを厚く風の膜で覆う。当然風がぶつかれば、跳ね返される。
勢いよく跳ね飛ばされたシャロンに、刃の追撃が来た。
ゼルネウスは止まらない。彼自身は地面深く潜ろうとするアイリッツとアルフレッドの元へ。
ギンッ!
シャロンは咄嗟に、風と、自らに嵌まった腕輪を刃の盾にした。狙い違わず、それは刃を受け、霧散させる。
「…………」
ズシャァアア、と地面に叩きつけられながら態勢を立て直し、アルフレッドたちを見やるが、土煙で確認が取れない。
剣を持ち低く低く斬り込んできたゼルネウスをアイリッツが受け、アルフレッドがそのさらに下、地中から狙い打つ。
「フン、甘いな」
ゼルネウスは一歩引き、突き上げてくるアルフレッドの剣の柄を怖ろしいほどの正確さで蹴り、踵を頭に叩き込んで踏みにじった。
「クソが!」
アイリッツの剣が持ち主の意志により二つに分かれ、左右よりゼルネウスに斬りつけにかかる。
ビシッ
狙ったのかどうか。罅の入った魔力の壁は無数の破片となって二人に降り注ぎ、風に覆われているアルフレッドの身体にさえ少なからぬ傷を与え突き刺さり、ゼルネウスはシャロンの動向を探るためいったん距離を取った。
背後を取るはずだったシャロンも、それに合わせ跳び退り、距離を取る。ふ、と溜め息を吐いた。
アイリッツがその隙に、とアルフレッドを回復する。
攻撃すれば、相手は傷つく。血も流してみせる。だが………それだけだ。すぐに奴は回復し、優位なことには変わりなく……こちらもアイリッツによって回復し、戦いは終わらない。
そもそも、あいつの力自体、底が知れないのではなかったか。私たちは、ただひたすらに、闇雲に踊らされているのでは、
ゼルネウスがふ、と口の端を上げた。奴が剣を振り、刃が間近に迫る。斬られた、が、浅い。髪一重で避け、一撃を加えるも、捉えきれていない。
側面からの強力な一撃。アルフレッドが復活し、シャロンの元へ庇うように立つ。
だが、まるで……まるで、ギリギリの攻防に見せかけ、遊んでいるようなそれが……錯覚でないのだとしたら。
シャロンは足元を掬われるような心地に陥った。だとしても、全力を尽くす他に方法はない。いや……本当なら、唯一の打開策は。
汗ばむ手で固く剣を握り締め、息を深く吸い込んで再び、自分を勇気づけ、また相手を睨み据えた。
……気づいたか。
シャロンの変化、その様子にゼルネウスは目を細めた。
永の時。少しぐらい遊んでも許されるはず。……すぐに終わってはつまらない。あれこれと手を変えれば、それに追従するように技巧を上げ、連携を増す彼らの姿は、見ているだけで、胸がすく思いがした。
例え肉体が滅んでも、ここに取り込まれてしまえば、永遠に生き続けられる。……そう、その性質が変わるまで。未来永劫に戦い続けることでさえ可能。
足掻き続けていればいい。真の絶望が襲い動きを止める、その時まで。
彼らは、きっと良き住人になるだろう。
そう、ゼルネウスは嗤う。アーシャが目にしたら悲しむだろう、その表情で。
……さて、あいつはそれを指を加えて見ているのかな?
戦いの始まりより、常にじわじわと自身のまわりを狭められ、圧迫され、油断すれば抉り取られるような、嫌な感覚を覚えていた。ギシギシと身が軋む。奴の‘力’の重圧を肌で感じている。飛ぼうにも飛べず、押し潰されるしかないような。
シャロン……アル……二人とも疲弊している。底が見えないからだ。終わりの見えない戦いは、精神を削ぐ。
……わかっている。ここはそこに存在する者の精神が響く世界。心の状態によって、その存在は揺れ動く。
力を追い求め、本能で動けば、理性を失う怪物に、逆に、冷静であり、理論的であればあるほど、ヒトとして限界値が設定される。
英雄は、感情を切り離し、いくつもに分けた。慈悲や迷いは“アーシャ”として形を取り、挑戦者に助けを出す。
残りは、ひたすら無慈悲に、侵入者を排除、もしくは取り込むことのできるように。
………奴は、強い。今まで吸ってきた命の重みが、奴を満たす。
アイリッツに知らず、滲む涙。それを乱暴に拭い、もう一度、蒼褪めた表情の二人を見やった。
アーシャの言っていた言葉が蘇る。
『今回は、幾重にも幸運が重なっている。『今回は、幾重にも幸運が重なっている。魔道具とそれを使いこなし素質ある者に加えて、特異なこいつ(アイリッツ)の存在。……でもそれでも、勝率は、三割、四割を切る』
……だから、どうした。
手を強く握り締めた。そもそも、オレは何のためにここに来た。オレの願いは――――――。
「は、こんなものなんでもねえ。不可能を可能にだって変えてやる。オレは、未来の英雄アイリッツ様だ!」
重苦しく一帯を支配する奴の“力”に負けないよう、頭を上げて。
その低く力強い宣言が聞こえたのか、シャロンとアルフレッドがこちらを見た。
「力を、貸してくれ」
「作戦は」
「……めいっぱいの力を、奴にぶつけてくれればいい」
静かに問いかけてきたシャロンに、こちらも静かに返した。
これは、第一歩だ。挽回のチャンス。
「ちょっと情けないとこが多かったが、これからの活躍に乞うご期待!ってとこかな」
そう宣言するアイリッツをアルフレッドが呆れたように見やったが、何も言わず再びゼルネウスを見据えた。
奴は、相変わらずそこに存在している。やれるか……?いや、やってみせる。
アイリッツは腕輪に、慎重に力を籠め、同時に、彼らの武器を自身の一部で覆った。
「ほう?……なるほどな」
ゼルネウスが余裕の笑みを見せる。
本当は、もっと早くに出来た。しかし、こちらも、相手も、強固な覆いを持たないエネルギーの集合体。場合によっては、やすやすと奪われてしまう、オレの“力”。
アイリッツは、再び湧き上がる迷い、不安をどうにか打ち消した。
「がんばってくれよ……オレの愛剣」
剣に手をかざし、すぐさま構えたアイリッツをきっかけに、シャロンたちは、ゼルネウスに仕掛けた。ゆるく、そして、急速に。風を練り、攻撃に対する備えをつける。
ゼルネウスが剣を構え、振った。あの攻撃ではない。アイリッツによって可視化された刃がを纏い、放たれる。
「くっ!」
風を操り、避けるが、放たれた刃は、無軌道に動きを変え、シャロンたちを狙い打ってきた。まるで、嬲るように。
――――――本当に遊んでいるのだ。
シャロンの背筋が総毛立った。アルフレッドと向き合い、頷き合う。
シャロンは、空気を凝縮し、小さな塊としていくつも浮かばせ、風に乗せる。まさかアルやアイリッツが当たるようなことはないと思うが………戦闘に熱中してればわからない。
「気をつけて」
そう声をかけ、離れた。
「…………」
ゼルネウスは楽しそうだ。彼は、ずっと楽しそうだった。
………奴の心が、わからない。
銀の光を放つ剣を構え、対峙する。風を使い、ゼルネウスを縛る。
ゼルネウスが構え、ふ、とその姿が掻き消える。狙いは、アイリッツ!
「……愚策だな」
その頭へし折ってやろうか、と髪を掴み引き上げながらアイリッツにささやく。ボギッ、と嫌な音がして、ゼルネウスはすぐさま離れ、折られたかに見えた首をアイリッツはゴキゴキと鳴らした。
「効くかよ、そんなん」
そう言いながら、その顔には汗が溢れている。今ので溜めていた“力”を一瞬で折られ、散らされた。
…………わかっている。わかっている、つもりだった。
「シャロンたちに豪語しておいて、これか。情けねえなあ」
はは、と力なく笑う。
ゼルネウスに掴まれた一瞬、自分の奥底から、消えるのは嫌だ、という感情が、確かにあると感じ取れた。
決意を固めたはずなのに。
奴は、それを知っている。
「アイリッツ……、先に行く」
シャロンがそう言って、ゼルネウスに向かった。死地へ。それでも、こっちのことを信じて。
まだオレはうごけ……。
ゴツッ。
「痛ッ!なにしやがんだ、アル、」
「勘違いするな。おまえに頼ったりなどしてない」
冷ややかな視線を投げ掛けて、シャロンの後を追う。
「おまえはいつもそうだよな……」
アイリッツはがくりと膝をついた。手を大地につく。脱力したように……相手を油断させるように。もしくは、祈っているように。
そんな、簡単に騙されてくれない相手だが、これからやることを少しでも悟られてはならない。
手を放す。目を閉じる。シャロンの剣を覆う‘気’を拡大し、ゼルネウスに斬りつけ、絶妙なタイミングでアルも攻撃を重ねた。
「………つまらんな」
本当につまらなそうにゼルネウスが剣を予備動作なく振りかぶり、確実に二人の頭を獲れるよう振り下ろした。
その下の地面から、アイリッツが結界を張る。光が彼ら三人を囲むように満たす!
「シャロン、アル、チャンスだ!フィールドをオレの‘気’に塗り替えた。少しなら、奴の動きを止められる!」
彼が叫んだ。だが。
「それだけか?」
それでもゼルネウスは止まらない。振り下ろしたその剣は狙いどおりに、彼ら二人の頭を、ズシャ、と果実のように砕いた。
「……これは」
ザザザシュッ
あれ、死んだはずじゃ、と驚くシャロンの前で、彼女と彼を模した金糸がほどけ、無数の長い針となってゼルネウスを貫き、その体を刺し留めた。
アルフレッドも驚いたように目を見開いている。
「そういうことか。しかし、取り込むことはたやすい」
目を細める彼に、
「私たちがいる」
「忘れるな」
とシャロンとアルフレッドが、ゼルネウスの身体にそれぞれに剣を突き立てた。