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血生臭くてすみません。
※戦闘シーンに伴う残酷表現や流血描写、多少グロテスクな描写があります。ご注意ください。
荒野を哭くように風が渡っていく。
ゼルネウスはどこか面白がるように片刃の剣の背で、トン、トン、と肩を叩き、アイリッツがこちらを庇うようにその前に立つ。
「…………?」
シャロンは違和感に首を傾げるも、すぐにいつもと剣が違うと思い至った。
「リッツ、それは……いつもの双剣じゃないのか?」
「ああこれか。双剣じゃリーチが足りないからな……。これが、これこそがオレのもう一つの愛剣、“ゴールデンボンバー”だ。ここに名前も書いてある」
そう言ってアイリッツは、名前入りの柄をちらりと見せた。
いや、それよりも。
「ゴールデン、、、ボンバー?」
至極、至極真面目にリッツは言っている。冗談の欠片も見えない。
アイリッツの命名センスの無さは真性だと、はっきり理解した瞬間だった。まあ……今更か。
「もういいか?」
対峙したままのゼルネウスが待ち兼ねたように言う。
「用が済んだのなら……いくぞ」
殺気が迸った。強力な‘気’が。奴の狙いは……アルフレッド!!
ゼルネウスの剣が宙を薙いだ。わずかに彼が目を見開く。
ああ、どうしてこんなにも、私は冷静なのか。この気持ちを、なんと表現したらいいのかわからない。
胸の奥をやんわり締めつけられるような、冬の清々しい朝、ふと目覚めた時のような、この気持ちを。
風が、唸り、ゼルネウスを抱擁した。
「ァアアアアッ」
アルフレッドが吠え、同時に跳ぶ。
彼を捉えた。ゼルネウスがアルフレッドの剣を受け、流しざまこちらに来る。
怖ろしく、鋭い判断だった。シャロンの眼前に手が迫り、首を掴む。
牽制か右手で剣を提げたまま首を捉え、片手でギリリと絞め上げたゼルネウスは、眉根を寄せる。
……おかしい。なかなか死なない。
そこにアルフレッドの強力な追撃が来た。咄嗟にシャロンを振り捨て、避けようとしたその手がガチリと掴まれる。
「ッ」
ゼルネウスを、強い意志を湛えたシャロンの眼差しが射抜いた。同時にアルフレッドの刃が襲う。
「ッ小賢しい」
シャロンの腹を蹴り、後方へ避けるも、わずかに遅く。脇腹に一撃を食らい、半歩たたらを踏んだ。剣を薙ぎ転じるは反撃。しかしその剣は間に合わず、追い縋ろうにも足に風が絡みつく。
舌打ち一つ。
ゼルネウスは一度剣を収め、身を引いて体勢を立て直した。同じく、シャロンも蹴られたみぞおちを抱え、距離を取る。
「ああ、ちくしょう……」
割って入ることさえ出来なかったアイリッツは、泣き笑いの表情を浮かべた。
「こいつらは、こんなにも成長してたのか」
仲間と戦うことの力強さを感じ、闘志が沸き立ってくる。そしてすぐさま喉と腹を共に傷めたシャロンを回復させるため、傍に移動した。
ゼルネウスは静かに先ほどの状況を分析していた。あの、掴んだ瞬間を思い返す。
「服と喉のわずかな隙間、そこを強化したのか……なかなか、やる」
まだまだ楽しめそうだ。そう考えて、悪鬼のようににやりと笑う。
アイリッツはシャロンに治癒をかけながら、大丈夫か、と尋ね、
「まあ、それなりに。ありがとう」
思ったより痛手を負っていないシャロンに驚いた。
アルフレッドは少し離れた場所で、蹲るように地に伏せている。
あちらの方がまずいのか、と行きかけたアイリッツをシャロンが引き止め、首を振る。
「アルは、大丈夫だ。それより、ゼルネウスを」
シャロンがそちらを向く。果たして彼は、そこに立っていた。迷いも戸惑いもなく、ひたすら前を見据える強烈な眼差しのまま、口元に笑みを浮かべ。
キン、と空気が冷えている。
「アイリッツ……辛い戦いに、なる。広く縦横無尽な、風のような速さで、私たちをフォローして欲しい」
そうシャロンが言うあいだにも、ゼルネウスが剣をすらりと上段、剣先が頭よりも高くなるよう構えた。
ふ、とその姿が掻き消える。
来る、いや、来た。
シャロンは咄嗟に自分のまわりを放射状に吹き飛ばした。アイリッツごと。多少は緩んだゼルネウスの動きにかろうじて剣を掲げて受け止め、風とともに弾く。
「シャロン!」
アイリッツが叫ぶ。小手調べなのか、フェイントのつもりか。それ以上踏み込まず、ゼルネウスは横に半転しアイリッツを狙う。その“気”を奪い取るはずの攻撃が、当たると同時にアイリッツを弾いた。
「は、私を、嘗めるな」
先ほどの攻撃の際、シャロンはアイリッツが避けられるよう風で彼の剣を覆っていた。その風が、ごっそりと彼の剣に吸われ絡め取られるようにして渦を巻く。
「……まず、い」
強大な、竜巻と呼ぶのが生ぬるいほどの逆風が、ゼルネウスの剣へと収束する。
アルフレッドは、ずっとそれを見ていた。こちらを軽く踏み潰さんばかりの巨大な力。ずっと体が震えて、止まらないほどの…………。
いや……これは、恐怖ではない。
アルフレッドの口が自然と笑みの形に、にィ、と吊り上がる。
彼は、地を蹴り、低く跳躍し、駆けた。
この状況で!
アイリッツが舌打ちし、止めるため動こうとするも、シャロンが叫ぶ。
「リッツ!待った!」
「なんでだよ!あいつ死んじまうぞ!」
アイリッツも叫び返す。
「頼む!先にアルを回復してくれ!」
ゼルネウスの風は、解き放たれ、凄まじい威力の刃がシャロンたちを斬り刻んだ。シャロンの風は盾となり、かろうじて命を残し、べしゃりと倒れ込む。
土煙で視界が遮られる中、何か、血塗れの獣としか呼べないおぞましいものが、風の圧力が止んだゼルネウスへと向かう。
まだ迫り来るそれを見て顔をしかめ、ゼルネウスの剣が振るわれる。
「~~~~ッ」
アイリッツは叫んだ。無数の礫がゼルネウスに飛来し、それと同時にその‘力’はアルフレッドの腕輪を介し、その身体を回復する。肉迫したアルフレッドに対峙するゼルネウスの腕を、礫が抉り、傷つけた。
「ッは」
腕の一部を裂かれてもなお、ゼルネウスは余裕がある。すぐさま剣でアルフレッドの胴体を薙いだ。
「……糞が」
斬りつけたはずのアルフレッドは遥か後方に吹き飛ばされ、思ったより手応えがない。まだそんなことができたのか、と、倒れ伏しアイリッツの“快癒”を受けているシャロンを睨みつけた。
アイリッツは飛ばされ血の気の失せたアルフレッドを引きずるように連れ、もう一度治癒をかけつつ、
「ひどい……戦い方だ。おまえらもう少し考え……」
と顔を歪めて告げ、
「考えるあいだにやられる」
シャロンが冷静に答えた。
「アル……大丈夫か?」
ポンポンと頭を撫でるように叩くシャロンに、ああ、いけるとアルフレッドも平然とした様子で返している。その様子を眺め、
壮絶に過ぎる。だが……こうなることは、すでに、彼らと行動を共にした時点で、わかっていたことだった。ただ……オレは、ずっとずっと、甘かった………。
押し寄せる後悔でアイリッツが打ちひしがれるあいだにも、状況は進む。
ゼルネウスがすぐに腕を癒し、凄まじい笑みを浮かべながら、
「なかなか意表を突くやり方だ。しかし、それで保つかな」
そう問いかけ、
「さあ……わからない」
シャロンがそれに首を傾げた。
「貴方を倒す糸口になれば、と思っている」
あくまでも真面目な表情を崩さずに返すシャロンの目は、ただ、ゼルネウスを憎むでもなく、怖れるでもなく、静かで穏やかに凪いでいる。
その頑是ない子どもにも似た眼差しにかすかに尊敬の色が浮かぶようにも見え、ゼルネウスの心に、小さなさざ波が走った。
「……なぜ、そんな眼差しをする」
思わず心の内が漏れた。
「さあ……私にもよくわからない」
シャロンは小さく苦笑した。
心の中には確かに、恐怖に顔を引きつらせ、足りない、力が足りないと嘆き悲しむ自分も存在するが、それを冷静に見つめることができている。同じように、相手を見れば、やはり感じるのは、ただただ、悲哀。
その永きに渡る道程を想像することは困難だが、彼は。ただ、絶望的な壁にぶつかった者がそうするように、不屈を取り、慈悲を捨てただけ。
そうか、とそこでシャロンは気づいた。……私も、すでに選んでしまったから、ここまで冷静でいられるのかも知れない。
「修羅の道を歩んできた貴方に恨みはない。畏れはあるかも知れないな。率直に言って、決して並大抵の精神では成しえないことだから」
シャロンは目を伏せた。
「……褒めたとて、手加減はせぬ」
ゼルネウスが目を細める。
「あ、それは……考えてなかったな」
困ったような表情のシャロンに、ゼルネウスが、ふっ、と笑んだ。
「残念だったな。おまえたちはここまでだ」
柄に手をかけ、構えを取る。
シャロンはまだ困ったように眉を寄せたまま、
「私には、守りたいものがある。だから、貴方に勝つ」
そう告げて、黙って二人のやりとりを見守っていたアルフレッドとアイリッツを振り返った。
「来るぞ」
心に葛藤を抱えながらもゼルネウスを見据えたアイリッツが告げ、シャロンと視線を交わしたアルフレッドが真っ先に動いた。剣を下から上に薙ぐ。シャロンが風の刃で囲む。一、二、三……数十。
ゼルネウスは構えを崩さず、余裕の笑みを浮かべて剣を弾き、
「さて……これはどうかな。“跪け”」
ドス、と周辺一帯の空気が重たく、シャロンたち三人を圧し潰した。風が制御を失い、掻き消える。
文字通り圧力に跪かざるを得ない三人に笑みを浮かべたまま、ゼルネウスが刀を一閃する。
「くそッたれッ」
アイリッツが結界を張り、それでも一瞬で重傷までに追いやられた二人を即座に回復した。
「む……やはり年か」
どうもいけない、と肩をゴキ、ゴキリと言わせ、ゼルネウスが手をかざすと、アイリッツが衝撃でふっ飛んだ。
邪魔なものをどかし、シャロンとアルフレッドに向かうも、二人は散開し、ゼルネウスを挟み打ちにするも、ザクリとシャロンは肩、アルフレッドは腕を抉られ、
「………!?」
慌てて距離を取る。
ゼルネウスの追撃は、ない。
「何事も、やってみるものだな」
いつのまにかゼルネウスの左手に鉤爪が装備され、血と肉と脂でぎらつく。
ひゅぅ、と息が詰まり、シャロンとアルフレッドが膝をつく。アイリッツが回復しに戻るも、その瞬間をゼルネウスの剣が捉えた。
「《さよならもう一人の私》!!」
ここぞ、という時一回しか使えない身代わり人形を盾に、アイリッツがその攻撃を避け、斬られた身代わり人形の胴体からは長い長い銀の髪の毛が伸び、ゼルネウスを拘束しにかかる。
拘束もできずザクザクと斬られはしたが、その隙に、アイリッツは辿りつき、毒が全身に回るシャロンとアルフレッドになんとか“治癒”をかけた。