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※戦闘シーンに伴い、残酷描写、暴力表現等があります。ご注意ください。
H30年、4月19日付け足し改稿しました。
――――――『見てろ!俺は未来の英雄アイリッツだ!こんなもん、なんでもねえって、証明してやる!』
自信たっぷりに、不敵な笑みを浮かべ。まるで光のようなその姿、生きざまは、幾人かの心にくっきりと跡を残した。
※
二人を囲んで防御と回復の結界を張り、その前に立つアイリッツは、こっそりと目の上に垂れてくる汗を拭い取った。
封印はどうやら時間制限つきだったらしいが……先ほどから、どろりとした圧し掛かるような空気が、気持ちが悪い。
外の大部分はゼルネウスに吸収された。今戦うこの場所は、奴が作り出した、奴の、心象世界、といってもいい場所だ。つまりは、あいつの黒い腹ん中、のようなもの。
脂汗を拭い睨みつけるアイリッツと対峙しながら、ゼルネウスは剣を構え、少し思案する仕草をした。
少しばかりはしゃぎ過ぎたかも知れない。久しぶりの戦いだから。
……アーシャの呆れ顔が目に浮かぶようだ。
ゼルネウスは、波が引くようにすっ、と冷静さを取り戻した。
そのあいだにも足は大地を蹴り、手は剣を抜きアイリッツとの間合いを詰める。
アイリッツは顔を引きつらせつつも即座に剣を抜いた。
ガ、キッ
相手の狙いは違わず首。……怖えよ、おい。
このデカブツめ。いきなり無表情で襲ってきたと思ったら。
心の中で文句を言いつつその刃を何度か剣で受ければ、細身の剣がしなり、跳ねて弧を描く。
ふ、と奴の口の端が上がるのと同時に、たわんだ反動とともに刃が反転し斜め下から反って頭を低くしたアイリッツの真上を薙ぎ、それにわずかに気を取られた瞬間みぞおちにゼルネウスの蹴りが入る。
怯めば、やられる。
二発目の蹴りを剣の柄で受け、その反動で取ったはずの距離はやすやすと詰められ、今度は剣がアイリッツの肩すれすれを斬りつけた。
「しつけーんだよこの老いぼれ!」
「……品が無いな。目上に対する態度を習わなかったのか」
「こちとら孤児だっつーの!」
蹴りと剣での応酬。くそ、圧倒的に体長が足りねぇ!
今一度銃を取り出し、至近距離で発砲した。距離を取るために。
ギィンッ
やすやすと弾かれるも、間合いが開く。
「ふむ。動きは良いな。頭の回転も速い」
それだけの腕がありながら、惜しいことだ、とヒュ、ヒュッと剣を振ってゼルネウスは呟いた。
こいつは、嘗てのアイリッツを本気で惜しんでいる。
直感的に悟り、
「余計なお世話だ、クソ野郎!」
激昂して叫んだ。もちろん、迂闊に飛び込むような愚は犯さない。
与太話であろうと、時間稼ぎのチャンスを、わざわざ、無にするようなことは――――――この時間稼ぎに、意味はあるのだろうか。彼らが起きたところで、
とそこまででアイリッツは首を振り、ともすれば弱気になりそうな思考を吹き飛ばした。
ふ、と奴がこちらを見た。
「――――行くぞ」
剣が、腹を薙ぐ。真っ二つにするほどの、容赦ない攻撃、二度、三度と襲う鋼の刃をしかしアイリッツは避けない。ガチリ、と剣が腹に潜む何かに捉えられ、動かなくなる。
「まったく斬ッといてそれかよ。ニ番手だ。《バルバロッサ、カモン!!》」
アイリッツの腹にズラリと尖った牙が並び、ガチリと剣を捉えた。刺さった刃が、カジガシと咀嚼され、喰えるモンではないとばかりに、ペッ、と吐き出され、ゼルネウスが突き、の形に構えを取る。
腹にできた口が開く。中から、もう一回り小さな口がズルリと硬質な牙を持って現れ、その細く長い硬殻の首を伸ばす。そしてアイリッツの腹から、それを喰い破らんばかりに、細い八つの足と鎌が飛び出し、やがてズルズルとそこから、百足と蟷螂と蜻蛉を足したような奇妙な魔物が現れた。
「マジきもいぜ、誰だよ腹に召喚陣仕込もうなんて考えたヤツは!」
アイリッツが元に戻った腹を押さえ、纏わりつく粘液を振り払うかのように羽を羽ばたかせる魔物を心底嫌そうに見た。
「ああ、あれは面白かったな。産み出した本人が腹を裂かれ死んでなければ、もっと面白い戦いとなっただろうに。……こういった類の魔物は、懐かしくもある」
過ぎ去りし日でも思い出しているのか、ゼルネウスが目を眇めた。奇妙な魔物は細い足で素早く幾度か飛び跳ね、羽を震わせ鎌をもたげて獲物へ狙いを定めた。
今度こそ、とアイリッツは銃を取り出す。あの殻は簡単には壊せない、はずだ。
しばしの時間稼ぎにしかならないことはわかっていながらも、アイリッツは怪物がか細い羽根を震わせ跳び、襲い掛かるタイミングに合わせて引き金を引く。迷わず素早く動き回る怪物の関節に剣を突き立てるゼルネウス目掛けて。
その瞬間。
ビュン、と何かが投げつけられ、弾道から魔弾をはじいた、アイリッツの心臓へ到達する、その前に咄嗟に銃で庇い、叩き落とす。
魔物の、足の一部。
その細い切っ先が刺さり、パキ、と音を立てて、銃身が割れた。
くそ、これほど早く……
アイリッツの目の前でゼルネウスは、パズルでも解くように、硬いはずの魔物を再起不能なまでに解体した。
ああ、所詮これらは二番煎じ。すでに奴の知るところであり、決定打にはなれない。それを痛感しつつもアイリッツは、
「これで終わりか?」
「違ーよ」
諦めず懐から数十枚のカードを取り出し、放った。そのカードがゼルネウスを突き刺すより早く、アイリッツに接近する。
ガキッ、と音を立て重い剣を受け、
「この糞力!脳みそまで筋肉に変わってんじゃねえのか、ボケが!」
悪態を吐くアイリッツの先で、目標を見失いあらぬ方向へ飛んでいったはずのカードがくるりと翻り、ゼルネウスに襲いかかった。突き立つのではなく、そう見せかけてバサバサバサ、と剣と右腕に、それから数を増やし全身に覆い被さっていく
封印しながらも力を吸い取る魔法紙。数多の白紙に包まれていく奴の身体に、一気に剣を、叩き込む。
「"禍ガ断チ"」
斜めから紙ごと、剣に魔を滅する力を凝縮し振り下ろすアイリッツに、ザク、と鈍い感触が返った。
背後に気配が立つ。アイリッツは咄嗟に跳んだ。
ザシュ、と背中の皮一枚で斬られ、すぐに追い打ちが斜め下からきた。受けた。しかし先ほどとは比較にならないほどの重さに、アイリッツの身体は遠くの岩壁にふっ飛ばされ激突した。もうもうと土煙が立ち込める。
「まあ、悪くはなかった」
ゼルネウスはゴリ、ボキボキッ、と首、ついでに肩と、指も動かして音を鳴らす。
どうも、体が固くていけない、などと嘯き、急ぐでもなくアイリッツが来るのを待つ。
「おや」
いつのまにか空中に、無数の岩石が浮かんでゼルネウスを取り囲んでいた。重力に引かれる隕石のように、凄まじいスピードで彼に落ちていく。
「……ふむ」
ゼルネウスは特に焦ることもなく剣に魔力を籠め、大きく真円を描くと、そこから魔力放出して頭上の岩々を一掃する。しかし彼の横をぐるりと取り囲む岩は止まらずゼルネウスへ衝突した。わずかにタイミングをずらし、アイリッツが下から、足から胴体を剣で薙、
ゴッ!
薙ごうとして、足で蹴り飛ばされた。粉微塵に岩を粉砕したゼルネウスは次いで下に真円を描き結界を張り、残りの岩とそしてアイリッツも同時に吹き飛ばす。
すぐさま地を蹴り、飛ばされたアイリッツに追いすがり、顎と胸倉に二三発拳を叩き込み、回し蹴りからの踵落としで地面に叩きつける。
同時に、剣を抜き、地面すれすれに倒れ伏せかかっているアイリッツに一閃した。大地から砂が巻き上がり、アイリッツの身体は……いや。今のは当たってない。
短く舌打ちをし、魔力による索敵をかける。頭上後方斜め上。
ゼルネウスは振り向きざま、剣に魔力を入れ薙ぎ払いと同時に、奴目掛けて叩きつけた。
気分がざらついている。悪夢を見た後のように。
ふっ、とシャロンは瞼を開いた。地につけていた顔を上げ、パラパラ落ちる砂を払う。そして、我に返る。
アルは、どこに、
……隣で寝ていた。無事だった。辺りは変わらず、遥か先まで続く、赤土の大地。
――――ッドシャアッ
何か、が降ってきた。それは、地面に激突しながらもすぐさま起き上がり体勢を整え体を低くして剣を構えた。
「…………リッツ!?」
「あ、よ、よお、遅かったじゃねえか。ちょ、ちょっとこっちも、取り込み中でね」
飛ばされたアイリッツが、目のすぐ上からだらだらと血を流しながらもひらひらと片手を上げて挨拶した。、よく見れば顎には青痣、体のあちこちもぼろぼろになっている。
「おい、そこのアルフレッドを叩き起こせ。……来るぞ」
睨みつけた先から、黒い服のゼルネウスが、やってくる。足取りも軽く……鼻歌を歌わんばかりに笑いながら。
この世界を統べる者………最初から話が通じるとは思わないが……それにしても。
この隙にととアイリッツが、ぴくり、と瞼を動かしたアルフレッドの手首にくるりと指で輪を描き、シャロンが身に付けているものと同じ、腕輪を創り出した。
「ま、気休めにしかならねえけどな」
じっとりと脂汗を浮かべながら、ゼルネウスを睥睨する。
シャロンは咄嗟にアルフレッドを掴み、後方遠くへ飛び退った。ゼルネウスの振るう剣とともに轟音を立てて大地がへこむ。
「いきなりか」
呟く声に反応して、ゼルネウスは首を傾げた。
「何を話すことがある?することは決まっている」
まあ確かに、会話には意味がない。肩を貸すアルフレッドは、とうに目覚めているが、顔を伏せ、細かく震えている。……無理もない。
なんだろう……奴を見ていると………勝てる気がまったくしない。頭の一部が麻痺してしまったようだ。恐怖も感じない。
「もう始めてもいいか?」
奴が律儀に、そして、つまらなそうに声をかけた。言葉と、怖ろしく切れのいい攻撃がほぼ同時に振ってくる。
「シャロン、ぼさっとすんな!瞬殺されるぞ!」
アイリッツの慌てた声。……わかっている、そんなことは。とにかくアルフレッドを。
アルフレッドの口が小さく動き、ずっと何かを唱えていた。
「ぼくはできる、ぼくは、できる、僕はできる………」
震えが収まった。剣を抜き、アルフレッドが吠える。地面を蹴り、跳躍してゼルネウスへ向かう!
「おいッ」
アイリッツの顔が引きつった。
なんの迷いもなく、純粋に剣に籠めた‘力’だけを意識した攻撃。威力はこれまでのどの攻撃よりも凄まじい。当たれば、だが。
「ふッ」
ゼルネウスがその攻撃を避けず、剣により受け流し、返す刃でアルフレッドの身体を、至極当然のように真っ二つに叩き斬る。
その、幻影が、見えた。
「ッアル、落ち着け!」
風の力を借りて跳躍し、アルフレッドの襟首をシャロンは引っ掴み、再び距離を取った。否、取ろうとした。それより早く、先に移動したゼルネウスが行く手を阻み、剣を抜く。
「~~~ッ」
シャロンは悲痛な表情で声にならないまま悪態を吐いた。
「クソッたれ!」
アイリッツが叫びつつゼルネウスとのあいだに結界を張る。ミシリ、と嫌な音とともに結界が軋み、魔力の刃がシャロンの右肩から胸をバッサリと斬り開いた。
「ぁぐ……」
「シャロン!!」
アイリッツが魔力を岩石に籠めた槍をゼルネウスに向けて放つ。立ち込める土煙で相手の目を逸らしつつ、二人を抱え、飛んだ。
「ッ、‘快癒’!!」
アイリッツの力により、シャロンの傷は癒え、淡い光とともに回復する。
「ありが、」
「無茶すんなッ!オレが、オレの“治癒”が届く前に死んだら、終わりなんだぞ!!」
アイリッツが叫ぶ。目には涙が溢れて頬を伝い落ちた。それを乱暴に拭い、アイリッツは急ぎ結界を張る。幾重にも。
簡単には破れない多重結界の中、
「アルフレッドは……」
眉をひそめ様子を窺うアイリッツに、
「大丈夫。少しばかり混乱しているが……」
びっしょりと汗を掻き、息の荒いアルフレッドの額に手をやった。……冷たい。
「おまえら、いったんここにいろ。ひとまず、オレが出る」
「アイリッツ、」
「全滅するよりマシだ。なんとか、活路を、見つけてみせる」
「……わかった」
シャロンは頷き、アルフレッドを抱えた。目線が合わない。瞳孔が開き、震えている。
「…………」
アイリッツは結界を抜けた。ゼルネウスが、ポンポン、と剣の背で肩を叩きながら、待っていた。
「相談は、終わったのか?」
「ああ。まずオレがおまえを叩きのめす!」
アイリッツはそう吠えて力を剣に溜めた。もう、無駄遣いだのなんだのと言ってはいられない。あいつらを、守るために全力を尽くす!
「私も、行かなければ…………。アルフレッド、大丈夫か?」
ポケットから布を取り出し、汗を拭けば、その手をガチリ、と掴まれる。
「夢を……夢を見たんだ……見渡す限りの闇、罠、敵に囲まれ、助けは来ない」
「ミストランテの、夢、か?」
「あの悪夢に比べれば……これはどうということもない」
アルフレッドが、むくりと体を起こした。
「あ、これ、ありがとう」
落ち着いた様子で、もう一度汗を拭きとって、シャロンに渡した。よかった、立ち直ったみたいだ、とシャロンはもう一度、アルフレッドの手をしっかりと握り直した。
そして、アルフレッドの唇に唇を触れ合わせる。
「……幸運のおまじないだ。必ず、生きて帰ろう」
そう言って笑顔を見せる。アルフレッドも、手をぎゅっと、握り返した。
「……ああ」
人が決死の覚悟で死神ヅラしたおっさんの前に立ってる時に、後ろでいちゃつくの止めてくれないかなぁ。
アイリッツは油断なくゼルネウスに対峙しながらも、顔を引きつらせた。……よく見れば、ゼルネウスはにやにやとまではいかないまでも、口髭をひくりと引き上げ、何か言いたそうにしている。
「……アイリッツ。待たせたな。私たちも、戦う」
「ああ、そりゃよかった。腹は……決まったみてえだな」
仲良さげに結界から出てきた二人を振り返れず……言葉が若干棒読みになってしまったのは、まあ仕方ない。
ゼルネウスの技 その1
<落花流水>
・剣による三連続二回攻撃、もしくは二連続三回攻撃。発動後の光景が、流水にポロリと落ちた花々が浮かぶ、その様に似ているのでそう名付けられた。必ず、発動前に“溜め”が入る。