VS クヒィラ 6
大変お待たせしました。戦闘シーン有です。
崩れ落ちる砂の瀑布。風の結界のおかげか、遠くに感じるその轟きを後ろに聞きながら、シャロンたちは岩で砂を切り、進み続けていた。
薄曇りの空の下、たなびくように宙を泳ぎ光る長く白い魚の群れたち。
それらは淡く燐光を放ったのちに空気に溶けるように消えていく。
ズズズズズズズ
鈍く低い音を立て大地を揺らしながら、揚々と白く滑らかで巨大な体躯が、背を見せ、ゆっくりと沈んでいった。
それを焦ることもなくアイリッツが追うようにゆるやかに加速する。風に色素の薄い髪を靡かせ、気持ちよさげに目を細めている彼の表情に、陰りの色は感じられない。
「奴はどこにいる」
「あのでかさだぞ。その辺だよ、その辺」
ぶっきらぼうに尋ねる声に対し、アイリッツその辺、と斜め下を指差す辺りには砂地がどこまでも広がっている。確かに、よく見れば、向かう先の地面は振動し、それが動いている……気がする。というかそれ以上に自分たちの乗る石の振動がすごくて確認できたもんじゃない。
「追いつけるか、リッツ」
「どこにいるのか感じ取り、追うことはできるけどな。その後が問題だよなあ」
苦笑で答えるアイリッツ。シャロンは気合を入れ直すため、ゆっくりと息を吸い、
「アル、そしてリッツ。手を」
手を、それぞれ二人に向けて差し出した。アルフレッドは無表情に、アイリッツは訝しげに取られるのと同時に、シャロンは瞼を閉じる。
力の足りない私でも。せめてこの手に繋がれたものぐらいは、守りたい。アイリッツが何者であっても、変わらない。
持てる最大限の力を出そう。限界ぎりぎりまで。
「急になんだよ、乙女ちっくってぇ、柄かよ」
ぐっと握られた手に、眉を寄せてアイリッツ。あんまり長いとさあ、オレ、すね蹴られるどころか首が危険なんだけど、と考えつつぶんぶん振ってみる。
その動きにシャロンはふ、と透き通るような純粋な笑みを浮かべ、
「何よりもまず、息を合わせよう。リッツ、結界の投網を頼めるか?広く深く、強く……」
「あの巨体になっても、釣り上げる気か……やれる、といいたいとこだが、結界なら、向こうもお手の物だろ。だから短時間しか効かない」
アイリッツは苦く笑う。
「そこに賭けよう。これまでより、さらに息を合わせた連携が必要になる。できそうか、想像してくれ」
「……いきなり何言うのかと思ったらさぁ」
呆れた表情でアイリッツが言う。
「そんなの、今さらじゃねえか」
シャロンが首を傾げるのに合わせ、
「できるかどうかなんて、確かめるまでもないだろ。さっさとやろうぜ」
「こいつと息を合わせるのは気が進まないが、できなくはない」
アイリッツがにやりと笑い、目を閉じて思想にふけっていたアルフレッドが、顔を上げた。
「牽制はもうやめろよ。まったく必ず一言くっつけやがって」
とアイリッツが隣でムスッとしながら突っ込みを入れる。
「いや、そうだな。ここまで一緒に来たんだ。合わせるのなんてなんてことはないな」
手を握ったままで、シャロンは笑い、再び深く息を吸ったところで砂が入り、くしゅん、と一つくしゃみをした。
「何やってんだか」
隣からそろそろいいかげんにしろと足を踏みにじられる予兆を感じ、アイリッツはさっとシャロンから手を放す。
大分嵩の減った岩を操縦しゆるやかにカーブさせ、ようとして足を捻り急旋回した。
ドガッ ドガッ ドガッ ドガッ
「ぅわッ」
砂が突如地面を突き破った。勢いよく噴き上がり続けて石柱が立つ。鈍い轟音とともにアイリッツの動かす先、行く手を阻むように創られては砕け、シャロンたち目掛け落ちてくる石柱の破片の合間を、かろうじてすり抜け、進んでいく。速度を上げ細やかにバランスを取りつつ合間を抜けるシャロンたちに凄まじい速さで飛魚の群れが迫り来る。
ピシィッピシピシッ
足元、頑丈なはずの岩の滑り板に亀裂が入り、瞬く間に二つに割れ、アルフレッドとアイリッツ、シャロンはそれぞれ分かたれていく。
「シャロン!」
「ッくそ」
細く、彼ら二人が乗るのが精一杯の岩板を目で追いつつ、斜めに割れた破片を蹴り、シャロンは風で跳躍した。着地と同時に風の膜を足元に張り、砂地に砕かれ落ちた岩場を選びながら、遠くへ離れてしまったアイリッツたちを目で追った。合流するため、再び風で跳ぶ。
ふいに空気が重く感じた。シャロンの体の周辺に、淡く光る帯のような靄が集まり、ぐるりと腕に絡みつき、鎌首を擡げて牙を剥いた。
「蛇か!」
腕と体に絡みつく蛇が実体化し動きを阻み、周囲を取り囲んでいた一際大きな光の帯が長く目と口の大きな奇妙な魚となりシャロンに食らいつこうとする。
咄嗟にシャロンは剣を抜きざま、腕を擦るようにして蛇を薙ぎ、巨大頭魚の頭と胴体の境目に力を籠めその刃を斬り入れた。
ズバ、と鋭い手応えとともに、魔物の体がぱっくりと裂け、淡く白い光が傷口から舞う。こちらを狙うのは一体だけではない。眼窩から飛び出すほど眼をぎょろつかせて寄り来て実体化し、絡み絞めつけようとする奇怪魚の体に、シャロンは焦る気持ちを抑えて剣に力を籠め、風の刃を四方へ繰り出した。それに反応しシャロンの手首が光り、腕輪はその形を変え、銀の粉となり風へ付与され、硬質で鋭い刃に変質し魚たちを斬り刻む。
あるいは頭を撥ねられ、あるいは胴体をバラバラにされた魚たちは、淡い燐光を放ち、光の粒となって砂の中へと沈んでいく。
銀にきらめいて舞い戻った粉は、くるりとシャロンの手首を一周し再び腕輪の形へと変化した。
…………こんな派手じゃなくても、よかったんだが。
シャロンはその威力に感謝しつつも複雑な気分で、ひんやりと硬い腕輪を突いて確認し、気を取り直して、滑り岩の過ぎ去った方向を見据え、目を細めた。
「くそ、やられたな」
「惚けている暇はない。あれを見ろ」
狭い岩の上、不安定な足場を調節しながら舌打ちしたアイリッツに、アルフレッドが砂漠の向こうを指差した。
ォオオオオオオン
低く長い唸りが届く。鳴き声……ではない。ヒュウヒュウと風が吹きすさぶ音と、砂地に突き立った岩が、唸る風に反応して震動し鼓膜を震わす重低音。
そして、地上から空まで聳え立つ砂と風の渦が徐々に近づいてきている。
「砂嵐……いや、竜巻か!!」
呟いたアイリッツのすぐ後ろにいるアルフレッドの目線が、魔物を斬り払い、岩場に立つシャロンを捉え、再び砂と砂岩を巻き込みながら近づく竜巻へと戻る。
「いいから結界を張れ。シャロンには風がある」
冷静なアルフレッドの発言に、アイリッツが首肯し、
「そうだな。石柱による石祭壇……できなくはない」
ぐるりと周辺一帯に散らばる砂岩を見渡し、アイリッツが速度をゆるめながら少しずつ岩を傍に寄せて結界の礎とする。
シャロンも聳え近づく竜巻に対抗するため、身近にある岩場に剣を突き立てて身を伏せ、風の結界を張る。轟々と唸りを立て近づき渦巻く砂嵐は、すべてを巻き込み、上へ上へと吸い上げていく。
すべてが砂と塵色に染まる。結界内でも息が苦しく感じるほどに。
身体の下で、岩が動いた。頑丈そうにみえたが、まわりから砂を吸い上げられ、少しずつ、少しずつ岩がゴリゴリと動き始め、じりじりと浮かび上がっていく。風の結界を維持したまま、ここから離れた方が得策かも知れない。そう考えたところで、砂嵐は突然止んだ。
つかのま静寂が訪れ、しかし休む間もなく、空中をゆるゆると泳いでいた光る魚の群れが、シャロンの方へ迫って来ていた。
砂岩と石柱を使い、囲むように結界を張っていたアイリッツは、竜巻が止むのと同時にすぐさま身を起こし、砂地を突き破り飛び来る飛魚を斬りつけ、撥ね退ける。
「ふッ」
アルフレッドが烈声とともに、剣を振り上げ、魚を一気に叩き潰し、うわ全部ミンチかよ、とアイリッツを呆れさせた。……頭上ではたなびく奇妙な魚の群れが、ざわめき、混乱するかのように漂い、ゆっくりと離れていく。
シャロンと、迫る怪魚の群れ。結界を作っていた石の一部を、礫としてアイリッツはそちらへ送る。彼女がこちらに気づき、同時に風の保護膜を張る。
礫は、狙い違わず魚の群れを撃ち抜き、アイリッツはよっしゃ!と拳を握り締めた。