番外 晴天、波浪につき 14
戦闘シーン有です。ご注意ください。
手下を引き連れ、海賊船の船長が渡る。
ちょうど奴らが乗り込んでいくのに合わせて、ヒューイックは縄を滑りゆく。
ボコッ ボココッ
縄を移動するそのわずかな時間、海面に大きく奇妙な泡がいくつか浮かび上がってくるのが目に入った。
嫌な予感がチリッと胸をよぎる。
下になにか……
敵地の甲板に下りたつと、
「おいアホがきやがったぞ!」
「血祭りにあげろ!」
口々に海賊どもがわめき、武器を手に向かってくる。
今はこちらだ、そう自分に言い聞かせ、ヒューイックは剣を抜き、海賊どもに対峙した。
ドス、ドスと威気高な靴の音、さらに本人はふんぞり返り、
「なんだこいつらは。さっきからブンブン煩くてかなわん。ハエは蝿らしく潰れてればいいものを」
そう、フン、と鼻で笑うのに対し、
「あの似合ってない恰好づけはなんだぁ?。ああいうのに限って、どうせめちゃくちゃ弱いんだぜ?こりゃ楽勝だな」
アイリッツが海賊のボスを指差し、せせら笑いとともに挑発する。
「……お頭」
近くの部下が目敏く、向かいに乗り込んだヒューイックを目撃し、
「うるせえ黙ってろ糞餓鬼が!!」
いきり立つ頭に頭部をフルスィングで殴られ、撃沈した。
わしらの船に誰かが、」
「フン、俺も確認済みだ。たった一人で何ができる。それよりあの餓鬼だ。調子づきやがって」
舌打ちし、海賊のボスが、着込んでいた上着を脱ぎ、筋肉質な上腕を剥き出しにし、派手な帽子をかつらごと後ろへ放り投げ、ひらひらと馬鹿にするように笑うアイリッツの方へと足を向けた。
「おい、おうち帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな、ぼうや。それとも、はいはいで進むか?」
薄ら笑いを浮かべながら、髭面スキンヘッドの男は冷めた眼差しと薄ら寒い笑いを浮かべ、やり返す。
「そっちこそ、どうした?まさか口先ばかりで、足がすぐんでるのか?ちぃっとも動いてやしないじゃな
いか。腰が抜けて使い物にならなくなったんなら、いっそのこと、取って女になっちまえよ」
「餓鬼が、ふざけおって!その口に斧をぶっ込んで真っ二つにしてくれる」
湯気が出そうなほど顔を赤くした男が、巨大な斧をブン回す。それとは逆の手で、腰に差してあった小さめの鎖つき手投げ斧を引き抜いた。
「野郎ども!!遠慮はいらねえ!容赦なくやっちまえ!」
ォおおおおッ
口々に喚き立てながら、武器を振り構え、そうして戦いの幕は落とされた。
「なんとか持ち堪えてくれ!……オレはあいつをやる」
大声で告げて、アイリッツはいつのまに抜いたのか剣を構え、タタタッと海賊の頭との間合いを詰めた。
「は、死ね!糞が!」
戦斧が大きく振られ、同時に手斧が飛んできた。躱しざま剣で斬りつけるが、意外に素早い動きの戦斧にガキィン!と弾かれ、一歩下がり構えを取る。
「ち、馬鹿力め……」
呟く声は苦い。自分の剣撃は速さがあるが、強力さがなく、決定打に欠ける。対して奴の体は自前の筋肉と皮鎧で硬く、その一撃一撃が威力を誇り、おまけにそこそこの敏捷さ、
「おい、考えごとかぁ!?余裕だなオイ!この小便垂れめが!」
戦斧を髪一重で避け、脇を狙うも、悟られ、手斧の縁で弾かれ、鎖が動きを封じにかかる。至近距離から、男は手斧をブン投げた。
鎖で斧の軌道が変わる。避けるアイリッツに、大股で距離を詰め男は追撃を加えてきた。そのまともに受ければ手が痺れ使い物にならなくなるだろう攻撃を、剣で受け流し、反撃をする前に回し蹴りが来た。
咄嗟に両手で靴を押さえ、勢いを殺さず吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる直前で体を捻り足で着地し衝撃を殺す。
「ぃ……っ!!てぇッ」
靴履いとけばよかった……。
「は、阿呆め、潰れろ!」
笑いながら走りくる親玉に、しかしアイリッツは怯まず、体を捻り壁を蹴ってその足元に滑り込む。裸足なので滑り止めが効く。足払いをかけるのと同時に、きゅっ、と止まり、態勢を入れ替え相手の喉元に“穀潰し”を突きつける。
ゴスッ
禿げ野郎はなんと左手で切れるのも構わず刃の付け根を打って跳ね上げ、引き寄せた大斧をアイリッツの首目掛けブンまわす。
「うわっち!」
斜め後ろに斧を避けつつ側転もどきで甲板に手をつき、飛ばされた剣を拾い、構えて相手を窺う。
剣戟と、怒声、叫び声。ゆらゆらと不安定な甲板を、アイリッツはしっかり踏み締め、その身を翻した。
「逃げるか、臆病者めが!!」
禿げボスが大斧を引っ提げ、ドスドス追いかけてくる。
「ちょっくらごめんよ!」
「こっち来んな馬鹿が!」
敵の一人と満身創痍でやり合っていたドミンゴとかいう金髪の親父が、逃げるアイリッツと怒り心頭の海賊親玉を見て、慌てて道を開ける。
「うろちょろとフナ虫が!大人しく潰されろ!」
「うわッ」
「ぅげッ」
「あぶねぇッ」
戦いの中を縫うようにするりと躱しながら、アイリッツは逃げ続けて反撃のチャンスを窺う。その目が、マストが折れて垂れ下がった縄を見て、輝いた。
すぐさま縄の元に辿りつくと、手を巻きつけるように高い位置まで登り、硬く握り絞めて揺らし、勢いをつけ、大斧を振り回す禿げの大男に狙いを定め、跳んだ。
「なにをッ」
敵の船長が目を見開き、手斧を腰から抜いて投げつけ、真っ二つにせんと、大斧を構えた
「くっ……!」
手斧はアイリッツの腕の一部を斬り裂くが、勢いを殺すまでには至らない。アイリッツはすぐさま迷わず、自身のベルトを引き抜いた。
「くぉッ糞が!」
バフ、とアイリッツのズボンが狙いどおり大男に覆いかぶさり、視界を奪う。上着と下穿き姿のアイリッツは、
「てぇえええいッ」
と叫びながら、その頭に跳び蹴りを食らわせた。
本当にそれでいいのか?
たまたま近くにいた船乗りは状況も忘れ、あんまりなやり方に内心思わず突っ込んだ。
「野郎ども、聞け!すでにおまえらのボスは討ち取った!」
白目を剥いて倒れていた大男からズボンを毟り取り、ひとまず腰に巻きつけてアイリッツ。
「畜生!」
海賊のうち何人かが不利を悟ったのか、ドボンドボンと海へ飛び込んでいく。
隣の船の、アイリッツの高らかな勝鬨は、有象無象の酔っ払いや弓しか能のない海賊どもを相手にしていたヒューイック、そしてもちろん海賊たちにも届いていた。
「マジか……俺らどうすればいいんだ」
急にうろたえ、背を向けて逃げ出す奴の他に、畜生、てめえのせいだ!と自棄になり向かってくる奴もいたが、ヒューイックの敵ではない。
「やったな」
自然に笑みが浮かぶ。……結局、この懐の物騒なブツは、必要なかったらしい。
ほっとした次の瞬間、ゴバァ、と音を立て、突然水面から太長く奇妙な物体が海賊船目がけ、巻きついてきた。
引きずり込まれる。
ふいに浮かんだその言葉どおり、何本もの触手が現れ、船体に巻きついていく。
「化物烏賊か!!次から次へと……くそッたれ!」
ひと段落したのを見て顔を出したリベロが、舌打ちする。
いくつかは、アイリッツたちの船に伸ばされるも、これまたいつのまにか現れたレイノルドが、黙って次々に推進火薬付きの矢に火をつけ、烏賊の足を狙い撃つ。
思いがけず反撃に合い抉れた足を跳ねさせ、新たな獲物は一度諦めて近くの塊へとしがみつく。ギシギシギシ、と嫌な音を立てて海賊船は軋み、バキャッと支柱が折られ、海へ引きずり込まれていく。
口々にもう駄目だ、とか、おしまいだ、とか、罵る声が上がり、残りの海賊どもも、ドボンドボンと飛び込んでいく。
ヒューイックは、懐の、レイノルド“特製”が乾いているのを確かめ、ひそかに握り締めた。
皆が化物に気を取られているあいだ、こっそりと動くものがあった。
(糞め……油断している今が最後だ)
斧は遠く手元にないが、と海賊の長は、自身のとっておき、を取り出すため、懐を探る。
(あれ?)
「ない、ないぞ!どこへやった!!」
叫びながら床で服を漁る大男の前に、アイリッツが立ち、
「探し物は、これかな?」
とフリントロック式銃を構えて見せる。
「てめぇ!」
「すり取られてもわからねえとは、抜け作そのものだな」
掴みかかろうと、ガバッと体を起こしかけた男に、アイリッツは……くるりと銃口を返して銃身でその頭をめいっぱい殴りつけた。