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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
331/369

番外 晴天、波浪につき 13

やっと更新できました。戦闘シーンの中で暴力、流血描写が多くありますので、ご注意ください。

 魔獣に比べれば、人は動きにも制限があり、倒すのはたやすい。


 折り重なって倒れた海賊とは裏腹に、アイリッツはふんふふーんとハミングしながら、まだ暴れ足りないなーなんて言いながら腕をぐるりと回している。


 こちら側が静かになった分だけ反対側から、剣戟の音、雑巾を引っかけて破いたような苦鳴の声がはっきりと聞こえ、互いに軽く頷くとすぐさままだ続く戦闘の場へと走り出した。



 短い間に次々と部下がやられる様子を遠見眼鏡でつぶさに見ていた海賊船のボスは、目を離すやぎろりと傍に控えた一人の首を引っ掴み叫んだ。

「ああくそ、あんな減らされやがって!おい、酔っぱらって寝てる予備の連中、すぐさま叩き起こしてこい!おい、あのぶっといのを準備しろ!思い知らせてやれ!」

「へ、へい!」

「す、すぐさま!」

 命令を受けて足をもつれさせ、バタバタと男たちが準備と、船底寄りの下甲板で転がっている連中を呼び起こしに走る。


「あの猿どもめ、ふざけおって……」

 ぎょろりとした目でもう一度いまだ制圧できてない船を睨みつけ、男はペッ、と床に唾を吐き捨てた。



 アイリッツたちがまわり込むと、防戦していた何人かが、ああありがたい、と声を上げ、打ち合っていた一人の傭兵が、

「助けてくれ!数が多すぎるんだ、殺されちまう!」

と背を向けこちらに走ってきた。


「それでもタマぁついてんのかよ!腰抜けがぁ!」

 その背につぎはぎの皮鎧を着た禿げ頭の男が、手投げ斧を抜き、投げつける。


 くそ、位置が悪い。


 咄嗟にヒューイックは床に落ちていた板切れを逃げてくる男の足元狙い滑らせた。見事に態勢を崩し倒れ込む男の髪の毛をさらうように頭上すれすれに手斧が過ぎ、アイリッツが姿勢を低く避けざま、傭兵の傍へ寄り、

「おっと!は、死ねや!」

倒れた男に剣を振り下から斜め斬りを狙う禿げに、索具か何か部品を投げつけ、牽制する。


「ざけてんじゃねえぞぁあっ?」

 こちらを睨み、額に青筋を立てて怒鳴る男に、ヒューイックはそこらの台に足をかけ、アイリッツとお荷物をまたぎ越し、しゃがみざま低い位置から利き腕を狙い、斬りつけた。


「ぐぎぃいいい!!糞がぁぁ!」

 血飛沫が上がり、腕を押さえて男が叫ぶ。やみくもに振るわれた剣から距離を取り、アイリッツが倒れた傭兵を回収したかどうかを視界の片隅で確認して、ヒューイックは姿勢を低くしたまま男の膝を蹴倒し、続いてゴキリ、と踏みつけた。割られた膝を抱え、ごろごろと男が転げまわる。


「お、おい!ジョッシュ!」

 水夫を殴りつけていた男の一人が血相を変えて放り出しざまこちらへ寄り来るのと同時に、負けられないとでも思ったのか、アイリッツがタタッと跳び出し、血塗れの滑りやすい甲板をものともせず、

「はっ、このアイリッツ様が現れたからには、そう好きにはさせないぜ!」

ひらりと色黒で痩せぎすの海賊に接近し、剣を抜く。


 奴に気を取られている間にと、ヒューイックは、倒れている水夫で息のある奴を下甲板入口に首根っこを掴み投げ捨て、呻き声をあげたままなかなか立ち上がらない傭兵に、

「おい呆けてる暇ねえぞさっさと立て!」

と喝を入れた。



「この、ちょこまかと!」

 集まる海賊のあいだ、振られる剣をかいくぐり、ほんの紙一重ですり抜けるように、アイリッツが動く。元から貧乏性のあいつは、剣を擦り減らす無駄な打ち合いを好まない。


 持ち前の敏捷さと器用さを生かし、狙うは利き指、腕の筋や足の腱、さらには首筋といった急所ばかり。その怖ろしいほどピンポイントで動く剣捌きに、次第に怯え、男どもは二の足を踏む。


 そうなれば、すでにアイリッツのペースだ。はたから見れば、疾くキレのある無駄のない剣が容赦なく襲い掛かる様子は、時にぞっとするほどの美しさをも垣間見せる。


 しかし、その動きが、それとわからぬぐらいに、少しずつ、鈍り始めた。


 流れるようだったアイリッツの動きが少しずつブレ始め、感謝する水夫たちを激励し、再び敵に向かった時には、ぎこちなさが目立つほど変化している。


 舌打ちするヒューイックの後ろから、下甲板入口から様子を見に来たモランが低い声で、

「おい、まずいんじゃねえのか。行ってやれ。こっちはいいから」

と声をかけてきた。

「お、俺も行く」

 心底苦い表情で、しかしここで活躍せねば男がすたるとでも思ったのか、ラッケルが剣を構え、頷いてみせる。


「ああ……感謝する」

 言葉少なに、頷いて見せ、ヒューイックはラッケルと連れ立ち、

「もう諦めて降伏しろ!すでに他の奴らは倒した!」

と叫び、剣を抜き大きく振り上げた。


 倒れてまだ息のありそうな水夫の襟首や腕を引っつかんでは剣戟の場から遠くへ放り、

「てめぇ、死、」

何か言いながら大剣を振り回してきた男どもの攻撃を受け、跳ね飛ばして胴や腕を腕を薙ぎ払い、蹴り飛ばし道を開ける。


 近づけばはっきりとわかるほどアイリッツの動きは悪い。


 後方から来たラッケルに、ほぼ戦闘力を無くした奴ら残党を指し、あれは任せた、と言い置いて、肩で息をするリッツの腕を引っ掴み、ずしりと重い奴の体を半ば引きずるようにして、上甲板張り出しの下、船舵室近くの少しばかり影になったところへ連れ込んだ。


「リッツ………正直に言え。隠してるだろ」

 押し殺した声で、ヒューイックはアイリッツを問い詰める。

「な、なに言ってんだ。別に何も……」

「…………これはなんだ」

 強引に、アイリッツの胸元を開き、はだけさせる。そこには…………よくぞここまで、と呆れるほど、上着の内側、懐にも、ぎっしりと詰まった財布、銭入れの袋がぶら下がっていた。



「いやぁ悪い悪い。あいつらザルみたいに簡単だったからさ、つい」

「ついじゃねぇ!それで戦闘に支障が出てどうする!さっさと部屋の床下にでも隠してこい!」

 誰にも聞こえないよう、ごくごく低く小さな声で言えば、りょうかいりょうかい、と悪びれなく舌を出して笑い、さっさとアイリッツが移動する。


 重い足取りで戻れば、なんとか海賊どもを倒し、疲れた顔の下から誇らしげに頷くラッケルと目が合い、モランがわざわざ、あいつは、大丈夫だったか、と尋ねてきた。


「ああ……アイリッツは……やはり、あまり動ける状態じゃなかったみたいだ。一度、部屋に戻って、適切な処置をするよう、促してきた」


 ………これで、嘘は言ってない。くそが。


 俺にこんなことをさせやがって、と憤りを堪え押し殺した声で呟くヒューイックを、どう勘違いしたのか、モランも慎重な面持ちで、

「………そうか。なんにせよ、大事に至らなくてよかった」

と返してきた。


 それぞれ全く異なる心情での、沈黙がしばし漂った。


 だが、さほど間をおかず、海賊船からきぃきぃした叫び声、

「ヤラれてんじゃねえぞ!このイカれ野郎ども!ケツにぶっとい銛刺されてぇのか、こンのズタボロのタマ無し野郎ども!!」

低くドスの利いた声が飛び、ドスリ、と海賊船に面した側から、衝撃が走り、船体が大きく揺れ動いた。


 横から馬鹿でかい銛が、ぐりんとこちらへ向けられ、発射される。


 ドス、と客室の壁に突き刺さり、再び船がかなりの衝撃に揺れる。

「あ、あれは!!銛だ!捕鯨用の銛だ!」

 顔面血だらけにした水夫の一人が指差し、叫んだ。


」「野郎ども、引きやがれ!引け、引けぃ!」

 統領らしき男が縄を引かせる指示を飛ばす姿がちらりと見えるも、攻撃には距離がありすぎる。ぐらぐらと傾きかける船の甲板をしっかりと踏み込み、行ってくる、とモランと、柱に掴まり立つのがやっとのラッケルに声をかけ、再び向こう側へ戻ったヒューイックに、ヒュヒュヒュンと風を切り、数多くの矢が飛来した。


 飛来する矢に対し、楯になりそうな板切れは遠く、下には絶命した海賊どもの死体。迷いなくヒューイックは倒れている男を引っ掴み、飛び来る矢の盾として、姿勢を低くしつつ移動し始めた。


「ぐげぇッ」

 まだ息があったのか、ひしゃげた声が響き、射られた男から血潮が飛ぶ。

「おまえは鬼か!この卑怯者め!」

 海賊船から怒鳴り声がするが、仲間とわかっていて矢を放ったあちらも、相当なものだ。


 そのまま男を放りざま勢いよく飛んで板切れを拾い上げつつバリケードの積まれた場所に避難した。


 どうやら船を傾ける気らしい。奴らの掛け声とともに、樽がゴロゴロと転がり、いくつかの木切れがバシャ、バシャン、と音を立てて海へ投げ出されていく。


 ヒューイックは悪態をつきながら、ベルトに備え付けられた小型ナイフを取り出し、ザクザクと靴底を斬りつけ、滑り止めにしてから、再び足を踏み締め、壁の柱を掴みつつ、じりじりと銛に繋がれた太縄を目指し、動き始めた。


「おい、射手!次を用意しろ!」

 向こうの親玉の声が飛び、ギリリ、と矢がつがれ、狙いがヒューイックに向けられる。


「ふ、ふふふ、ここでこれの出番だな」

 天候は分厚い曇り。恰好の舞台だと、その辺で拾った兜を被り、客室上へと登り腹這いのレイノルドは、揺れる中一つ一つ紐で固定しずらりと並べた推進火薬付きの矢に、着火装置で次々と火をつけていった。


「……湿気らなくてよかった」

 なんてひとりごち、火をつけ終わると、腹這いのまま少し距離を取って耳を塞ぐ。



 ヒュルル、ヒュルルル、と奇妙な音を立てながら、火矢が一斉に発射され、隣の海賊船に降り注いだ。


「火矢だぞ、伏せろ!」

「くそ!小せぇ癖に、なんてもん載せてやがる!」

「水だ水!」

 怒鳴り声と、慌てふためく姿が映り、その隙にと、ヒューイックは剣を振り被り、銛から繋がる太縄へと力いっぱい叩きつけた。


 懲りずにまばらに飛び来る矢を弾いて落とし、船を傾けているその縄をぶつり、ぶつりと断ち切っていけば、海賊船から罵りと呪詛が飛ぶ。


 そんなバカな、と焦る奴らを尻目に、二、三度も振ればぶつりと切れて知らず知らずのうちににや、と笑みが浮かんだ。


 ヒュヒュヒュン!


 勢いよく矢が飛んできて、笑ってる場合じゃなかった、と、姿勢を低くして避け、もう一本、と縄の位置を確かめたところで、船の近づいた隙を縫って船首側に板が渡され、また数人が、乗り込んできた。


「ヒュー!任せろ!」


 重荷を置いてきたらしいアイリッツが、他の傭兵たちと飛び出してきた。動きの回復したアイリッツはしっかりした手堅い動きの傭兵たちの合間を縫い、敵の隙を突いて攻撃しては、ひらり、ひらりと身を躱しつつ、剣を薙ぎ、その攻撃は舞踊にも似て、敵も、仲間も、手ひどく傷を負っているはずの水夫でさえも、幾人かが一時まるで魅入られたように動きを止め、はっとなって再び目の前の現実へ戻っていく。


 海賊どもの数を確実に減らせば、

「おい、もう俺が直接行く!あの船を血の海にしてやる!!」

 相手の統領らしき男が止めようとした手近な男を殴り飛ばし、剣を振り回すのが見えた。


「あれが親玉か……ヒュー、乗り込むぞ」

「おい……こっちはどうする」


眉根を寄せてアイリッツに聞き返したヒューイックだが、その答えを待つ前に、水夫のうちの誰かが叫んだ。


「おい、あれを見ろ!」

「ヒャヒャァハハハ喰らえ喰らえ!」

 自棄を起こしているのか奇妙な笑い声とともにドガッ、と再び銛が打ち込まれた。

「くそ、次々と……」

 ぐらつく船の上で倒れないよう足踏みをするアイリッツ、ヒューイック、傭兵や水夫たちを嘲笑うかのように銛が引かれ、ギシギシ隣へ引き寄せられた船に、

「板、板!!」

海賊の一人が怒鳴り、船と船の間に広幅の板が渡され、海賊船の残りの奴らほとんどが板へと向かい、それを防ごうと板へ駆け寄る傭兵たちには多くの矢が降り注ぎ動きを止める。


 すぐ外での剣戟の音を耐え、操舵室でずっと指示をしていたリベロは、蒼褪めた顔で操舵者に、

「なんとか、引き離せないのか」

と言うが、操舵者も汗で滑りそうになり震える手を固く握りながら、

「無理です!船の性能が違いすぎます!並走するのが、やっとなんです!」

「……そうか。わかった。一度横からぶつけてみろ」

「ぇええーもう勘弁してください……」


 ぐらり、と船が揺れ、ガツッ、と船体がぶつかりあった。板が外れかけ、慌てて海賊どもが鉤縄を持ち出し、それこそより安定するよう何本も何本も投げつけ、じわじわと引き寄せていく。



「おい」

 身体を固定させ、どうしたものかと事態を窺うアイリッツとヒューイックに、客室の壁づたいににじり寄ってきたらしいレイノルドが、声をかけた。


「……こいつを見ろ。即席にしては、よくできた」

 レイノルドは、紐のついた漬物樽を、自慢げに掲げてきた。


「この非常時に変なもン………!!」

「待て。落ち着け。この中に入ってるのは火薬だ。お誂え向きに着火装置もある」

 ……は?と目が点状態のヒューイックとは裏腹に、すげぇ!レイが作ったのかこれ!とアイリッツが顔を輝かせる。


「こいつを、あっちの船底で爆発させたら、面白いことになるとは思わないか?」

 にやりと笑うレイノルドに、ヒューイックはあくまで冷静に頷き、

「なるほどな。で、どうやって持っていくんだそこへ」

と突っ込んだ。


「そこはまあ、なんとか」

 ひょいと肩をすくめてみせるレイノルドに、アイリッツは力強く頷いた。

「ありがとう。よし、オレがやる」

 パシィ、とその無鉄砲な阿呆の頭を、ヒューイックがはたく。

「で、これの威力は。ちゃんと使えるのか?」

「試作品一号だからな。………実を言えば、よくわからん」

 問いかけに、レイノルドがあっさりとそう宣言した。


「………もういい。俺が行く」

 深々と、長い溜息を吐いて、ヒューイックは樽を受け取るため、手を伸ばした。

「ま、待った!オレが、」

「考えろ。失敗したらどうする。はぁ……船なんてぶっ壊すには船底に穴開けるか、支柱をやるしかない。そんな剣で、おまえマストぶった切れんのかよ」

 ゴン、ともう一度軽く頭を叩いた。


 でも、と言い募るアイリッツに首を振り、

「でももクソもねえ。見ろ、そのうち奴ら、ほとんどが乗り込んでくるぞ。協力して、叩き潰してやれ。そういうのは、おまえが向いてる」

上に突き刺さる銛から続く、縄を仰いで、レイノルドから着火装置と小樽を受け取り、紐で胴体に括りつけると、武器か道具の一部なのか、U字に曲がった棒を拾い上げ、縄にかけてタイミングを計る。


 ドスン!と再び板が後方に渡され、やがて、ズゥン、ミシミシとそれを軋ませて、縦と横ともにアイリッツの二倍はあろうかという頭が現れ、こちらをぎろりと睨み、そしてにやりと野太い笑みを浮かべて見せた。

「覚悟しろチビめ!」

 戦斧バトルアックスを構え、豪奢な服と帽子を被った髭面の親玉の後ろから、口々に叫ぶ海賊の一団が、板を踏み締めこちらの船へと迫り来る。


「アイリッツ!頼む、ともに来てくれ!」

傭兵たちの残り、まだ戦える者がそちらへ向かい、敵の一団がドスドスと音を立てて大部分を渡り終えたところで、ヒューイックはかけていた足を蹴り、縄を利用し、一気に海賊船へと、滑り渡っていった。

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