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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
328/369

番外 晴天、波浪につき 10

H29年6月8日付け足開講しました。

 次の日予想通り雨が降った。別室では移動するのも大変なので、朝からレイノルドの船室にアイリッツと籠もりっきりだ。まったく、眺めのいい部屋に換わった意味がない。


 雨音は大きく小さく時に叩きつけるようで、ギシギシと軋む部屋の下からは、遠く、喧騒と、水夫の誰かが演奏でもしているのか、弦楽器カタールの音が途切れ途切れに聞こえてくる。


 天気が悪いと途端に元気になるレイノルドが、床に広げた地図に次々ピンを刺しながら、

「……雨だな。ここは通り過ぎたから……この先にある島々には流れの急な海流が流れていて、岸に引き寄せられてしまう。迂回航路になるが、この雨だ。明日には多少の霧が残るかもしれない。もう少し進んだ位置には岩礁地帯もある……」

「結論を先に言え」

「つまり、何かが起こるとしたら、明日あさってだな、と」

「まさか……海賊か!?」

アイリッツが目をきらきらさせて叫んだ。


「阿呆。こんな船だ。大砲で狙われたらひとたまりもない。喜ぶな」

「いや。こんな小さな貨物船だか乗客船だか分からない船を好き好んで狙うのもいないだろう。ただ……この先、高確率で海戦に巻き込まれる可能性がある」

ヒューイックに続けてレイノルドが冷静に告げた。


「他の船もほぼ同じルートを通っているからな。あの町の状況は不審すぎた。多くの荷を運んでいただろう?」

「ああ。巨大な貨物船から、荷をそれぞれ分けて他の船へと運んでいた。は、まさか、この船にも」

「十中八九、積んであるだろうが……それが本物とは限らない」

「あ?どういうことだ」

 ヒューイックが訝しげに問い返す。アイリッツはカバンを漁り、干し小魚を取り出してぽいっと口に放り込んだ。


「情報を故意に差し止めし、他船が疑問なく出航するのを待っていたんだ。先に襲われてしまえば、戦力が削がれ、後が楽になるからな」

「……囮か。ひどいな」

おおやけのものじゃないだろうなあの船は。よほど頭の回る奴がいるんだろう」

「なるほどな。おい、アイリッツ。食ってばかりいないで、何とか言え。この船場合によっちゃ、あの世行きだぞ」

「……オレさ、あの航海士にいろいろ学んだんだ。淑女へのマナー、気配り、さりげない誘い方」

「なんの話だ、なんの」

「つまり、リベロも阿呆じゃない。それぐらいわかっててて、回避の方法を取るはず」

「まあ、そうだな」

乾パン屑を指から舐めとりながらのアイリッツの言葉に、あっさりレイノルドが頷いた。


「なんだよ。じゃあ、何が気になる」

 ヒューイックが呆れてぼやけば、

「そこまでする積荷とは何か。そして……獲物が魅力的であればあるほど、ネズミが群がりやすいんじゃないか、ってことだ」

レイノルドが溜め息交じりに言う。


 普段っからエネルギーの塊のようなアイリッツは、シュッシュッと、交互に拳を動かしながら、

「こんな話してても現実、オレらにできることなんて少ないだろ」

「まあ、そうだな。さりげない警告と、心積もりぐらいか」

「海の男は荒くればっかだからなあ。下手打つとボコボコにされっぞ」

「……そうだな。まあ、暇人の与太話だ」

 レイノルドが切り替えるように明るく言って、

「こんな暗い話より、そっちの方がいろいろありそうだ。旅の話を聞かせてくれ」

「ああ、じゃあ、せっかくだから、砂地に出た蠍の魔物退治の話でもするか!」

アイリッツが乗っかり、

「……あんまり思い出したくもない」

ヒューイックがげんなりして呟いた。



 雨の日には、いつもとは違い、外に出られない分だけ、噂話に花が咲く。


 レイノルドたちの部屋では、

「それでさ、結局夜になって寝ずの番。火を焚いてたからまだよかったけど、始終ガサゴソガサゴソ黒い影が這いずり回っていてさあ。朝になって辺りからその姿が消えても、なんとなく嫌な予感がしたんだよ。そうして、置いてあった鍋をひっくり返したら、いきなりそん中に、蠍。すぐに潰したからよかったんだけど天幕の影にも、上にも、蠍。もう潰しても潰しても減らなくてさ、やっとの思いでヒューと数十匹殺したと思ったら、次に親玉が……」

アイリッツが生き生きと怖気をそそる話を語る。


「魔物か……そういえば、ここいらの伝承で、この海域付近に、魔物が出る、というのもあったな。南西の、岩礁地帯のさらに向こうは生きては帰れぬ暗黒地帯だと。そこに行く船はすべて打ち砕かれ、海の藻屑となって消えたらしい、、、そこには、今でも帰れず彷徨う船人の苦しみの叫びが、ずっとこだましているんだとか……」

「急に底冷えしてきたな」

「まあ、海鳴りの音だろうが……船乗りは総じて迷信深いからな。その辺りに近づく奴はいない」

「……なあ、ヒュー」

「却下だ」

「まだ何も言ってねえッて」

「おまえのことだから、いつかそこへ行ってみたいなとかいうんだろ」

「もちろんだ!船幽霊は果たして実在するのか。オレたちでその謎を解き明かそうぜ!」

「話聞いてたのか?どう考えても危険水域じゃねえか」

「そうだなあ……今は自前の船がないからな。いつか、」

「……聞いてねえな、おい」

「はは、夢のある話だな。いっとくが、俺はそこにいくのはお断りだからな」

傍らでレイノルドはとてもいい笑顔を浮かべ、バッサリと切り捨てた。



 ちょうど同じ頃。下甲板では、音楽や賭け事にも飽きた水夫たちが明かりをわざと抑えて、水底から引きずり込もうと数多く伸ばされる手や、霧の中ふいに現れて見たものを恐怖へ陥れる幽霊船の話で盛り上がっていた。



そして、夜も更けた頃、杯を重ね、赤ら顔のザックが、

「おい、バート。辛気くせえのは止めて、もっと景気よくいけ」

「ち、注文つけやがって」

バートはつま弾いていたカタールのテンポを調子よく上げ、

「あ~あ~愛しのあの子がオレを待つ~ぅ」

即興の歌をがなりたてた。

「うるせぇうるせぇ!……全く、演奏はできるくせに音痴ったぁ……こうなったらおれが、」

「いやおれがおれが」

トニーが声を張り上げ、

「この南海で、一番の~めったに見ない、いい男~それは~ト、」

「や、鋭い眼差しザックだ~」

「いやべネット様だ~見ろこの焼けた肌の色!男の中の男、ベストオブシップメン!」

「いや、おまえらよく見ろ!この頬の傷!このトニーがあの時あの魔獣を殺してなきゃ、おまえらみぃんな海の藻屑だったぜ!」

「何いってやがる、あの傷は大したことなかった。止めを差したのはこのヨハン様よ!」

「は、あちこち逃げ回ってただけじゃねえか!おいカッツァ、この大ぼら吹きになんかいってやれ!」

次第に話が加熱し、取っ組み合いの喧嘩になるまで、そう時間はかからなかった。


それを遠目で眺めている掃除夫ニコルは、どうでもいいが、この片付け誰がすると思ってんだ、とひっくり返った木製皿やコップの惨状に、ふ、と溜め息を吐いた。



 水夫たちが酔い潰れ、床や柱とおともだちになる時刻。



船長室では、ゲオルクの酒気の籠もるだみ声が部屋中に響き渡った。

「航路を一部変更し、進行を遅らせるだと!?どういうつもりだ、リベロ!」


 赤ら顔のゲオルクの、唾を飛ばしながらの抗議を、リベロは深刻な表情で受け流した。


「……ゲオルク。船の外を見てくれ。雨は止んだが、徐々に霧が発生してきている。こんな時は、船が行く筋を見誤りやすい。それに……混乱を避けるため、大きな声では言えないが……こんな生ぬるい風の、霧の日には……アレが出るんだ。下手を打てば、この船は呪われ、生きたまま地獄へ連れていかれる。そんな危険を冒すわけにはいかない」


「ま、まさか……いや、あれはただの与太話だろう」

「だが……この状況……一致すると思わないか?あの話……もし本当だったら」

「わ、わかった。だが、そんなには待てんぞ」

「わかってる。幸い、晴れ続きで、多少遅れても食糧は充分に足りる。今は大事を取ろう」

「……そうだな」

 赤ら顔から、やや白くなった顔で口を結び、船長は頷いた。


 船乗りは総じて迷信深い。それとなくあの話を振ったかいはあった、とリベロは心の中で胸を撫で下ろした。



「なあ、なんでいきなり停戦することになっちまったんだ?」

「さあ……船長が急に思いついたように命令してきたけんど」

「あ、オレ知ってるぜ!あれだよあれ!この霧だろ?……見た奴がいるんだよ。この海の、水面から招く手を。そいつを避けるために……」

「ぅげッ」


 霧の中では、船はそう動けはしない。リベロは震える手で舵を取る操舵手に慎重に指示を出し、少しずつ船を、小島の並ぶ、目立ちにくい方へ動かし、進めて、潮の速まるギリギリの場所を見極めその手前で錨を下ろすよう指示を出した。


 少しずつ霧が薄れれば、そこはちょうど航路からやや離れた位置にある島の影。ゲオルクは、まさか幽霊船が出るから、というわけにも行かず、わずかばかりの乗客と乗組員たちは、怪しい船の陰があった、と告げられ、船ごとそこで待機することとなった。



「霧が晴れたら出航だとよ。まったく、外に出られるだけマシか」

「な、なあ、幽霊に襲われたらどうしよう??」

「一応目は凝らしたがな、今のところ大丈夫みてえだぜ。よかったな」

 水夫たちはぼやきながら、畳んだ帆から滴る水をバケツで防ぎ、甲板上に溜まったそれらをモップで掃いていく。

「お、こりゃいいや」

 スポンジを足にくくりつけ、器用に板の上を滑っているアイリッツは、手伝っているんだか邪魔しているんだかわからないが……ヒューイックはもう他人のフリをすることにした。



確かに濡れた板は滑るが……裸足というのも、あれだ。……アイリッツではないが、靴の裏に何かギザギザしたものを、括りつけるのもいいかも知れない。


 翌々日から、霧は徐々に収まり、帆の水も抜けてきたところで、その夜から雲が減り……翌日、雲が比較的多いものの、晴れ間が覗く天気となった。



 にわかに船の上は慌ただしくなり、水夫たちは帆を張るロープを引き、錨の綱を巻き上げる。いざ、出航の合図を船長が、というところで、


 ドンッ


 鈍い音が遠くから響いてきた。



「おい、何事だ!」

 水夫ドミンゴの低く通る声に、見張り台の一人が遠見筒を片手にしつつも、

「反対側です!島があってわかりません!砲台の音と思われます!」

と叫んだ。


 船長ゲオルクが盛大に舌打ちをし、

「襲撃か交戦か……てめえら、巻き込まれねぇうちにずらかるぞ!」

そう叫んで出航合図をした。


 帆が張られ、船がちょうど島と逆側になった潮の流れに乗る。滑り出しは順調で、島間の陰から抜ければ、遠くに豆粒ほどの船の姿が浮かび、少しずつ遠ざかっていく。


 ほっとしたのもつかのま、

「船長!見慣れぬ船が、こちらに向かってきています!」

との見張りの叫びが、上から降ってきた。

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