表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
327/369

番外 晴天、波浪につき 9

H29年3月21日付け足しました。


「ゲオルク。まだ間に合う。今すぐ引き返すんだ。見馴れぬ船がうろついてると、不吉な噂を聞いた。漁師たちは皆、沖の不穏な空気を感じ取り、嵐が過ぎるのを待っている」

「阿呆。悪いクセだな、リベロ。なんでも考え過ぎて、ぐちゃぐちゃにしちまう。ワケのわからねぇこといってんじゃねえ」

グビ、グビリと音をさせ、船長であるゲオルクは空になった酒瓶を、床下へ放り捨てた。


「考えろ。めったにないどでかい儲けのチャンスをふいにしちまうのか?黙って進路を計算してな。てめえが危険だというなら、安全な航路をとりゃあいい……」

「……」

険しい顔のまま、無言でリベロは部屋を後にする。


「なんだっていうんだ……酒場でも、‘花売り’でも、そんなハナシ、出なかったじゃねぇか」


赤ら顔でぼんやり瞳を宙に泳がせながら、ゲオルクはそう、呟いた。



町を出港してから、あのリベロとかいう優男から薄ら笑いが消え、憂鬱そうな顔で水平線の向こうを眺めている姿が増えた。


年若い女性ならうっとりするかも知れない光景だが、残念ながら船上には商人や、一部の旅客(もちろん男)しかおらず……おまけにサルヴィスからはさらに、船長が雇ったのか、傭兵もどきの船員が増えた。



「よう、薪割り。相変わらずだなぁ。暇してんなら手伝えよ。必要な薪が今日もたんまりある」 水夫が三、四人来て、そのうち一人----確か、ダッツァ、とかいったか----?が、ちょっかいをかけ、皆で笑う。


あいつら余程暇なんだな、と結論づけて、無言で去りかけたヒューイックの元に、この空気をものともせず、アイリッツが駆け寄ってきた。


水夫の何人かがするように、髪が痛まないよう布のターバンを巻いて、後ろで留めている。


「なかなか似合うだろ、これ!海の男って感じで!」

知るか。


しらっと半目で睨むヒューイックには構わず、アイリッツは、

「なあヒュー。あれだけどさ、別に薪割りぐらいいいんじゃね?手も空いてそうだし」

「……俺は、下男のようにあいつらを手助けする気はない」

「そうか?ピッタリじゃねえか。たッ」

ビュゥ、と顔の前を鉈にも似た形状の剣が過ぎゆき、あっぶねぇ、とアイリッツは声を上げる。


「……どうしようもなく傍若無人で無神経。おまえは人を苛つかせるのが得意だな。一度、痛い目見ないとわからないらしい」

「いやいや、そこまで怒ることないだろ」

「馬鹿が。それがそもそも間違いだ」

ヒューイックの剣が、重く、唸りを上げた。



アイリッツは、いきなり戦闘が始まって顔を引きつらせる水夫たちに向かい、

「ちょい、それ貸せよ。意味わかんねえよ。薪を綺麗に割るには、技術がいるだろ!?」

「黙れ。その口に剣を叩き込んでやる」

ッたく、とアイリッツがヒューイックの剣に合わせて薪を上げ攻撃を防ぐ。


バシィ、と音とともに、割れ落ちる薪を足踏みしつつ、器用に膝で受け、邪魔にならないよう横へと蹴り寄せた。


そこへヒューイックが横凪ぎにするも、しゃがんで避け、バックステップで追い打ちを防ぐ。


再びアイリッツが薪を取り上げ、放るが、ヒューイックは剣で斬り受け、転がるそれを邪魔にならないよう脇へ蹴り甲板を滑らせ、踏み込むとアイリッツへと迫る。


剣による猛攻。その度に凄まじいタイミングでアイリッツは薪を取り、次々に受けて真っ二つにしては、あるいはヒューイックの目眩ましにと使い、あるいは膝や足、腕で受けて、次々と、へりや船室の壁際に寄せて、低く連なる薪の山脈を築き上げていく。


薪が積まれ、甲板に道を作る、その間をヒューイックとアイリッツが行く。

速く、鋭く、重く激しい剣を受け続け、薪の最後のひとつを、よっ、と足先で蹴り上げ、山の上に載せると、アイリッツが剣を抜く。



 まったく同じタイミングで、剣が重なり合う。


 止めるため集まってきた船員たちも、声もなく魅入っていた。


 それは剣舞にも似て、ひどく洗練されていた。打ち合いの音は、さほど響かず、互いに、互いの剣を髪一重で避け、必殺の一撃を狙う。



 ヒューイックが、アイリッツの肩を狙えば、彼は半転して斜め後ろへ動き、その横振りの剣を身を低くし避け、足払いをかけた。


 トン、と難なく避け、アイリッツが顎へ繰り出す蹴りを左腕で流し、ヒューイックがいったん下がり剣を振り被った。


 ギィン、と剣が鳴る。


 息が合っている。怖ろしいほど。少しでも剣を知る者が見れば、それがどれだけの時間の積み重ねによってできたものか、すぐに察することができる、一糸乱れぬ動き。どれほど二人が共に戦ってきたのか、それが垣間見える、それほどの戦い。


呼吸を合わせたわけでもなく、何合かキン、キンと剣がぶつかった。ひゅッ、と短くヒューイックが息を吸うのに、ピクリと反応し、鉈か斧のように重たく容赦ないヒューイックの剣が、横から首筋を、アイリッツが突くようにその相手の心臓を狙い、双方ともに、突き刺し切り裂くその寸前、ぴたりと剣先が止められた。


至近距離でしばし睨み合い、ふっと二人が緊張を解き、剣を全く同時にカチリと鞘に収める。


ごくり、と誰かの喉が鳴った。誰もまったく動かない。



 アイリッツがまわりを見渡し、やれやれと緊張を解き、にやりと笑いながら、頭の布に手をやり、

「それでは皆さん、オレたちの今のやりとりが、見事だった、なんて思った人は、ここにお捻りを」

なんておどけたように言って巻かれたターバンをカポッと外して差し出せば、居並ぶ面々から、ワッ、と歓声が上がり、二人はあっというまに取り囲まれた。小銭もいくらか投げ込まれる。



「あと、こいつはちゃんとヒューイックって呼んでくれよな。じゃないと薪みたいに真っ二つにされちまうぞ」

「ああそうだな!今の凄かったぞ!おまえもお茶目なとこあるじゃねえかヒューイック!久しぶりにいいモン見れたわー」

「しっかし、すげえな、綺麗に真っ二つだ。アイリッツのあの軽やかな身のこなし!どうやるのか教えろよ!」

「いや、それはもちろん、簡単にはできないぜ?厳しい修行が必要なんだ」

口々に言い寄る人々に笑顔で答えるアイリッツ。ヒューイックはできるだけ目立たないよう、人混みから後退り、ひっそりと離れた。……こういうとき、あいつは役に立つ。


 その場からこっそり離れると、舌打ちと同時に、格好づけが、と吐き捨てる声が耳に届く。

それから、年嵩の低い声で、そう言うな、あれは余興だ。それ以上でも以下でもねえ、と宥めるような声がした。



 いつもの定位置に戻る前に、足音が近づき、壮年の男と、三十ぐらいの男の、二人連れが現れた。

海風で傷みつつある髪と陽に焼けた肌の色をして、はっきり傭兵と分かる出で立ちをしている。


壮年の男が、こちらに気づき、

「よお、見事だったなぁ」と声をかけてきた。


「あのアイリッツとかいう奴は、人を惹きつける才能を持っているな。おまえといるとまるで光と陰だ」

「……意味がよくわからないん、だが」

相手からは、経験に裏打ちされた実力が滲み出ていて……事を構えると、ろくなことにはならなそうだ。


 ヒューイックは慎重に言葉を選びつつも、とぼける振りをする。


「警戒すんなよ、兄ィちゃん。ちぃっと気になっただけさ。いつまで、陰でいんのかって、な」

凄みのある笑みを浮かべ、

「せっかく同じ船なんだ。こっちにも来いよ。しごいてやらあ」

「ああ。……考えとく」「そう来なくちゃ。俺は、モランだ。こっちのはラッケル。じゃあな。待ってるぜ」

にやり、と笑い、立ち去っていく。


本気か、罠かは知らないが……。


ヒューイックは、緊張を解き、冷や汗の残る体で長く息を吐いた。



やがて、しばらくして、喧騒も収まり、穏やかな静寂が流れる時間。ぼんやりと船の縁から、海を眺めていると、やがて少しずつ、陽が傾き、夕暮れ時が近づいてくる。



「あ~やっと解放された。おい、丸投げしてくなよ。あと……何怒ってっか全然わかんないけど、悪かったよ」

タタタッと足音をさせ、どことなく悄気た様子で声をかけるアイリッツをちらと見、また海へと視線を戻しながら、

「阿呆。おまえはもっと考えて行動しろ。この無意識神経逆撫で野郎」

「いや、オレは別に」

「空気を読めというんだ」

だいたいな、と溜め息を吐いて、

「あんな奴らにサービスとか、俺は被虐趣味ねぇぞ。まるで頭空っぽみてぇだろうが」

「……あれ?そんな感じだったか?」

「もういい。どうせおまえは何も考えず、薪割りの鍛練なんて、楽しそうだとかって考えてたんだろうが」

タイミング悪すぎて阿呆だな、と再び溜め息を吐く。


「あー、あ、そういうこと、か」

 全然、まったくこれっぽっちも考えてなかった、と呟くアイリッツ。


「ちっとは考えろ」

 前向き過ぎるもほどがある、理解不能生物だな、なんてぼやくヒューイックにひでぇ、とアイリッツも笑う。



 暗くなりかけた海の向こうを眺め、アイリッツがポツリと呟いた。

「ひと雨来そうだな」

「……そうか?明日も晴れかと思ったんだが」

「晴れていても生ぬるい風が吹けば雨らしい。レイがそう言ってた。あとは、鳥が低く飛んだりする、とか」

「ふぅん。そういや、あのリベロとかいう優男の弟子にはなれたのか?」

「ふっ。聞いて驚け。オレはすでに着々とレベルアップしつつある!」

「言ってろ。俺がいない時なら好きなだけしゃべってくれていい」

「なんだよー、いいから聞いてくれよー。まず、ナンパの秘訣は第一が忍耐力。そして、相手の表情、雰囲気から、絶好のタイミングを計ること、だ」

「後半できてねえだろ。身につけとけ。もういい、食いもん取りに行ってくる。ここは任せた」

 ヒューイックが去りざまに片手を上げ、おうよ、とアイリッツは答えて、レイノルドが籠もりきりの部屋の入り口を見張る。


「……明日は雨が降る。帆を下ろせ。船長のお達しだ」

 夕闇にランタンを灯し、水夫たちに指示を出すリベロの声が届く。

「本当かよーおめえの勝手じゃねえだろうな」

「違う。降ってからの作業は辛いぞ、早いとこ動いた方がいい」

「ふ、ん……わーった、やっとく」


 船長との不仲状態が続けば、船員たちもそれを反映し、リベロに反発する。水夫は船長の下につくのであり、航海士の重要性など、理解することはない。


 じり、と焦る気持ちを、息を吐くことで押さえ、顔を上げたリベロは、アイリッツの視線に気づき、にこりと笑みを張りつけ、

「やあ。今日は講義は無しだ。いい男ってのは、自然と暇がなくなる。君も、早くそうなるといい」

余裕綽々、といった態度を見せつけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ