番外 晴天、波浪につき 6
今回長めです。途中、暴言や誹謗中傷、暴力描写が入りますので、苦手な方はご注意ください。
夜半過ぎに少し揺れた。
貰った薬を飲み干し、ヒューイックは、下降する体調と吊り合う陰鬱な気分で、揺れる頭を抑え込む。
神経が過敏になっている。美しい夕焼けだというのに、まったく心動かされることはなく、落ちゆく陽と引き換えに、ひたひたと闇がうち寄せてくるようだ。
焦りと、込み上げてくる嫌悪感。
濁った頭に浮かぶのは、
『よし、いいぞ』
ロープの複雑な結び方をマスターし、水夫のおっさんに笑顔で褒められるアイリッツ。
いつも人の輪の中心にいるアイリッツと自分とでは、比べる気にもなれない。
いっそのこと、いなくなってしまえばいいのに。それなら、平静でいられる。
これほど悩まずに済む。――――あいつを殴り付けて、二度と姿を見せるなといったら、どんなにすっきりするだろう。
そう、仄暗い愉悦が沸いた。
護衛という名目を掲げ、ぼんやりと海を眺めていたヒューイックは、ふと、斜め後ろから近づいてくる二人連れに気づいた。
……どんな時、どんな場所でも、そこに人がいる限り、厄介事の種は尽きることはなく。
水夫たちの中には、あちこちうろつきまわる乗客アイリッツのことを、よく思わない者も、もちろん中には存在した。
「なんだアイツは。しゃしゃり出てきやがって面白くねえ。一回〆とくか?」
ペッ、と唾を吐き捨て、ルクツォが隣のヨハンに呟けば、
「やりてぇが、あの10人抜きだ……ちっきしょう、いい手はねえかな」
「おい見ろよあいつ。あの、薄ら馬鹿と一緒に乗ってきた奴じゃね?あんなとこにいるぞ。
……何もない海なんか見つめて阿呆じゃね?」
ルクツォが何やってんだアイツとばかりに、船縁で海を眺める、ヒューイックを指す。
「そうだな、いっそ分からんよう突き落とすか。なあに、足を滑らすなんてよくあることよ」
にんまり笑えば、ヨハンが手を振り、
「いやいや。俺、すっごくいいこと思いついた。面白くなりそうなヤツ」
と、ヤニのついた歯を見せ悪どくほくそ笑んだ。
「よお、兄弟。シケたツラしてんなあ」
「構うな、放っておいてくれ」
そういって海を眺めたままのヒューイックに対し、
「いや、俺はおまえに忠告してえんだ。俺はヨハン、こっちはルクツォ」
痩せ長の男が、くしゃしゃの金髪でにやにや笑っている男を親指で差す。
わざわざ傍に来て、どっかりと木箱へ座り込み、
「あのアイリッツとかいう奴……すっかり、人気者気取りだ。ここで護衛の仕事をしっかりやってるおまえのことなんて考えもしねえ。俺にはわかる。おまえ、奴の引き立て役になってっぞ」
ヒューイックが海から目線を外し、こちらを見たので、よしよし、と男は内心喜びながら、
「本当に、おまえが気の毒だよ。俺らでよかったら、手を貸すぜ。計画を立てて、目にもの見せてやろう」
言い切って、たっぷり間を持たせる。
頃合いを計って、手を差し出せば、なぜか目の前の男からは盛大なため息が返ってきた。
「それで……どうするんだ。三人でつるまねえと勝てねぇって、証明でもしにいくのか」
「……は?」
一瞬何を言われたかわからなかった男の顔が、言葉の意味を理解するに従って、みるみる血が上り赤くなっていく。
「てめえ、舐めた口聞きやがってブッ殺すぞ!てめえが金魚の糞みてえにくっついてんのなんとかしてやるつってんだろが!」
「男見せろよ。このままドレス着た未通女みてえに指くわえて見てんのか?ああ!?」
声を荒げる二人の前で、しかしヒューイックは動かなかった。
こいつはとんだ腑抜けだ。ヨハンとルクツォは呆れ、互いに頷きあった。帯剣しちゃあいるが、これだけ言って触れもしねえ。よっぽどの腰抜けに違いない。
そうと決まれば作戦変更とばかりに、じり、と下がって気づかれないよう、転がる酒瓶や角材を手にとった。ちょうどここの近くには誰もいねえ。あのアイリッツとかいう馬鹿が来る前に、痛めつけちまえばいいのよ。
仲間をやられて歪む馬鹿の顔を想像し、ほくそ笑む。
二三度振って手応えを確かめ、こちらを見もしない奴に、いきり立ち、
「は、死ねや!」
笑いながら、武器を振り上げた。
角材や割れた酒瓶がヒューイックを襲い、その頭部へ食い込――――む前に、スパァン、と小気味いい音とともに角材が真っ二つになった。
男たちが目を丸くし、ああ、そういや昼間に、なんか、とまったく外れたことを考えるあいだにもヒューイックは動き、キン、と鉈のようなやや大振りの剣を鞘へ収め、ヨハンの首横と脇へすっと両手を伸ばす。
「先に礼を言うぜ。……ありがとよ。わざわざ的になりに来てくれて」
言葉と同時に、腕を捻られ、ゴキリ、と嫌な音が響いた。通常からありえない方向へ曲げられた肩に、ヨハンの絶叫が上がる。
隣で驚く間もなく、足払いをされ、体勢を崩したのと同時にルクツォの胴体にヒューイックの腕が回り、再び鈍い音を立てた。
「ぃあ゛ぁああ゛ぁあッ」
「蝿みたく集りやがって。部屋で糞して寝ろ」
まあ、できたらの話だがな、と聞くに堪えない悲鳴を上げのたうつ二人を蹴り飛ばすため、ヒューイックがさらに足を振り上げたところで、
「何の騒ぎだ!おい、どうした!?」
刈り上げた金髪のがっしりした筋肉質が来た。
ざわめきとともに人が集まり、くそ、面倒なことに、とヒューイックが内心で舌打ちしていると、しばらくして、
「おい、俺が通る。どけ。てめえら邪魔するな」 奥からドスの効いた声とともに、でっぷりとふとった赤ら顔の男――――――確か、船長のゲオルクだったか――――――が現れた。
ヒューイックは真っ先に、
「ああ、これを見ろ!こいつらがいきなり襲ってきやがった。まさか船乗りが乗客をいきなり襲うとはな?」
とまわりに知らしめるよう大声で告げて、散らばる角材と、まだルクツォの手の平に食い込んだままの酒瓶の破片を指差した。
船長がはっきりとわかるほど忌々しげに舌打ちし、くちゃくちゃと噛んでいた何かの皮をペッと床へ吐き出す。
「おい、こいつら非番か」
と顎をしゃくれば、
「いやあ、確か……向こうのロープと索具の点検しに行ったはずでさあ……」
水夫の一人が、おどおどと答える。
「この不始末、どうつけるつもりだ」
ヒューイックが睨めば、
「ははは、若いの、てえした度胸だ。船長に賠償を求めるか。だがな、こちとら海のどまん中……大事な航海の道具を壊されちゃ黙っておれねえ。そっちの方が高くつくんじゃねえのか!?何しろ交換が利かないからな!」
ぎろり、と誰もが震え上がるほどの視線で、ヒューイックに睨み返した。
「……なるほど。確かに、それはその通りだな」
ヒューイックが、冷めた声で肩をすくめた。そうくると思わなかったのか、肩透かしを食ったていで船長が、あ?と口を開けたままになり、何人かがぎょっとした顔になる。
「て、てめえ……ふざけやがって!」
水夫の一人が叫べば、
「まあ待て。支障が出なければいいんだろう?見ていろ」
といいつつ、ヒューイックは涙と鼻水を垂らして、肩を押さえるヨハンに近づき、その腕を取り、まわり止める間もなく、ゴキリ、と激しい音とともに躊躇なく先ほどとは逆へ捻りなおした。
「ぐぉあ゛ッ」
もはや声も立てられず痛みに震えるヨハンの横で、捻れた体のままじりじり離れようとするルクツォに、
「おい逃げるな。戻してやる」
大股ですぐさま近寄り、そのまま胴体を掴んでぐきりとまわし、元の位置へと戻していく。再び絶叫が上がり、男がのたうちまわる。
「どうだ。これで、こいつらを使うのに支障はないはずだ。まあ、多少痛みは残るかも知れないが……」
そこまで表情、声音すら変えずにやりとげたヒューイックは、
「で、どうする。オトシマエって奴は」
そう、船長へ堂々と告げた。
船長は忌々しい、といった顔で、フン、と鼻を鳴らし、脇に控えていたベネットを呼んだ。
「おい。こいつらの部屋は、あの物置部屋か?」
「へいッ」
「もっといい部屋を見繕って、お通ししろ。それでチャラだ。さあ散れ!見せもんじゃねえぞ!」
手を振り回し、くるりと後ろを向いてドスドスと足音高く歩くと、忌々しそうにまた振り返り、
「おい、そこのボケらを連れて来い!鞭打ちにしてやる!」
そう指示し、未だ呻く二人を引きずらせ、来たはいいが出番のなかった医療具箱となぜか鋸を抱えた男らを押し退け、
「おい、サボるな散れ、散れ!」
と喚きながら立ち去っていった。
そこまでずっと成り行きを、固唾を呑み見守っていたアイリッツはヒューイックに呼びかけたが、聞こえなかったのか、相手は興味を失ったようにまた、定位置へ戻っていく。
「おい、あいつすげえな!あの船長相手に!」
ニコルがモップ片手に来て、興奮したように呼びかけたので、
「ああ。めったにない、自慢の親友だよ」
アイリッツはそう、笑顔で答えた。
躊躇ったが、深く息を吸い込んで気合を入れ、後ろから、今日二度目の声をかけた。
「ヒュー。今日の番はオレだ。あと……一度、きちんと話し合った方がいい、と思う。オレたちは」
真剣な後ろからの声に、ヒューイックは、ふ、と鼻息を洩らし、
「そうか。俺は、話したくない。おまえの番なら、もう部屋へ戻る」
そう言って、振り向きもせずさっさと歩いていく。
ちっくしょう。意味もない怒りに駆られ、怒鳴りつけたくなったが、アイリッツは耐えた。ガツッ、と船縁を殴りつける。
「ッてぇ……」
顔を強張らせ、冷たくなった拳を握り締めながら、伝える言葉もなく、遠ざかる背中を睨みつけた。
できることなら、どうしてなんだと叫び、問い詰めたかった。前に戻すことはできないのかと。
その気持ちを置き去りに、夜がじりじりと深まっていく。
騒動のあくる日は、珍しく分厚い雲が空を覆っていた。
「じきに降るぞ。痛む前に帆を畳んどけ!どうせ追風も吹きやしねえ!」
ドミンゴが金の短髪から汗を滴らせ指示をすれば、水夫たちが巻き取りのため、マストの上へ上がっていく。
夕方にかけて雨が降ったが、じきに止み、夜半にはぼんやりと雲のかかった月と、くっきりと明るい小月が、船を照らし、重なる影を映し出していた。
変わらずランプの明かりに照らされ薄暗い部屋では、レイノルドが、素焼きのコップに、酒瓶からなみなみと酒を注いでは、くいっと飲み干していた。
「なんで俺がこんなことを……」
時折ぶつぶつ言っているが、物思いに沈むヒューイックは気づかない。
「うまいな。喉越しもいい。爽やかだが芳醇な風味があるし、ピリリと刺激が効いてる」
「ああ。とある筋から手に入れた、上物の葡萄酒だ。聞いて驚くなよ、胡椒入りだ」
「うっ」
ヒューイックは吹き出しそうになるのを堪え、ごくりと飲み干した。ゲホ、と咳き込みながら、
「早く言え!飲んじまっただろうが!あーくそ、金の元が俺の胃袋の中に……」
心底恨みがましげに言うヒューイックに、
「と、見せかけて、違う。何が入ってるかはよくわからんが、適当だろ。ジンジャーか、乾燥させた芥子菜じゃないか?」
レイノルドはそう涼しげな顔で告げる。
「……もういい。ついどけ」
「そうこなくてはな」
しばらくは、無言で酒を注ぎ、飲み交わす音だけが聞こえていた。
大分寄った頃になって、
「……悪かったな、このあいだは。騒ぎを起こしちまって」
ヒューイックが、ぽつ、と呟けば、
「ああ、あれか。仕掛けたのは向こうらしいじゃないか。別にいい」
レイノルドはほの赤くなった顔を向け、実を言うと、少しばかりほっとしている、とヒューイックに呟いた。
「“ろくな働きも見せず、揉め事を増やすな。てめえのケツぐらいてめえで拭きやがれ。金返せ”と、いつ言おうかと悩んでいた」
冗談か、とヒューイックがまじまじとその顔を見れば、ふざけた様子は欠片もない。
「まったく、足並みぐらい揃えとけ。仕事をなんだと思っている。あいつにもそう言った」
「……リッツにか」
「そうだ。ただでさえ自分のことで手一杯なんだ。他人の事情なんざ、考えていられるか」
そう言って、またなみなみと酒を注ぐ。
「しかし、誰かも言ってたが……船長と渡り合うってのは大したもんだよ……そこは自慢しといていい」
は、とその言葉にヒューイックが自嘲し笑う。
「……違うな。俺のは偽者だよ」
ぐいっと、酒を煽ると、真顔になり、
「本当は、大勢でいたり、人と話すのなんて、好きじゃない。このままじゃ生きられないから、仕方なく仮面を被り、蟷螂のように斧を振りたて大きく見せてるだけだ」
自分がいかにちっぽけな存在かは、よく知っている……と、ヒューイックは、どこかから紛れていたのか部屋の隅の蜘蛛の巣に引っ掛かって暴れている蟷螂を、なんとはなしに見つめ、呟いた。
「別に、仲違いはアイリッツのせいじゃない。ただ、あいつを見ていると、喉を掻き毟りたくなる」
酒の杯を重ねるヒューイックから、ぽつりと呟きが零れ落ちていく。
「なぜ、俺は、アイリッツじゃないんだろう…………」
レイノルドはしばらく無言だったが、やがて、静かに溜め息を落した。
「俺には、弟がいるんだ。航海士を目指してる」
「なんだ……弟もか?」
「ああ。親父が、今は田舎の場末で酒場の亭主なんかしているが、昔はそこそこ名の売れた航海士で……道具も、書物も大切に残していたからな。話を聞くたびに、子ども心に憧れを募らせたってわけだ」
どうして俺はこんな肌だったんだろうな……と呟き、
「あいつは、俺より体力もあって、運動神経もいい。もうどこかの航海士の下で、見習いやって、船で海に出てる。……糞みたいな話だ。俺は、ずっと中途半端で……本当は、諦めるべきなんだろうが……それもできずにこのままでいる」
手を握り締め、気を取り直したように、
「まあ、そんな風だ。弟を見るたび、今でもやるせなくなる。だがな」
ふと顔を上げ、部屋を見渡し、
「こんな時は、弟より俺が優れていることってなんだろうと、そう考えるんだ。これは上だ、とか、これはあいつには出来ないだろ、とか。ちっぽけなプライドだが、掻き集めて、ようやっと、それで息が出来る。俺には、これがある、ってな。手先の器用さとか、いつ役に立つかわからん知識とかだが。まあ、どうしようもなくなったら、船の模型でも作るか、写本でもして、金を稼ぐさ。本当に進めなくなったらな。そんなもんだろ」
そう言って、棚の前に転がっていた、小さな、船飾りの女神像を拾い上げ、コトリと机に置いた。
「そ、うか。…………ありがとう」
「言っとくが、この酒調達したの、アイリッツだぞ。後で礼ぐらいいっとけよ」
「そういや…………アイリッツはどこにいったんだ。部屋か?」
「見張り台にいくとか言ってたぞ。なんでも、聖なる炎が見たいとか。嵐の夜にしか出ないぞ、あれは」
「あいつは、そんなんばっかだな。なんとかと、煙は……ってやつか」
ヒューイックは息を吐き、少し涼んでくる、と部屋を出ていった。
「まったく……後は知るか」
レイノルドは、護衛中ふらりと姿を消したかと思うと、酒瓶を持って現れ、あいつが溜めてる澱を聞いてやってくれ、オレでは無理だから、と告げたアイリッツを思い出す。
「くそ……依頼料から差し引いとくからな」
まったく、なんで俺がここまで、ともう一度、どちらかといえば面倒見のいい彼は、苦く呟いた。
見張り台の上で、アイリッツは海の向こう、東を眺めながら、朝を待つ。
「英雄は、これぐらいじゃへこたれないのさ。強い心と強靭な体を持っているからな」
「何言ってやがんだおめえはよ。結局一晩中ここにいやがって。阿呆だろ」
愚痴るバートに、悪い悪い、とあまり悪いとは思ってない口調で返して、アイリッツは地平線の向こうを眺めた。
ヒューは、朝が嫌いだとかいっていたが……。アイリッツは夜明けを見るのが好きだった。孤独を感じ、絶望に震える夜が、何回来ても、時が立てば。太陽はまた再び顔を出し、朝が来る。――――――必ず。
ようやく、海の端が白み始めた。光がまっすぐ差して、すぐに空を白く変えていく。それをしっかりと目に焼きつけて、アイリッツはようやく見張り台から下りた。
すると、目を眩しげに細めながら、ちょうどヒューイックが出てくるところだった。
朝か。朝の何がいいのかわからねえな、とヒューイックは内心ひとりごちた。そこら全部を照らしちまって、落ち着かない。身の置き所がなくなる。
そう思いながらも、太陽を仰ぐと、ふと、何かが、胸に閃いた。
ああ、そうか。俺は、自分じゃ手が届かないものに、憧れ、嫉妬してたのか。
ようやく、すとんと腑に落ちて、苦く笑う。交代するとか何とか、声をかけてきたアイリッツが怪訝そうな顔をしてるのにも構わず笑い、ひとしきり笑ってから、続いて頭を抱えた。
ちょっとこれは……羞恥で死ねるレベルだぞ。
「よお……昨日は大分飲んだみたいだな」
アイリッツは朝日を背に、そう呼びかけてくる。嫌がらせか。
「酒。ひょっとして、盗ったのか」
「ああ。船長室からな。しっかしな。船乗りの天辺だってのにまるで“入ってください”状態だったぞ」
にやりと影が笑う。
「味は、悪くなかった」
ヒューイックはぼそぼそと言い、
「悪かったな。おまえにあたって……ちょっとばかし、体調が悪かったんだ。もうよくなった」
安い言い訳だが、これでいくしかない、そう決意した。
アイリッツは……笑おうとして失敗し、くしゃりと顔を歪めた……ような気がした。光の加減かもしれない。
「そ、か。心配した」
「おまえが、か?そんな性格じゃないだろ」
「そうは言うけどな。オレにだって、怖いものぐらいある」
「そうなのか。驚くぞそれは。いったいなんなんだ」
「いや……もう終わったからいい。それより部屋見てこいよ。ここの裏だ。かなり広くなってるぞ」
「ああ。やったな」
互いに軽く拳を打ち合わせると、ヒューイックは背を向け、歩いていく。そっちは任せた、と簡潔な言葉を告げて。
「ああそうだ。リッツ、例の酒戻しとけよ。船乗りは迷信深いんだろ?一つ物が無くなっただけで大騒動だぞ」
「ええ~、もうこれっぽっちじゃねえか。さすがにバレるだろ」
「……他の酒でも混ぜとけ」
「へいへい」




